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まほろば遊郭譚 最終回/全四回

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まほろば遊郭譚 最終回/全四回
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第四章 死闘4



 扶桑の都にも、マホロバ城に第四龍騎士団が迫っているという噂は伝わっていた。
 正識と別れ、都にやってきた加賀 北斗(かが・ほくと)は扶桑の元へ急ごうとする。
 扶桑を滅ぼすためだ。
 しかし、噴花はなおも続いており、容易に近づける状態ではない。
「あんたがマホロバを裏切り、帝国へ寝返った軍師殿とやらか」
 北斗が後ろから呼び止められて振り向くと、加賀 朔也(かが・さくや)が立っていた。
 朔也は隠し持っていたクナイを突きつけ、北斗は咄嗟にかわす。
「一体……どういうつもりだ!?」
「悪いが…俺は、マホロバ裏切るやつには優しくねぇんだ」
 二人がもみ合っていると地面が大きく揺れた。
 その場にどうと倒れこむ。
「扶桑がまた……桜が!」
 桜の花びらが二人に降り注いでいる。

卍卍卍


 水波羅遊郭でも扶桑の花びらが落ちてくるのを見て、遊女たちの悲鳴が上がっていた。
 天神遊女の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は遊郭で働いている者たちに呼びかける。
「みんな急いで。建物や土蔵へ非難するのよ。花びらが入ってこないように、しっかり戸閉めてね!」
 ひと通り避難させると、祥子は感慨深げに水波羅の花街を見渡した。
 ほんの少し前までは人々が賑わっていた通りだ。
 祥子はふと、石畳に腰掛ける。
 すると銀髪の少年に声をかけられた。
「貴様もどこか具合が悪いのか? 立てるか?」
 見上げると巫女装束を背に抱え、他の少女もそれを支えている。
 少年は名を影月 銀(かげつき・しろがね)といい、扶桑からここまで逃げてきたのだといった。
「こっちはミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)。それから……」
 銀の言葉を続いて、ミシェルがいう。
橘 柚子(たちばな・ゆず)さんと木花 開耶(このはな・さくや)さん。開耶さんが扶桑の下に倒れていたから一緒に連れてきたの。それより、逃げないの?」
 ミシェルが不思議そうにしていると祥子は微笑んだ。
「ええ、ちょっと考え事を。遊郭が作られた理由よりも、存在する理由のほうが大事だって……ね。今回は正真正銘、人々の癒しになるために残るのさ」
 祥子はこんなときこそ毅然に、優雅に振る舞い、人々に『花』を見せたいのだといった。
「それに……迎えに来てくれるのを待ってるの。それまでは、私はこの花街で遊女として生きるわ」
「そうか。じゃあ、この人達をたのむ。俺はもう一度、扶桑へ行く。次に噴花が起こる時は、扶桑の真実を知った上で噴花を受け入れるかどうか選択できるようにしたい。中には、貴様のように強いもののいるが、大半はそうじゃない。俺は扶桑の噴花の真相を記しておこうと思う」
 銀たちが来た道を引き返そうとするのを見て、祥子は言った。
「私も連れてって。この目でもう一度見たいから……」
 彼らは桜の世界樹の元へ急いだ。



「貞康のおっさん……アンタすげーよ」
 マホロバ城で後見人を勤めていたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)と共に城へは戻らず、一人扶桑の根元にいた。
 彼は素手で土を掘り起こしたらしく、随分と汚れている。
「天下泰平のため、マホロバのため、鬼城のため――ありとあらゆる手を使って、数千年先のことまで考えて準備して……。それに比べて俺は……俺は何をしたんだろう」
 アキラは桜の樹に手を伸ばす。
「せめて俺の半分でも持っていくか? 全部は……やれねーけどよ。守ってくれた貞継たちの想いを無にするわけには……」
「くだらん。相手は量殺戮をしている化物だぞ。俺も日本人として生まれたのは、前世で扶桑に殺されたかもしれんというわけだ」
 アキラの背後で、不破 悟(ふわ・さとる)は禍々しいものを見る目つきで、扶桑を見上げていた。
 鬼塚 虎太郎(おにづか・こたろう)も同調している。
「俺は本当にあるかもわからない『来世(未来)』ではなく、生きている『現世(今)』が大事だ。こんなものは滅ぼすに限る!」
 悟たちは自分が死んで日本人に生まれたのは扶桑のせいだといい、扶桑を焼き払うという。
 アキラは慌てて止めに入った。
「なんなんだ、あんたら?」
「邪魔をするお前こそ、マホロバ人が……俺達が、いくら死のうと構わんというのか?」
「そうじゃない。でも、そういうあんたらはマホロバのために何をしたんだ? ぐだぐだ言って、やることはそれだけかよ!」
 祥子たちがやってきたとき、彼らは押し問答をやっていた。
 状況を理解した銀が叫ぶ。
「俺も扶桑の全てがいいと思っちゃいない。扶桑の力が『死の宿命から希望を与えるもの』だとしても、貴様らのように反感を持つ者も少なくないだろう。でも、この輪廻がなければマホロバの日本も滅び行くだけなのか……ちゃんと調べもしないで結論づけるのはなぜだ!?」
 悟と虎太郎は問答無用で襲いかかる。
 その時、彼らの攻撃をなぎ払った騎士がいた。
「迎えが遅くなって悪かった。無事だったか……」
 英霊湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)が、祥子の前に進み出る。
「遅いわよ。待ちくたびれたわ」
「すまなかった。この者たちは……そうか」
 ランスロットが悟たちを追い払う。
 祥子が静かに言った。
 空中の桜の花びらをすくう。
「……確かに逝ってしまったものいるけど、泣くもんじゃないよ。あれは未来への、新しい生への道程さね。同じように、新しく来る命をマホロバに迎え入れる役目も、私たちは背負っているのよ。鬼城 貞康(きじょう・さだやす)公は金目的で遊郭を作ったっていうけどさ、そのために遊郭が創られ、女が集められたとも考えられない?」
 桜の樹がざわと動いた。
 アキラはその言葉を聞き、再び桜の根元の土を掘り起こした。
「きっとまた逢える……よな。今この時代に生きている人たちと。生きてりゃあ辛いことばっかだけど、俺はその時まで……一生懸命生きてみるよ」
 彼はこの桜の木の下に天子の身体を戻すという。
 かつて鬼城 貞康(きじょう・さだやす)がそうしたように。
 祥子も一緒に土を掘った。
「『またいつか逢おう。それまで達者でな』そういって別れようじゃないか」
「ああ、そうだな。それまでは……そうだな、農業やろうかな」
 「咲いた花は散るものだが、実は知を蓄え、地に落ちて、そして世代の芽となる」、とアキラは言った。
「おめーらは想いを胸に桜の花と共に飛んでいけ。俺はこの地で実となりて次の世代の種をまこう。そして育てよう。約束だ――また必ず会おう!」