リアクション
* * * 「システムチェックは完了。外装から駆動系の調整、よろしく」 賢吾と共に向かった先には、学院の制服の上に白衣を着ている司城 雪姫がいた。どこか人形的な雰囲気が漂っている。 (似てる……) 隣にいるなつめに。顔ではなく、雰囲気的なものか。 「どうかした?」 「いや、何でもないよ」 「そう。でも、ユキさんと私、近いものがあるかも」 穏やかな、透き通るような声でなつめが微笑む。一方、雪姫の方は無表情に首を傾げていた。雰囲気は似ているが、表情を作れるのがなつめで、作れないのが雪姫だ。 「で、この機体。レイヴンに似てるけど……」 「ベース機はレイヴンTYPE―E。可動式追加装甲と、肩部スラスターへの推力増幅スラスターユニットの接続。及び、ブレイン・マシン・インターフェイスを改良。専用パイロットスーツを介してのニューロリンクを実現」 「えーっと、つまりレイヴンの標準性能を第二世代機相当まで引き上げたってことでいいのかな?」 「肯定(イエス)」 まだ謎は多いが雪姫から資料を見せてもらったところ、総合的なカタログスペックではジェファルコン以下、クルキアータ以上となっている。 推力増幅スラスターユニットの形状から、背中から四枚の翼が生えているように見えた。 「ちょっとパイロットスーツに着替えてくるから、その間頼めるかい?」 「うん、問題ないよ。七聖くんには悪いけど、不自由があるからこそ何とかするために技術が発展するわけだしね。データ取りはしっかりさせてもらうさ」 彼が席を外している間に、スラスターユニットと可動式追加装甲の仕様を確認した。 「加速、急激な方向変換の際の負荷軽減としての可動式装甲か。複雑な造りかと思ったけど、そうでもないね」 「プラヴァー高機動パックの応用」 あそこから、これを導いたのか。確かに、「ホワイトスノー博士の後継者」は伊達ではないようだ。 しかし、リオを驚愕させることになったのは、異様なコックピットの姿であった。 「スロットルレバーだけで、コンソール類が一切ないじゃないか。それどころか――メインモニターまで」 「肯定。この機体は、パイロットとダイレクトに接続される。ゆえに、発進に必要なスロットル以外のコンソールは排除した」 あまりに常軌を逸していた。だが、この機体がかつてのエースパイロットを復活させる鍵であるのは、紛れもない事実だ。 「お待たせ」 そこへ、賢吾となつめが戻ってきた。パイロットスーツは確かに、リオ達が知っているものと違う。四肢と背中にプラグを差し込むためのソケットがある。 「さて、じゃあコックピットに乗り込むか」 賢吾が車椅子から立ち上がった。そのまま普通に歩いている。 「七聖くん、それは?」 「このスーツのおかげだよ。原理を話すと長くなるけど、機能不全になった神経系統をスーツに組み込まれた装置が代替しているとでも思ってくれ」 ただし、長時間の装着は正常な神経に悪影響らしく、イコンの操縦の場合は一時間、生身での激しい運動には十分が限度とのことである。 その後、パイロットが乗り込んでのシステム調整が行われた。実機は飛翔しないが、シミュレーターを接続しての調整だ。 「完了。各部、異常なし」 「ありがとう。この分なら、次から実機での性能テストに移れそうだ」 雪姫と一緒に、リオもデータのチェック作業を行った。 「庶務に立候補してるけど、リオちゃんって整備一筋ってイメージだったから意外だったよ」 「まぁ、宇宙でのイコン運用は出来たから、はっきり卒業後の目標は定まったからね。それまでは皆のサポートに徹するさ」 「宇宙といえば、地球の月でも何やら動きがあるみたいだしね」 地球でもパラミタでも、変化が生じている。今後の地球やシャンバラとの付き合い方についてどう思うか、賢吾が問うてきた。 「シャンバラとの今後? 海京は地球、というか日本の一都市だし、協力以上のことをする必要あるの?」 「まあ、そうなるよね。どちらにせよ、パラミタ、地球。両方が存在して契約者は成り立つ。かといって、帰属意識だけで片方を蔑ろには出来ない。どちらの世界にも関われる位置にいるからこそ、双方に協力、場合によっては諌める必要がある。それが、『力持つ者』の義務であり、権利でもある。と、自分は思うよ」 調整を終え、賢吾が車椅子に乗った。 「最後に一つ、いいかい? この機体の名前って決まってる?」 リオの問いに、賢吾が答えた。 「ホワイツ・スラッシュ――【鵺】だよ」 と。 * * * 「副会長か、慎み深いな。我なら会長に立候補するぞ?」 パイロット科の実機訓練に臨むため、イスカ・アレクサンドロス(いすか・あれくさんどろす)と平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)は天沼矛のイコンハンガーに向かっていた。 学院の校舎からは距離があるため、移動時間を考慮したカリキュラムが組まれている。というのは中等部であり、単位制の高等部では、この移動時間を忘れてカリキュラムを組み、痛い目を見る生徒が続出した。 「会長だと、拘束される時間が多くなるからね。何かが起こってから動くんじゃダメだ。発生前に対応できる組織、そもそも事件が起こらない環境を作る。一枚岩でなくてもいい。方法は違ったとしても、同じ未来を共有出来る組織にする。そう考えていくと、生徒会の中で『動ける』ポジションにいた方がいいからね」 「レオ、まずお前は自分がどう見られているかを弁えろ。その行動に設楽 カノンが絡んでこないのは不自然。尋ねられれば素直に答えろ」 おそらく、今のも紛れもない本音だろう。 「そうだね。カノンを守る力を手に入れるため。6月事件で……いや、その前からあった彼女を囲む暗部の動きに気付くことが出来なかったから。あの時、僕は個人の力ではどうにもならないことがあると思い知った」 レオ達は、シャンバラの各学校からの受け入れが行われた直後にやってきた最初期の転入組だ。しかし、今は本科生として編入し、名実ともに天学の一員となっている。そう決めたのは、6月事件の時にカノンの側にいれなかったからだ。彼女の側にいるためには、予科生ではなく、正式に学院の生徒となる必要があった。 レオの行動原理は、突き詰めてしまえば設楽 カノンという一人の少女に収束する。その点で言えば、ヤンデレ同士ということで相性は悪くないのかもしれない。互いが互いにとっての障害を排することで、二人っきりになれるという意味では。 「恥じることはない。国を導くのは恋もせず飯も食らわぬような聖人君子ではない。他人の痛みを知り、共に歩む未来を見せられる、魅力に溢れた『人間』だ」 「人」の部分を押し殺す。そんな歪んだあり方を是とする環境こそが、旧体制の忌むべき点だ。それが、あの悲劇を引き起こした。イスカにはそう感じられた。 「それに、カノンを大事にするということは、虐げられてきた強化人間を見捨てぬということだろう? お前の掲げる目標と、積み重ねる善行は彼女への想いがあるから真実味を持つ」 ならば、それに従えばいい。特別気取る必要などない。 「大事なのは共感と期待感だ。いきなり慣れないことをすると、変に勘ぐられることもあるからな。普段通りでいい」 出雲 カズマ(いずも・かずま)が、レオにアドバイスを送る。 「ただし、誰かの手助けをし続けろ。当たり前の親切をずっと積み重ね、一人一人に真摯に接するんだ。そうすりゃ、心から応援してもらえるはずだ」 無論、それだけではない。転入組であるがゆえに、それまでパラミタのことを肌で感じてきていた。さらに、F.R.A.G.や聖カテリーナアカデミーへの滞在経験もあり、地球の情勢もその目で見てきた。双方の視点を持っていたからこそ、終戦へのきっかけとF.R.A.Gとの協力体制の確立に一役買えたのだ。 「それに、お前はパイロット科では少数の、生身でも前線で戦える人間だ。風紀委員と違って生徒会には戦闘力はそれほど必要ないにしても戦える奴が一人くらいはいた方が、安心感を持ってもらえるだろ? ま、設楽 カノンに対する感情は公平とはほど遠いがな。けど、それでいいんだよ。理想論だけを掲げる人間なんて嘘臭いだろ?」 それはもっともだ。イスカも言ったように、ただの人間だから人々から支持される。契約者でありながら、その力を一切使用出来ない現生徒会長がこの学院を支えることが出来ているように。 「おはよう、レオ君。これから訓練かい?」 ちょうど、向かいから賢吾がやってきた。見慣れない服を着ている。 「はい」 「うーん、そうか。五分だけ、付き合ってくれないか? ちょっとしたリハビリに」 早めに着いたため、まだ時間的に余裕がある。 「僕でよければ」 「お、よかった。君は生身でも結構戦えるって聞いてるからね」 少しの間、レオ達は賢吾のリハビリに協力することになった。 |
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