リアクション
* * * 「今の世は昔と比べ大きく変わったな……」 天沼矛から海京の街を一望し、鳳 源太郎(おおとり・げんたろう)は呟いた。 パラミタとの交流を境に、若者の考え方もよくも悪くも前へ進んでいるのだろう。五十歳を過ぎた源太郎からすれば、変化に合わせるのに精一杯な部分もある。が、それはそれだ。生徒ではないとはいえ、現役のイコン整備士である。まだまだ学ぶべきことは多い。 「若者達と交流することで、彼ら彼女らの様々な考え方を吸収し、脳みそに柔軟に考えられる力を与えてやる」 「源さん……若者と交流したいというのなら、目の前に可愛い若者が一人いるじゃないですかー」 深澄 撫子(みすみ・なでしこ)が擦り寄ってきたので、眼力を飛ばした。 「え、いや、ごめんなさい冗談です。もう本気にしちゃダメですよ☆ ダーリン」 まるで反省していない様子である。 「一つに固持した考え方は時として周囲と亀裂を作ってしまったり、意見が偏ってしまったりと危なっかしいわい」 歳を重ねているからこそ、それが分かる。 それに、やはり体を動かし何かをいじるというのは楽しいし、死ぬまで現役でありたいと思う。これから入ってくる新たな若者のためにも、教えられることを一つでも増やしたい。 「そのために、まずわしが今のイコン技術を……整備技術をしっかりとマスターせねばならんのだがな、はははは」 豪快に笑ってみせた。 「今後未来ある若者達のための礎になることを目標に、一日一日を全力で生きるぞ! 撫子、しっかりとわしの後をついて来い!」 「はい、源さん!」 二人は、イコンハンガーへ向かって駆け出した。 「おう、源さん。随分張り切ってんじゃねぇか」 中へ入ると、ベルイマン科長の姿が飛び込んできた。一部の生徒からは親父さんと呼ばれているが、源太郎は彼に近しいものを感じていた。 「ははは、若い者には負けてられんからな」 「おう、その意気だ。ってことで、来年度の訓練機のオーバーホール期間だから、そっち手伝ってくんねぇか。ちょうど、整備科の一年連中がいるはずだからよ」 取り仕切っているのは、整備科の現代表である。彼女達からも整備を学ぶ身ではあるが、この機会に他の生徒達とも話して意見交換を行いたい。 今の若い世代に必死についていき追い抜こうとも取れる気迫には、しびれる。訓練機の整備を行いながら交流を図る源太郎の背中を眺め、撫子は思った。そんな源太郎だから、自分はその背中を支えたいのだと。 「ぐぐ、整備科はOSとやらも把握しなきゃならんのか。体使って機体の各部をいじるのはいいが、この設定を覚えるのは苦労しそうだわい」 第一世代の機体そのものの整備は変わらないが、OSのアップデート作業を今年度は行う必要があるため、苦手な人には大変な作業なのだ。とはいえ、それもパイロットのことを考えれば避けては通れない道である。 ただ、整備状況を見た限り、今の高等部一年の整備科生達は、手作業よりもそういった頭脳労働の方が得意な人が多いようだ。源太郎が道具の効率のいい使い方を教え、生徒からプログラム関係を学んでいた。 「なかなか大変だが……一部の人間だけに負担をかけるのは心苦しいからな。撫子もしっかりと頭に叩き込んでおけ」 「はい!」 返事はするものの、さすがに源太郎みたいに頭に叩き込み、身体で覚えるというのは苦手だ。それでも、自分のやるべきことはやろうと努力はしたい。 源太郎の背中を目印にして。 * * * 休み時間になり、荒井 雅香(あらい・もとか)は他の整備科の生徒共に談笑していた。 「生徒会選挙、分からなくなってきたわね。会長は、最初はみんななつめさんを支持していたけど、今は結構みんな互角だし」 今の雅香は高等部二年生である。資格はあるが、立候補はしなかった。今は二度目の高校生だが、かつての高校時代には生徒会長を狙ったことがあったため、思うところはある。あの時は、ルックスと美貌をメインに選挙活動したら、自分よりもっと美少女がいて負けてしまったのだ。 「今年の選挙はなかなか面白いよな。荒井姉さん、土曜に出した天通の臨時号はもう読んだか?」 「いえ、まだよ」 「はい、じゃあこれ」 と、差し出してきたのは新聞部部長、笹塚である。彼も整備科の生徒だ。天御柱学院通信、略して天通は彼が編集している。 「これ、立候補者全員取材してきたの?」 「一応な。あと、こっちは今週号」 さすがに毎日は刷れないらしく、週刊だ。彼の新聞は『嘘はないが大げさ』であるともっぱら評判であった。今週号の目玉は、『消えた都市伝説! 十人評議会とは何だったのか』『彗星のごとく現れた天才少女、司城 雪姫ロングインタビュー』『SURUGAグループ工場見学レポート』となっていた。 「何、この豆知識の『姉御』の由来って?」 「ああ、OBから貴重な証言が得られたからな。あの人、元々は普通にゴードン教官って呼ばれてたんだ。それが、名前がアネットなもんで、あの人が同僚にフルネームで呼ばれたのを聞いた生徒がそのまま通称だと思ったらしくて、そっから広まったみたいだ。アネット・ゴードン、アネッ・ゴード、アネッ・ゴー、アネゴ、発音的にはそう聞こえたっておかしくないわけだ。んで、見た目も中身も、いかにもって感じだろ……ぶごっ!」 得意げに話していた笹塚が、宙を舞った。 「笹塚ァ! んだこの記事は。あたいのこと舐めてんのか!?」 姉御、襲来。 「きょ、教官長。ちょ、このご時世に体罰とか、ってかスパナ! どうりで痛えわけだ」 「あ、体罰? 教育的指導だ。文句あんなら警察でもPTAでもいいから連れて来いよ」 なお、これは彼女なりの日常的な生徒とのスキンシップである。 「龍鱗化がなければ無傷じゃ済まなかったな……」 取材では死に掛けることも多いらしく、身を守るための技能は色々と習得していると、以前彼から聞いたことがあった。姉御もそれを知っているから容赦なく殴り飛ばしたのだろう。 「と、まあ冗談と遊びはこのくらいにしといて、生徒会選挙そうだが、整備科も次の代表を誰にするかって時期だ。生活態度には気ーつけろよ」 「一体、誰になるのかしら……」 思わず、雅香が声を漏らした。 「荒井、お前も今高等部二年なんだから、選ばれる可能性はあんぞ。つーか、どいつもこいつもパイロット科と兼科で、整備専科の奴が少ねー。それにお前、ホワイトスノー博士んとこで少しは勉強してたんだろ?」 確かに、開発プロジェクトにも関わっているし、博士の手伝いもしたことがある。しかし、監査委員の方に興味があっただけに、不意を突かれた形となった。 「ま、候補にゃ入っかもしんねーってことで伝えとく。卒業後に専任整備士とか、整備科教官とか考えてんだったら視野に入れとくのも悪くねーんじゃねーのか。別に、歳なんて気にしなくていいだろ」 口振りからするに姉御も結構な歳のようだが、見た目は若々しく、二十代でも十分に通りそうだ。ちなみに、ホワイトスノー博士よりは年上らしい。 「さ、もうすぐ授業だ。遅れんなよ」 そう残して、姉御は先にイコンハンガーの中へと歩いていった。 |
||