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地球とパラミタの境界で(後編)

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地球とパラミタの境界で(後編)

リアクション

「初めまして、よろしくね! 私は館下 鈴蘭よ」
 お昼になり、館下 鈴蘭(たてした・すずらん)は【鵺】の調整を行っている雪姫のところまでやってきた。最終演説を終えたヴェロニカ・シュルツ(べろにか・しゅるつ)セラ・ナイチンゲール(せら・ないちんげーる)も一緒だ。
「まだ作業中? もし良かったら、一緒にお昼どう?」
 雪姫が何かを言おうとすると、
「ある程度俺の方で進めておきますから、どうぞ。司城さん、確か【鵺】以外にも調整頼まれてるんでしたよね。今のうちに、休んで下さい」
 と、久我 浩一が彼女を促した。
「……あと、よろしく。何か気付いたことがあったら、後で知らせて」
「はい。では皆さん、司城さんのこと宜しくお願いしますね」


・お昼の語らい


 鈴蘭達は学食にやってきた。授業は休講だが、生徒会選挙ということで営業している。
「雪姫ちゃんは学食来たことある?」
「肯定。たまに」
 券売機を押し、雪姫が日替わりランチの食券を購入した。今日は、冬野菜たっぷりスープセットとなっている。
「私はこれかな。セラは?」
「わたしは……精進天ぷら定食で」
 ヴェロニカは焼き魚定食(鮭)だ。二人とも、最近は和食にはまっているらしい。ヴェロニカに至っては、一番の好物は苺大福と公言するくらいだ。セラに関しては、和食以上にラーメンにはまっており、海京西地区にある行列が出来る店に並ぶこともよくあるという。
「私はボルシチセットで……沙霧くんは何にする?」
「えーっと……」
 霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)は迷っているようだった。といっても、メニューがなかなか決まらないのは今に始まったことではない。
「じゃあ、僕もボルシチセットで」
 学食のメニューは、和食とロシア料理が充実している。食券をカウンターで渡して番号札をもらい、鈴蘭達は席についた。
「ここでいいかしら」
 幸い、それほど混んではいない。料理もすぐに出来上がった。
「そうそう、ヴェロニカちゃん、ラブレターもらったんだって? 隅に置けないわねぇ」
「ど、どうしてそれを!?」
 ヴェロニカが頬を赤く染めた。
「で、でもラ、ラブレターじゃないよ!」
 呼吸を整えて、彼女が言葉を続ける。
「私のいたF.R.A.G.がまだあった頃、知り合った人なの。ちょっとしか話せなかったんだけどね。今、聖カテリーナアカデミーにいるって」
 手紙の内容は「僕のことを覚えていますか」という文から始まっていたみたいだが、ヴェロニカは相手が自分のことを覚えていたことに驚いたという。
「もしかしたら、F.R.A.G.の八組目の契約者になるかもしれなかった子。今回の手紙は、お互いの確認だけだよ」
 ヴェロニカも、返事は出したようだ。
「もしかしたら、近いうちに会えるかもね」
 鈴蘭は同じ監査委員候補の星渡 智宏のパートナーである時禰 凛から、近いうちにアカデミーの代表者がこの学院に来るということを知らされていた。その代表者が、おそらく『聖歌隊』だろう。
「そういえば、卒業後はどうするか決まった?」
「学校の制度を利用してパイロットの訓練を続けつつ、海京のマリンスポーツ施設で働こうと思うわ」
「沙霧君は?」
 ヴェロニカに声を掛けられ、はっとなったのが見て取れた。周りがみんな女の子ばかりであるため、やや萎縮気味のようにも感じられる。
「考えたんだけど、卒業したら整備科に編入したいなって思ってるんだ」
「整備科に?」
 セラが反応した。
「鈴蘭ちゃんと一緒の時間は減るけど、他の人と話す機会も増えるだろうし。僕も人から頼られるようになれたらいいなって……。
 あ……後、履歴書買ってきた……」
 ヴェロニカ達が働いているロシアンカフェの面接を受けるためである。
「で、でも大丈夫かな……僕なんて雇ってもらえるかな」
「大丈夫よー、今からそんなに緊張してたら、面接までもたないわよ。はい、深呼吸ー」
 身体を震わす沙霧をリラックスさせようと試みる。前向きな姿勢は、嬉しい限りだ。
「そうそう、マスターが『あんまり女の子ばっかりだと、知り合いからからかわれるんだよな。特にグスタフのヤツとかに。そろそろ男雇わないとな』なんて言ってたから、歓迎されると思うわ」
「それに、マスターは面倒見がいいから、仕事も丁寧に教えてくれるはずだよ」
「う、うん……頑張るよ」
 働いている二人が言うんだから大丈夫だろう。沙霧も勇気づけられたようだ。
「雪姫ちゃんは確か9月に来たんだったわね。もうこっちの生活には慣れた?」
「肯定。まだ分からないことも多いけど、学校や研究に支障をきたすほどじゃない」
 淡々と答え、スープをすすった。
「友達は出来た?」
「肯定。学院にいるときは、誰かと話している時間の方が多い。毎日、新しい発見がある」
 無表情でどこかそっけない部分はあるが、不思議と冷淡な印象は受けない。
「雪姫さんは、ずっと研究一筋だったの?」
 ヴェロニカが尋ねた。
「肯定。私が私であると自覚した時から」
 物心ついた頃から、ということだろうか。ところどころ独特な言い回しが混じるが、それも彼女の個性だろう。
「ただ、ここに来てからは答が導けないものが出てきた。今、その解決法を思案中」
「雪姫ちゃんは学者肌って感じね」
 それでいて、真面目な性格なのだろう。
「分からないことがあっても、無理に理解しようとしなくていいと思うの。大抵みんな、世の中分からないことだらけだもの」
 鈴蘭は微笑を浮かべた。
「でも、きっといつか『あぁ、こういうことだったんだ』と思う時が来るんだわ。だから今は、ほんの小さなことでも身の回りの体験を楽しむといいわよ」
 それは、一緒に監査委員になった後でもそうして欲しいものだ。
 雪姫は監査委員の中で唯一の非契約者だ。「契約者として学校組織に所属すること」の意味を理解出来ていない生徒がいるのは憂えることだが、だからこそ契約者ではない者からの視点による監査が加わるのは、好ましい。契約者だけでは見落としてしまいそうなことでも、雪姫なら気付けるかもしれないからだ。
 もちろんそれだけでなく、鈴蘭自身も後輩に大切なことを伝えていきたいと考えている。卒業しても、この海京と学院に関わる者として。