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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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●Crying In The Rain

 冷たい、冷たい雨である。生温かい空気を追い散らし嘲笑うような。雨粒は大きく、小さな氷の礫がぶつかってくるようにすら感じられる。
 その雨を伴奏にするように、ざっざと一定のリズムを刻みながらクランジの集団が近づいてくるのが見えた。豪雨の中でも、その数が少なくないことくらいすぐに判った。北岸の事情を知らなければ、これも『大軍』と呼べる規模である。これはいずれから来た集団だろうか。北の防衛戦を破って流れてきたものか。あるいは南手から迂回してきたものか。東岸あたりから上陸した第三波という考え方も成り立つ。
 いずれにせよはっきりしていることは一つ。
 それはあれが、敵だということだ。

 いち早く前に出て、迫り来る影を背に振り返ったのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
「ローラ、いよいよ……わかってる?」
 着込んだタイラントアーマーに雨が染みこんでくるが、美羽はその冷たさなど気にもかけていなかった。
 彼女が気にしていたのはローラのことである。
 クランジが来る。たとえ量産型であろうと、それはローラが、同族と争うことを意味する。
 ローラとて心境は楽ではないはずだ。なのに彼女は気丈にきっぱりと言った。
「うん。ワタシ、戦う」
「戦っちゃ駄目とは言わない。こんな状況じゃ、そんなこと言ってられないだろうしね。けれどローラ、判って。ローラのすべきことは、あの子……パイに会うこと。きっとこの戦場にパイはいるって、ローラ言ったよね? なら、パイのことを第一に考えてあげて。あの中にいるかもしれないパイのことを」
「もちろん!」
「水を差すつもりはないが、聞いておきたい」
 桐ヶ谷煉が問うた。
「もしもパイが、敵対を選んだらどうする。説得の言葉に乗らなかったとしたら?」
「止める」
 ローラの褐色の頬を、涙のように雨が伝った。
「山葉校長からも問われたかと思うが確認しておく。パイが、この世界の平和に害なす集団から離れられないとすれば、殺してでも止めなければならない……できるのか?」
「ちょっと、そんな極端な話ここで持ち出さなくたっていいじゃない!」美羽がつっかかるも煉は譲らなかった。
「そうならないように俺たちも最大の努力はする。これは、覚悟の話だ」
 抜き身にした煉の両刀が、雨を吸って活力を得たかのように冷たい光を放っていた。
「覚悟、してる」ローラは、真っ直ぐに煉の目を見ていった。碧がかった美しい瞳である。
「……判った」
 先陣を切らせてもらう、そう言い残すと、煉は水音上げ、敵に挑みかかるべく馳せた。
「エヴァっち、エリー、マコ、続け!」
「アハハハッ! きたきたきた! 遠慮なく暴れるぜ!」
 いち早くエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)が彼の背を追った。黙っていればしとやかそうな正統派美少女であるのに、戦闘本能を剥き出しにしたエヴァはまるで獣だ。しかしその勢いはバイソンというよりはチーターのそれだろう。ミラージュを発動し残像を連れ、迎え撃つクランジの鞭をすいすいと回避する。
「さぁ壊れちまいなッ!」
 カッとエヴァが口を開くと、そこから牙のような犬歯がぎらりと顔を出した。手には覚醒型念動銃、手近なクランジの頭にこれを押しつけ、指が痙攣したように彼女は何度も引き金を引く。ボゴッ、ゴッと音を上げマネキン状のクランジ頭部が弾痕に凹んだ。
「ちょっとエヴァ! なによその無茶苦茶は! ディフェンダーの立場も考えて!」
 エリスが大声を出した。実際、怒っているのであり、これくらい大声を出さなければ土砂降りと銃声で何も聞こえないという事情もあった。
「るせぇ! 立場考えろなんて言葉をその口で言うか!」
 痛烈に厭味を返すも、エヴァがディフェンスシフトを取って他の敵を防いだタイミングで、
「一丁上がりィ!」
 今度も零距離、怒濤のパイルバンカーをエヴァはクランジに喰らわせる。頭部にしこたま弾丸を受けたクランジは、糸が切れた操り人形のようにもんどり打って斃れた。これで空いた場所に煉が飛び込んだ。彼の周囲を一掃する勢いで、タクティカルアームズの銃口から、炎熱の弾丸が途切れなく放たれる。
「父様、存分にご活躍下さい! 牽制はボクが引き受けます!」
 真琴である。雨中の戦闘には慣れていないはずの彼女だが、その攻撃に迷いはなかった。
「マコ、そのまま続けろ!」
 狙うは短期決戦だ。煉の刃が獰猛にクランジの鞭を断ち切った。
「……何が殺してでも止める覚悟はある、だ」
 煉は呟いていた。この雨、そして戦い。声は誰にも届くまい。それでいい。
 ローラの瞳を煉は思い出している。無理をしていることくらい、わからないはずがあろうか。
「本当は助けたくて、一緒に居たくてたまらないんだろうが!
 正直な気持ちを言えばいいんだよ……なぁ、本当はどうしたいんだ?」
 訊くまでもなくローラの答は知っているつもりだ。

 ロアは小型飛空艇に飛び乗り、迷彩塗装の姿で空から支援に回る。機晶爆弾の爆撃は、雨で威力が落ちているとはいえ十分に足止めの効果を発揮しているだろう。
「グラキエス、抜かるな!」
 斬り結ぶ修羅の中にゴルガイスもあった。彼の獲物は豪快きわまりないトゥーハンディッドソードだ。その切れ味よりも重みで、斬る。だがあまりに強く振り下ろしすぎたかもしれない。ゴルガイスは勢い余って前のめりになってしまい、剣で地面に押し倒し左腕を叩き潰した相手に、残った腕で逆襲されていた。
 首に、電磁鞭が巻き付いたのだ。
「ぐああああああああああ!」
 雨に濡れた体に電撃が流れる。強烈! 彼の背びれは逆立ち、頭は割れるように痛んだ。叫び声もすぐに喉が鳴るだけになる。舌が麻痺したのだ。息が詰まる……。
「ゴルガイス!」
 レーザーブレードが一閃した。たちまちゴルガイスを苦しめていた電流は途切れた。
 グラキエスが彼を救ったのだった。
「無理をするなと言っておいてこれだ。注意散漫だぞ。なにか気になることでも……!」
 このときグラキエスが一瞬、短く顔をしかめたのを竜人は見逃さなかった。
 ゴルガイスは背負っていた盾を投げつけ、グラキエスの背後から迫るクランジにぶつけた。小ぶりだがなんという重さか、クランジは転倒してもがいた。
「無理をしているのは貴公ではないか! 眼前の敵を捨てて我を救ったか。みすみす、背後からの一撃を浴びて」
 ゴルガイスは口惜しさと怒りに唸り声を上げた。グラキエスの背に、真っ赤な鞭の跡が残っていた。首も赤黒くただれている。
「大丈夫ですか。二人とも、すぐに癒します」
 主従のところに馳せ参じたのはベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だ。彼女も激しく雨に濡れ、額には濡れた栗色の前髪がべったりと貼り付いている。戦いのなか、ベアトリーチェも決して無傷ではないが、命のうねりをもたらして各人の傷を塞ぐのだった。
「すまない。恩に着る」
「お礼なんていいです。なんとか敵を減らしましょう。そうでないとあの中に、パイさんがいるのかどうかすらわからない」
 ベアトリーチェから数メートル右手にはコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の勇姿があった。その輝く翼が水を弾くのか、豪雨の中にあっても彼の背は乾いている。羽毛持つ翼も、味方の旗印のように羽ばたきを繰り返していた。
「美羽、空間を作って……!」
 蒼炎槍をコハクは構えている。だがあまりに強力な破壊力を持つこの対イコン兵器は、ともすれば味方を巻き込みかねない。
「わかってる……ローラ?」
 美羽は炎をまとう拳を上げ、瞬時ローラを振り返った。すでに彼女も準備ができている。
「ワタシ、戦う。ワタシ……もう人形じゃない!」
 かつてローラは百人力の怪力を有していた。瀕死になり修理されてからはそこまでの強さはなくなったものの、それでもなお、戦士としてのポテンシャルは高いものがある。
 美羽が転倒させた量産型をローラは抱え上げている。易々と。
 瞬間、雷光が轟く。遅れて雷の音も。
「さよなら、姉妹(シスター)たち、ワタシ……もう人形じゃない!」
 雷に照らし出された彼女は、大雨で制服がぴったりと肌に貼り付いていた。
 両眼からあふれるものがあったが、それは涙か、雨か。
 ローラはクランジを投げた。それが他の数体を押し潰す。
 これに合わせ、
「行くよ!」
 美羽が炎の拳で眼前のクランジを殴りつけた。弾き飛ばされた機体は他の機体を巻き込み、ローラが成した山をさらに高くする。
 そこに、
「僕は……僕のできることを」
 コハクが槍を繰り出した。蒼い炎をまとう槍。絶大な破壊力をもつ槍を。
 一つのクランジが爆発すると、連鎖するように何機もその後を追った。
 立てた爆音は、雷のそれすら上回った。