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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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 同時刻。イルミンスールの森にて、その最前線。
 一度は敗れたはずのアルケリウスが、執念がそのまま形になったかのような黒い憎悪の炎を纏って立ち塞がるのに、相対する契約者たちは、それぞれ苦い顔で向き合っていた。一度は倒れたとは言え、厄介な相手には違いない。
 お互いが牽制しあうような、ちりちりとした空気中、その先頭に立つ樹月 刀真(きづき・とうま)はふう、と微かな息を吐いた。
「どうあっても、槍を下ろすつもりは無いようだな」
 問いというより確認をするかのように言って、刀真は「取引しないか?」と唐突に切り出した。
「……取引、だと?」
「そうだ。巫女との同化を解除する方法を教えてくれ。その代わり、俺はあんたと契約する」
 訝しげなアルケリウスに答えたその言葉に、何人かが驚いて目を見開いたが、それ以上にアルケリウスの方が虚を突かれたようで目を瞬かせていた。
「そうすれば、復讐のチャンスは失われない。少なくとも、ここで倒されるよりましだと思うが?」
 その提案に、「巫女の同化は、何をしても止められん」と、アルケリウスは顔を歪めるようにして笑った。
「俺自身の術では無いからな。いずれ、超獣が巫女自身となるだろう。それに……」
 その言葉のもつ意味を、悟らせるより先に、アルケリウスの槍が翻り、ひゅ、と空を切った。途端、全身の炎が、焼き尽くすそれから、一種の闘気のように槍先まで駆け上がって収束する。
「俺も、まだ終わったわけでは無いぞ」
 諦めの悪さ、と言うよりどこか妄執めいたものを思わせる物言いに、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が顔を顰めていると、煉が口を開くより先に、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)が「ふざけんじゃねえ!」と声を上げた。
「お前みたいなブラコンに、好き勝手やらせるかっつの!」
 怒りのままに怒声を吐き散らすエヴァを、まあまあとひとまず落ち着かせ、片手で下がらせてから改めて「何故だ?」と煉はアルケリウスに向って口を開いた。
「何があんた程の戦士をそこまで狂わせる?」
 戦士筆頭であったアルケリウス。憎悪と憤怒を露にしつつも、戦闘の最中にあっては、殆ど冷静さを崩すことのなかったその実力を、身をもって体験しているだけに、まるで今の状況を判っていないかのようなアルケリウスの態度が解せないでいるのだ。
「もう判っているはずだ。あんたの敵は、俺たちじゃあないってことは」
 アルケリウスが手を組んでいる真の王こそが、彼の憎悪の根源である、一族を滅ぼした者に通じている可能性がある。復讐すべき相手は真の王であり、巫女やディミトリアスを助けようと言うのなら、敵対する必要は無いはずだ、と。
「その槍を降ろすんだ、アルケリウス。このまま戦い続けることに、意味はない筈だ」
 その言葉を引き継ぐように、神崎 優(かんざき・ゆう)も口を開いた。
「このまま憎しみに駆られたままでは、貴方の……いや、貴方達二人の大切な人を救えない」
 例え巫女を救い出したとしても、彼女の心を救うには、アルケリウスが必要なのだと。そして、アルケリウス自身も、救われなければならない、と。そう続けられた言葉に、アルケリウスは肩を竦めるようにして、切っ先を優に向けると「傲慢なことだな」と目を細めた。
「一方に陽が当れば、一方が陰になるように、貴様らが果たせるものは、二つに一つだ。救いなど……どこにもありはしない。俺はこの魂の全てをかけて、復讐を果たすのみだ」
 自分を屠るか、そうでなければ、全てを諦めるか。選択を迫る物言いは、どこか復讐者としてそぐわないように思えたが、一同がその疑念を抱くより先に、アルケリウスに向って、ぱちぱち、と妙に場違いの拍手が沸いた。
「最後まで足掻くその姿……いいぜ、最高だよ、貴様は」
 そう、妙に芝居がかった物言いで笑みながら、高らかに、びしりとアルケリウスに指を突きつけたのは、陽介だ。意思を揺らがせず、倒れようとも足掻く姿を「気に入った」と称しながらも、その目は既に、敵を見る戦意が宿っている。
「そんな貴様を、俺はただ無残に打倒してやろう! そしてお前は、間違いに気付け!」
「そうだな」
 大仰な物言いではあるが、はっきりと意思の篭った陽介の言葉に、高塚 陽介(たかつか・ようすけ)も頷いて構えを直す。
「あんたが全てを壊そうというのなら、その憎悪、叩き斬って止めてやる」
 一声。
 一同が、それぞれの武器と意思とで、アルケリウスと対峙する。
 自らに向う戦意に口元を歪めて笑うアルケリウスに神代 聖夜(かみしろ・せいや)は不敵に笑い返した。
「優は助けたい、救いたいと思ったら、梃子でも動かないからな。覚悟しておけよ」




 同じ頃、彼らよりやや後方。
「結界への影響は問題ありませんか?」
 術式を構築しているフレデリカに変わって、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が問うのに、氏無は「多分ね」と答えた。
「元々違う目的で組んだ結界術式だから、衝突もないし、術的接合点もない。大丈夫だと思うけどねぇ」
「遺跡側への影響は無さそうでしょうか」
『今のところは』
 それには、浩一の中継を挟んで司が答えた。
『祠の活性化による影響で、力が満ちているのが判るが、そなたの術式の余波は恐らくこちらには寄らないだろう』
 答えて、司は遺跡を見回した。
 遺跡の中枢にあたるドームでは、フライシェイドが巣として使っていた天井の幾つもの穴に、ほんの僅かではあるが淡い光が灯り、照明の光を弱めると、まるで星々のようにも見える。そんな中へと移送されてくる”槍”の設置は、本職である調査団の面々に任せていたのだが、その様子を見ながら、移送に同行していた一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)
が、不意に「問題は力の流れですね」と口を開いた。何のことかと首を傾げた司に、アリーセは続けた。
「超獣のエネルギーの話です。あれほどの膨大なエネルギーですから、万が一、還す筈の大地が受け止め切れずにあふれ出してしまう可能性があります。そうなれば、逆に被害が出てしまわないとも限りません」
『可能性はありますわね』
 鈴が難しい声で答えたのに、司はふむ、と腕を組んで遺跡をぐるりと見渡した。超獣のエネルギーが大地に還る、というのはすなわち、超獣側に向っていたエネルギーが逆流する、とも言える。とすれば、その流れる道は、超獣に繋がっているものへも波及するだろう。つまり、超獣に直接影響する祠と、ディミトリアスの術によって繋がる、刻印。即ち。
「――ここも、危険だということだな?」
「はい」
 答えるアリーセの声は硬い。それは、自分たちの危険に対して、ではなく、この場所……事件の後も、多くの人々がその生活を続けている、トゥーゲドアの街が、危険に晒されている、と言うことに対してだ。
「トゥーゲドア周辺の枯渇した土地が活性化するだけなら良いですが、超獣のエネルギーは計り知れません」
 出来るだけの避難を進めているものの、その余波がどの程度かも判らないし、命が助けられたとしても、その後の生活に影響があるようでは、ただでさえ超獣の復活の際に街が受けたダメージは回復し切れていないと言うのに、まさに止めをさされることになる可能性がある。だが、そんな中でも、全てがどうにもならないと決まったわけでもなかった。
「これも可能性ですが、”繋がり”が利用できるなら、もう一箇所、力の還し場所として候補があります」
「それは?」
 確証は薄いようだが、その目が諦めていないのを見て司が問うのに、アリーセは「イルミンスールです」と告げた。
「あそこには世界樹もありますし、現在ストーンサークルはあの場所にあります。遺跡との密接な関わりを利用すれば、こちらとあちらでエネルギーを分散させ、奔流を緩和できるはずです」
『成る程……そうですわね』
 鈴が納得の声を漏らし、直ぐに準備をしなければ、と続けた。あくまで可能性の話ではあるが、実際「そう」なってからでは遅いのだ。早速とばかり、必要な資材などがないかと打ち合わせを始める二人に、司は苦笑した。
「すまないが、そちらは任せる。そういった手配はそなた達のほうが本分であろうからな」
 頷いたアリーセに手を振り、司は踵を返すとドーム空間を抜けて通路へと足を進めた。あちらが超獣を還せるという前提を信じて動いているのなら、こちらはこちらで、やれることをやるべきだ。
 ややして、通路の奥。報告にあったように、通路を塞ぐようにしてある土壁に、風森 望(かぜもり・のぞみ)達によって発見された刻印、月を覆っていた”槍”に刻まれていたものと同じ形状をしたそれを興味深そうに見る司の隣で、グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が撮影してデータ化していく。それを目にして、ツライッツが軽く眉を寄せた。
「ディミトリアスさんたちの使っていた碑文と、どことなく似ていますね」
 その言葉に、調査団の中でも、そういった碑文や紋様の専門家が、私見を挟むところによれば、これは、系統が同じであると言うよりは、その時代の主流であるが故に似ただけだろう、とのことだ。
「……黒い、月……とでも言いますか、ディミトリアスさんの月に対して、逆……太陽ではなく、その属性を反転したようなイメージを持っていますね」
「ふむ……」
 その言葉に何かが引っかかるように司が首を傾げるのに、ツライッツは続ける。
「構成そのものが、類似した体系であれば……同じように黒い太陽を象るものもありそうですが……」
 どこかでそういった資料は無いものか、探してみる必要がありそうですね、とそんな説明をするツライツの横で、撮影を行っていたグレッグがふと、首を傾げながら撮った映像を巻き戻して「やっぱり」と小さく漏らした。
「どうした?」
「時折、反応があるんです。ほら」
 言葉の通り、ふっと刻印が僅かな反応を示した。だがそれも直ぐに消えてしまう。その反応はランダムで規則性はないことから、何かが発動している最中、というのではないのだろう。寧ろ。
「何かに……呼応している、のか?」
 司の呟きに、かもしれません、とグレッグとツライッツは同時に頷いた。

「この刻印が反応するとしたら……候補と理由は限られて来ますね」