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星影さやかな夜に 第一回

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星影さやかな夜に 第一回
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リアクション

 同時刻。犯罪結社コルッテロ、アジト。
 最上階、防弾ガラスで一面張りされた豪華な部屋。
 プレッシオの歴史ある街並みを一望出来るその部屋で、アウィス・オルトゥスは特徴的な笑い声をもらしていた。

「ひひひ、っひは。そうかそうか。
 これで納得がいった。有益な情報をありがとよ、闇商人」

 アウィスは重厚な木の机を挟んで、情報提供をしてくれたマネキ・ング(まねき・んぐ)に礼を言った。
 マネキは表情を変えずに―といっても陶器に表情の変化などはあり得ないが―起伏のない冷たい声で言い放つ。

「……これはビジネスだ。ゆえに感謝される必要などは無い」
「つれねぇなぁ。この俺様が感謝を示してんだ。素直に受け取れ」
「……受け取るなら感謝より金のほうがいい」
「っひは。分かったわかった。実直な仕事には報酬を、ってな。色をつけて支払ってやんよ」

 アウィスはそう言うと、指をパチンと鳴らせた。
 と、部屋の頑丈な扉がゆっくりと開き、仕立ての良いスーツに身を包んだオールバックの男性が現れる。

「お呼びでしょうか。アウィス様」
「コルニクス。こいつがお帰りだ。送って差し上げろ」

 コルニクスと呼ばれたその壮年の男性は、了承の意を込めて恭しくお辞儀した。

「……マネキ様。こちらで御座います」
「ああ、すまないな。それではまた新たな情報を仕入れたらこちらに来よう。またな、アウィス」
「っひは。そりゃ頼もしい。楽しみに待ってるぜ、闇商人」

 アウィスの下品な笑顔を見ながら、重厚な扉が物音を立てないよう丁寧に閉められる。
 コルニクスが先導する形で細長い廊下を歩いていき、やがてエレベーター前に到着すると、スイッチを操作して中に乗り込んだ。

「……マネキ様。今回、アウィス様とはどのようなお話を?」

 一階へと降下するエレベーターの中。
 コルニクスはドアの付近に立ち、マネキに背中越しに問いかけた。

「なに、ただの取引だよ」
「そうですか。それは何より――」

 瞬間、コルニクスが素早く反転し、マネキの首元にナイフを突きつけた。

「……これはどういうことだ?」
「……それはこちらの台詞だ、得体の知れない闇商人。さあ、企んでいることを吐いてもらおうか」

 口調も変わり、コルニクスは感情を剥き出しにして問いかける。

「企んでいることなどなにも」
「……ふざけるな。貴様の行為は我らに有益すぎる。
 有用な情報提供に始まり、優秀すぎる傭兵の斡旋。果てには莫大な資金援助など。そして何より――」

 コルニクスはぞっとするほど冷たい目でマネキを睨む。

「なぜ計画の詳細を知っている? あれは私とオウィス様しか知らないはずだ!」

 コルニクスは扉越しに聞いていたのだ。今回、アウィスの部屋で行われたマネキとの取引の内容を。
 誰にも話していないはずの計画が漏れたとは考えにくい。それにこの恐ろしい計画を知ってもなお、協力を惜しまず重要な情報を提供するなど常人の考えではない。
 ゆえにコルニクスがマネキを疑うのは当然の行為だった。

「疑わしきは罰せよ、だ。さあ、死にたくなければ答えろ!」

 コルニクスがマネキを尋問する最中。
 ピーンと機械音を立てエレベーターが一階の玄関ホールに到着した。ドアが自動で左右に開く。
 と、同時。

「……そこまでだ」

 コルニクスの背後から声がした。

「悪いが……まだ仕事中なんでな……」

 それはマネキの護衛であるセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)の声だ。
 エレベーターの外から《双龍刀【一閃爪】》の刃の先端をコルニクスの首に押し当てる。

「くっ……! 闇商人の犬が……!」

 コルニクスはナイフの柄を握る手に力を込めた。
 一触即発の空気のまま、しばらく時間が経過して――。

「我の部下が失礼した……謝罪料は後ほど色をつけて払おう。
 なので、コルニクス……その手を引け。このままでは悪戯に時間を消費するだけだ」

 この状況でも動揺すらしなかったマネキの仲裁により、コルニクスは舌打ちをしてから手を引いた。
 続いて、セリスも彼に対する警戒は解かずに刃を下ろす。

「……それでいい。では、我らは失礼する」

 マネキはそう言うと、エレベーターから出るために歩き始める。
 その途中。コルニクスの隣まで足を進めたときに、彼にしか聞こえない声で口にした。

「全ては我らの利益のためだよ。貴様らコルッテロの定義ではないか。
 ……それに、みんな大好きだろ? 祭りは……」

 マネキは意味深な言葉を残し、セリスをつれて玄関から出て行く。
 コルニクスはその後ろ姿を見送ると、ふつふつと湧き上がる怒り任せにエレベーターの側面を強く叩いた。

「くそがっ! なんなんだ、あの闇商人共は! この俺を虚仮にしやがって!」

 コルニクスの荒い声が人の少ない玄関ホールに響きわたる。
 偶然にも、そのやり取りの一部始終を見ていた者が一人。

(おやおや、怒り心頭といったところかねぇ。
 ……けど、これはもしかしたらまたとないチャンスかも)

 永井 託(ながい・たく)はそう思うと、怒りに満ちた彼にゆっくりと近づいていく。

「どうやら、お困りみたいですねぇ」
「あ゛ぁ!? なんだテメェは!」
「ただのしがない傭兵ですよ。……ですが、私も少々困っていまして」
「あ゛? テメェが困ってようが俺にはなんの関係もねぇだろうが。俺は今機嫌が悪いんだ。死にたくなかったらさっさと消えろ!」
「いえいえ、関係大有りですよ。と、言うのもお互いにとっていいお話がありまして」
「……あ゛? 話だと?」
「ええ」

 託は小さく頷くと、言葉を続ける。

「私を、あなたの手駒として雇いませんか?」
「……手駒だと?」
「はい。私はコルッテロの報酬の額が少々物足りませんので。
 ここら辺で小遣い稼ぎを、と。……どうです? お安くしておきますよ」

 頭から血の気が引いたコルニクスは腕を組み、悩み始めた。

「……手駒か。
 確かに、自分で動かすことの出来る奴がいれば、あの闇商人がなにを企んでいようが即座に対応が出来る」
「ええ。それに私は金がもらえればそれでいいんでねぇ。金の分は働きますよ。そこら辺は信用してください」
「……しかし、だ。それは前提として腕が立つ必要がある。おまえは実力があるのか?」
「はい。勿論」

 託は作り笑顔を浮かべ、言い放つ。

「私なら目立たず事を処理することができますよ」

 コルニクスはしばし考えを素振りを見せて、そして首を縦に振った。

「分かった。貴様を雇おう。
 少しでも不審な行為や失態をおかしてみろ。その場で貴様を殺してやる」
「おお、怖いこわい。そうならないように全力を尽くしますよ」
「ならばいい。ついてこい。
 ……まずは私と共に行動してもらう。貴様が信用に足るかどうか判断するためにな」
「ええ、了解しました」

 返事を聞いて、コルニクスは踵を返す。
 託はその後についていきながら、ほっと胸を撫で下ろした。

(要人への接触は完了。潜入捜査、初手は無事完了ってとこか。
 ……情報を得るためにも、ここからが勝負どころだねぇ)

 ――――――――――

 最上階。アウィスの部屋。

「獣人の女の件も含め、計画は着々と進んでいやがる。
 ……ひひひ……っひは……あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 一人になったアウィスはグラスに注いだ美酒を揺らし、歓喜の笑い声をあげていた。
 と、同時。それと同じぐらい大きな高笑いをあげて、重厚な扉を勢い良く開けて白衣の男が参上した。

「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)!」

 ハデスはそう名乗ると、突然の登場に驚いているアウィスを見つめながら言葉を続ける。

「犯罪結社コルッテロの首領アウィス・オルトゥスよ! 同じ悪の秘密結社として、我らオリュンポスが手を貸そう!」

 ハデスの協力の申し出に、アウィスは不機嫌そうに顔を歪めた。

「……あー、折角一人で悦に入ってたってのに。邪魔しやがって。
 で、オリュンポスって言ったよな。あれだろ、パラミタ各地で暗躍してる組織だよな?」
「フハハハ! そうだ! 我らオリュンポス、コルッテロのプレッシオ征服計画に協力しよう!」
「征服計画、ねぇ」
「ククク。そして、コルッテロがプレッシオを完全掌握した暁には、我らオリュンポスと共に世界征服に乗りだそうではないか!」

 世界征服、という単語を聞いてアウィスは腹を抱えて大笑いした。それは侮蔑ではなく、面白い、といった感情により生まれたものだ。

「……っひは、ひはははははははは!
 世界征服とは大きく出たな。いいぜ、気に入った。協力しようじゃねぇか、ドクター・ハデス」

 アウィスは目尻に滲んだ涙を拭き、一面のガラス越しに街を見下ろした。
 ささやかな月の光を拒否するかのように、プレッシオの街の灯は煌々と灯っている。

「なぁ、ドクター・ハデス。このカーニバルには、一体どのぐらいの観光客が来てるんだろうなぁ?」
「ククク……観光客? そんなものは決まってる。
 それはまぁ、数え切れないほど……ククク……まぁ待て、考えさせろ……ククク……たくさん、じゃないか……ククク」
「っひは、だよなぁ。数えるのも億劫になっちまうほど大勢だ!
 そのなかには、あの裏切り者の獣人と共に逃げてる旅行でやって来たようなクソ共も!
 パラミタに名声を轟かせるクソ共も! 特別警備部隊とかいう警護を委託されたクソ共も!」

 アウィスは興奮した様子で言葉を紡いでいく。

「たくさんだ。たくさんのクソ共がこのクソッタレの街に集まった! ハイ・シェン様々だぁ!」

 アウィスはグラスを満たす美酒を一気に飲み干すと、上機嫌な様子でハデスのほうへ振り向いた。

「なぁ、ドクター・ハデス。喜べよ。カーニバルにこれだけの人数が集まったんだ。
 上手く行けばこの街を掌握するだけには留まらないかもしれねぇぞ? それこそ、世界征服の足がかりになるかもなぁ」
「ほぅ……それはどういうことだ?」
「っひは、そのままの意味だよ。
 一番人の集まるカーニバルの最終日を恋人を待つ奴みてぇに楽しみに待っとけや」

 アウィスは再び街に目をやった。
 それは、物心ついたときから長年欲しいと思っていたのにずっと手に入らなかったもの。
 しかし、もうすぐそれは手に入る。自分の物になる。そう思うと、言葉では表現できない感動が、アウィスの全身を駆け巡った。

「っひは……ひひひひ……っひは……ひひひひひ!」

 アウィスは夜空を抱くように両手を広げて、笑い出した。

「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」