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リアクション
●シャーロット・モリアーティの封蝋
ここは蒼空学園、その実験室。
馬場校長の許可を得て、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)はある危険物と対面していた。
それは剣、砕けた剣。
ひとたび『白虎』と呼ばれていたあの魔剣の残骸だ。
シャーロットの作業はもう終わっていた。彼女は蝋をあぶって溶かし、これを封筒の合わせ目に落とした。
血の塊のような赤い蝋の上に、きゅっ、とモリアーティ家の家紋を押す。
封蝋だ。
いくらか古風だがシャーロットらしい。これが彼女の報告書だという。
「セシリア、この報告書を馬場校長へ届けて下さい。内容は、あくまでも推測だということを伝えておくように」
「確かに、お渡しします」
恭しくセシリア・モラン(せしりあ・もらん)はこれを受け取った。
ヴィクトリア王朝期のような二人のやりとりだが、これを見守る大公爵 アスタロト(だいこうしゃく・あすたろと)も満更ではない顔をしていた。
データを送るだけなら電子メールでも使えばいい。なによりメールは迅速だ。
しかしあえてシャーロットはそれを選ばなかった。それがいい。
電子データはハッキングされる怖れがある。コピーも容易だし消し忘れの問題もあった。
だが物理的な手紙ならハッキングはできないし、呼んですぐ暖炉に放り込めば消去も確実だ。
それに……これが一番重要なのだが、手紙は格調高い。
シャーロットの曾祖父が今ここにいたとしても、きっと手紙を選んだはずだ。そして彼女同様に、丁寧に封蝋を施したろう。
「それにしても、長くかかったな」
アスタロトは言う。
実験室をひとつ借り切り、ほぼ一日かけてシャーロットが行った調査は、白虎の破片を丁寧に探ることだった。
砕けた魔剣を選んだのは、『生きて』いる剣よりも扱いやすいと判断したためである。
サイコメトリを用いて彼女は、『白虎』の破片に籠められた想いや、まつわる過去の重大な出来事を読み取ろうと試みた。
やはり砕けたためだろう、魔剣の抵抗はほとんどななかったものの、読み出すのには相当な苦労を強いられた。
たとえるなら、砂漠に落ちたヘアピンを探すようなものである。『白虎』の中の世界は広大で、しかも乾いて変化がない。それに対し、感じ取れる手がかりは微細だったのだ。その世界に没頭すること、諦めない探求心をもってこれを行うことが要求された。
さしものシャーロットも精神的に参って、小休止を何度か取るはめになった。
そのたびに、
「疲れたようだな」
とアスタロトに回復を任せることにもなった。
「その成果が……ここに」
苦労の結晶を抱くセシリアは誇らしげである。
彼女の報告書を紐解くのは次回冒頭に譲ろう。
今回は、そこに書かれた一点だけを明かすことにしたい。
それこそ名探偵シャーロット・モリアーティが、ついに突き止めたもの……点と点を結び線となすものであった。
白虎の中にシャーロットは、グランツ教の影を見出したのだ。