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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 17


「ちくしょう、何やってんだ」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)の胸中は、恐らくその一言で表す事ができるだろう。
 彼は精鋭部隊として黒い大樹近くまで乗り込んでから、すぐに部隊を離れ、身を隠し、この戦いの撮影を続けていた。今後のために必要になるであろう、情報収集のためだ。
 作戦開始からしばらくは、精鋭部隊の快進撃が続いた。慌てて飛び出してくるゴブリンは、選び抜かれた精鋭部隊の敵ではなかったし、敵の反撃も組織的なものではなく、近くに居た部隊がとりあえず行動をしているといった有様だった。
 この初動の遅れは、人間と人間の軍隊であれば致命的なものだったはずだ。人間の戦争も殺し合いには他ならないが、勝負を決めるのは戦う意思の有無だ。どちらか一方の心が折れれば、降伏という形で戦いは終わる。少なくとも、国家と国家の戦争はそういうものだ。
 本来なら、これほど素早く懐までもぐりこまれれば、指揮官はともかく一般の兵士の心は折れる。だが、ダエーヴァの怪物どもは、体が動く限りは抵抗しようとしてみせる。
 ここに居るのは、いわば本部直近のエリートであり、オリジンにやってきた遠征軍の中に居たやる気の無い奴の姿は見られない。
 むしろ、勇ましく戦って、死ぬ事に名誉であるような雰囲気すら感じ取る事がある。特に、ゴブリンよりも数が少ないワーウルフやミノタウロスはそんな気配を隠すつもりはないようだ。
 ダエーヴァは夥しい仲間の死体を踏みしめながら、抵抗を続けた。大樹にとりつけた部隊も、離され囲まれ、摘み取られていく。キルレシオは精鋭部隊の方が高くても、それを上回る数で押し続けれるのだからたまらない。
「この辺りが、潮時か」
 データは持ち帰ってこそ意味がある。あのライオンヘッドは国連軍にとっては未遭遇の怪物だ。他にも、増えるザリスや、大樹周囲で利用されている建物などの情報が、武尊のカメラに記録されている。
 戦いの状況がほぼ決した以上、逃げ場が塞がれる前に撤退するしかない。個々の戦いはまだ決着してないところも多いが、それとて時間の問題だ。特に問題なのが、契約者と遊んでいたザリス達が、部隊を動かし真面目に行動をとり始めた事だ。大樹の上から狙撃を繰り返すザリスにまで手がまわっておらず、こちらの戦力を確実に削いで回っている。
 退路を確認するため、振り返った武尊の目に意外なものが映る。
「おいおい、聞いてないぜ?」

「足を止めるな、一瞬でも足を止めれば身動きが取れなくなるぞ」
 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)の言葉に、国連軍の兵士とエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)は言葉ではなく、行動をもって返事とする。
「さぁ、道を明けな!」
 エヴァのショックウェーブが正面のゴブリンをまとめて吹き飛ばす。なんとかこれを耐えたゴブリンも、
「そこをどけ!」
 煉の剛剣に叩き伏せられる。
 既に取り付いていた精鋭部隊の外側から突然進攻してきた彼らは、もともと本隊として行動していた部隊だ。
 本隊が行軍を止めたあとも、少数で大樹へと接近していたのである。本隊の戦果と、黒い大樹での防衛のためにできた隙間を縫って、ここまで近づけたのだ。
 彼らの横の建物から、ワーウルフが飛び出してくる。
 そのワーウルフは、地面に足が付く前に、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の試製二十三式対物ライフルによる五月雨撃ちで撃ち落された。
「一人ひとりを相手にしている暇は無いであります」
 彼らは足を止めず、ゴブリンの群れに飛び込んでいく。
 大樹へ攻撃を仕掛けた精鋭部隊を囲むために、背中を見せていたゴブリン達の反応は遅く、彼らの突撃を払いのける事はできなかった。
 撃ち落されたワーウルフは、傷ついた身体に鞭を打って身を起こそうとする。混乱しているゴブリン達に冷静さを取り戻させようと口を開いたところで、背中から撃ちぬかれて再び倒れた。今度は、起き上がらない。
「ターゲットダウン」
 ヴァイス・フリューゲル(う゛ぁいす・ふりゅーげる)がそう宣言する。
 突撃していった煉達は、塞がる敵を全て排除しきっているわけではない。あくまで道を開き、自分達をより前に進ませているだけだ。
 彼らが仕留めきれずに立ち上がる敵、あるいは後ろに回り込もうとする敵を確実に仕留めるのは、こちらの役割なのだ。
「吹雪どもが第一の壁を突破、遠慮はもういらんな」
 別地点のイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)から通信が入る。
(六連ミサイル、発射シークエンスオールグリーン、敵部隊を排除します)
「総員、遠慮はいりません。目に映る敵を撃退します」
 鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)から大量のミサイルが射出される。
 これに合わせ、ヴァイス自身も六連ミサイルを、さらに国連軍から預かっている部隊、トライデンス―――かつてアナザーの桐ヶ谷煉が率いていた部隊―――がゴブリンの群れに一斉に攻撃を仕掛ける。
 この攻撃で、彼らの正面に陣取っていた敵部隊はほぼ壊滅した。とはいえ、敵全体から見れば微々たるものであるのは、何より彼らが一番理解している。
「この通信が聞こえますか、聞こえるなら返事をしてください」
 周波数を精鋭部隊のものに切り替え、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が何度も呼びかける。
 定型文を何度か繰り返したところで、返事が帰ってくる。
 外からでは精鋭部隊の様子ははっきりとはわからない。敵が動いている以上は活動をしているのだろうと推測する事はできても、あくまで推測だ。
 精鋭部隊から告げられる報告は、決して喜ばしいものではなかった。それは自分達が無茶を押し通した事に意味を与えるものだ。
 理想は無意味である事だったが、そうはいかないのならば、自分達の行動が無価値にならぬよう最善を尽くすだけである。
「我々は本隊付属の遊撃部隊です。今より撤退を支援します。脱出ポイントは―――」
「時間はあんまりないって、ちゃんと伝えてね」
 精鋭部隊とやりとりをするコルセアに、エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)はそれだけ伝えると、前へと乗り出した。
 さっそくゴブリンとミノタウロスの混成部隊が、こちらを排除しようと向かってきている。
「道を開くのは煉さんの役目、道を守るのは私の役目。よーし、来い! 私がここに居る間、誰も後ろにはいかせないんだから」
 接近してくる敵をプロボークで引きつける。
 国連軍と教導団を混ぜて一時的に結成している、撤退支援部隊はここに来るのに相応の無茶をしている。今でこそ暴れているが、実際には完全に孤立しているのだ。
 故に、その猶予は短い。
 救助に来たとは言えども、助けられるのはまだ動ける人たちだけだ。身動きの取れない人のところに駆けつけ、癒し、運び出すなんて余裕は無い。
 この強行軍を片道切符にするわけにはいかないのだ。
 既に太陽は姿隠し、周囲を暗闇が満たしている。
 国連軍に与えられたロスタイムは、ほんの僅かな物だった。

「撤退支援? んな話聞いて無いぞ」
「でしょうね。私も初耳よ」
 テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は突然沸いてきた情報に困惑していた。
 精鋭部隊同士で通信のやりとりはあるが、全てを俯瞰して判断を下すような人間は居ない。部隊単位での行動はあるが、総司令官という立場の人間は居ないのだ。
 精鋭部隊の中では、比較的大人数の龍雷連隊でさえ、末端全てと繋がっているわけではない。
 結果、どうしても情報は錯綜する。個人単位ではそれぞれ優秀なので、致命的な間違いは犯すことはないが、組織としての力はあまり期待できないのが現状だった。
「んで、どーすんだ?」
「現状、撤退は正直渡りに船ってところだと思うけど、判断を下すのはトマスよ」
「だと思った。ま、全滅待ったなしの状況じゃ仕方ないか」
 軍にとって撤退は恥ずべき選択ではない。維持になって戦い続けて全滅するよりはマシだ。
 相手にとっては、せっかく追い詰めた敵を逃がすのは面白いとは思えないので、弱っているうちにトドメを刺そうとするだろう。むしろ、難しいのはここからだ。
 間もなく、トマスから味方の撤退を支援するよう通信が来る。
「ところでよ。この助けに来てくれた奴らってさ、アナザー・コリマの差し金だと思うか?」
「まだ拘ってるの? いい兵士は上官の命令には従うものよ。違うかしら? それに、本隊付属の部隊なら、どちらにしたって指揮官の許可は貰ってるに決まってるじゃない」
「そんじゃさ、賭けようぜ。これはアナザー・コリマ直々の命令じゃなくて、あいつらが立案して行動したって、俺はそっちに夕飯のシチューの肉を賭けるぜ」
「別にあなたほど私は肉に拘ってないんだけど……けど、ダメよ。二人とも同じ方に賭けるんだから、賭けにならないわ」

「そや、目標地点に到達、こっちはいつでも準備OKや」
 シーニー・ポータートル(しーにー・ぽーたーとる)が通信機に向かってそう報告する。
「ひどい配置だな。ま、だからこそやりやすい」
 イングラハムは窓から僅かに顔を出し、状況を視察する。
 外から突入した吹雪達によって敵の配置はかき乱され、さらに精鋭部隊達もこの機になんとか撤退しようと各自に行動を行っている。
 そこへ、逃がすまいとダエーヴァがさらに混ざるのだから、戦場は混沌としている。
「よっしゃ了解、ぶちかましたれ!」
 通信をし続けていたシーニー元に、ついに攻撃開始の許可が下りた。
 攻撃のタイミングを今か今かと待ち続けていたジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)はさっそくホエールアヴァターラ・バズーカをぶっ放した。
 戦場の様子は滅茶苦茶だが、その戦場はほぼ直線の形をしている。撤退支援にやってきた部隊が確保できる道は一つが限界であり、そのポイントに敵と味方が集まって今の混乱が発生しているのだ。
 そこへ、横合いから攻撃を仕掛ける。
「さぁ、敵はこっちにもいるじゃぞっと!」
 狙いはそこまで正確にしない。それよりも手数が大事だ。
 放ってはおけない敵が居ると思わせ、こちらに戦力を振り分けさせる。そうして、余命短い退路の寿命を少しでも延長しようというのだ。
「敵がこっちに気づいた……到着するまで何秒かかる?」
「ざっと、二分、余裕を持って一分と見るだろうな」
 笠置 生駒(かさぎ・いこま)の問いに、イングラハムが答える。
「うん、わかった。あと三十秒攻撃を継続したら、この地点を放棄。場所を変えて、も一回同じ方法でいこう。そしたら、たぶんもう限界だから」
「ミイラ取りがミイラになっても仕方あらへんからな。けど、お土産ぐらい置いておかんとな」
 そう言って、シーニーは機晶爆弾を懐から取り出す。