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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 4


 月摘 怜奈(るとう・れな)はドアの前で屈んでいた。
「……開いたよ」
 その声は怜奈のものではなく、躑躅森 那言(つつじもり・なこと)のものだった。今は彼女に魔装として装備されているのだが、ピッキングの感覚そのものは那言頼りなのだろう。
「みんな、少し下がって」
 月摘 怜奈(るとう・れな)は入れ替わるようにして扉の前に立つ。一度振り返り、杉田 玄白(すぎた・げんぱく)レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)に合図を送る。
 気配を手繰る限り、扉向こうからは殺気は感じない。だが、何者かがいる気配も同時にしていた。
 三つ数えて、扉の中に突入する。
 力いっぱい開けられたドアがぶつかった音の反響が収まると、怜奈は灼骨のカーマインを下げた。
 部屋の中に居たのは、作業着姿の人間が十人前後。何かをしていた様子はなく、ドアから一番遠いところに固まっていた。
「ここの作業員ですか? 私達は国連軍の者です。皆様を救助するために派遣されました」
 そう怜奈が告げると、作業員達の緊張が途切れた。そして、今まで感じていた不安を紛らわすためか、それぞれが無秩序に疑問を投げかけてきた。
「外での音ややっぱ戦争してんのか」「この空港を壊しちまうのかい」「なんで今頃になって」などなど。
 次々に投げかけられる質問は、正直混ざって何を言っているのかわからない。すると、要救助者が男性ばかりだからか少し腰の引けていたレジーヌが、
「あ、あの! こちらの代表、というか、リーダー、みたいな人はいらっしゃいますか?」
 作業員達は顔を見合わせ、普段の業務でリーダーをしているらしい男性を選んだ。そこからは、情報の伝達とくみ上げにはそこまで苦労しなかった。
「うん、血色もいいし、労働環境も常識の範囲内みたいだね」
 怜奈とレジーヌがやり取りしている間に、簡単に作業員を見てまわった玄白が報告する。
「ちゃんと管理されてたって事でしょうか?」
「健康状態から見て取れるぶんには、そこまで酷い労働環境ではなかったと思うよ」
「なんか、以外ですね」
「僕はよく知らないけど、飛行機の事故を防ぐにはちゃんとしたメンテナンスが必要だったんじゃないかな」
「ちゃんと仕事をしてもらうには、きちんとした休息は必要、という事ですね」
 酷い扱いはされていない事に、レジーヌは安堵した。
 過酷な労働というのは想像しやすいが、ミスによる損害は大きい空港の作業では無茶をさせる方がダエーヴァにとっては不利益なのだろう。
 とはいえそれは、彼らが簡単に交換できない人材だからでもあり、これはある種の芸は身を助ける、というものかもしれない。
「何無駄話してるの?」
「ごめんごめん」
「ダリルさんにデータの送信が終わったら、移動するわよ。私が先頭、玄白は中、レジーヌさんは一番後ろをお願いね」
「わかりました」



「ふむ、そうか。それでは整備場の連中にはあてにできんな。敵を殲滅し次第、合流するように伝えておけ。それから、こちらにもう戻ってくる必要は無い。そのまま、もう行ってよい」
 タパハ伝令にそう伝えると、伝令はすぐに管制室から出ていった。
「タパハ様、彼には何を?」
 ダエーヴァの会話を理解できない久保田が尋ねる。
「援軍が来るまでの時間稼ぎに、ヨーロッパへ送る予定だった部隊を使わせてらもう、という事後承諾の伝令だ」
「よ、よろしいのですか? その兵団は確かダルウィ様の勅命で」
「仕方あるまい。初手での被害が大きすぎる。奴らは実によくやっているよ。それに―――いや、言うまい。ともあれ、ダルウィ様がよこしてくれる援軍が来るまで、ある程度の体裁を整えておく必要がある」
 もともと、あの兵団は、口減らしのためだ。戦場で散るのであれば、彼らもダルウィ様も本望だろう。そう考えはしたが、タパハは口にはしなかった。妥当な理由であり、間違ってはいなかったが、口にしてしまえば面倒を呼ぶ可能性もある。
 それに、彼らを使っても現状の戦力で奇襲部隊を蹴散らせるかと言えば微妙なところだ。空港への被害を無視すれば、艦艇からの援護によって一網打尽にされるだろう。
 ターミナルの内部に敵を招きいれ、時間を稼いでいる間にやってきた援軍が退路を塞ぎ、殲滅する。援軍に華を用意すると共に、味方を巻き込む状況にして海上の支援の手を止める必要がある。
 そのためには、こちらが最後の抵抗をしており、あと一歩で攻め落とせるといった状況を演出する必要がある。野戦で無駄に兵力を削りあうぐらいなら、時間そのもを削りつつ敵軍の足をもっと奥に置いてもらわなければならない。
「あちらが人道的な思考をしてくれる、という希望込みだが……まぁ、問題はあるまい」
「あの、何か?」
「独り言だ」



 国連の主力が位置する反対側に、少数で行動していた部隊があった。新星だ。
「さすがに、粘るな」
 横転したまま放置されたトラックの陰に滑り込みながら、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は呟く。彼らは整備場にてでダエーヴァの猛烈な抵抗に合っていた。物理的な距離もあるが、攻撃を仕掛ける前の下準備などで怪物達に準備の時間を与えた事も要因となっていた。
「あっちも同じ事考えてると思いますわ。少数の癖にしつこい、と」
 三田 麗子(みた・れいこ)がクレーメックに声をかける。
「む、戻ったか。首尾は?」
「恐らく成功よ」
 首都高速羽田線羽田トンネルの爆破の為に出向いていたのである。無事彼女が戻ってきたのは朗報だったが、それだけの時間足止めを受け続けているわけでもある。
「こっちは順調ではなさそうですわね」
「まだしばらくかかりそうですわね。緊急事態に慣れているのか、対応が素早かったですわ」
 攻撃の隙を縫って前進してきた島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が合流する。
「それに、ただの整備場というわけではなく要塞化も進んでいる。陸路から攻められるとした恐らくこちら側が高いと踏んで、準備を進めていたのだろう」
「確かに、陸路を通るならこちらの方がマシですものね」
「飛び交う飛行機も、人間が使ってた頃に比べて少なかったようですし、こちらの仕事を新整備場に任せてしまっても問題なかったのでしょう」
 こちらに向かってくる数体のゴブリンを撃ち倒す。
「これは、時間かかりそうですわね」
 契約者だけなら敵陣に飛び込む事もできるだろうが、そうすれば孤立した彼らの部下は全滅するだろう。とはいえ一緒に突撃したところで、施設に取り付ける頃には半分近い損害を覚悟する必要がある。問題は、その損害を受け入れても攻略する価値がこの施設にあるかどうかだ。
 この作戦が、ダエーヴァの援軍を呼び込むための陽動であると考えると悩ましいところである。
 何かきっかけでもあれば、そんな彼らのところに地響きが届けられる。彼らから離れた遠くの橋が、崩れ落ちていくさいの副産物だ。
「……来たか」



「爆破許可確認! 総員退避確認! 爆破準備よし! 発破!!」
 相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)の声に少し遅れて、橋に設置された爆薬が答えた。耳を塞がないと耐えられない轟音と共に、橋が崩れ落ちていく。
「どうだ?」
「いま少し―――」
 相沢 洋(あいざわ・ひろし)の問いに、上空で待機していたエリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)が対応する。
「予想通りの効果を発揮しています。以上」
 橋の爆発に巻き込まれて、渡ってこようとした大量の敵軍は崩れていく橋と運命を共にしていた。洋達が防衛していた地点が、文字通り消え去ったのである。
「これでこれ以上この地点を防衛する必要はなくなったな」
「クレーメック隊が苦戦しているようですわ。援護に参りましょう」
 乃木坂 みと(のぎさか・みと)の言葉に洋は頷く。
 橋を落とした時点で、この場所の価値はほぼ無になった。
 ダエーヴァの軍勢が泳いで渡ってくる可能性もあるが、こちらに危険を晒しながら泳いだりしないだろう。以前の戦いでも、そうした様子は見受けられなかった。
「お待ちください、何かこちらに向かってきております。以上」
「何か、とはなんだ」
「あれは、騎馬隊でしょうか。かなりの速度です。数は、およそ百です。以上」
「騎馬隊が、橋はもう落ちますのに」
「何か手があるのだろう。兵に迎撃準備を取らせろ」
 間もなく、地上の彼らにもその騎馬隊とやらが視界に入った。
「みと、やれ!」
「はい!」
 減速する事なく川岸まで向かってくる騎馬隊を、みとが氷術で出迎える。その予備動作は向こうでも確認できたはずだ、だがそれでも足を緩める事無く走る。
「構うな、突っ切るぞ」
 川を挟んで対岸の騎馬隊の先頭を走るのは、三つの首を持つ奇妙な獣にまたがる黄金の鎧の大男、ダルウィだ。
 ダルウィは向かってきた氷術を、ハルバートの一振りでかき消す。全ては消えきらなかったが、後ろに続く黒い馬に乗った、首の無い鎧の一団はそれぞれに剣を振るって障害を打ち払った。
 そしてそのまま、かつての橋の残骸までたどり着くと、全くの躊躇もなく飛んだ。
 飛行ではなく、単なる跳躍で一息に川を飛び越えようというのだ。
「撃ち方……はじめ!」
 迎える洋が、指示を飛ばす。十分な射程距離だ。
 空中から着地するまでに、何発もの銃弾やエリスのミサイルがダルウィに着弾する。しかしそれらを意に介した様子なく、洋らを飛び越えて危なげなく着地した。
 そこでダルウィは獣の足を止め、後ろを振り返った。
 周囲には異様な熱気が立ち込めている。
「構うな、走れ!」
 ダルウィの号令に返事は無かったが、ダルウィはすぐに背を向けて獣を走らせた。
「あいつはいい。こいつらを行かせるな!」
 洋は単騎で駆けていくダルウィを無視し、後続の首無し騎馬隊に狙いを絞る。一方、ダルウィの命令を受けた騎馬隊は、洋達の攻撃を受けようとも身を守る最低限の動作だけに済ませ、この地点を突っ切る事に専念した。
 時間にして、十数秒といったところだろうか。
「私が二、エリスが一、みとが二、か。計算どおりだな」
 騎馬隊が駆け抜けていったあとに、残った敵の亡骸を確認する。全部で五騎。各自の自己申告の撃墜数通りだ。
「追うべきでしょうか?」
「追いかけても、あの速度は追いつけない。それより、あれは防衛網を突破するための部隊に違いない、恐らく後続の本命が存在しているはずだ。私達は、そちらを防ぐ事に専念しよう」

 この時の橋が落ちてからの数分の間に、いくつもの情報が飛び交った。
 その取りまとめをしていた裏椿 理王(うらつばき・りおう)から、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)の部隊に通信が届く。
「敵の司令級の存在を確認したんですね、了解しました」
「ただ、問題が一つ」
「問題ですか」
「敵司令級の足を止める、と通信があったきり、島本優子さんと連絡が取れてない」
 島本 優子(しまもと・ゆうこ)は同じ部隊の仲間である。敵司令級の足止めは彼女の役割で、時間を稼ぎつつ司令級を打ち倒す戦力を集結させる予定だった。
「戦闘中で、通信できないとかじゃないの?」
 松井 麗夢(まつい・れむ)が会話に割り込む。
「そうだとしたら、敵の動きが止まってないのは何でだよ」
 桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)の返答に、でもと続けようとする麗夢をゴットリープが抑えた。
「どうする?」
「こちらで対応します。司令級はどうしてますか?」
「一直線にターミナルに向かってるよ」
「了解しました。では、そちらの対応をお願いします。通信終了」
 通信を終了させたゴットリープは、枝島 幻舟(えだしま・げんしゅう)に向き直った。
「なんじゃ?」
「島本さんの捜索をお願いします。滑走路にいるのであれば、空から探せばすぐに見つかると思うので」
「それは構わんが、よいのか?」
「間もなく相沢さんの部隊が合流すると連絡がありましたし、敵はあちらの橋を通る予定だったようなので、こちらに回ってくるには少し時間がかかるでしょう。居場所が確認できたら、回収は彼女にお願いしてください」
 そう言って、麗夢に視線を向ける。
「あなたはそのまま、上空で敵の動きを偵察をお願いします」
「ふむ、ついでに見てこいというのであれば、問題ないじゃろ」
「私が行くの?」
「一つ仕事が減ったぶんの埋め合わせですよ」
 当初の予定では、空港に繋がっている鉄道路を破壊する予定だったが、鉄道は途中で途切れており使用できる状態ではなくなっていたため、彼女の任務が一つ減っていたのである。
「急いでくださいね」
「任されようかの」
 一足先に、幻舟が飛び立つ。
「わかった。行ってくるね、すぐ戻ってくるから」
 二人がこの場を離れていくのを確認してから、鶴 レナ(つる・れな)が「よかったの?」と問いかける。
「先ほど口にしたのが全てですよ」
「ふーん、まぁ、そういう事なら二人の分も頑張らせてもらうだけよ」
 二人の視線の先、黒い蠢くものが僅かに確認できる。こちらに攻め込むための最後の調整をしているのだろう。
 どの程度の数の差があるだろうか、その考えをゴットリープはすぐに捨てた。
 ゼロの数を数えている暇があるのなら、できる事をするべきなのだ。