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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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【八 交易開通に向けて】

 同時刻。

 ニキータ達を護衛に従えたアレステルは、朝食もそこそこに、クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)沙 鈴(しゃ・りん)綺羅 瑠璃(きら・るー)秦 良玉(しん・りょうぎょく)の五人を交渉補助担当に任命した上で、遠距離移動用の閉じられた空間を経由して東カナン西部の街ベルゼンへと入った。
 アレステル一行を出迎えたベルゼンの太守ネグーロ・ジーバスは、アレステルとの初見の挨拶を交わすと、早速交渉用のテーブルが設置された会議室へと、彼女達を案内した。
 テーブルを挟んで双方がそれぞれの席を確保すると、まず最初にクエスティーナが、持参したサンプル用のスイーツ核種をテーブル上に広げていった。
「百聞は一見に……しかず、といいます。沢山作って……参りましたの。お口に、合えば……よろしいのですが……」
 クエスティーナはサイアスに手伝わせつつ、手早くサンプル用スイーツを参加者全員の前に並べてゆく。
 ジーバス太守も心得たもので、クエスティーナのサンプル用スイーツが供されるのを見るや、彼も家士に命じてクエスティーナが持参したヒラニプラ茶を受け取り、すぐに淹れさせた。
 こうして、互いが茶菓子に舌鼓を打ちながらの、和やかな空気の中で第一回目の交渉がスタートした。
 アレステルはまず、鈴から受け取った膨大な資料を正副三部ずつ取り出し、そのうちの半数をジーバス太守側に手渡して、交易開通に必要となる諸々の取り決めに関する説明から入ることにした。
 シャンバラ国内の移動路については、全て陸路で行くという方針が定まっている。
 但し、まだ未決定ではある。
 というのも、ヴァイシャリー家とザンスカール家との間でまだ詳細の詰めが残っており、場合によっては一部空路になる可能性も残されていた。
 しかし、これらはいずれもシャンバラ国内の事情であり、東カナン側の関知するところではない為、アレステルはこの辺の説明はあまり詳しくは述べなかった。
「この交易路については現在、教導団にて保安調査任務を実行中です。この調査の結果を受けて、正式な交易路を決定する運びとなるでしょう」
 一方、東カナン側は当初から陸路だけを考えている様子だった。
 これは単純に、カナンの文化・技術レベルの問題であり、最初から他の選択肢など無いというのが実情であった。
「では、先に生臭いお話から進めていきましょうか……税と利権に関する問題です」
 アレステルの提案に、ジーバス太守は苦笑を浮かべた。
 確かにこれは避けては通れない話だし、何よりも一番揉めに揉めそうな部分でもあるのだ。
 こういう面倒臭い話から決着をつけてしまおうというのが、アレステルの政治スタイルであるらしい。
「交易そのものの関税については、当面は非課税としたいのですが、宜しいでしょうか?」
「勿論です。双方の経済繁栄が一番の目的ですから、ここで交易を無駄に制限するような動きをいきなり設定してしまうのは、喜ばしくないですな。その後の拒否権と決定権については、如何致しますか?」
「それは、貴国に委ねたいと考えております。持ちかけたのは、こちら側ですので」
 クエスティーナと鈴は驚いたような色を浮かべたが、しかしすぐに表情を改めた。
 そもそもの発端は、南部ヒラニプラの経済状態を何とかしたいという思いから出た事案であり、そういう意味ではシャンバラが何もかも握ってしまおうというのは、ムシの良過ぎる話であった。
 ともあれ、現時点では関税は非課税ということで、話が進んだ。
 但し、通行税は必要になる、というのがアレステルの認識だった。
 鈴が良玉と瑠璃に調べさせたところによれば、ヴァイシャリー家もザンスカール家も、交易路を通すことについては容認しているが、その保全と諸々の通行業務の為には、矢張り必要経費として通行税が必要だ、といってきているのである。
 これについては東カナンも同様で、交易路を通す西カナンに対しては通行税を支払う義務があるとの認識を持っていた。
「シャンバラ側の細かい通行税率については、こちらの沙中尉から提出させて頂いた資料をご覧ください。続いて、優遇措置と独占権についてですが、沙中尉、プランの説明をお願い出来ますか?」
「はい」
 鈴がアレステルからの指名を受けて、諸々の説明を披露した。
 これについては更に交渉を重ね、またお互いに持ち帰って検討しなければならない項目も多岐に亘る為、この席ですぐに決めてしまおう、という訳にはいかなかった。

 続いて、交易路の保全についての話に移る。
 鈴がヴァイシャリー家とザンスカール家から得た回答によれば、それぞれの地域内を走る交易路については通行税を取る以上、各家が責任を持って保安任務に当たるという提案を受けている。
 これに関してはヒラニプラ家としても、素直に応じる考えを持っていた。
「その為、教導団としては現在実施している保安調査任務を以て、交易路に関する行動を終了する、ということになります」
 鈴の説明を聞き、ジーバス太守は神妙な面持ちでうむ、と小さく頷くばかりである。
 一方のカナン側だが、西カナンの交易路についてはベルゼンの街から派遣される護衛隊が道中の保安を担保するという話になっているようであった。
 この辺りはカナン側の話であり、シャンバラ側がどうこういって口を挟める問題ではなかった。
「ではいよいよ……品目の話に入りましょうか」
 アレステルが宣言すると、ようやくジーバス太守の表情もほころんだ。余程、甘いものが好きらしい。
 ところが、ジーバス太守はクエスティーナが用意してきたサンプル用スイーツを早い段階であらかた食い尽くしてしまっており、まだ満足し切ってはいない様子だった。
「もっと色んな種類は、無いのですか?」
「いや、まぁ、今回はあくまでもサンプルとして持参させただけですので」
 更にせっついてくるジーバス太守に、アレステルは幾分呆れながらも、苦笑で応じるしかなかった。
 クエスティーナは西カナンで展開する農場産の『夜明けのルビー』というゼリーも供してみたが、これは西カナンで入手しようと思えば出来る話なので、ジーバス太守の興味をそそるには至らなかった。
 アレステルのこの回答には、ジーバス太守は心底残念そうな表情を見せた。
 と、そこへ、それまで黙っていたニキータが不意に手を挙げて、発現許可を求めてきた。
「エリザロフ少尉、何か?」
「えぇっと、そのね、差し出がましいことは重々承知の上なんですけど」
 そう前置きしてから、ニキータは一同の視線を一身に集めながらも言葉を続けた。
「やっぱりね、ひとりの人間の頭から出てくるアイデアなんて、たかが知れてると思うのよ。アリア少尉もお料理好きだとは聞いてるけど、思いつくレシピや品目ってのはどうしても偏りが出るっていうか、幅に限界があると思うのよね。あたしなんかも僭越ながら、パラミタトウモロコシを品目に導入してみたりとか、カナンから荒野農業技術の導入を輸入品目に挙げてみたりとかしてみたんだけど、やっぱり限度があるわよね」
 今ひとつ論点がまとまらない為、ニキータが何をいわんとしているのかが全員には上手く伝わらない。
 しかしアレステルだけは何かのヒントを得たようで、ふむ、と小さく頷いた。
「そうですね……そういう意味では、品目を選定する為の機会を設けるというのも、ひとつの手段ではありますわね」
 つまりアレステルは南部ヒラニプラに於いて、ベルゼンの街へ輸出するスイーツを選定する為のコンペティションなりコンテストなりを開いてみてはどうかと考えているようであった。
「それは面白そうですね……出来れば審査員として、ジーバス太守閣下にお越し頂くというのは、如何でしょうか?」
 サイアスの言葉に、ジーバス太守も随分と乗り気な様子で大きく頷いた。
「それは良い。貴国さえ宜しければ、是非私もお伺いさせて頂きたく存じます」
 ジーバス太守の性急な反応に、またもやアレステルは苦笑を禁じ得なかったが、しかし実施する方向で検討する旨を回答した。
 詳細については追ってまた連絡する必要があるのだが、ジーバス太守としては連絡を受け次第、予定を空けて待っていると意気込んでいた。
 そんなジーバス太守に対して話の腰を折るような勢いで、アレステルがところで、と話題を変えた。
「今回の交易開通に向けて、ヒラニプラとベルゼン双方に連絡担当を設置した方が良いと思うのですが、如何でしょう?」
「尤もですな。どなたか、御推薦が?」
 アレステルは、左右に陣取る交渉補助担当の顔を交互に眺めた。
「アリア少尉は……品目選定に携わる必要がありますから、ヒラニプラに置く必要がありますわね。そうなると……沙中尉」
 予想外の指名を受けたことで、鈴は内心で仰天しつつも、しかしその表情はポーカーフェイスを貫いた。
「非常任で結構です。ベルゼン側の連絡主担を、あなたに任命します。追って金団長から正式な辞令を出して頂きますが、これはヒラニプラ家からの命令だとご理解ください。良いですね?」
「はい、了解しました」
 こうまではっきり断言されてしまうと、鈴には拒否する自由が無かった。
 尤もアレステルがいうように、あくまで非常任の役職であるから、本当に何かの問題や相談事が生じた時だけ対応すれば良い、ということになるのだろうが。

 この後、ひと通りの確認事項を読み合わせてから交渉テーブルはお開きとなり、朝食会へと移った。
「あらん……ここ来る前にたらふく食べてきちゃったじゃないの。あたしってばホント馬鹿」
 ニキータのぼやきを、クエスティーナと鈴は苦笑しながら聞き流していた。