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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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鏡の国の戦争 16


 恐らく、ほぼ同時だったとリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)はあとになってそう思い返した。あるいは若干、殺気看破が反応するのが早かったかもしれないが、瞬きのような僅かな差で、それで何ができただろうか。
 だから、状況を飲み込めたのはサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が抱きしめたアナザー・アイシャに向かってこういい終わったのを聞いてからだ。
「ご無礼を、申し訳ありません」
 床に押し倒されたアナザー・アイシャは、何が起こったのかを理解するのに、リーブラよりもさらに時間を要した。
「そんな事より、血が……」
 アナザー・アイシャは思わずサビクの肩に触れる。傷口を触れられ、僅かにサビクの表情が歪むのに気付いたアナザー・アイシャは、「あ、ごめんなさい」と蚊のなくような声を零した。
「狙撃か、窓もねぇってのに、おい、じっとしてたら的だぞ」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は壁に開いた弾痕を発見する。穴は一つ、弾丸は一つだったわけだ。もしも、サビクが反応できなかったら、この弾丸はアナザー・アイシャを貫き、反対側の扉に穴を開けていただろう。
 壁越しの狙撃、残念ながら契約者であれば方法はいくらでも思いつく。どうやったか、はこの際問題ではないだろう。だが、そういった類の事ができる相手がいるというのは確定的だ。
 前線に出なくとも、敵にどんな奴がいるとかの情報は千代田基地にも入ってくる。銃を愛用し、かつ攻撃ぎりぎりまでこちらに気付かれないような相手は、一人しか思い当たらない。
 リーブラが二人に手を貸し立ち上がらせる。アナザー・アイシャは無傷だ。サビクの傷も、銃弾は体内に入らず、肩から背中にかけて刃物で切るような傷があるだけだ。
「かすり傷だよ」
 リーブラにそう答え、アナザー・アイシャの前に壁として立ちながら気配を探る。すぐに二発目がこないところを見ると、誰かが狙撃手に反応したか、あるいは一発で仕留め損ねたために狙撃地点を移動しているのか。
 判断要素はない。ここでは情報が少なすぎる。
 そこへ、足りないのら情報を提供しようとでもいうように、外から狼の遠吠えのようなものが耳に届いた。それは最初は一つだったが、二つ、三つ、四つ、遠吠え同士は重なりあって、もう数はわからない。リーブラの感覚にも、ぞっとする程の敵の気配が届く。
「一人じゃねぇってわけか……」
「凄い速さで接近され、既に各所で戦闘中ですわ」
 千代田基地には、国連軍と契約者が少数ではあるが残っている。だが、彼らに頼ってなんとかなるという保障は無い。さらに、足音が扉の前までやってきて、ドアを壊すような勢いで開かれる。
「大変です」
 現れたのは、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)だ。
 ちらりとアナザー・アイシャの方を見て、負傷したサビクに気付き驚いた顔を一瞬見せた。早足でシリウスのもとにいくと、アナザー・アイシャに聞こえないよう耳元で話しかける。
「かなりの数の敵が攻め込んできておりますわ。それも、ほぼ全てが人狼型のものですわ」
「それって、敵の部隊指揮官クラスだろ。精鋭部隊ってことか」
 同じく小声でシリウスが返す。
「守備隊はそう判断しておりますわ。それに、司令級が一つ。今、詩穂様が追っております」
 おおよその位置はわかるが、まだ補足していなのだろう。
 シリウスはもたらされた情報を元に、考える。アナザー・アイシャの護衛は他にも居るはずだが、ここにセルフィーナ一人が駆け込んできたという事は、既に敵と交戦状態に入ってしまったのだろう。ここに敵が乗り込んでくるのも、時間の問題だ。
「わかった。オレ達はアイシャ様を防空壕まで護送すればいいんだな」
 セルフィーナが頷く。アムリアナが封印されていた遺跡は、通路を潰したり罠を設置したりして、簡易の防衛設備が整えられている。使う事があるかどうか疑わしかったが、今はそうした事前準備がありがたい。
「わたくしもお供しますわ」
「ああ、急ごう」
「その前に」
 動こうとしたシリウスの手を掴み止め、セルフィーナが続ける。
「なんだよ」
「こちらはまだ確認が取れておりませんが、敵主力部隊と戦っていた国連軍が敗北し、敗走したと……」
「……それは、とにかく後回しだ。今はさっさとずらかろうぜ」
 シリウスは両手を強く叩いて周囲の注目を集める。
「行動方針決定! これから、地下の秘密基地まで行くぜ。何度か訓練したから、心配はないよな。あ、アイシャ様、今回は消えるのは無しですよ」
 できる限りの笑顔でそう言って、シリウスは一番最初にドアに向かった。まだここまで敵は入り込んでいない。
「んじゃ、行くぜ」

 瓦礫の山から崩れて横倒しになったマンションの上に飛び移る。
「見つけたよ」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)は、全身鎧に銃剣を担いだザリスの後姿を捉えた。
「うわ、早っやいなあ」
 ザリスは二人を首だけ回して確認すると、ため息をつくように頭を縦に降り、背中を向けたまま走り出した。
「逃げる気か!」
「当ったり前じゃん。僕は君達を倒しても別に経験値がもらえるわけでも、ゴールドを拾えるわけでもないんだしね」
 ザリスは青白磁の言葉にそう返すと、マンションの先から飛び降りた。
 追う二人に、横合いから二つ影が左右それぞれから飛び出してくる。ワーウルフだ、詩穂は軽いステップで振り下ろされる爪を回避し、青白磁は巧みな格闘術で爪に触れずに攻撃を受け流した。
「邪魔する気?」
 ワーウルフは二体は、問いに反応を見せずに大きく後方に跳んで、マンションから飛び降りる。暗闇に溶けてその姿はすぐに見えなくなった。
「まともにやりあうつもりは微塵もねぇってわけか。かったるいのう」
 青白磁は拳を手の平にうちつける。正面から戦えたなら、一対一でも十分御せる相手だ。だが、攻撃の手は抜いて、逃げるの第一に徹しられたら、仕留めるのは容易ではない。
「あの銃を持ったのを追うべきだよね」
「わざわざ逃がそうとするんじゃ、それが当たりじゃろう。ま、その間中、ずっと邪魔されるわけじゃけん。うまく行くかはわからんのう」
 言い切るか否かのところで、二人は大きく飛んだ。青白磁のいた場所を銃弾が通り過ぎていく。
「倒せなくてもいいよ。ずっと追っかけてれば、私たちを狙うしかないもん。アイシャ様には、絶対近づけさせない」
「こりゃ酷な役目じゃのう」
 青白磁は薄ら笑いを浮かべる。愚痴りつつも、反対するつもりはないようだ。
 千代田基地の―――アナザー・アイシャの事は、シリウス達がついている。信じて任せるしかないだろう、ここまで飛び出したのは二人しかいないのだ。
 夜の闇の中に、一箇所、いくつもの感情が同時に発露されている奇妙な場所がある。詩穂のソウルヴィジュアライズが感じ取れるソレを追った先に、先ほどのザリスが居たのだ。姿を隠そうと、この異質な存在を見逃す事はないだろう。
「行くよ、こっち!」
 二人は夜の闇の中の、さらに深いところへと飛び込んでいく。



「遅くなりました」
 裏椿 理王(うらつばき・りおう)桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)が入室したのは、アナザー・コリマが休んでいた部屋である。無論、千代田基地のものではない。半壊した民家の寝室が比較的整っていたので、そこに運び込まれたのだ。
 アナザー・コリマはベッドに腰掛け、深い呼吸を繰り返している。解毒と治療を施してはあるが、完全に回復するには本人の生命力も重要だ。歳相応に、彼の生命力は衰えているという事だろう。
「戦況はおおよそ耳にした、二人を呼んだのは他でもない。あちらはどうなっているか、それを確かめるためだ」
 理王はそれを予想して、簡潔な報告をまとめておいた。
 救出作戦前から行われていた、屍鬼乃がこちらと捕虜の情報を整理とまとめは、救出作戦中に行われた交信でも欠かされる事は無かった。おかげで、ここにある報告書の作成に大した時間はかからなかった。
 詳しい事は資料に任せ、口頭で簡潔に説明を行う。
 捕虜の救出は成功した事、黒い大樹の排除は成功した事、救出作戦自体は成功したものの、その後司令級のザリスが突如として増殖し作戦行動を妨害した事。
 これらを簡潔に説明した。作戦中に包囲された部隊と、その救出が成功した事については、資料にはあるが説明は省いた。
「ふむ……」
 アナザー・コリマは考え込んでいるようだった。
 重たい沈黙だ。
 二人は、情報の取り扱いを一貫して行ってきている。捕虜救出においても、幾度も細かい交信を行い、入手した情報が滞りなく行き渡るように、あるいは情報が変質するような不備がないように、任務に従事してきた。
 その活動は、表舞台に立つ事はないが、アナザーにおいては特に重用された。アナザー・コリマが自分の部下ではなく二人を呼んだのも、そういった信頼の現われだろう。
 二人は、アナザー・コリマが沈黙を破るのを待った。意見という指針が欲しいのならば、自分達を呼ぶ必要が無いからだ。
「この報告書には、司令級を二体撃破とある。この情報に間違いはないか?」
「ありません」
「わかった。黒い大樹の排除と、敵司令級二体の撃破については、我々の軍の耳にも届くようにしてくれ。他は伏せておくしかないな。ザリスの増殖の件はこちらで確認されてない以上、恐らくそちらの狙いは空港だろう。悪いが、援軍は出せないと伝えてくれ。最も、期待などはされてないだろうがな……残る問題は、正面か」
 現在、新星を中心とした防衛陣が築かれ、それによってなんとか敵の進攻を防いでいる。日が沈んでからは敵の攻勢もだいぶ収まり、小康状態になった。その原因は不明だが、現場の声によれば大型怪物の稼働時間の問題ではないか、というのがあがっている。
 イコンと違い、生物である彼らには休息も必要なのだろう。こちらがイコンを並べている以上、大型怪物が無ければ突破は難しいのは向こうも一緒だ。
 ダエーヴァは、牽制を繰り返しながら突破が可能な状態まで持っていきたいのだろう。夜襲を行いたいが、こちらのイコンも戦場で活躍した主力は補給と修理が必要な状態だ。
「時間にして、翌朝辺りが決戦となるだろうな」
 拠点と戦力の補充地点を失ったダエーヴァにとって、長期戦は望まない展開だ。時間と共に総戦力が目減りしてしまう。一方、道を確保している国連軍は、イコンや兵力を補充する事ができる。
 当初の状態とは反対の立場になったのだ。
 だが、言いようの無い不安があった。
 理王は屍鬼乃が目を閉じているのに気付いた。テレパシーが来ているようだった。定時連絡の時間にはまだあるはず、緊急の連絡だ。

「羅団長補佐!」
 私室に飛び込むように入ってきたのは、董 蓮華(ただす・れんげ)だ。
「何事だ?」
 空港に残る部隊は、着実に準備を進めていた。ザリスの大群が向かってはきているが、残存イコンを並べた砲撃により進行の足を阻害しつつ、作戦に参加した機体の補給を急ピッチで進めている最中である。
 その為、最初に羅団長補佐が予測した悪報は、残存イコン部隊が突破あるいは迂回され、空港近くにザリスの群れが確認された事だ。
 だが、現実はもう少し違っていた。
「千代田基地に敵司令級が急襲。アナザー・アイシャは地下防空壕に退避、現在千代田基地内部にまで進入され、戦闘中とのことです」
「形に拘らず、終わらせるつもりか」
 ダエーヴァと国連軍の戦いは、まるでボードゲームのように単純な勝敗決定のルールが存在する。
 ダエーヴァ側は司令級を、国連軍側はアナザー・アイシャを、すなわちキングを取られた方が負けるという単純なものだ。
 捕虜達がよこしてくれた情報で、彼らはこの戦争に自分達の目的の他に、遊戯という一面があるという事が判明した。彼らは戦って、勝って、そのうえで勝利の報酬として最終目標を達成しようとしていたのだ。
 あくまでこれは、彼らの遊び心だ。それに期待しながら行動するわけにはいかない。だが、その遊びを捨てる理由があったはずだ。戦う事ではなく、勝つ事を優先する理由があるに違いない。
「イコン、か」
「なんでしょうか?」
「独り言だ。こちから、千代田基地に行くルートはまだ生きてたはずだな」
「はい、幸い戦場になっていません。ただ、安全が保障できるという意味ではありませんが」
「妨害は覚悟するしかないな、だがそれに大きな戦力を回す余裕はないだろう。でなければ、こんな手は使ってこないはずだ」
 常に数で優位を保っていた怪物達は、大型怪物の配備数では劣っていた。その件については、捕虜からの情報もあったはずだ。
 既に、彼らは限界に達していたのだ。大型怪物の配備は、満足には行えない状態だったのだ。故に、黒い大樹の廃棄という判断に迷いが無かったのである。既に、無用のオブジェクトでしかなかったのだから。
「だが、この状況でも数は向こうに有利。かつ、イコンの配備数でもほぼ拮抗状態。いい要素がほとんど残っていないな。それに、我々にはザリスの大群が向かっているか」

 状況が告げていた。
 本当の戦いはこれからだ、と。