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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

リアクション


【鏡の国の戦争・空港3】



「ジェニファー、そろそろエネルギーがレッドゾーン。着陸して」
 キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)の声を聞き、トーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)は{ICN0004822#アウクトール・ジェイセル}をエネルギーカートリッジ集積場へ着陸する。
 素早く古いカートリッジをパージし、次のカートリッジを装填し、空中へ舞い上がる。その地点の周囲には、既に大量の空カートリッジが転がっている。
「この調子でいくと、全てのカートリッジ使いきれるかもね」
「ちょっと信じられないけどね」
 上昇したアウクトール・ジェイセルからは、様々な砲撃を受けて元の地形を思い出せないぐらいデコボコになった大地が見える。その原因にはこの機体も含まれている。
「もう少し、巻き込まれてもいいのに」
 落ち着いて、空から観察していると、アルダの軍勢は未来でも見えているかのように砲弾を回避している。海上からの砲撃が発射される少し前に、退避行動が始まり、自分に影響の無いぎりぎりの距離を正確に読み取っているようだ。
「未来予測、ではないわね」
 最初からこうではなかったのは、二人ともよく知っている。次第に、段々と、そういう風になっていったのだ。
 アウクトール・ジェイセルの攻撃も同じように、少しずつアルダを巻き込むのが難しくなり、今では一発につき一体か二体巻き込めれば上々、といった具合になってしまっている。
 この目に見えて効果が落ちていくのを実感しているのは、空港に残った人たちほぼ全員に共通する問題だった。
「数はもう増えなくなったみたい……」
 地上部隊からの報告を受けて、ユーフェミア・クリスタリア(ゆーふぇみあ・くりすたりあ)ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)にそう伝えた。
「どうやったの?」
 何も無い椅子だけあしらえたコックピットで暇そうにしていた及川 翠(おいかわ・みどり)がスノゥに尋ねる。
 戦闘開始当初は、シルフィードのオリュンポスキャノンや荷電粒子砲が敵を吹き飛ばしていく様子に歓声をあげたり、突っ込んで戦う味方を応援したりしてたが、今は暇を持て余した様子で足をぱたぱたと動かしている。
「吹き飛ばしたんだって」
「まぁ、そうするのが手っ取り早いわよね。手段はいっぱいあるんだし」
 ウィッチクラフトライフルを撃ちながら、ミリアはそう零した。
 アルダ・ザリスが増える問題は、戦闘開始間もなく全部隊に通達された。
 増援ではなく、戦場で戦闘中に増えるのは結構厄介な問題で、たった一体のアルダ・ザリスが警戒線を突破すると、そこで中隊規模に増えて暴れられたりもした。
 増殖するには機晶石が必要なようだが、かなりエネルギー効率がよいのか手の中に握って隠せる量でも、三十体ぐらいは増える事ができ、増殖予備軍を見極める事はほぼ不可能といってよかった。
 ザリスの増殖に対処できず、結局この辺りに機晶石を利用してそうな物品があったら吹き飛ばす、という後手後手の対処となったのだろう。
「それでぇ〜、今の数はどれぐらいなのぅ?」
 スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)がゆっくりと一番大事な事を尋ねる。ここまでに、シルフィードは百体は下らない数のアルダを撃破している。今はウィッチクラフトライフルのマガジン一つ使って一体ぐらいにペースは落ちてしまっているが。
「えっと……あと、七百体ぐらい、だそうです」
「七百体!」
 キャロラインは通信で教えられた数字に思わず大声を出した。
「確か、最初の報告では二百いくらという話だったわね」
 トーマスも大声は出さないが、表情が渋くなる。
 正確な数ではないが、アウクトール・ジェイセルの撃破数は140を超えている。途中から数えるのも嫌になってきそうな数だ。
 砲撃に徹している分、数字も大きくなっているのだが、少なくともこの作戦に参加しているイコンだけでも、合計千体以上のアルダを撃破しているだろう。
「明けない夜なんてないわ――全火器、射撃自由、オープン・ファイアリング」
 敵の数がいくらであろうと、自分達の役割が変わる事は無い。
 一体でも多くのアルダを、近づく前に撃破する。
「スーパー・オリュンポスキャノン、もう一度いくよ!」
 今や一撃で倒せる数は微々たるものでも、シルフィードはその役目を果たすのだ。



「あくまで、一対一を貫くというわけですか」
 ユニオンリングによって、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)の二人が合体した銀色の髪の中に金色が混じるセミロングの騎士は、観念したように零した。
 アルダ・ザリスは数の利を利用しとうとはしない。それが、好機でも危機でもだ。
 彼女はもう数えるだけで頭が痛くなりそうな数のアルダを屠ってきたが、倒すと代わりがやってくるものの、敵が集中してくるような状況は終ぞ訪れなかった。
 こうして呟いている間にも、アルダ達は横を素通りしていく。
「返答はいりませんよ……喋れないようですが」
 地面に串刺しにしたアルダから、ルーンの槍を引き抜く。アルダは真っ直ぐ向かってくるが、ソードプレイで迎撃する。
「ん?」
 確かに相手は少しは腕が立つようだが、少し、でしかない。驚くような技も無い。この時までは、彼女の考えは結果を伴った事実だった。
 この瞬間にその考えは覆された。
 チャンピオンの誇る剣技の極みを、アルダは歪な踊りを踊るようにして、全てを回避し、拳の間合いに踏み込んできたのだ。
「お」
 アルダのショートアッパーが、彼女の腹部を打つ。その僅か前に後方に飛んでいた彼女に響いたダメージはさしたるものではなかった。
 身長の三倍ぐらいの高さから、ルーンの槍を放る。回避無視の一撃は、アルダは手の甲を僅かに刃に当てると、かすり傷を受けつつ軌道を逸らし、穂先を地面に突き立てた。
「嫌な、感じですね」

 気が付いたら、バハムートの姿が無くなっていた。牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は不滅兵団がものの数秒で瓦解したのは見て覚えていたが、バハムートについては結局気が付いたらやられていた以上の事はよくわからなかった。
 仕方が無い、彼女は忙しかったのだ。
 不滅兵団の瓦解を見て、アルコリアは敵に弱敵、数を頼りに駒のように使われるもの、が存在しない事を直感した。
 ユニオンリングでナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)と合体した影響で増えた黒髪を掻き揚げ、鼻歌でクラシックを奏でながらまずは殴り合いを試みた。
 一体目、雑魚。二体目、まぁまぁ。三体目に入ったところで、綺麗なカウンターをもらった。
「うんうん、強い強い。素手舐めプやめますねー」
 吸魂の杖【ドルツェ】を構えなおし、渾爆魔波とトリニティ・ブラストを主体にした魔法での戦いに切り替えた。
 この戦法で、大体三十から四十近い数は倒したように思う。思うというのは、段々数えるのが面倒になってきたからだ。
 そして、この辺りからアルコリアはアルダという敵がどんなものか、なんとなく理解できるようになってきた。
 アルダは見た目も全く同じだが、中身も全く同じなのだ。
 綺麗にもらったカウンターは、あの個体が強かったわけではなく、三度目の正直であったのだろう。
 普通の生き物は、一回死んだら終わりである。しかし、アルダはそのルールが適用されない。死んだ個体の経験は、その他全てに共有され、蓄積される。彼らが一対一で戦うのは、騎士道精神などではなく、相手の動きを粒さに観察するためだ。手を出さない固体も、三百六十度全ての地点から戦いを観測し、経験を蓄積する。何が危険な攻撃か、この敵にはどんな癖があるか、その技はどのような対処が必要か、そうして出た結論を元に新たなアルダが宛がわれ、成功か失敗かを実戦し、失敗したら新たな解決策を次のアルダが行う。
「地味、地味だけど―――」
 組み手の相手と考えれば、これほど最適な相手もいないだろう。
 アルダ個々の性能は、最初に殴りあった時から変化していない。なのにこちらが攻撃を受けるという事は、付け入る隙があったという事だ。
 金と赤の目で、アルコリアはアルダを見ながら、肩を擦った。
 覇者の血闘衣を纏った今の彼女に、先ほどの掌底は大したものではなかったが、まだ触れられてしまう隙が自分にあった証明だ。
「もっと、もっと研ぎ澄まして。でないと、私が満足する前に終わってしまうわ」
 何よりも、遠慮なく壊してしまっていいのが最大の魅力だ。



「ぎにゃあああ」
 尾張 なごにゃん(おわりの・なごにゃん)の悲痛な声に、ジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)は振り返りつつ「どうした?」と声をかけた。
「チョキの弱点であるグーを狙っていたとは……」
 なごにゃんは、拳をおさえつつ立ち上がった。
 攻殻戦術小隊のなごにゃんは、普段はグーで殴っているが、時たまチョキで殴っていた。突き指の可能性のある危険な技だが、アルダはグーとチョキの違いを事前動作を見分け、そこにグーを合わせた。
 チョキではグーに勝てない。真理である。
 ダメージを受けたなごにゃんを倒そうと、アルダが接近する。
「にゃー!!」
 会津 つるがにゃん(あいづ・つるがにゃん)が間に割って入り、これを阻止。アルダを海に落とした。
 だが、アルダは沈まず素早い足の動きで、海の上を快速に走る。
 海上のアルザスにアルダが取り付いた手段だ。アルダは他の自衛隊の船を無視し、このアルザスにだけ取り付いてきている。
「砲撃など意に介するものではなく、この船の動力に惹かれているというわけですか」
 ピエール・アンドレ・ド・シュフラン(ぴえーるあんどれ・どしゅふらん)の考えは正しく、アルダは戦場で倒れた自分の数にそもそも注意を払ってなどいない。百死のうが千死のうが、損失ではないのだ。
「総員、絶対に敵を突破させるな。もしこの船の動力をやられれば、今まで倒した以上の数が現れる事になる。それだけは絶対に阻止しろ!」