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リアクション
『大切な、お友達』
「俺は先に、契約者の拠点に戻っている。月夜、円達の護衛を頼む」
「ああっ、刀真! ……もうっ、白花が心配だからって!」
自分を置いて先に契約者の拠点へ行ってしまった樹月 刀真(きづき・とうま)に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が腹を立てる。
「まぁまぁ、刀真くんの気持ちも分かるよ。連絡は取り合えるけど姿をずっと見てないんだ、心配にもなるさ」
桐生 円(きりゅう・まどか)が月夜をなだめ、さてさて、と辺りを見回す。円達が居るのは元『天秤宮』だった跡地。今はただ瓦礫だけが残り、あんまり長居したいような場所ではない。
「どうして一緒に行かなかったんだ?」
「さあ、どうしてかしらね〜。……そうね、きっと“待ち人”を待っているのよ」
「誰かここに来るのか?」
円がここに居続けようとするのを不思議に思ったミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)の問いに、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)はそのように答える。
「一緒に居てください、ね……。
うーん、どういう意味なのかな。ルピナスは契約の事、知ってるよね。やっぱりそういう事なのかなぁ」
そして円は、ここで――ここだった場所で――ルピナスに言われた言葉を思い返して頭を抱える。しかし円にはお相手が居るため、これには応えられない。だからといって断ればルピナスに嘘を言ったと思われてしまうかもしれないと考えると、どうしていいのか答えが出せない。円が契約者の拠点へすぐに行かなかったのは、ルピナスに会ってしまった時に何て言えばいいか決めかねていたからだった。
「円さん」
「わぁ!」
……しかし、悩んでいる間に“待ち人”は来てしまった。突然声をかけられびっくりした円が振り返った先には、傘を閉じたルピナスの姿があった。
「ど、どうしたのかな」
なんとか平静を装い、円はルピナスと向き合う。背中を汗が伝い、掌がじんわりと湿ってきた所で、ルピナスは深く頭を下げた。
「ごめんなさい! わたくし、円さんを困らせてしまいましたわ」
「……へ? あ、ああ、うん」
唐突なルピナスの動作に円は戸惑いながら、まあ確かに悩んでたなぁ、と思いそのように返事した――。
「そっかそっか、みんな、ルピナスくんを気にかけてくれたんだね」
ルピナスから、自分を家族として迎える人が居たこと、これまで自分と話をしてくれた人のことを聞いた円はうんうん、と頷く。
「みんな言ってるように、あまり難しく考えなくてもいいんじゃないかな。これで全てが決まっちゃうわけじゃないんだし
キミの幸せはキミにしか見つけられないけど……ボクは友達としてキミの幸せをゆっくりと、見つけていきたいと思う」
ぽむぽむ、と円の手がルピナスの頭を撫でる。実に穏やかな表情をルピナスは浮かべていた。
「確か、ルピナスくんを家族として迎えると言ってくれた人は、イルミンスールの先生だったね。
じゃあ、ルピナスくんも学生として過ごしてみたらどうだろう」
「学生……ですの?」
どうして? と言うように首を傾げるルピナスへ、円は頭の中で考えを整理しながら口にする。
「人によって学校というのがどういう場所なのかは違うと思うけど、学校って自分の夢、仲間、そして幸せを探す場所でもあるから。
学校には色んな人が居る。色んな人と関わることで、視野が広がる、ボクや今日キミに声をかけてくれた人以外に沢山、友達も出来る。もしかしたら恋人も、出来るかもしれない。
それは決して、特別なことじゃないんだ。キミにもちゃんと用意されている、普通のことなんだよ」
円の言葉を、ルピナスは目を見てしっかりと受け止める。大切な友達の言葉を。
「実際に学生として過ごすかは、この前と同じ、キミ次第。
キミはもう、誰かと一緒に居たい、って声に出して言うことが出来た、だから大丈夫。イルミンスールならキミを受け入れてくれるよ。ボクは百合園だけど、もし興味があるなら話する。
……あー、でもルピナスと学生として一緒に過ごすことは、難しいかな。ボク、卒業しちゃうし」
「そうそう、円ね、卒業したら婚約者と結婚してお店を開くつもりなのぉ〜。
私とミネルバは適当にお茶や自分の仕事しながら居座るつもりだしぃ〜」
「婚約者、ですか?」
「オリヴィア、それ、黙っててほしかったなぁ」
「いいじゃないの〜、私は話して大丈夫だと思ったから言ったのよぉ?」
オリヴィアの含みのある笑顔に、円がはぁ、とため息を吐いて説明する。杞憂に終わったので問題はないが、ルピナスの「一緒に居たい」という言葉にちゃんと答えられない理由もそれであった。
「これから嫌な事があったり、迷ったりしたら相談に乗るよ。何時でも呼んで、それに遊びに来て。
ボクも何かきっかけがあれば遊びに行くから」
「そうそう、どんどん押しかけてきて構わないわよぉ。
ちゃんとした理由なんていいの、気軽に、ね」
「難しいのはだめなのだー。てきとーでいいのだ、てきとーで。
ミネルバちゃんなんて、3日後のことも考えてないけど! でもなんとかなるし!
美味しいもの食べて、ふかふかの布団で眠るだけで幸せいっぱい!」
「あはは……まぁ、こう言ってることだし。
難しく考える必要は無いんだ。どんな風になってもそこから先の未来は無限にあって、自分が作っていくものだと思うから。
いくらでも取り返しが効くし、皆が助けてくれる。ボクがキミに学生を勧めたのは、さっきも言ったように夢や幸せをいくらでも探せる場所だと思ったからさ」
「ええ、分かりましたわ。
だとすると……円さんが学校を卒業されるということは、円さんは円さんの夢や幸せを、見つけたということですのね」
「そうよ〜、ルピナスさん、素敵だわぁ。そうよね? 円」
「うわーそういうことだよねー。ルピナスにやられたー、凄く恥ずかしいー」
円が恥ずかしさで身悶えし、皆の間に笑いが生まれた――。
「なんかすっごい楽しそうに話してたから混ざりたくなっちゃったよ!」
「そう思ったなら混ざればよかったのに」
「うんそうかもしれないけど、ほら私、護衛だから。刀真に頼まれたのにもし何かあったら困らせちゃうから」
月夜のこういう所はとても可愛らしいなぁ、と円は思う。ともかく、ここでの用件は済んだ。
「護衛ありがとね、月夜くん。ボク達はもう大丈夫だよ。刀真くんの所に戻ろう」
「うん、分かった! じゃあ刀真に連絡するね」
明らかに喜んだ様子で、月夜が端末を取り出し刀真に連絡を取る。
「向こうでご飯作って待ってるって!」
「本当か!? ミネルバちゃんお腹ぺこぺこなのだー!」
ミネルバが一番に拠点へ駆け出し、月夜、オリヴィアと続いて、円がルピナスに振り向いて手を差し出す。
「一緒に、頑張っていこう。そして少しずつ、固めていこう。
キミは、もう素直に自分の言葉を言えた。それを大切にしていけば、望む幸せに辿り着くさ」
「ええ、頑張りますわ」
差し出された手をルピナスが取って、拠点への帰路につく。
「あ、そうだ。牛ちゃんの事なんだけどさ……えっと、キミを散々殺そうとした人のこと。
こう言うとキミに悪いかもしれないけど、牛ちゃんはキミに似て不器用なだけなんだ。
だから一歩踏み出してあげれば、友達になれると思う。無理強いはしないけど、それだけは分かっていてほしいな」
頷いたルピナスに円も頷いて、今度こそ拠点への帰路についた――。
「白花!」
「あっ、刀真さん。おかえりなさい。お怪我も無いようで何よりです――きゃっ」
封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を見つけた刀真が白花に近付き、手を取ったかと思うと抱きしめる。
「よかった……お疲れ様」
「えっと、はい……刀真さんもお疲れ様です。
刀真さんは時々、心配性になりますね。ふふっ」
「う、うるさい。白花の事は信じてたけどその……心配しちゃうのは仕方ないだろ」
「ふふふ、そうですね。……刀真さんの温もりを、感じます」
それ以上言葉を紡げなくなったのを誤魔化すように、刀真は白花の髪に顔を埋め、伝わる温もりと漂う香りを受け入れていた――。
「さて……安心したらお腹が空いてきたな。……っと、月夜からか」
刀真の端末が、月夜からの着信を告げる。
「……分かった、気をつけるんだぞ。……あぁ、ご飯作って待ってるから。また後でな。
白花、月夜達もこれから帰ってくるそうだ。疲れている所悪いけれど、食事とお茶を用意するの手伝ってくれないか」
「それでしたら、先程から仲間の皆さんが食事を振る舞いたいと、料理をなされていますよ。お手伝いに行きましょうか?」
白花の言葉にそうしよう、と刀真が同意し、二人は調理場へ向かう――。
『ご飯にしましょう』
(天秤世界での戦いが終わった。
龍族、鉄族、うさみん族、ミュージン族、それにルピナス…この世界で戦っていた人達を見捨てることなく終わらせることが出来た)
無限 大吾(むげん・だいご)の手にした包丁が、目の前の人参やゴボウ、大根、コンニャク、ジャガイモを適当な大きさに切り落としていく。
(確かに、争い事は絶えない。パラミタでも未だに続いている。
これから先、何が起こるかなんて分からないさ)
それらを鍋に入れて火にかけている間、豚肉を薄くスライス、表面が白くなる程度に炒める。
(だがそれでも、俺には……守りたい世界がある。守り続けたい絆がある。
その道は決して楽なものではなく迷うことも多いけど、それでも前に向かって歩き続ける)
煮立ち始めた鍋の火を弱め、先程炒めた豚肉を入れる。時折浮かんでくるアクを取り除きながら、じっくりと煮込む。
(俺に出来る事と言えばそれくらいだ。
さて……難しい話はこのくらいにして今やるべき事をやろう。それは……)
味噌を入れた鍋の中身をひとすくい、味を確認してうん、と頷く。
「今やるべき事……それは飯の準備だ。
というわけで豚汁の完成だ! 千結、そっちはどうだ?」
振り向き、おにぎりを握っている廿日 千結(はつか・ちゆ)に尋ねるまでもなく、千結の前には既に数十のおにぎりが並んでいた。
「バッチリなんだよ〜。
具無しの塩おにぎりに海苔を巻いただけのシンプルなものだけど、だからこそ素朴で飽きの来ない美味しいオニギリになるんだよ〜」
言いつつ、千結の手に少し堅めに炊いたご飯が盛られる。あまり力を入れず、けれどバラバラになってしまわない程度に力を入れて三角形に形を整えていく。
手には水と塩を、適度な量でまぶして握り、最後に海苔を巻いて完成である。
「失礼します。よろしければお手伝いさせてください」
そこへ白花と刀真が入ってきて、手伝いを申し出る。
「あぁ、大歓迎だ。量が多いからな、助かる」
「皆で作れば、皆で食べる以上に美味しくなるんだよ〜」
二人だった調理場が四人になり、そこへ今度は西表 アリカ(いりおもて・ありか)が入ってきた。
「ただいまー! もう片っ端から誘ってきたよ!」
「アリカ、今この場には俺達だけじゃないんだ、失礼だぞ」
「ああっ、ご、ごめんなさいっ!」
「いや、大丈夫だ。
どうやら食事への誘いをしてきたようだが、片っ端からとは?」
「あ、はい、えっと、言葉通りです。
拠点に居る人達。ナナちゃん、モモちゃん、サクラちゃんや他の魔神さん達。それにこの世界で出会った、龍族や鉄族やうさみん族やミュージン族の人達。
もちろん、ルピナスさんもね。ていうかすぐそこで会ってびっくりしちゃった。どれくらい集まってくれるか分からないけれど、とにかくたくさんだよ!」
「ふふ、刀真さん、張り切りがいがありますね」
「まあ、ついでだ。幸い食材は大量にあるようだし、使い切るつもりで作るか!」
「千結、俺達も頑張るぞ!」
「了解だよ〜」
「じゃあアタシはうがいに手洗いをして席について、いただきま〜す……って、そういうわけにいかないよね!
分かってる分かってる、準備の手伝いするからそんな怖い目で見ないで〜!」
一気に賑やかになった調理場から、皆に振る舞うための料理が次々と用意されていった――。
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