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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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■第20章


「見てください、サク・ヤさん! ついにやりましたよ!」
 みんなの手によって掘り出された機晶石が積み上げられた小山をぺちぺちたたいて、満面の笑顔のカナヤ・コが走ってくるサク・ヤを出迎える。
 呼びに来た者たちによって、岩盤が打ち抜かれてついに機晶石の鉱脈を掘りあてたとは聞かされていたが、サク・ヤはこうして目にしても信じられない思いでいた。
 ついにやり遂げたのだ。機晶石を見つけた。
 これさえあれば、きっとこの島は――
「サク・ヤさん!」
 そこに、歌菜色花、そしてのぞみたちが別方向から現れる。
「はい、指輪! 約束どおり取り戻してきたから、サク・ヤさんも約束を守ってね」
 手のひらに乗せられた箱を震える指で開くと、なかには手放したあの指輪が入っていた。
 10年前のあの夜、カディルが指に嵌めてくれた……。
「サク・ヤ」
 今もあざやかによみがえらせることのできる、10年前のカディルに重なって、今のカディルが進み出た。採掘作業をしていたらしく、あちこち土で汚れて、服や髪も少し乱れていたが、それでも変わらず彼は今もサク・ヤの胸をときめかせる。
 サク・ヤは目尻の涙を袖でぬぐい、カディルに正面を向けた。
「指輪よ。お返しするわね」
 カディルの手が伸びて、差し出した箱を取るかと思いきや、掴まれたのは手の方だった。
「どうしたの?」
「……こんなにもおれを怒らせる女は、おまえだけだ。10年そうだった。この先もそうだろう。まったく、頭にくる」
 じっとサク・ヤの手を見つめたまま、手のひらを返し、その場にひざをつくと額につけた。
 箱が落ちて転がったが見向きもしない。
「カディル?」
「おまえは手紙を書いたというが、おれは受け取っていない。だからあの約束はまだ有効だ。これは、おれの騎士としての誓いだ。
 これから先、おれは死ぬまでおまえのそばを離れない。離れて腹を立てているより、となりで腹を立てていた方が数倍マシだ」
「でもあなたは東カナンの貴族の長男で――」
 カディルが何者かは、サク・ヤも昔ひそかに調べて知っていた。かつてカディルがそうしたように。
「おまえがこの島を離れられないというなら、おれがここで暮らす。それだけだ。それに、俺は貴族でも何でもない。
 いずれ、イスキアの名は返そうと考えていた。ただのカディル・ジェハドだ」
 親父はまだ若い、親父のあとは親父と血のつながった子が継ぐだろう。周囲からうるさく再婚をせっつかれていることだし、と言って、まだわけが分からずとまどっているサク・ヤの手に口づけると箱を手に立ち上がり、サク・ヤを抱き締めた。
「いいから「はい」と言え」
「…………っ…」
 本当は、引きはがさなくてはいけないのだ。
 機晶石が採掘できたからといって、まだまだこれから苦難は続く。島が安全を取り戻すには長い年月が必要だろう。
 10年前、この島に生涯をささげると誓ったとき、思い出だけで十分だと思った。彼に愛された、その記憶だけで生きていけると。
 だけどこのぬくもりを突き放して生きていける自信はない。
「………………………………はい…………」
 しがみつき、サク・ヤは小さな、本当に小さな声で答える。
 この島に来て、初めてカディルの口元に満足げな笑みが浮かんだ。
 



 みんなを連れて屋敷へ戻ったサク・ヤを待っていたのは、さらにうれしい一報だった。
 父のエン・ヤが目を覚ましたという。しかも意識がクリアだというのだ。
「お父さま!」
 部屋へ駆けつけたサク・ヤはこれまでの抑制的な彼女とは別人のように涙をこぼし、ベッドの上に身を起こしている父親にしがみついた。
「長い間、心配をかけたね、サク・ヤ」
 そうしてしばらく父と娘の会話をしたあと、サク・ヤは部屋の隅へ退いて気配を殺していたティアンの方を向いて、彼女に礼を言った。
 本当のことを知るティアンは、複雑な表情でそれを受ける。
 そしてサク・ヤの舞い上がっていた心がやがて徐々に鎮まっていき、かわりに、後ろめたい気持ちが面に浮かんだ。
 だが言わないわけにもいかない。明日には支払いが待っている。
「お父さま……機晶石がとうとう採掘できたの……」
「本当か!?」
「ええ。ただ……工夫たちへの報酬が、どうしても工面できなくて……。ヒボコノカガミを売ることにしたのよ……」
 もうそれ以外に金策の方法がないの、と苦しげに告げるサク・ヤの手を、慰めるようにエン・ヤは包み込んだ。
「おまえに、そんなことまで苦労させて……すまなかった。
 だが、どういうことだね? あれはとうに手放して、我が家にはないはずだか……」
「――え?」
「わたしも記憶が定かでないのだが……たしかあれは、モノ・ヌシに仲介に入ってもらって……担保として、預けるかわりに……金を用立ててもらったんだよ……」
 サク・ヤはあっけにとられた。
 罪悪感から箱を開けることができず、なかを確認しなかったのは自分のミスだが、それにしても、とうに神器がなくなっていたなんて。
「お父さま……それは、いつのことです?」
「5年前だ……おまえも知っているとおり、チル・ヤの体を治すために、わたしはいろいろな治療法を探して、そのすべてを試していた……。
 我が家の資金は、あのころ尽きていたんだよ……」
 たしかに10年前、チル・ヤが半身不随になってから、彼を治そうとさまざまな薬を取り寄せたり、薬師を呼び寄せたりしていた。どんな高価な物も、チル・ヤが少しでも良くなるためならばと買い求めて……。
 そして5年前、チル・ヤが肺炎になったときも惜しみなく金を使った。その甲斐なくチル・ヤは亡くなり、エン・ヤも心労と悲嘆から病を悪化させ、それまで以上に寝たきりになってしまったのだった。
 サク・ヤは知らなかったが、そこには神器を手放した悔悟も入っていたのだろう。
「すまない……サク・ヤ。すまない……」
 どうやって工夫たちの給金、それに特別報酬の金を用立てればいいのか。機晶石は大量に出たが、まだ販売ルートもできていない。急いて決めるわけにもいかず、今日、明日の金にはならないのだ。
 苦悩に黙り込んでしまったサク・ヤに、それまで黙って見守っていたカディルが口を開いた。
「おれがなんとかしよう。東カナンから取り寄せることになるから、彼らには1日2日支払いを待ってもらうことになるが」
「カディル……でも」
「心配するな。おれの個人的な金で、親父の家には関係ない。どうしても気になるなら、結納金だと思えばいい。格安だ」
「でも」
「いいから「はい」と言え」
 直後、カディル自身おかしさにくすりと笑う。つられるようにサク・ヤも笑って。額を合わせて「はい」と言ったのだった。
「それでお父さま、一体どなたに神器をお預けになったんですか?」

「うん? ああ……肆ノ島太守のクク・ノ・チにだよ