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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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 そのころ、スク・ナはどことも知れない廊下を走っていた。
 ナオは迎えに行くからそこにいろと言ったし、スク・ナもそうしようと壊れた壁の瓦礫でできた隙間にもぐり込んでいたのだが、随神たちに見つかってしまったのだ。
 人でない彼らは、その並外れた身体能力と同じで人にない感覚を持つのかもしれない。
 彼らが人間でないということにスク・ナは気づけていなかったが、雰囲気の異様さは感じ取れていた。
 捕まればどうなるか、見当もつかない。だけど、あんな不気味なやつらに捕まって、ロクな目にあうとも思えない。
 最初のうちはスリングショットで威嚇したり肩を狙ったりもしたが、大して効果はなく、彼らが痛がる様子もさほど見せないのを見て、今は逃走に専念している。
 ヒノ・コから渡された紙を握り締め、必死に走るスク・ナの横を、そのとき向かい風が走り抜けた。
 すれ違ったとき鼻先でふわりと舞ったほのかな香りが覚えのあるものであることにスク・ナは思わず足を止めて振り返る。そこには、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)の姿があった。
「おねーちゃん!」
 疾風迅雷で間合いを詰めたデメテールの振りかぶった龍神刀が一刀の下に先頭の隋神を切り裂く。振り抜く刀でその後ろの隋神を狙ったが、隋神の反応の方がわずかに早かった。後方へ跳ぶ。
「逃がさないよ。スク・ナをいじめてくれた返礼は、きっちりさせてもらう」
 壁を蹴り、切り捨てたばかりの隋神を飛び越えて宙に躍り出たデメテールの手から水龍の手裏剣が飛んだ。正確に胸元へきた手裏剣を敵が跳ね返す間に着地、懐へ走り込んだデメテールによって、隋神は真っ二つに胴を割られる。一瞬後には、人型の紙に戻った隋神たちの残骸がデメテールの足元に散らばっていた。
「おねーちゃん、よかった。無事だったんだね!」
 ほっとした、うれしそうなスク・ナの声に振り向く。駆け寄ってくるスク・ナに、デメテールは刀を鞘へ戻すと、腰へ両手をあてた。
「スク・ナッ!
 私のそばを離れないようにって言ったでしょ!」
 会えてうれしかったのに、思いがけずいきなり不機嫌顔で雷を落とされて、スク・ナはぱちぱちと目をしぱたかせる。
「……ごめんなさい」
 しゅん、となったスク・ナに、デメテールが重ねて何かを言おうとしたとき。
「まあ待て、デメテールよ」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)が、眼鏡の位置を直しながら曲がり角から姿を見せた。
「この別行動は、存外でもなかったかもしれんぞ」
「ハデスおにーちゃん。おにーちゃんもいたんだね」
 ハデスの姿を見て、パッとスク・ナの顔に笑顔が戻る。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 あのような魔法陣や衝撃波ごときでは俺をどうすることもできんわ!」
「……陣を抜けられたのは、あの衝撃波のおかげじゃん」
 というデメテールのツッコミは無視され、なかったことにされた。
「にしてもクク・ノ・チめ。肆ノ島だけを助けるなどと、器の小さいことを言いおって。世界征服を企む悪の太守なら、浮遊島群全体を制圧し、邪龍オオワタツミを使ってシャンバラに攻め込むくらいの気概を見せてもらいたいところだぞ。カガミの一件が片付いたら、悪の精神を叩き込んでやるからな!」
 自分がどれほど真相に迫る発言をしたかも知らず、ぶつぶつ怒りを発散させたハデスの目が、そこでスク・ナの握り締めた紙へと向かった。
「ところでスク・ナよ。その紙だが。ここへ来たときはそんな物、持っていなかったな」
「だめだよ、いくらハデスおにーちゃんでも。これはナ・ムチにしか見せちゃいけないって、おじいちゃんに言われたんだ」
「ほう。やはりヒノ・コの差し金か」
 さっとハデスの手が動いて、スク・ナが隠す暇もなく紙を奪い取る。
「あっ! だめだってば!」
「ククク。おかしいと思っていたのだ。あの老人が、何の企みもなくただ茶飲み話をするためにここへ来るはずがないとな」
 書かれている内容を読んだハデスの眼鏡がきらりと光った。くつくつ含み笑う。
「なるほど。カガミのありかか。
 そうだ、やつらにこれを収集させ、集まったところで一気に俺の物にすれば……。ククク。カガミを俺が持っていると知れば、クク・ノ・チのやつも二度とあのような舐めた態度はとれまい。人質となったスク・ナを見れば、やつらもおとなしくカガミを渡すだろう」
 そのつぶやきに、デメテールが反応した。
 計画に夢中になっているハデスの手から紙を抜き取るや、スク・ナの手を引っ張って走り出す。
「おねーちゃん?」
「あっ! おいっ! どこへ行く!」
「ごめん、ハデス。その命令だけは従いたくないの。
 逃げるよ、スク・ナ!」
「待て! 戻ってこい、2人とも!!」
 しかしいくらハデスが怒鳴ろうとも、デメテールもスク・ナも戻ってこなかった。



 デメテールが走り出したのはハデスが現れた側と反対方向、つまりナ・ムチたちが来ている道だった。
「あ、スク・ナさん!」
 同じ廊下に入った2人にいち早く気づいたナオが呼ぶ。
「ナオ!」
 スク・ナも手を振り返す。そちらへ向かおうとして、デメテールが動かないことに気づいた。
「おねーちゃん?」
「行って、スク・ナ。私はいいから」
「でも……」
「ハデスをあのまま1人にはしておけないでしょ」
「……うん」
 心配そうにスク・ナは、来た道を戻ろうとするデメテールを見上げた。
「おねーちゃん、また会える、よね? おにーちゃんにも?」
「もっちろん!」
 即答する。その返答に安心したのか、ほっとしたように笑顔を見せて、スク・ナはナオたちの方へ歩いて行った。スク・ナが無事、彼らと合流したのを見届けて、デメテールは角に消える。
 スク・ナは彼を心配する義仲やナオたちに囲まれていた。
「スク・ナ、無事であったか! どこもけがはないな?」
「よかった、スク・ナさん。……もしかすると、スク・ナさんは望まないことかもしれませんけど、でも、こうしてまた一緒になれて、うれしいです」
 ほっとした表情で笑顔を向けるナオに、スク・ナは今さらながら自分が彼にしてしまったことを思い出した。
 あれは完全に八つ当たりだった。なのにナオは、スク・ナの無事を心から喜んでくれている。
 視線を足元に落とし、恥じ入りながら「ごめんな」と小さくつぶやいた。
「どこもけがしてないかい?」
 やさしい声で、エドゥアルトが確かめるように腕に触れる。
「……うん」
「おなかは? 空いてない?」
「……少し」
 うなずいて、エドゥアルトはショコラティエのチョコを取り出すとスク・ナの口にころんと放り込んだ。
 チョコにほおをふくらましつつ、スク・ナは彼らの肩口から向こうへ、何かを探しているような視線を飛ばす。そしてナ・ムチを見つけた。
 無表情に見つめるだけで、ナオたちのように駆け寄ってはくれない。
「ナオ、義仲、ちょっとゴメン」
 スク・ナは決意に少しだけ強張った表情で2人の間を割るように抜けて、とことこナ・ムチの前へ進み出ると、紙を握った手を突き出した。
「ヒノ・コのおじーちゃんが、ナ・ムチにって」
 強気で、少し挑発的な声。
 ナ・ムチはわずかに目を細めると黙したままそれを受け取った。ざっと目を通して、陣やかつみ、さらにペトラ・レーン(ぺとら・れーん)の持つ腕輪型HC犬式−PETRA−を使って途中で合流したアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)たちの方へ向き直る。
「カガミのある場所が書かれています。ミツ・ハさまに頼んで島の地図をいただきましょう。照合すれば詳細な場所が分かりますから」
 ほどなく、ゴールデンレディ号のオペレーターから島の地図が転送されてきた。
「ふむ。やはり均等に配置されているな。どれも対角位置にある」
 アルクラントは地図上の点に指を滑らせる。点は五芒星を描いていた。額のマフツノカガミ、右手のヒガタノカガミ、左手のヒボコノカガミ、左足のオキツカガミ、右足のヘヅノカガミ。『秋津洲伝承』内にあった、アマテラスが光臨した際の挿絵に描かれていたカガミの位置だった。それを模し、さらに退魔の魔法陣へと組み込む。法術使いのクク・ノ・チらしい、無駄のない設置場所だ。
「しかし……遠いな」
 コントラクターの足であれば走って行けない距離ではないが、なにしろ今回は時間との勝負だ。人の命がかかっている。
 眉を寄せて考え込む彼に、陣が言った。
「足の確保ができたぞ。なんとか高速艇を回してもらえそうだ」
 ほしかったのはタケミカヅチだったが、残念ながらそれは拒否されてしまった。すでに上空ではオオワタツミたちとの戦闘が始まっている。ミツ・ハが保持するタケミカヅチはわずか20機。全島合わせても40機しかない。こちらへ回す余剰戦力はない、ということだろう。高速艇を回してもらえただけでもよしとしなくては。
「全員で動いては効率が悪い。手分けしてあたろう」
 その言葉にかつみやアルクラントがうなずく。
「では私たちはオキツカガミの回収へ向かわせてもらう。シルフィア、ペトラ?」
「ええ」
「うんっ。そうと決まったら、早く行こ、マスター!」
 早く早くとペトラがアルクラントのそでを引っ張る。3人はさっそく高速艇が着陸するという中庭へ向かった。
「じゃあ俺とナ・ムチはヒボコへ行くよ。マフツはいいんだろ?」
「ああ。あれはウァールがつくった偽物だ。
 俺たちはヒガタだな」
 話を振られて、返答をしようとした義仲は、ふとスク・ナを見た。
 話し合う彼らからぽつんと放置されたままのスク・ナは、強気の表情を崩さずにナ・ムチをじっと見上げている。だがどう見ても、彼が振り返って自分を見てくれるのを待っているのだと分かるその姿に、義仲ががしっと肩を掴んだ。
「ともに行こうぞ、わが友スク・ナよ。この力、おぬしに貸そう。われらでおぬしの故郷を救うのだ」
「……うんっ」
 その言葉を聞きつけて、ナ・ムチが目を瞠ってそちらを向いた。何か言わんとする先を制して、スク・ナが叫ぶ。
「オレ、行くよ!
 あと、オレ、謝らないからな! オレだって、ちゃんとできるんだ!」
 ナ・ムチの役に立てるんだから!
 それを証明してやるんだ。そうしたら、ナ・ムチだってもうそんなふうにオレのこと扱えないだろっ。
 決意にぎゅっとこぶしを固めたまま、スク・ナはきびすを返す。
 そんなスク・ナとナ・ムチを見比べ、軽く息を吐くと、エドゥアルトがスク・ナを呼び止めた。
「なに?」
 警戒気味に身構えているスク・ナの元へ行き、頭に手を乗せる。
「きみはよく頑張った。とても勇気がある。そこはきちんと評価されるべきだ。ただし、黙って行ってしまったことは叱られて当然だし、きみもきちんと謝らなくてはいけないよ。きみは彼を心配させたんだ」
 正論でさとされたことに、でも感情で折り合いがつけられないのか、しぶる様子のスク・ナに「あとでいいからね」と猶予を与えたエドゥアルトは身をかがめ、こそっと最後につけ加えた。
「あと、できればナオに「がんばれ」って言ってもらえるかい? そのひと言できっと元気になるから」
 スク・ナは、また何かお説教か、とふてくされていたのだが、まさかそんなことを言われるとは思ってもいなくて、目を丸くしてエドゥアルトを見上げた。そのまま、肩越しにナオを見る。ナオはかつみと何か話していたが、どことなくこちらを気にしている様子だ。
「ナオ!」スク・ナは口元に手をあて、元気よく叫んだ。「オレ行くけど、ナオもがんばれ! そんで、あとで一緒にまた何か食おーぜ!」
「……はい! スク・ナさんもがんばってください!」
 ぱっと花が開いたように満面の笑顔で手を上げるナオに、スク・ナは両手で振り返す。そして今度こそ、待ってくれていた義仲たちとともに駆けて行った。
 スク・ナが走って行った先を、途方に暮れている様子で見つめているナ・ムチの肩にかつみの手が乗る。
「スク・ナは大丈夫だ。あとで話しあうといい。それより今は、あの子を助けることを考えよう。おまえがあの子と離れるのは彼女の幸せのためで、こんな別れを望んでたわけじゃないんだろ。
 まだ間にあう。彼女を助けて、そしてちゃんと話して、笑顔で地上へ送り出してやろう」
 ナ・ムチが自分の方を向いたのを見て、かつみは力強く笑って見せた。
「それで、ついでにヒノ・コにもありったけ、文句言ってやれ。
 そのためにも、まずは2人をあそこから出すために動こう」
「……そうですね」