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リアクション
テーブルの上の使用済みグラスを集めていたメイド服の少女は、自分の後ろを通りすぎて行った佳奈子が先のときと違い、リラックスして自然な笑顔でいるのを見て、ジュースが少しは役に立ったみたいとうなずく。そして止めていた手を動かし、トレイの上にグラスを乗せていると、人混みのなかから紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)が現れた。
「ああ、こんなところにいたんですね。探しました」
そして振り返った少女――実はちぎのたくらみで少女になった緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)――ハルカの元へ近寄った遥遠は、その手元を見て目を丸くする。
「何をしてるんです?」
「使用人の皆さん、手が足りなそうなので、お手伝いを買って出たのです」
「でも、ここではそんなこと、しなくていいんですよ?」
「手持ちぶさたなのです」
よいしょ、と汚れたグラスでいっぱいになったトレイを持ち上げて、ハルカはバックステージにつながる使用人専用入口へと向かう。
ハルカがそう考えるのも無理はなかった。今、浮遊島群は全島を挙げて祭りを行っており、どこの家も来訪者歓迎、好きに出入り可としていて、見知らぬ観光客であろうともあたたかく迎え入れてくれるが、ここで開かれているのは婚約披露パーティーだ。今回観光で来て、島をぶらついていて、つい見知った者の姿を見かけたからというだけでぶらりとなかへ入ったハルカには、少々退屈だろう。
それでも遙遠ならば、目立たない場所に立つか座るかして黙々と周囲の観察をしていたかもしれないが、今のようにハルカになっていると、普段の習性というか、空京でアルバイト三昧の癖で、メイドとして動かずにはいられないのだろう。特に、あきらかに人手が足りていなさそうに、忙しく動き回っている使用人たちの姿を見ていては。
そして、パーティー服など持ってきていないと言う遙遠にハルカの衣装を渡して、ハルカになってはどうかと提案した者として、遥遠もその行為を強く否定できなかった。
「あ、じゃあ東カナンの方々にあいさつに行きませんか?」
ハルカのあとを追って後ろについて歩きながら提案をする。しかしハルカは頑なだった。
「この格好では嫌なのです」
東カナンの人たちが知る「遙遠」は、バァルの大切な友人だ。決して少女になって女装するような男ではない。
「……もしかして、怒っているんですか? その格好をさせたこと」
「怒ってなどないのです」
そう言う声にも拗ねたりむくれている様子はない。
素っ気なく両肩を竦めて前を行くハルカに、遥遠が考え込んだときだ。突然後ろ向きによろけた相手とハルカが軽くぶつかった。
ガチャっとグラス同士のかち合う音がして、トレイの上でグラスが揺れる。とっさにハルカは片手を添えて、グラスが床に落ちて割れるのを防いだ。
「うわ。すみません」
強引に身をねじり、それ以上の接触を避けたその男性は、たたらを踏んでテーブルにぶつかりながらも倒れるのを回避する。
「大事なかったですか?」
あせるその青年に対して、すぐさま女性の声で叱責が飛んだ。
「何をしている、カファス。みっともない。東カナンを代表する騎士が醜態をさらすな」
「申し訳ありません」
現れたのはサディク家の騎士カインだった。恐縮している男性は、やはり東カナン12騎士の1人、アーンセト家の騎士カファサルークだ。
ハルカはカファサルークと面識はない。
「けがはないか?」
カインから問われて「大丈夫なのです」と返す途中、ハルカは気づいた。
そういえばカインとは以前空京で会ったことがあったんだった、と。
「……だ、大丈夫、なのです……」
目をそらすも、じっと見下ろしてくるカインの鋭い視線に、ああ彼女もあのときのことを思い出している、と確信する。遥遠がいるから人違いだの気のせいだの、ごまかすことは無理だろう。だが、ハルカ=遙遠とまでは結びつけられないはず。
「おまえたちはたしか、シャンバラの――」
ゆっくりとカインが口を開いたとき。
「おひさしぶりです、カインさん」
遥遠がにこやかにあいさつをした。
カインの目がハルカから、その後ろに立つ遙遠へと移る。
「いつもバァルさんのおそばについておられるカインさんがいらっしゃるということは、こちらはよほどのお宅なのですね」
「そうだ。イスキア家は領主家に次ぐ東カナンの名家。領主代理としてわれらが派遣されたのだ。
おまえが来ているということは、あのパートナーの男も来ているのか?」
遥遠と遙遠は常に一緒だ。彼らがバァルの重要な友人である以上、報告のために知っている必要があると考えたのだろう。
ごまかすのです、とハルカは笑顔を貼りつかせたまま念を送ったが、残念ながら遥遠には通じなかった(か、無視された)。
「遙遠ですか? ここに一緒にいますよ」
にっこり笑顔でアッサリネタばらしをする遥遠。しかも指まで指す念の入れようである。
ハルカは天に祈る気持ちで天井を見上げた。そして観念するように、ゆっくりとその視線を前方の、無表情に固まっているカインと、少し後方にいてこちらに注目しているネイト・タイフォン、オズトゥルク・イスキア――絶対声は届いている――へと順に向ける。時間が経つにつれ、遥遠の言ったことをだんだんと理解していく彼らに対し、こう言うのがやっとだった。
「理由はご説明しますが……あの、このことは、バァルさんにはくれぐれも黙っておいてくださいね」
ひとから聞くには、ちょっと刺激が強すぎちゃうと思うので。
同じころ、別のテーブルでは新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が黙々と取り分けてきた料理を食べていた。
着ている服装は蒼空学園男子制服だ。
ちなみにサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)は着流し、ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)はチャスタティドレス姿である。
2人に比べると派手さでは劣るが、学生にとって制服は礼服である。パーティー会場に着ていくのに何の不都合もない服装だ。しかし、これが燕馬となると少々勝手が違ってくる。
浮遊島群での彼は、徹頭徹尾、闇医者希新・閻魔として行動してきた。そこには燕馬のパートナーのローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)とサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)も同道していたが、燕馬が閻魔であるということは2人も知らされていない秘密である。
燕馬は、今回のパーティーのことを知ったとき、行くべきか行かざるべきかについて悩んだ。理性に耳を傾けるとするならば、行かない方がいい。パーティーにはシャンバラの者も多く参加するらしい。うかつなことをすると闇医者の件がどこからかシャンバラにバレる可能性がある。
しかし弐ノ島で臨時診療所を開いて島民を診ていた医者として、その後はどうかこの目で見たいという欲求は思いのほか強く、自覚すればするほど強さは増して、結局行くことを決めたのだった。
衣装が制服なのは先述したことに加えて、手持ちに燕馬としての男子用しかないという、いかんともしがたい現実との兼ね合いによるものだが、聞けば浮遊島群は仮装パーティーの真っ最中という。
サツキとローザには、「これは【男装】という仮装なんです」と言い張ったけれど、閻魔として女装している普段がすでに仮装であるという事実、そして下準備として女装した上でさらに男装をしたということを考えるたびになんとも言いがたい笑いがこみ上げてきて、抑えるのに苦労している。
今も、なるべくそのことについて考えないよう、できるだけ頭をからっぽにして食事をしているわけだが。
(あれって、どう見ても燕馬ちゃんよねぇ)
食事しながら、ぼんやりと気の抜けた閻魔の横顔を盗み見て、ローザは考える。
閻魔として女装しているときはともかく、蒼空学園の制服という男の格好をしている今は、閻魔と燕馬が同一人物であると自力で見破っているローザからすると、どこからどう見ても燕馬にしか見えない。
待ち合わせ場所でその格好でいる燕馬を見つけたとき、ようやく正体をバラす気になったのかとさえ思った。ところが彼に全然その気はなかった。まだ閻魔として行動しようとしていることに、もういいかげん、こっちが心配するのもアホらしくなってきた。
自分1人やきもきして、ハラハラして。
今度こそサツキちゃんにバレて、もう取り返しがつかないとこまでいっちゃえばいいんだわ。
この格好は絶対バレる、何と言い張ったところで無駄、そう確信していたのに、しかしローザのその考えに反して、サツキは閻魔が燕馬であることにまたもや気づけていなかった。
「……あの制服、燕馬さんの物ですよね……。燕馬さんから借りるほど、ふたりの仲は深いわけですね」
道中、前を歩く閻魔を見ながらそんなことをつぶやくのを見て、ローザは内心「ええええええええ!?」と叫んだものだった。いや実際、もうちょっとで声に出して叫ぶ寸前だった。
先入観とはここまでおそろしいものか。
蒼空学園の制服で立っている閻魔は、ローザにしてみれば燕馬以外に見えないのだが、サツキにはいまだ恋敵にしか見えないのだ。
「ローザさん」
「なぁに?」
「こうしてサク・ヤさんとカディルさんを見ていると、ふと思うことがあります。
閻魔さんは、やっぱり、燕馬と『そういう関係』なんでしょうか……? これまでの言動から察するに、少なくとも私より近い場所にいるのは確かですよね……」
(ああもう、重症だわ。こじれすぎよ、サツキちゃん)
ローザは人目さえなければ頭を抱え込みたい思いでうめき声をかみ殺す。そしてぼんやりしている閻魔をにらみつけた。
何か言え、何か。とにかくサツキが安心するようなことを。
そんな思いで念波を送っていると、ようやく閻魔が口を開いた。が、そこから出た言葉は、ローザの願ったものではなかった。
「愛する人と愛し愛され、ともに歩んでいくというのは――実際は、言葉にするほど簡単なことではなく、なかなか難しいですよね」
これまでまったく違う場所で、まったく違う道を歩んできた者同士が、同じ生活圏で一緒に生活をすることになる。それは閻魔の言うとおり、簡単なことではない。愛だけでそれが乗り越えられるなら、同棲生活解消だの離婚だのの数は半減するのではないか?
想いがあればそれだけでいい、とはよく言われるけど、人生山あり谷ありだ。
そんなことをぼんやり思いながら、閻魔は相思相愛だった初恋の人が、どういう因果か、はたまたこれも運命の巡り合わせとでもいうのか、よりによって親の再婚相手になってしまった、という自分の体験談をつれづれに話した。
もちろん最低限気を使って、登場人物の性別は反対にはしている。
「あのときはさすがに凹んじゃって……そばにいてくれた人がいなかったら、きっと立ち直れなかったでしょうね……」
あれは、2023年だったか、と考えつつ、締めくくった閻魔の姿に、ローザは心のなかで「違う、そうじゃないから、燕馬ちゃんっ」といつものようにやきもきするも、かといって自分からネタばらしをしていく気にもなれない。
ひと口サイズのプチケーキが壁際の料理を置く台へ運ばれて行くのを見て、ふーっと息を吐き、席を立った。
「デザートがきたみたいだから取ってくるわね」
「あ、私も行きます」
「いいから座ってて。サツキちゃんや閻魔ちゃんの分も取ってきてあげるから」
いい気分転換だと、ローザは鼻歌まじりにほかの人々に混じってデザートテーブルへ向かう。
ローザがいなくなり、テーブルに閻魔と2人だけになって、サツキはあらためて姿勢を正し、閻魔を見た。閻魔は何か考え込んでいるような表情で、ゆっくりと料理を口元へ運んでいる。さっきは2人の姿を見てあんなことを言っていたが、もうすでに閻魔の心は、村を訪ねるという明日のことに意識が飛んでいるのかもしれない。
一体燕馬はこの女性のどこがそんなにも気に入っているのだろう……?
私にはない、この人だけが持つ何かが燕馬を惹きつけている?
もうずっとそれを探しているのだが、どうしても見つけられない。
焦燥感が胸に広がるばかりで、落ち着かない。いてもたってもいられなくなり、気づいたら口にしていた。
「燕馬の『一番』には、私がなります――あなたには負けませんよ、閻魔さん」
燕馬の隣に立つのはほかのだれでもない、私。これだけは絶対にだれにも譲れません。
「……は?」
ちょうどそこへ、プチケーキで皿を埋めたローザが戻ってきた。
「どうかしたの? サツキちゃん」
テーブルの微妙な空気に気づきながら、気づいていないフリをして、ローザは自分のイスを引き出し、席につこうとする。サツキは「いえ」と即座に否定を口にして、イスを引いて立ち上がった。
「私もやはり何か取ってきます」
ついに宣戦布告して気分が良くなったのか、サツキは足取り軽く料理を乗せた台へ向かう。
その姿に、ローザはなんとなく何があったのかを察し――もの問いたげに自分をじっと見上げてくる閻魔に向かい、言った。
「そんな目で見ても、私知らない。身から出たサビよ」
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