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第二章 お姉様といっしょ


 カラフルなテントの下で、硝子容器や銀と白の食器から、色とりどりの紅茶やジュース、菓子が瞬く間に減っていく。
 開いた皿をまとめ、からっぽのテーブルクロス地を見せないように、作業用のテントでは次々と紅茶が入れられ、調理室や食堂からお菓子を手にしたメイド達が行き交っている。
 胸に秘めている教えは、あくまで優雅に美しく。水面下でばたばた水をかいていても、白鳥は水上ではすましているものだ。
 が、お嬢様といえどピンチにはすましていられる筈もなく。
「何か持ってきましょうか?」
 空のお皿を見付けて、生徒会のお姉様に声をかけられたとき、高務野々(たかつかさ・のの)は立ち上がって、咄嗟に嘘を口にしていた。
「もう充分頂きました。こちらからお手伝いすることないですか?」
 エルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)は羽をすくめる。野々の悪い癖だ。お菓子なんかちっとも食べていないのに。
 野々はむっとしたように、エルシアにこっそりとささやく。
「ほんとーですよ」
 はいはい、と言いたげなエルシアを無視して、再び生徒会のお姉様へ、
「私もメイドとしてゲストをもてなす手並みを学ばせて欲しいのです」
「それは頼もしいわね。私は書記の山尾陽菜(やまお・ひな)
 校長とそのパートナーに次いで絶大な権力を持つ白百合会。その中核メンバーに話しかけてしまったことに、一瞬後悔する。嘘つくなら相手をもうちょっと選ぶ方が良かった。バレるにしても、そうでないにしても。
「あまり緊張しないでね。書記とは言っても、会長以外は各役職に複数人いるし、あまり大したことはしていないのよ。そうね、みなさんのテーブルを回って、空いたお皿を下げたりしてもらえると助かるわ」
「はい是非」
 甘いモノを食べないで済むならお手伝いくらい平気だ。野々はエルシアと共に、食事の用意されたテントへと向かう。
 西明寺弥生(さいみょうじ・やよい)は各テーブルから空いたお皿を食堂に下げにその側を通り、天雅周(あまみや・あまね)が空いた段ボールの底を、常備しているナイフで切り開いて畳み、所定のゴミ収集所まで持って行き、箒で辺りを掃いたり拭いたりしている。弥生は皿運びの手を休め、掃除ばかりしている周にもお菓子を差し出した。
「あなたも少し休んでください」
「いいですよ。お姉様にくらべればこんな雑用なんて……」
「これも私がしたいことですから」
「あ、ありがとう」
 そのテントに、山田晃代(やまだ・あきよ)イリス・ベアル(いりす・べある)を伴って近づく。勿論お菓子も楽しみつつだが、同じテーブルの空いたお皿やポットを下げるついでだ。イリスは空手で手伝う気はないようだが、晃代の側を離れないように付き添っている。
「今日は招待される側なんだからそんなこと気にしなくても良かったのに」
 お菓子のテントを回る生徒会会計の遠藤桐子(えんどう・とうこ)が声をかけると、
「僕にも手伝えることないかな? やっぱりおもてなしはされるよりする方が合ってるみたいで」
「こうやって持ってきてくれるだけで助かるわよ?」
「じゃあ、そうしますっ」
 にこにこ笑う。中学生になったばかりといった容姿で、かわいく見えるから、仲良くなってしまったら誰も疑問はないだろうな、という思考がイリスにはよく分かる。だったら僕っていう一人称を改めればいいのに。内心ため息をつきながら、自分だけがこんな苦労をしてるのかなぁと、彼女は周りを見回す。生徒会の方は今日はパートナーを連れていないようだ。
 視線の先、目立たない位置にある生徒会用の指揮テントでは、生徒会長及び副会長が残って指揮を執っていた。朝から、いや前日、もっと前からだろうか。歓迎会の準備を平然とこなしているように見えるが、さっきから椅子に座ることも滅多にないのがウィノア・ピックフォード(うぃのあ・ぴっくふぉーど)には心配だった。近寄って、
「生徒会長さん、副会長さんも、少し休んでください。手伝えることがあったらしますから(掃除除く)」
 と言ってみる。顔を見合わせる二人に、ウィノアと同じ事を考えていたのだろう、羽村楓(はむら・かえで)がすかさず紅茶とお菓子を取ってきて、指揮用のテーブルの端っこに置いた。
「ご用があれば言ってくださいね。ボクが持ってきます」
「会長、せっかくこう仰ってくれてるのですから、順番に休憩をいただきません?」
「そうね。ありがとう」
「私は指揮を続けますわ」
 春佳は何時間かぶりに椅子に座って、お茶とサーモンとキュウリのサンドウィッチの遅い昼食を取った。会場の見回りをしていた蒼リュース(あおい・りゅーす)も丁度、探していた役員を見付けて、桃子に話しかける。聞きたいことがあったのだ。
「女学院では、魔法はどのように扱われているのですか?」
 代々魔法使いの家系に生まれた彼女は、パラミタの出現による魔法の影響増大に喜んだ者の一人だった。だが、影響力が増えるということは、悪用する人間がいればそれだけ被害が大きくなると言うことでもあり。それを懸念しての見回りだった。
「ご存じの通り、当校ではいわゆる魔法使い(ウィザード)を育成していません。ただ日本校の伝統を受け継ぎ、カトリック系の学校故にプリーストはいます。奇跡も魔法とするなら、それは多分信仰のことですわね。奇跡は御力を借りて行う、信仰のかたちの一つに過ぎないかもしれませんわね……ってきゃあっ」
 危ない、リュースが告げる前に。
 どっしん。
 桃子の背中が弾んだ。
「ご、ごめんなさ〜い!」
 銀のトレイを手に鼻をさすりながら顔を上げたのは、生徒会の周辺で手伝ったり手伝わなかったりしていた姫野香苗(ひめの・かなえ)だった。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫ですお姉様!」
 元気よく返事をした香苗だったが、今度は生徒会を手伝っているお姉様方の方へ行き、水を注ぐはずみでクロスにこぼしてしまう。そのままびっくりしたように後ろにバランスを崩し──抱き留めたのは、蒼穹(そう・きゅう)だった。
「ありがとうございます。香苗ったらどじで〜」
 言いながら振り仰いだ香苗は息を呑んだ。身長は百八十以上はあるだろうか。一瞬シルエットで男かと思って身構えるが、赤いセミロングの髪に、顔立ちは紛れもない女性だ。先ほどまで生徒会のメンバーをダンスに連れ出していた帰りだった。
「気をつけて」
 苦笑を浮かべる。穹から見れば彼女がわざとけつまずいているのは一目瞭然だった……同好の士の匂いがする。わざわざヒラニプラからここまで来たのは、他校の観察という実益と、勿論、好みの女性を捜すという趣味を兼ねてだった。もっとも、他校生ということを生徒会には警戒されて、内部の話を聞き出すことは出来なかったが。
「大変ですね。お疲れのようなら少し休まれてはいかが?」
 新入生に給仕をしていた姫野灯(ひめの・あかり)が次のスケジュールを確認しに来て、香苗を気遣う。
「はっ、こちらにも素敵なお姉様が……」
 赤いセミロングの男装の麗人に、正統派の黒髪のロングのメイドさん。それに生徒会の方々。
 香苗はハンカチで口元を押さえた。決して恥ずかしがったのではない。もし鼻血が出ていたら大変だったからだ……。