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聖夜は戦いの果てに

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 第8章 嘘つきは泥棒のはじまり


(ったく……団長、どこに居んだよ……)
 4番の土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は、対戦相手の番号である12番の紙片をさっさと捨て、団長探しに奔走していた。そう、開始直後から。
「団長〜。どこでありますか〜」
 ずっと施設内を走り回っていたのでへろへろである。既に、罰ゲームの100キロマラソンをしている気分だ。
 前方から、トナカイの着ぐるみが歩いてきた。実を言えば、終了時間が近付いても行き会えなかった雲雀に団長が会いに来たのだが、彼女はゆる族だと思い込んで全く気付かない。
 すれ違う直前、団長は仕方なく呼び止めた。
「君」
「? なんでありますか?」
 忙しいのに、と苛ついた返答をする雲雀に、団長はトナカイの頭を脱ぐ。
「だだだだだ、団長!!!!!」
 何でトナカイ? とか素朴な疑問を抱いている余裕もなく、雲雀はその場で敬礼した。
「失礼しました! 自分は秘術科、土御門雲雀でありますっ!」
「うむ。私を探していたようだったので声をかけたのだが、何用だ?」
 団長が自分1人に対して時間を割き、自分1人のために言葉を紡いでくださっている。
 それだけで雲雀は昇天しそうな気分だったが、何とか言う。
「はい! この度、団長がお手合わせをしてくださるということで、探しておりました! 修行不足にて自ら発見することが出来ませんでしたが、是非、よろしくお願いいたします!」
 着ぐるみというアンフェアな格好をしている相手に対して修行不足もくそもないと思うが、それに疑問を持つこともなかった。彼女が首を傾げるのは数時間後のことになる。
「なるほど。どこからでもかかってきたまえ」
「わかりました! 遠慮なく行かせていただきます!」
 雲雀は構えをとる団長に突っ込んでいった。
 しかし。
 一撃を加える前に、視界が回転するのが分かった。気がついた時には、天井の蛍光灯が目の先にあった。
 戦闘時間、0.5秒。
「…………」
 頭が真っ白になったのは一瞬で、雲雀はすぐに飛び起きて、敬礼をした。
「ありがとうございました!」
「うむ」
 そのまま立ち去ろうとする団長に、彼女は言う。
「あの、プレゼントを持ってきたのですが受け取っていただけるでしょうか!」
 そして、ラッピングしたカイロを渡す。
「これから、寒くなりますから……」
 不安な気持ちで恐る恐る顔を見ると、団長は微かに笑みを作ってカイロを受け取った。
「消耗品というのはありがたいな。使わせてもらおう。ところで」
「はいっ!?」
「私の部屋で今、マツタケを振舞っているのだが君も来るかね。私に挑戦しにきた他の面々も集まっている。親しくなる良い機会だと思うが……雲雀君」
「はいっ! 喜んで!」
 名前を覚えてもらえたことが嬉しくて、雲雀はもう一度敬礼した。

「おいコテツ、反応があったぜ」
 現在、ディナー権の条件内に入っている長曽禰 虎徹(ながそね・こてつ)は、アトロポス・オナー(あとろぽす・おなー)の呼びかけに振り返った。
「あったか! 誰だ?」
 アトロポスの指差す先では、黒髪の可愛らしい少年、56番のカライラ・ルグリア(からいら・るぐりあ)がケーキを口に運んでいる。イチゴは後で食べるつもりなのか、皿の脇に置かれていた。
「あいつが、何か貴金属を持ってる。間違いねえ」
 刀工師の末裔である虎徹は、新たな「作刀」のために参考になる金属を探していた。クリスマスプレゼントが大量に集まるこのイベントなら有用な資料が手に入るだろうと参加したのだが、これまでの成果は芳しくなく、がっくりしていた所だ。だが、やっとアトロポスのトレジャーセンスが反応を示してくれたらしい。
「それがパラミタの稀少金属かまでは判んねえけどな」
「でかしたぞ! よし、早速見せてもらおう」
 2人はカライラに近付いた。彼は、対戦相手が見つからずに退屈していた。それもその筈、相手である9番のサミュエルは団長の部屋でマツタケを食している真っ最中だ。
「すみません。少しよろしいですか?」
 話しかけた虎徹に、カライラはついに来たなという顔を作って相対した。純粋で無害な少年を演じて、相手のプレゼントを奪ってやる作戦だった。しかし、虎徹の番号は25で、対戦相手ではなかった。
「あなたの持っているアクセサリーを見せてほしいんですが。いえ、見るだけでかまいません」
 虎徹にしても、金属だからといって片っ端からいただくつもりはない。観察して、興味深い意匠が入っていたり未知の金属だったりすれば、手中に収める気でいたが。
 警戒心を和らげていたカライラは、その言葉で再び気を引き締めた。
(こいつ、やる気だ)
 しかし意図が読めず、作戦を発動するのには早い気がした。とりあえず、おずおずとした態度でプレゼントを取り出す。髑髏のシルバーリングが入ったケースを開けると、虎徹は目を輝かせてリングに顔を近付けた。
「うーん……」
 上から、水平方向からと気が済むまで眺めると、虎徹はおもむろに言った。
「これ、僕にくれませんか?」
「!?」
 不意打ちとも言える申し出に、カライラは思わず固まった。そんな彼をそっちのけで、虎徹とアトロポスは会話を始める。
「なんだ、アタリだったのか?」
「そうだな。調べてみないとはっきりしたことは言えないけど……これには、銀以外の何かも使われているよ。屈折率や光沢が違う」
「しゃーねーな、んじゃ、ちょっと暴れてやるか」
 アトロポスが準備運動するように右肩を回す。それを見て、カライラは反射的に作戦を決行した。
 怯えた表情を作って、言う。
「ちょ、待って下さい! 僕はその、料理とか……ただパーティーを楽しみたかっただけで……あの、交換ならきっと、お互いに罰ゲームだけは免れますよね?」
 相手が違うのだから交換してしまえばマラソンなのだが、端からリングを渡すつもりのないカライラにはそんな些細な矛盾はどうでもよかった。要するに、虎徹をその気にさせてこの場を乗り切れればそれで良いのだ。
 思惑通り、虎徹はすまなそうな顔になった。
「いや、血気盛んなパートナーで申し訳ないです。僕は、そのリングが欲しいだけでプレゼントには固執していません。むしろ、使ってほしいくらいです」
 そうして、紙で包んだ小刀を取り出す。パラミタ純鉄で作ったものだ。
「よかった……ありがとうございます」
 カライラは瞳を潤ませたまま、弱々しく微笑んだ。小刀を受け取るために手を伸ばし――掴んだ瞬間、リングケースを持っている手に力を込めて距離を取る。
「あっ」
「あははっ、実戦ではこーいう作戦だってアリですよね?」
 ダッシュをかけてそう言うと、彼は純心の「純」の字もない顔で逃げに入る。
 だが、行く手をアトロポスが待ち受けていた。
「あ……」
 口元を引きつらせるカライラの顎に、アトロポスの拳が直撃した。
「手が稚拙でしたね。残念ながら、僕はショタコンじゃありませんし」
 肩を竦める虎徹の前で、カライラは保健室に運ばれていった。

「そろそろ祭も終わりですな」
 セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)はカウンターに頬杖をつき、芋けんぴを食べながら言う。酒を求める客が一段落し、カウンター前には志位 大地(しい・だいち)ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が残っていた。
「ごうこん……というのは初めてでしたけど、人が多くておもしろかったですねえ……」
 紅茶のカップに口付けながら、ほやんとした調子で言うティエリーティアに、館山 文治(たてやま・ぶんじ)が続ける。
「今はもう見る影もねーがな」
 食堂は、すっかり酔っ払いの寝室と化していた。テーブルの脚や床に寝転がり、気持ちよさげに眠りこける人、人、人。
「かわいらしいキミとも知り合えましたし」
「!」
 ティエリーティアの言葉に、文治がびくっとした。次に顔を俯かせ、身体をぶるぶると震わせはじめる。
「おめぇ……俺の事を『かわいい』と言ったな……」
「今日は何度も言われてますよね」
 何を今更、とセオポルドが口を挟む。
「うん、良いクリスマスでした……」
「終わらせないでください。これからが本番なんですから。さあウィル、そろそろプレゼント交換をしましょう」
「んー? ああ」
 大地の誘いに、気の進まない声を出してウィルネストが立ち上がった。運良く対戦相手になった彼とティエリーティアは、まだ交換をしていなかった。交換すること自体はとっくに決まっていたのだが――
 パーティを楽しむふりをして、ウィルネストが時間を引き延ばしていたのだ。
(ったく! なんで大地の相手が来ねーんだよ! こいつがいたら、とんずらしたって絶対捕まるじゃねーか!)
『梅琳たんのちゅーが欲しくってさぁ』という、平和的交換の言いだしっぺは彼だ。だが、そんなものはもちろん本気ではなく、1人勝ちを虎視眈々と狙って大地が消えるのを待っていたのに、大地はいつまでもティエリーティアから離れようとしない。相手が来ないのも確かだが、相手を探しにいこうともしない。
(くそー、この色ボケ男……)
 その色ボケ男、大地はティエリーティアからメガネケースを受け取って顔を赤らめている。何か癪だったので、ウィルネストはにやにや笑いを浮かべて間に入った。
「まあまあ、いちゃつくのは後にして、まずはやることやっちゃおうぜ」
手のひらを上に向けて、ティエリーティアにブツを要求する。少年がそれを取り出そうとポシェットに手を入れたところで。
「こんなところにいましたか!」
 救いの神が、やってきた。

「ワタシと手合わせいたしませんか?」
 正面から決闘の申し込みをする5番のルイ・フリード(るい・ふりーど)に、大地は困惑気な顔を向けた。ここでティエリーティアから離れたら、ウィルネストが不正をするに決まっている。好きな女性にマラソンをさせるわけにはいかない。
 しかし、ルイは正式な対戦相手だ。彼はこのゲームを純粋に楽しみたいようだし、無視は出来なかった。
「わかりました。お相手しましょう。少々危険ですが、ここでもよろしいですか?」
 2人を視界に入れておけば、いざというときにすぐ対応できるだろう。臨時出張BERから距離を取り、ルイと対峙する。転がっていた酔っ払いはボーイが丁寧にどかしてくれて、簡易戦闘フィールドが作られる。
「では」
 自身にパワーブレスをかけ、ルイがウォーハンマーを構える。大地も光条兵器の太刀『蒿里』を出した。ハンマーの攻撃は一発食らったらアウトだ。その代わり、動作が大ぶりになるから隙も大きい。
「あっ!」
 その時、BERの方からティエリーティアの声が聞こえた。見ると、ウィルネストがBERを離れて猛スピードで出口へと向かっている。
「やったぜ! これで俺様一人勝ちィイイ!!!」
 一瞬ぽかんとしていたティエリーティアは、おろおろしながらこちらにやってきた。
「どうしましょう、大地さん……お互いに梅琳さんのキスを受けましょうって言っていたのに……」
 涙目のティエリーティアに心臓を打ち抜かれながらも、大地はウィルネストに向かってダッシュした。
「大丈夫です! 俺が取り戻してやつをコンクリート詰めにして海に沈めてきますから!」
 その脇で、ルイが怒りに震えた様子でハンマーを担ぎ上げた。てっきり、戦闘を中断した大地に向かうのかと思いきや。
「ぬうううう、許せません! 一度約束したものを反故にするとは! 天誅を下してやりましょう!」
 大地を抜かす勢いで走り出し、廊下に出る。『どどどどど』という音を響かせながら物凄い形相で追いかけてくる2人を見て、ウィルネストは悲鳴を上げた。
「げっ! なんであいつも来てんだよ!」
 実のところ救いの神でも何でもなかったルイがハンマーを振り下ろし、ウィルネストは必死に避けたが正面には大地がいてそれ以上逃げられない。完全に退路を断たれた格好だ。
 眼鏡を外して床に落とした大地が、目を細めてにやりと笑う。
「ウィル〜、覚悟は出来てるんでしょうねえ〜」
「おい眼鏡外すな! かけろ! すぐかけろ! いいのか!? そんな姿、ティエルに見られても……」
「一瞬で終わるからご心配なく」
 どす黒く染まった大地の瞳が妖しく光り、同じく黒々とした太刀がウィルネストに迫る。
「ぎゃーーーーーーーーーー!」
 断末魔の悲鳴を上げ、ウィルネストが力尽きる。
 殺人現場さながらの状態に変化した廊下にどん引きしたルイは「それ」と大地を見比べて目を見開いた。
「あなたは一体……」
 問いかけようとした時、ルイは刀が自らの身体に食い込むのを感じた。もう、決闘もくそもない。眼鏡を外した彼を止められるのは、1人だけ。
「大地さん! やめてください!」
 ティエリーティアが大地に抱きつく。一気に顔を火照らせた彼に、少年は拾った眼鏡をかけさせた。
「ありがとうございます……僕のために……もう大丈夫ですから、落ち着いてください……」
「ティエル……」
 元に戻った大地は周囲を見回して苦笑した後、ウィルネストの身体からプレゼントを2個取り上げた。
 それを渡し。
「今夜のディナー、俺を相手に指定してくれませんか。俺もそうします」
 誠実な笑顔をティエリーティアに向けた。