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2・26反バレンタイン血盟団事件

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2・26反バレンタイン血盟団事件

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 とある週末の冬の夜だった。
「第一から第四全てのエンジン異常なし」
「有視界内異常なし」
「偵察機より報告、二十キロ圏内に敵影無し」
「風向き西へ3メートル、東より積雲接近中」

 ヒラニプラの北の空に一隻の大型飛行船が漂っていた。
 その艦橋ではヘッドホンをつけた通信士たちが、矢継ぎ早にとどく情報を中央の艦長席に鎮座する血盟団総司令に伝えていた。
 ふと、ひとりの通信士が立ち上がり、航海長に耳打ちする。航海長はすぐに立ち上がり、艦長席の男に駆けよって直立した。
「ゲルデラー艦隊から打電『空京なう』、艦隊空京到達です。いよいよです。総統!」
 単に『総統』とだけ呼ばれた男は、軽く肯くと、マイクを全艦にまわせと命じた。
 総統は語り始めた。
「同志諸君、刻は来た。同志諸君、地獄の釜は開いた。同志諸君、あわれな敗残兵が今、黄泉還る。同志諸君……今宵我々は戦って死ぬ。かげろうのような命とて、教導団に根付く奸臣を摘むことはできる。これこそ一人一殺である。今宵我々は戦って死ぬ。死んで多くの萌芽の礎となる。これこそ一殺多生である。行こう、我らが若きの戦士達よ!ホワイトデーを待ち望むヤツらに血まみれの悪夢をくれてやろうではないか。ロートナハト作戦始動!」
 艦内から一斉にあがる歓声。
 その誰もがあの日の屈辱を怒りと闘志に変え、シンボルたる総統を崇拝していた。
 2月14日の悪夢のあの日を。
 思い出すだけでも忌々しい、子供の頃の記憶、そう、生まれて初めて知らない女の子からチョコレートを渡されたと思ったらクラスでいちばん嫌いな奴へ届けて欲しいとの最悪な役回りだったことを!

 シャンバラ教導団突入部隊のミーティングルームでもその演説は熱狂を持って受け入れられていた。その数わずか百名弱。その全員がシャンバラ教導団の偽の制服を身にまとっていた。
「こらっ、全員静かにしないかっ、作戦指示は終わっていないっ!」
 隊長を務める鬼崎 朔(きざき・さく)はホワイトボードの前で全員に呼びかける。もちろん誰も聞いていない。
「ほうら、きみたちぃ? しーずかにしないとおぅ、おじさんちょっーときれちゃうぞぉ?」
 鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)がアーミーショットガンを天井にぶっ放す。
 ばぼーん。
 一瞬で静かになる。
「ちょちょっと、ここをどこだと思ってるんですかっ? 飛行船ですよ飛行船っ」
 朔がびっくりしてわたわたする。
「いいじゃねぇか。熱暴走してるよりゃ風通しがあったほうが?」
「けほん。作戦説明に戻ります。二班に分かれた各部隊は、それぞれの目標である、手元の名簿にある奸臣どもに天誅を加え、なおかつ団長閣下に総統からの贈り物を渡します。一班は洋兵さんが、二班は私が指揮をとります。ここまでで質問は? 無いようなら各自休憩。好きにしてくれ」
 一気に緊張がほぐれたのかあちこちでざわざわと雑談がはじまる。
「よう。お前、見たところ本物のシャンバラ初年兵みたいだけど、お前みたいなのが何しに来たんだ?」
 細身の青年佐野 亮司(さの・りょうじ)が、いかにも几帳面でマジメそうな少年兵金住 健勝(かなずみ・けんしょう)に語りかける。
「じ、自分でありますか? ……自分は世渡りが下手でありますから、自分のようなものでもチョコレートをもらえる世がくればと思い、決起いたしました」
「そうか。でもお前みたいなのは我慢してればいいヨメさんができるモンなんだぜ?」
「そんなこと無理であります」
「俺はこの戦争が終わったら空京に店出すんだ。ようやく資金が貯まったんだぜ」
「この作戦は決死では!?」
「俺には五分五分だ。商売だってそうさ。俺についてるのが死神か女神か、これでわかるのさ。じゃ、こんどはお前だ。何で入った、おじょーちゃん?」
 亮司は栂羽 りを(つがはね・りお)に話題を振った。
 カワイイ女の子だ。彼氏がいても不思議じゃない。
「私は、『天誅ーーっ』って言ってみたかったから!」
「え……それだけ、で、ありますか?」
「うひゃひゃ! どいつもこいつも狂ってる! こりゃ俺の運も尽きたかな?」
 と、突然、艦内にアラームが鳴らされる。
「全艦第一級戦闘配置。ロートナハト・アイン特別攻撃隊搭乗員は速やかにカタパルトへ! ロートナハト・アイン特別攻撃隊搭乗員は速やかにカタパルトへ!」
 艦内放送が流されるとミーティングルームの突入部隊員は続々と部屋を出て行く。
 朔はそれを諦めたかのように見送っている。
「どうした。部屋掃除でもして待っているつもりか?」
 朔の背後からささやくように話しかけてきたのは朔のパートナーのアンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)だった。
 いつの間にかミーティングルームには朔とアンドレアスのふたりしかいなくなっていた。
「なんだとっ?」
「妬ましいのだろう? 復讐したいのだろう?」
「そう言う単純なことではないっ」
「維新か? 挺身か?」
「……」
「いそぐのだ。本当に臆病者にされるぞ」

 小型飛空挺カタパルトでは、突入隊員のほぼ全員が搭乗をすませ、発進指令を待っていた。朔がたどり着くと航海長が出迎え、朔に小さなアタッシュケースを渡した。
「総統命令だ。必ずお渡ししろ」
「失礼ながら爆弾では……」
「ならなぜ君たちに直接斬らせない?」
「浅はかでした。ご命令、命に替えても!」
 ふたりは敬礼を交わし、朔は飛空挺に載った。 
「小型飛空挺全機発進準備よし」
「カタパルト解放!」
「カタパルト解放ーッ!」