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ふぁーすときす泥棒を捕まえろ!?

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ふぁーすときす泥棒を捕まえろ!?

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6.ファーストキスは遠すぎる 少女ならなおさらだ

 蒼空学園のミーティングルームは、寒かった。
 蒼空学園の理事長である御神楽 環菜の視線が、学生たちに向ける視線が、体感温度を下げているのだ。
 光太郎は、環菜に手渡された紙切れを持って涙目になって立ち尽くしている。
 彼の持つ紙切れは、天井の石膏ボードの交換、廊下のクリーニング代などを列記した見積書だ。適正な価格だが、学生が払うにはかなり厳しい金額だ。
「まぁ、原状回復してくれればいいわ。それは業者に頼んだ場合の見積もりだから」
 光太郎以外の学生たちも、引きつった笑みを浮かべている。ルミーナが配ってくれた濡れタオルだけが暖かい。
 ファーストキス泥棒の彩祢ひびき、その協力者である姫野 香苗。乳もみ犯の葛葉 明。キス未遂犯ヴェル・ド・ラ・カッツェ。同じく如月 正悟。
 以上が、今回捕縛された者たちである。捕縛されたとは言うが、特に縛られたりはしていない。
「彩祢ひびきさん、なぜこのようなことを?」
 ルミーナがひびきに問いかける。
「わたし、保健委員だったんです」
 ひびきはゆっくりと自分の話を始める。
 ひびきは、吸血鬼だという。保健委員を務める彼女は、保健室で輸血用の血液パックを分けてもらって吸血衝動を押さえていたという。
 しかし、あまりに消費量が多すぎるために、最近になって使用を禁じられてしまったのだという。
 いままで、人間から直接吸血した経験に乏しい彼女は、うまく血を吸うことができなかった。血を吸うのが主な目的で、ファーストキスを奪うのが目的ではなかったという。
「そう、ですか」
 ルミーナが思慮深げに呟く。
「ところで、ファーストキスばかり奪う結果になったのはなぜなんだ?」
 エリオ・エルドラドが尋ねる。
「わたし、乙女の血しか吸えないの」
「え? どういう意味?」
 赤城 仁がパートナーのナタリーに尋ねる。ナタリーは無言で隣に座る仁の足を思いきり踏みつけた。
「すばらしい能力じゃないか!」
 明が鼻息を荒くするも、その場にいた女生徒たちの冷たい視線に晒され黙り込んでしまう。
「どうしたものかしら? あなたたちはどうしたいの?」
 環菜は学生たちに問いかける。学生たちは視線を交わす。
「あの、僕、意見言ってもいいですか」
「あら、陽太いたの」
 聞きようによっては、かなりひどい言われようだが、環菜に名前を呼ばれただけで影野 陽太(かげの・ようた)は満面の笑みを浮かべる。
「確かに、彼女のやったことは間違いだったと思います。でも、彼女は飢えていたということを忘れないでほしいんです。吸血鬼にとっての吸血というのは、僕たちにとっての食事と同じでしょう? どうか、彼女を許してあげてほしいんです」
「それじゃあ、わたしも」
 霧島春美が立ち上がる。
「さて皆さん、ここでひとつ春美も証言しましょうか」
 春美はゆっくりとひびきの方へと近づく。
「ひびきさん、あなたのその日本刀、相当な業物のようですが」
「え、うん。無名だけど無代ものだよ」
 無代とは、値段のつけられないごく上品という意味合いだ。
「失礼ですが、その刀をお借りしてもよろしいですか」
 ひびきは少しためらったあと「気をつけて」と言い添えて刀を春美の手の上に載せた。
「やはり――カミソリの鋭さと鉈のような強さを併せ持っています。試し切りの必要はありませんね?」
 刀身からは、冷たい冷気のようなものが放たれているかのようだ。
 無性に試し切りしたくなってくる。
「――」
 春美は慌てて刀を鞘に収め、ひびきに返した。
「どうでしょう、皆さん。この刀で斬り付けられて怪我をした方はいらっしゃいますか」
 春美が順に見回る。ディオネア・マスキプラを膝の飢えに抱えて心配そうにことの成り行きを見守る宇佐木 みらびと視線が合う。小さく頷いて、春美は視線を正面に戻す。
 大怪我をした者はいない。せいぜいが打ち身や擦り傷程度だ。
「そうです、彼女はあの刀を持ちながら、誰一人に傷を負わせることはなかったのです。昨日までの被害者に関しても同じことです。刃物で脅すこともできたのに、彼女はそれをしなかった」
 春美は、ひびきを立たせる。
「春美は、彼女を許してあげても良いと思うのですよ、以上!」
 春美は自分の前に並ぶ学生たちに向かって頭を下げる。ひびきも並んで頭を下げる。
「あ、あの、みらびからもお願いします!」
 春美の学友である宇佐木 みらびもぴょこんと頭を下げる。よく見ると彼女の抱いている兎っぽい感じの生き物ディオネアも頭を下げている。
 無言のままみらびのパートナーであるセイ・グランドルも立ち上がり、深々と頭を下げる。
「……はぁ、こりゃあ反則だな」
 エヴァルトは頭を掻く。彼は唯一例外的にひびきに斬り付けられているが、少年少女たちに頭を下げられては、これ以上追求しづらい。
「どうでしょう皆さん、ひびきさんたちを許してあげるというのは」
 ルミーナの提案に、異を唱える者はいない。
「ひびきさん、被害者の方たちに謝りに行けますね」
「はい」
 ルミーナは、ひびきの目尻に浮かんだ涙をそっと拭う。
「あなたが心からお願いすれば、多くの方があなたのために血液を提供してくれるでしょう」
 ルミーナの言葉に、ひびきは何度もうなずく。
「いやー、よかったよかった」
 羽鳥 浩人が首を鳴らしながら立ち上がる。
「じゃあ、そういうことでミーたちは帰るのネ」
 ヴェル・ド・ラ・カッツェも手を振ってみせる。
「やー、大団円大団円」
 葛葉 明もさわやかな笑みを浮かべて立ち上がる。どさくさに紛れて大小さまざまな乳を揉めた明にとっても確かに大団円だったことだろう。
「んな訳あるか!!!!」
 このあと、三人(+巻き込まれた篠宮 悠)は夜が更けるまでこんこんと説教されたそうな。
(翡翠、連絡付かないな、なにしてるんだろ)
 榊 花梨は携帯電話を握りしめて溜め息をついた。

 蒼空学園校舎屋上。上弦の月の下、二人の男が向かい合っている。
「これならどうですか!」
「なんの!」
 神楽坂 翡翠が放った銃弾を赤城 長門のヌンチャクがはじき飛ばす。
 長門の汗が月の光にきらめく。
 翡翠は拳銃に弾丸を装填しながら再び距離をとる。
「楽しいのぅ!!」
「さて、自分は早く帰りたいのですが」
 そう答える翡翠の顔には、戦いの喜悦が刻まれている。
「まだまだ夜は長い! 遊ぼうぜぇ!」
 ――――真夜中過ぎ、聞き慣れた銃声を頼りに駆けつけた花梨に蹴り飛ばされるまで、二人は戦い続けたそうな。


ふぁーすときす泥棒を捕まえろ!? ―了―

担当マスターより

▼担当マスター

溝尾富田レイディオ

▼マスターコメント

 『ふぁーすときす泥棒を捕まえろ!?』へのご参加ありがとうございます。
 彩祢ひびきさんが清らかな乙女の血しか吸えないのは、多分に精神的なものだと思います。

 ひびきさんは、まだ正式なパートナーがいないので、しばらくは善意の協力者から血をもらう日々が続きそうです。

 もうすぐ四月ですね。環境が変化する方も多いのではないかと思います。季節の変わり目には風邪を引きやすいものです。どうぞ、お体を大事にしてください。

 余談ですが、蒼空のフロンティアの先輩マスターの間でブログが流行っているという噂を聞いたので、開設してみました。ブログタイトルは『やわらかな機械』です。
ブログタイトルより、わたしの筆名で検索した方が早く見つかるとおもいます。とほほです。
 それでは、ゴッドスピード。
 良い旅を。