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冬将軍と雪だるま~西シャンバラ雪まつり~

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冬将軍と雪だるま~西シャンバラ雪まつり~

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第3章


 蒼空学園各所のTVやスクリーン、スピーカーから小次郎の物静かな声が流れ始めた。
「さあ、いよいよ冬将軍軍団が現れましたね。実況のメトロさん」
 呼ばれたメトロはというと、マイトの背中から戦場リポーターとして実況をしている。結局、雪だるマーを装着しなければこの吹雪の中で行動はできないということが分かったので、実況に専念するためにマイトにおぶさった状態で二人分の雪だるマーを装着することになったのだ。マイトの胴体アーマーの中にメトロの足がめり込むような状態になっており、安定感があるが自由度は低い。何しろ移動はすべてマイトの足にかかっているのだ。
「あたしは実況に専念するんだじぇ。マイト、しっかり守ってね」
 マイクをオフにしたままでマイトに呟くメトロ。マイトは素人ながらカメラをしっかり構え、準備は万全だ。
「ヒャッハー! こいつはすげえ、格好は悪いが安定性はバツグンだ。俺に任せな、必ず守ってみせるぜ!」
 雪だるマーの足元は雪の精霊の力で守られており、アイスバーンと化したグラウンドの上でも転ぶことはない。しかも少し慣れればスケーティングの要領でスピード感のある動きができるので、カメラには素人のマイトでも迫力のある絵が撮れるだろう。その画像は本部を通じてTVやスクリーンに投影され、観客は安全なところから画像と実況、解説を楽しめる仕組みだ。
「さて、いよいよ冬将軍とその軍勢が蒼空学園グラウンドに現れました。果たして今年の冬を制するのは冬将軍か、それとも蒼空学園か!」
 メトロの実況がグラウンドと学園内に響き、いよいよ開戦かと思われたその時、一人の男性が参加者の中から歩いて出て来た。
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)だ。
「……戦う前に、冬将軍とやらにひとつ聞きてーことがある」
 痩身で優しい顔立ちの皐月だが、その瞳には強い意思の光が宿っている。
「無礼であるぞ!」
 いきり立つ四天王の一人、ナダレをいなして冬将軍は口を開いた。
「……良い。お主、名は?」
「日比谷 皐月だ。……今回の戦いの理由を聞きてーんだ。他の奴らはともかく、オレは別に率先して争いごとをしたいワケじゃねえ。お祭り騒ぎは大歓迎だがなあ、もしそっちにもやむを得ない事情ってのがあるんなら、力になれるかもしれねーし」
 何ということだろう。皐月は冬将軍の立場も汲み、まずは話し合いによる解決は望めないものか、と提案したのだ。ともすれば今すぐに襲いかからんとする者もいる参加者たちの反応は様々だが、冬将軍の反応はその中でも特に冷淡なものだった。
「力になるというならば今すぐにこの場を去り、余にこの地を開け渡すが良い。全面降伏のみが我が刃を止める術と知れ! かかれ!!」
 冬将軍の合図を受けてアシガルマ達が一斉に躍り出た。四天王達も次々に分散し、戦いやすいフィールドへと移動して行く。中心部に残された皐月は吹きつける吹雪の中、冬将軍を睨んだ。

「そーかい、そりゃあ残念だ。そんならオレは、オレの大事なものを守り通すだけだがな!!」

 軍勢の中で一番目立つのは、何と言ってもDX冬将軍であろう。動きは遅いがその巨大さはそれだけで武器だ。もしその重量で踏まれでもしたら一撃で戦闘不能になることは間違いない。ところが、その強大な敵に対してこともあろうか保護魔法をかけている者がいた。
 魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)だ。美央のパートナーであるサイレントスノーは、DX冬将軍の頭部と胴体に護国の聖域をかけて保護してく。
「うむ、これでいいでしょう」 
 雪だるま王国の目的はDX冬将軍の手足のみを破壊し、頭部と胴体のみを残して巨大雪だるま化することである。サイレントスノーは一通りの作業が終わると美しいドレス姿の魔鎧に変化し美央の身を守る。そのまま美央に語りかけた。
「美央、巨大であればあるほどバランスを崩すともろいもの。まずは片足を重点的に狙って落としていきなさい」
 先生のような口調に素直に頷く美央。だがその実、内心ではワクワクが抑えられない。去年も巨大雪だるまを作った。今年も作れるなんて夢のようだ、もうツァンダ毎年の恒例行事になればいいのに!
「分かっています。さあ、国民の皆さん、いまこそ我々の力を見せつけてあげましょう! 皆さんに雪だるまの加護のあらんことを!」
 女王の声を合図に戦闘を開始する王国メンバー。一番手は美央のパートーナーの一人、エルム・チノミシル(えるむ・ちのみしる)だ。
「足を狙えばいいんだよね! えーい!」
 対イコン用爆弾弓を引き絞り、狙いをつけて次々と放つ。美央からあまり接近するなと言われているので遠くからの射撃がメインになるが、その内の数発はDX冬将軍の左足に命中する。が、本来起こる筈の爆発がない。
「……美央ねえ。やっぱ爆弾ついてないと意味ないよー」
 情けない顔をして美央を振り返るエルム。本来付属しているはずの爆弾を美央が奪い取って水風船に変えてしまったからだ。
「駄目。」
 理由は『危ないから』。それでは爆弾弓という武器の意義を真っ向から否定していることになるのだが、美央は頑として譲らない。
「むー」
 エルムはふくれっつらをしながらも、次々と矢を射かける。その脇から雪だるま王国女王近衛隊隊長、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が飛び出す。
「そうそう、できる範囲でやればいいの! 無茶しても怪我はしないこと!!」
 台詞と同時に火天魔弓ガーンデーヴァから放たれた炎の矢が、次々とDX冬将軍の左足にヒットしていく。さすがにエルムの水風船爆弾とはワケが違い、こちらはかなりの効果が期待できそうだ。
「主殿、ボクもお手伝いするよ!」
 そのパートナー、霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)は唯乃に魔鎧として装着されている。籠手と肩当て、マントのみ、というかなりの軽装だが、魔鎧としての機能を損なうものではない。
「OK! ミネ、お願い!!」
 求めに応じて籠手から強烈な炎を広範囲に吹き出して左足を攻撃していくシンベルミネ。動きの遅いDX冬将軍にとって炎の魔弓と強力な火術の組み合わせは驚異的だ。反撃とばかりに、巨大な鎧武者は両手を前に突き出して指先から無数の氷玉を射出する、氷玉バルカンだ。
「おぉっと! こっちも気合入れていくわよ!」
 氷玉を避けつつも必要最低限はガードしていく。王国関係者と協力者に対しては、美央があらかじめアイスプロテクトやファイアプロテクトなど各種保護の魔法をかけてあるので、一撃のダメージとしてはそれほどでもない。こうして雪だるま王国とDX将軍との戦いは続いていった。

「はーっはっはっは! どんどん行きますよー!」
 一方、雪だるま王国騎士団長のクロセル・ラインツァートは数にものを言わせて襲いかかるアシガルマ軍団を軽快に片付けていく。マントに白い仮面と、中世の怪盗のような見た目は酔狂だが、刀や槍、弓矢などで武装した数十体のアシガルマを次々と無力化していくのだからその実力は侮れない。武器や足を落とされたアシガルマはクロセル配下の武官たちが手際よく手足を切り取っていく。こうなると通常の雪だるまとして転がり、まさに手も足も出ない状態だ。
「ふっふっふ。好調好調……ん?」
 自身は矢の的にならないように、常にスケーティングの要領で滑らかに移動しているクロセルだが、ふと不穏な空気を感じて振り向いた。
「雷電のブースト!」
 声の主は美鷺 潮(みさぎ・うしお)だ。ブーストとは雪だるマーについた機能のひとつで、天候に関する力を精霊から一度だけ引き出すことができる。まだ戦いも始まったばかりだというのに、潮はいきなりそのブーストを使ってしまおうというのだ。
「集え天光、響け断罪の鼓動。雷土の衣纏いて、穿ち貫き降り注げ――」
 クロセルを含むアシガルマ軍団の上空に黒雲が立ち込める。
「え。まさか――」
「先手必勝――!!」
 潮の気合と共に黒雲から無数の雷光が降り注ぎ、次々とアシガルマを粉砕していく。容赦のない電撃はその場のほとんどのアシガルマを破壊した。潮はブーストの効果によって魔術の威力ではなく範囲を極大化することによって、アシガルマの戦力を大幅に削減することに成功したのだ。とりあえず自分の狙った効果が出せたようで、潮は満足顔だ。
「よし」
「よし、じゃなーい! おかげでこっちは危うく黒コゲですよー!!」
 もくもくと雪煙が立ち込める中、素早く後ろから突っ込みを入れたのはクロセルだ。いち早く危険を察知し、辛うじて電撃の範囲から脱出したのである。
「問題ない、自分は最初からクライマックスだ」
「大アリですよっ! 粉砕しちゃったら雪だるまにならないじゃないですか! ウチの女王陛下のお言葉を聞いてなかったんですか!?」
「――従う義務はないでしょ?」
 可愛い顔して、しれっと言い放つ潮。はかなげな外見の彼女だが、実は自分の主義主張に関しては、かなり頑固だ。
 二人の間に、どことなくイヤな空気が流れた。
「ほう、それはつまり――」
 雪だるま王国を敵に回すつもりですか、とクロセルが凄もうとしたその時。
「ちょっと! モメてる場合じゃないよ。あれ見て!」
 間に芦原 郁乃(あはら・いくの)が割り込んできた。二人が指差す方向を見ると、なんと集まったアシガルマ達が比較的パーツの残った個体を組み合わせて自分達で勝手に修復しているではないか。
「おっと、これはいけませんね。でも修復できるのならまだ雪だるまにするチャンスはあるというものです!」
 潮を放っておいて軽やかに滑り出すクロセル。
「勝負はおあずけです! まったく、これだから最近の若い娘は……」
「ふん」
 潮は意にも介さず他のアシガルマを狙う。そこに先ほどの雷鳴を聞きつけて来たメトロとメイトが滑りこんできた。
「おーっと、これはすごい! 激しい雷光でまだ雪煙がもうもうとしています! 範囲を拡大するだけでもこの効果、ブーストの威力はすごいですねえ!」
 すかさず、放送では解説の小次郎が淡々と相槌を入れる。
「そうですね、もし威力のみの増強に2つ、3つのブーストを使用したらどうなるのか、興味深いところですね」
 雷光で破壊されたアシガルマの残骸を映していくマイトのカメラ。ふと、郁乃が目に入った。
「ん? あれは芦原か? 相変わらずちっちぇーな。雪煙で全然カメラに入んねーや」
 その瞬間、郁乃の身体がテレポートしたかのように見えた。いや、見えなかった。
「マイト! また私のこと小さいとかチビとかお子様とか小豆より小さいとか小学生料金とか年齢詐称で裏口入学とか言ったでしょ!!」
 いつの間にかマイトの眼前に超高速で現れた郁乃は、マイトが反応する隙も与えずに次々とまくし立てる。ちなみにカメラの目の前だ。当然その台詞の全てはメトロのマイクが拾って映像付きで放映されている。
「言ってねーって! ただ雪煙で見えねーって」
「小さくて見えないですってー!!」
 テレパスかお前は、どうして辛うじて隠しておいた心の声まで聞き取れるんだ。というマイトとのおなじみのやり取りも余すところなく全校放送である。
 それを聞いて額に手を当て、天を仰ぐのは郁乃のパートナー、秋月 桃花(あきづき・とうか)であった。自他共に認める郁乃の恋人兼保護者である彼女は、郁乃の行動パターンは熟知している。どれどれと見渡すと騒ぎの元はすぐに見つかった。メトロを背負ったままで郁乃に掴みかかられているマイトの格好はそれだけで滑稽ではあるが、笑っている場合ではない。
「郁乃様、郁乃様……全校放送されてますよ?」
「だいたいマイトはいつもいつも私のことバカにしてー!!」
 聞こえていない。こうなるとしばらく収まりそうにありませんねえ、とため息をつく桃花。文句を言う郁乃と掴みかかられているマイト、面白がって声を拾うメトロ。ふと、自分が蚊帳の外のような気持ちがして少しだけ寂しさを感じるのだった。
「私だってこう見えても成長してるんだから! この間だってバスで知らないおばあちゃんに――」
 くいっ、と。郁乃は桃花が自分の袖を掴んでいることに気付いた。
「桃花?」
 郁乃と視線を合わせようとしない桃花が珍しく、マイトへの追求を止めて振り返る。
「――あんまりマイト様とばかり仲良くしないで下さい。桃花だって、その――」
 マイトはこれ幸いとばかりに郁乃の背中をバン、と叩いて走り去っていく。
「ヒャッハー! ちっちぇえことばっか言ってっとパートナーにヤキモチ焼かれるぜぇー!!」
「あー、またちっちゃいってー!」
 思わずマイトの後を追おうとする郁乃だが、桃花はその手を離さない。
「マイト様の言う通りですよ。桃花だって……ヤキモチくらい焼くこともあるんですからね?」
 顔を真っ赤にして呟く桃花に、思わず吹き出してしまう郁乃。
「どうして笑うんです!」
「ご、ごめんごめん。だってあんまり――」
 桃花が可愛いこと言うもんだから。と、袖を握る桃花の手を握り返す郁乃だった。

「ところであいつら、一応ここが戦場だって分かってんのかね?」
 逃走しながら呟くマイト。遠目に二人の様子を眺めるメトロも、
「さあ? きっと分かってないんだじぇ」
 としか言いようがなかった。

 ところで魔鎧 リトルスノー(まがい・りとるすのー)は、クロセルが手足を切り落としたアシガルマを雪だるま王国の国民として勝手に登録している真っ最中だ。
「はい、1号2号3号っと……」
 雪だるま王国の役員という位置付けの事務員を引き連れて、次々と名簿の登録者数を増やしていく。
「これであなた方は王国民となりました。」
 どうせ身動きが取れないアシガルマ達はもう勝手にしてくれ、と諦め顔だ。
「早速ですが、国民には納税の義務が発生します。」
 何それ! 聞いてないよ! とびっくり顔のアシガルマ達だ。
「さあ、いずれキリキリ働いてしっかりと税を納めてもらいますからね……」
 ちなみに税とは雪だるまのことである。
 ふふふふふ、と暝い笑みをこぼすリトルスノー。哀れなアシガルマ達はこれから先の自分達の未来を考えては、ただ震えることしかできないのだった。