蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

白薔薇争奪戦!

リアクション公開中!

白薔薇争奪戦!

リアクション





一幕二場:ヴァイシャリー中心部某所:パティシエール「薔薇の雫」


「ああ……荷物は大丈夫かしら……」
 パティシエール「薔薇の雫」の厨房で、相澤 かしこが深い溜息を吐いた。
 ホワイトデーはもう明日に迫っている。今日の荷物が届かなければ、ホワイトデー商戦に薔薇の雫(お菓子の方)を並べることができないのだ。幾重にも対策をして居るとはいえ、手元に材料が届くまでは安心することなどできない。
「きっと大丈夫だよ、みんなを信じよう?」
 落ち尽きなく厨房の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしているかしこに、手伝いに来ていた城 紅月(じょう・こうげつ)がつとめて明るく声を掛ける。
「うん……そう、よね……」
 それしかないわよね、とかしこは少し無理に笑う。
「荷にはわらわの仲間達が着いておる、どんと構えることだ」
 その横で、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が泰然と腕を組みながら言う。彼女のパートナーたちは現在、飛行船に同乗して荷物の護衛に付いている。
「ほらほら、材料が届いた時の為に、仕込みをしておこうよ!」
「そうね! 届いてから準備できてません、じゃ困るわね」
 ヴァーナーと紅月の励ましを受けて、かしこはよしっ、と気合いを入れた。
 じゃあ材料を出してこなくちゃ、と張り切るかしこの声に、同じく手伝いに来ていたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)宙野 たまき(そらの・たまき)の二人がはーい、と元気に返事をする。かしこはヴァーナーとエクス、たまきを連れて地下の倉庫へと降りていった。
「レオンレオン、僕たちはみんなの分のお茶とお菓子、それからサンドイッチとか用意しておこうよ。無事にロサ・レビガータが届いたらみんなでお祝いできるようにさ」
 かしこ達が倉庫へ行っている間に、紅月はパートナーであり恋人でもあるレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)に提案する。レオンはパートナーの申し出に喜んで頷いた。
「薔薇の雫には紅茶やミルク……ホワイトチョコなんかが合いそうですね」
「あ、レオン、ブランマンジェ作ってよ。……かしこさんのお菓子も美味しそうだけど、俺はレオンのお菓子が好きだなぁ」
「可愛い紅月のお願いでしたら、何でも作りますよ」
 初々しいラブオーラを振りまきながら、二人は楽しそうにティータイムの算段をする。
 そこへかしこ達が戻って来ると、厨房はにわかに騒がしくなる。
「さあさあ、やることはいっぱいあるわ!エクスちゃん、そこの粉をココアパウダーと合わせてふるいに掛けておいてくれるかしら。ヴァーナーちゃんはそこの卵を全部、黄身と白身に分けて頂戴。たまき君はそこのバターをこっちの型に塗っておいてくれる?」
 てきぱきと下ごしらえの指示を出すかしこの声に応えて、三人はそれぞれ与えられた作業を開始する。その横でレオンと紅月は、白薔薇の護衛に付いている人々を労うため、ティータイムの準備に取りかかった。
「こういうのもいいよな、家だと滅多にやる機会がないからな」
「そう?そう言ってくれると嬉しいわ」
 かしこの隣でバター相手に格闘しながら、たまきがかしこに笑いかける。
「寿司屋でバイトしてるから、シャリとか魚とかには馴染みがあるけど、バターなんて滅多に触らないし。こんな感じで良いのか?」
「うんうん、良い感じよー。全部の型にお願いね」
 たまきが手にしているボウルの中を覗いて、かしこがにっこりと笑う。
「かしこはどうしてお菓子屋になろうと思ったんだ?」
「そうねー、小さい頃からお菓子作りだけは好きだったの。勉強も運動もからっきしだったんだけどねー、はははっ」
 自嘲気味に笑うと、かしこは手にしていたふるいを一瞬止めた。
「……ま、好きなことやってきたら、こうなってた、って言うのかな。私のお菓子を美味しい、って言ってくれる人が居るっていうのがね。嬉しいよね」
 あー、もう、この話はやめやめー、と恥ずかしそうに手を振って、かしこは再び手にしていたふるいでぱさぱさと上白糖をボウルの中へ落としていく。
「さ、型にバターが塗れたらこっちを手伝ってくれる?」
 荷物を載せた飛行船の到着まで、まだ時間はたっぷりある。
 けれど動き回っていないと不安なのだろう、かしこはてきぱきと薔薇の雫の下ごしらえを進めていく。このままだと準備が早く終わりすぎてしまいそうで、ついでに他の焼き菓子なども明日に備えて作っておく事にする。
 次から次へと仕事が降ってくるものだから、ヴァーナーもエクスもたまきもてんてこ舞いだ。



一幕三場:タシガン空峡上空:ニクラス空賊団大型飛空艇内


「予定ではあと一時間もしないうちに目的の荷物を積んだ飛行船がこの空域を通過する!」
 ニクラス空賊団の面々に向かって、親玉であるニクラス・リヒターが声を張り上げる。
「何としてでも荷物を奪うんだ! ホワイトデーなどというくだらない行事に浮かれている連中に鉄槌を下してやれ!」
 ニクラスの発破に、応、と野太い声が答える。そしてターゲットである飛行船の通過に備えて、小型の飛空艇に分乗して飛び立っていった。
 空賊団がアジト代わりにしている大型の飛空艇に残ったのは、ニクラスと、数名の空賊団員だけだ。格好良いからと無理して中古の大型船を手に入れたは良いのだが、いざ略奪に出る際はこうしてほぼ無人になってしまう、と気付いたのは買い取った後だった。
 だから少し寂しいけれど、ニクラスはそれでも船長席にふんぞり返って偉そうにしている。
「そうは言いますけど、契約者を甘く見てはいけませんよ。契約者というだけで、そこらのごろつき数人は楽に相手できるのですから」
 ニクラスの横で険しい顔をしているのは、パラ実生であるガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)だ。この日の為にユーハンソン家が腕利きを集めているということを知り、無法者同士のよしみで助っ人に来ている。
「ふん……契約者なんて恐るるに足りん! 空の上ならこちらに一日の長がある!」
「そうだぜ、どうせあっちの主戦力は学生だろ。一対一の接近戦ならともかく、空の上での戦いなら俺達が負けるわけがねえ。ホワイトデーなんて潰してやろうぜニクラスさん!」
 ガートルードの忠告にもふてぶてしい態度を崩さないニクラスに、煽るような調子で同調するのは如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だ。正悟の言葉を聞き、ニクラスは満足そうに頷く。
「そうだそうだ!この俺様が居るからにはみんな返り討ちにしてやるぜぇ〜!」
 同乗しているゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が、盛り上がるニクラス達につられてテンションを上げる。
「油断は禁物ですよ。あちらだって、それなりの戦力を用意しているはずです。」
「フン……空賊の恐ろしさをとくと味わわせてやるわ! 行くぞ皆の衆!」
 やけに時代がかったニクラスのかけ声と共に、大型飛空艇がゴゴ、と唸る。
「よし、俺も出るぜ! 頼むぜ、親分!」
 そう言うと、正悟は閉まり掛けたドアから身を躍らせ、大型飛空艇を飛び降りる。そして、相棒のレッサーワイバーンの元へと走った。
「しゃ、シャドウ……でしたっけ、あ、あなたは出発しませんの……?」
「ああん? ゾンビちゃんやグールちゃんたちが居るのが見えないのか。こいつら連れて延々空峡を飛ぶわけにはいかねえじゃん?」
 その、ゾンビちゃんやグールちゃんたちに明らかに嫌悪と恐怖の入り交じった視線を投げかけながら、問いかけたガートルードはそうですか、と大人しく引き下がる。
――こんなことなら、、誰かに乗せていって貰えば良かったですわ……
 手にした光る箒を恨めしげに見詰めて、溜息を吐く。これがありますから、とむさい空賊との二人乗りは遠慮したのだが、そのお陰でゲドーのアンデッド達と仲良く空の旅だ。
 しかし、この船の中でアンデッド達の存在を気に掛けているのはガートルードだけのようだった。まあ実のところ、大の男が、しかも空賊が、ゾンビ恐い、グール恐い、などとビクビクしていては格好が付かない、と強がっているだけ、という部分も大いにあるのだが。
 ガートルードはせめてゾンビちゃん達を見ないように背を向けて、窓の外を見張っているフリを決め込むことにした。
「さて、ショータイムの始まりだぜ! 出陣!」
 ニクラスがばっ、と腕を振ると、それに答えるように操舵を担当する空賊団の一人がカラカラカラと古めかしい音を立てて舵を切る。
 重たい動きで空峡の雲海へと身を躍らせる大型飛空艇の後を追うように、数多の……と言ったら誇張が過ぎるか、二十機ばかりの小型飛空艇が続いた。