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東西対抗『逃亡なう』

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東西対抗『逃亡なう』

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□ 第1フェーズ □

「えへへ、実は私、鬼ごっこにかくれんぼは得意なんだよー」
 うきうきと軽い足取りで丘を下っていくのは八日市 あうら(ようかいち・あうら)だ。その後を、やれやれ、という感じで付いていくのがパートナーのヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)立花 ギン千代(たちばな・ぎんちよ)のふたりだ。
「童の遊びのようだが、こんなに大規模にやるとまた違った感じだな」
 ギン千代が、同じように駆けだしていく参加者を見遣ってしみじみ呟く。
「ほらほらっ、早く行くよ! 試練とかは自信ないからね……最後まで逃げて隠れてみせるよ!」
 あうらはヴェルとギン千代の手を引くようにして北エリアへと走っていく。体力のあるウチは見通しの良いところで逃げ回る作戦だ。
 三人が北エリアの真ん中ほどまでたどり着いた時、三人の持つ携帯電話とHCが同時にメールの着信を告げた。

【只今よりゲームを開始します】

 と、同時にうおおお、という声がそこここから届く。
 よし、と軽くステップを踏み気合いを入れると、あうらは四方へ目を配る。
「……ところで、固まって行動してて良いのか? 何人も固まっていたら見つけてくれって言ってる様なものだぞ……」
 ヴェルがそう提案しかけた、丁度その時。
 ぴくり、と何かを感じたヴェルが振り向く。
「はうわっ、来たっ!」
 ほぼ同時にそちらを見たあうらも悲鳴を上げた。
 その視線の先には、オニの証である黒いサングラスを掛けたリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が無言のままに走ってきた。
 慌てて三人は踵を返して駆け出す。が、リアトリスはすかさず鬼神力とドラゴンアーツを発動させる。リアトリスの青く長い髪の間から短刀の様な角が伸び、右目は龍の瞳と化し、身体能力が飛躍的に向上する。ついでとばかり超感覚を発動させれば、ふっさふさの犬耳と犬しっぽまで姿を現す。
 その状態のリアトリスが全力疾走すれば、ただ走るばかりの三人になどあっという間に追いついてしまう。
「つかまえたっ」
 あっさりと追いついたギン千代の背中にぽん、と触れる。
「ああっ、ギン千代ー!」
 あうらが振り向くが、ヴェルに今は逃げろ、と促されて涙目で走り去る。
 リアトリスの方も、捕獲したギン千代を中央エリアの「ろうや」まで連れていく仕事があるため深追いは諦めたようだ。
「くっ……不覚を取ったか。鬼ごとなど久しぶりだからな」
「あはは、僕もだよ……っと、いけない、オニは喋っちゃいけないんだっけ」
 そう言いながらリアトリスはギン千代を中央エリアの方へと連れていくのだった。

「さてさて、一稼ぎするのですー」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)であるはずの彼は、しかし今はちぎのたくらみで姿を変えていた。
 幼子の姿に変わった上に、可愛らしいエプロンドレスを纏っている。コードネームハルカちゃん、遙遠がアルバイトするときの姿である。
 遙遠……いや、今はハルカちゃんと呼ぼう。ハルカは東エリアにぽつぽつと出ている露店の間にビニールシートを広げ、その上に飲み物やSPタブレット、ダッシュローラーなどのお役立ちアイテム、さらには馬まで隣に繋いで、商売を始めだした。
「えー、お疲れの方にはお飲み物ー、スキルの使いすぎにはSPタブレットはいかがですかー。ダッシュローラーなんかも結構早いですよー」
 ぱんぱんと小さな手を打ち鳴らしながら呼び込みを開始すると、東エリアに逃げてきた何人かが足を止める。助かるよ、と言ってダッシュローラーを買っていく者の姿もあった。
 商売は順調、に見えたが。
「……!」
 不意に殺気を感じたハルカは商品の馬に飛び乗った。
 と、同時に露店の客に紛れていた黒いサングラス姿のプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)が、足に履いたプロミネンストリックの力を解き放つ。
 地面すれすれの低空飛行でハルカを追うプリムローズ。しかし露店の隙間を縫うように見事な手綱捌きを見せるハルカに、思うように追いつけない。
 木々の隙間を駆けていく馬のお尻を視界に捉え、プリムローズはぐんとプロミネンストリックの出力を上げる。露店のテントを巻き上げながら馬に追いつくと――
 その上に既にハルカの姿は無く、栗毛の馬だけがぱからっぱからっと北エリアへ向かって走り去っていく所だった。

 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は、一人で北エリアに身を潜めていた。携帯電話のディスプレイに映る時計が、もうすぐ試練1が開始されることを告げている。
「どうしようかしら……」
 雅羅は試練に参加すべきかどうか思案を巡らせる。「カラミティ(疫病神)」と揶揄されるほど災難体質の自分だ、余計な行動を取ったら、逆効果になるのではないか――
「よぉ、なにしとるん?」
 と、そこへ近づいてきたのは葦原明倫館生の日下部 社(くさかべ・やしろ)だ。参加者の印である手首のリストバンドは東西で色分けされているので、同じ陣営と知って声を掛けたのだろう。
「べ、別になんでもありませんわ」
「そうなん? えーと、自分、名前は?」
「……雅羅・サンダース三世ですわ」
「俺は日下部社や。よろしゅう。で、雅羅、良かったら次の試練一緒に参加せん?」
 社の言葉に、雅羅はえ、と言葉に詰まる。
「どないしたん?」
 困った様子の雅羅に、社は首を傾げる。問いかけに少し黙したあと、事情を雅羅が答えると、社は大声で笑おうとして、慌てて口を塞いだ。
「そっかそっか、雅羅はカラミティなんて呼ばれとったんか。なら、ここで活躍して汚名返上しとこうか」
 そう言って社がニッコリと笑みを浮かべると、雅羅はちょっと驚いたような、安心したような顔で、それでもこくりと頷いた。
「よし、そなら、試練1は東やからそっちの方移動しとこ……」
 言いかけた社がハッと前に視線を向ける。そこには、サングラスを掛けたリアトリスの姿。いつの間にか回り込まれていたらしい。
 慌てて二人が後を振り向くと、こちらからは同じくサングラスを掛けたプリムローズ。まだ五人しか居ないオニのうち二人も、と社は内心舌打ちをする。
 ならこちらへ、と右を向けば、そちらにも黒いサングラスの姿。
 そんなアホな、と思って踵を返すとそちらにももう一人。
「もう、なしてや! ……雅羅、俺が引きつけとくさかい、その隙に東へ向かいや!」
 四方を四人のオニに囲まれて窮した社は、羽織っていたブラックコートを雅羅の頭に被せると、超感覚を発動させているリアトリス、プロミネンストリックを履いているプリムローズ、それぞれの姿を確認すると、くるりと後を向いて平凡なTシャツ姿のレク研会員と思われるサングラスの方へ走り出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさい……!」
 雅羅が引き留めようとするのも聞かず、社はそのまま走っていく。
「オニさんこちら!」
 社の声に、オニの注意がそちらへ向く。リアトリスとプリムローズの二人は各々のスキルをフルに使って社の方へ走り出した。ブラックコートの効果で気配の薄くなっている雅羅のことは眼中にないらしい。
 慌てて雅羅は、踵を返して走り出す。
 社もまた、光学迷彩を発動させて中空に消えると、方角を変えて走り出した。

 その時、参加者たちの携帯電話、或いはハンドヘルドコンピュータがメールの着信を告げた。

【現在捕縛された人数を発表します。西一名、東0名。捕縛されたのは立花 ギン千代。ただいまより試練1を開始します。】