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リアクション
■アナト大荒野〜サンドアート展準備中(4)
「はいはいは〜いはいっ!! 砂処理の提案するぜったらするんだぜっ!!」
新谷 衛(しんたに・まもる)は勢いよく右手を真上に振り上げた。
「なーなー、いっちー、名案だと思うんだ!」
と、前に立つ林田 樹(はやしだ・いつき)の上着の裾を引っ張って、自分の方に彼女の関心を向けようとする。
「こらばか、やめろ! 引っ張るな! 服が伸びるっ!!」
「だってー」
ぶーぶー、ぶーぶー。
はたき落とすように手を放させられて、衛は不満たらたらの目で樹を見つめる。その視線に頭を痛めつつ、樹は先まで話していた東カナン軍第7師団工兵長のザッハ・エンに向き直った。
「……というわけだから、すまない工兵長。うちのバカの願いをきいてやってくれないだろうか…」
なにしろこのバカ――もとい、衛は、最初から工兵になりたくてたまらなかったのだ。しかしシャンバラ国軍にあるのは「戦闘工兵」のみで「建設工兵」はない。衛のフラストレーションは溜まる一方だった。
それが今ようやくこの地で、自分の望んだ仕事を得ることができそうなのだ。そうと知ったとき、衛の喜びようは並ではなかった。まさに天に上る心地、骨を得た犬。埋めたはいいが気になるあまり、その場から離れられずクルクル回転するバカ犬状態である。
「もし可能であれば、コイツにインフラ整備の何たるかを、一から叩き込んでやってはいただけないだろうか?」
すっかり落ち着きをなくした衛にちらちら視線を投げながら言う樹に、ザッハはとまどいの表情を見せた。
「いや、それがですね。先ほど、あちらでアトラクションを建設している方の手伝いをしている者から報告を受けたのですが――」
すっかり苦りきった口調で、帽子を両手でもみしだきながらザッハは告げた。
「――え? ごめん、今聞き間違ったみたい。今度はきちんと聞くから、もういっぺん言って、樹ちゃん」
鍬を用いてセメントを混ぜていた手を止め、緒方 章(おがた・あきら)は樹へと向き直った。
「だから、魔鎧はあっちで東カナン工兵たちに、臨時講師をしていると言った」
瞬間、プフーッと章が吹き出す。
「な、何の冗談? それ! あれが講師!? 先生!?」
腹を抱えてばか笑い。
ものすごく失礼な態度だが、樹もひとづてにこれを聞いたのであれば似たような反応を示したかもしれなかったので、あまり強く出れない。
「そのくらいにしておけ」
と言うにとどめた。
なぜそうなったか? それはつまり、こういうことだった。
東カナンの技術というよりカナンの技術そのものが、シャンバラより数百年遅れているのだ。なにしろカナンはこの5000年というもの、ほとんど進歩がなかった。石積みの町の家屋や、戦場でカタパルトを使用したりする様子から見ても、それはあきらかだ。配電設備が整えられているのもこのザムグまで。当然クレーン機といった建設機械もなく、滑車を用いて重い資材などは持ち上げている。そんなだから、衛に教える側になれるはずがない。
「今から特設ステージを作ることになっていたんだが、その前に強化パネルを用いての空間利用法や柱の数を減らして壁で補強する計算方法、溶接のやり方等を、あれがレクチャーすることになったんだ」
肩越し、樹が背後を指差す。その先ではまさにそのとおりのことが起きていた。
衛を中心に東カナン軍工兵たちが周囲を取り巻き、彼女が地面に書く内容に見入り、その説明に真剣に聞き入っている。衛は自分がこれまで得てきた建設工法の知識をふるえることが相当うれしいらしく、まさに水を得た魚、その横顔はきらきらと輝いて見えた。
「今朝方宿舎を出るときは一体どうなることかと思っていたが、やれやれだな」
ふう、と息をつくものの、衛の姿を見ていると自然と口元が緩んで、はれやかな笑顔をつくる。
そんな樹の横顔に、章は面白くないと言いたげに眼鏡の奥で眉を寄せ、鍬の柄に腕を乗せた。
「樹ちゃん、あんなアホ鎧のためになんか、ひと肌脱がなくたっていいのに。……どうせ脱ぐなら、僕だけのために寝床で脱いで下さい」
最後、独り言でぽつっと付け足したつもりだったのだが。そんなことで樹の耳はごまかされるほど甘くはなかった。
「――いいからおまえは、セメント作りの作業をしていろ…っ! 口より手を動かせっ! ザムグの町の防壁修理に使用してもらうんだろっ」
「ワカリマシタ、ゴメンナサイ。モウイイマセン」
殴られて血の吹き出した鼻を押さえ、章はなんとかそれだけを口にした。
そのころ、もう1人のパートナージーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)はといえば。
たきだし班用として作業期間中特別にセッティングされた仮設施設のガスコンロの前で、巨大中華鍋と格闘していた。
「よっこらしょ! なのでございます!!」
両手で掴んだ鍋を振るたび、ざぁっと大量の炒飯が手前側に弧を描いて飛び、また鍋の中に落ちる。それを数回繰り返し、ほどよく具と混ざりパラパラになったところでお玉にすくい、キュキュッと形を作ると、手早く台の上に並べてあった皿に盛っていく。
「急がないとお昼を回ってしまうのです!」
できあがった炒飯を全て盛りつけ終わると、すぐ鍋を火に戻し、卵を溶き入れ次の炒飯を作り始める。松本 恵(まつもと・めぐむ)がアコーディオンカーテンを引き開けて、隣の部屋から現れる。
「中華スープできたよ! 次何しよっか?」
「上にラップのふたもしてくださいましたか?」
「うん」
「それではこちらの炒飯にレンゲを置いて、ラップをお願いしたいのですがっ?」
「分かった」
恵はケースに入れられていたレンゲをほかほか湯気を立てる炒飯の隣に放り込み、無駄のない動作でラップで次々ふたをしていく。はがれないよう念のため、輪ゴムで口を止めるのも忘れない。
「いくつありますか?」
「んーと、30個かな」
「ではそれを、第1陣として届けてくださいな」
「了解。こういうのは冷める前に食べた方がおいしいしね! 特設ステージの方でしょ?」
アルミでできた保温用の長方形の箱に炒飯と中華スープを並べて入れる恵を振り返り、ジーナは言った。
「……いえ、アトラクションの方にしてくださいです。あちらの方が人数が少なくて、全員に渡りますから…。特設ステージの方は、今からできた分を、ワタシが持っていきます」
「ふぅん?」
恵は鋭く、彼女の言葉や言い方というより表情に何か引っかかるところを感じたものの、あえて追求はせずに箱にふたをかぶせた。
「分かった。じゃあ行ってくるね」
飲み物の入った保冷バッグを肩に引っ掛け、箱を両手で持って恵は仮設施設を出て行く。ああ、彼に気づかれてしまったかと、ジーナは赤面しつつ、再びできあがった炒飯を皿に移す作業を始めた。
「まったく……何もかも、あのカッパのせいであります。あのカッパが、あんまり張り切りすぎてるから、ワタシがこんな目に…」
ぶちぶちこぼしながらも、ジーナの手は、ひとつの皿だけ心持ち炒飯を多めに盛りつけていた…。
仮設の調理場の表では、会議用机が3つ並べられ、すでに作成済みのお弁当が売られていた。
買出し係を買って出てきていたフィーアは、ずらっと並んだ見本のお弁当をじーっと見ていく。
「すみません」
「はい、どれにしますか?」
「2番と4番をそれぞれ3つずつくれるかな。あと、お茶も」
「へい、まいどあり!」
売り子担当のフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、机の下の保温箱から6つお弁当を取り出して、さっさとコンビニ袋に入れていった。冷たいお茶は、もちろん別袋だ。
「ありがとう。多分、夜も作業することになるだろうから、また夕方にもよろしく頼むよ」
代金と引き換えに受け取って、フィーアは去って行く。
「うーん……4番が早くも残り少ないな…」
しゃがみ込み、保温箱を覗き込んでいると。
「じゃあ私が作ってきましょうか?」
両手でアルミの深鍋を持ち上げたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、後ろから声をかけた。
「頼めるか?」
「ええ。たしかまだ鍋に材料は残っていたと思うわ。あと10個は作れるでしょう。それが売切れる前にまた仕込めるでしょうから」
答えつつ、深鍋を机の上の保温トレイに乗せた。ふたを開けると真っ白い湯気とともに、グーラッシュ(ハンガリー風シチュー)のおいしそうな匂いがあたりに広がる。
それを、脇に積んであった中サイズの紙コップにすくって、フェイミィに差し出した。
「食べて。あなたも今のうちに何かおなかに入れておいた方がいいわ。お昼戦争はこれからよ?」
「ああ。ありがとう」
「いいえ」
にっこり笑ってローザマリアは仮設の中へ戻ろうとする。
引き戸に手をかけ、半分ほど開いたところで、ふと彼女は手を止めた。
「不思議ね。カナンの人々を苦しめるだけだった砂が、今度は人々を癒す物になるの。この話を聞いたとき、物って、使い方次第なんだとつくづく思ったわ。その物自体は良いも悪いもないの。ただ存在しているだけ。私たち、使う側の用い方ひとつでそれは良い物にもなるし、悪い物にもなるんだわ」
「……そうだな」
フェイミィは手元のカップに目を落とす。たとえばこれだって、相手にかければ立派に武器になるが、食べればひとのおなかを潤す。何でも用い方ひとつ、持ち手側の心ひとつだ。
自分たちもそう。この手は、自分の意思ひとつで敵を打ち砕く刃にもなるし、こうして人々に癒しを生み出す道具にもなる。
「私たち、ずっとカナンの未来を拓く為に戦って来たけれども――こういう最後って、いいわね」
フェイミィが何を思ったか……そしてそれには自分も全く賛成だと言うように、ローザマリアはやわらかな笑みを浮かべ、ふふっと笑うと仮設の中へ入って行った。
「最後じゃないさ、まだな」
まだカナンの再生は始まったばかりだ。この手できっと、昔のカナンをよみがえらせてみせる。そして……そしてオレは――――
「フェイミィ……こんな所に、いた」
机の下を覗き込むように人影が落ちる。
「リネン! 来てくれたのか!」
仰いだ先、リネン・エルフト(りねん・えるふと)を見て、フェイミィの笑顔が輝いた。
「驚いたわ……あなたのことだから、てっきり何か作ってるとばかり思ってた」
ただようグーラッシュの匂いに誘われて、どんどん集まってきた人たちですっかり忙しくなったお弁当の販売所で、リネンは手伝う側に回った。借り受けたエプロンを巻き、数人の遊撃隊の少女たちと一緒にお弁当を販売しているフェイミィの横で、主にグーラッシュの販売を担当する。
「オレもそれを考えなくはなかったんだが、まぁこういうのもたまにはいいかと思ってな」
「そうね。でもフェイミィ……自分のことは、いいの? あなたは西カナンの――」
「いいんだ」
リネンの言葉を途中でふさぐように答える。軽く目を瞠ったリネンに、少々強すぎたかと悔いるように、フェイミィは言い直した。
「いいんだ……今はこうやって、あちこち回って、手が足りないところを助けてるんだよ」
「そう」
何かあるのだと敏感に悟って、リネンもそれ以上深く訊こうとはしなかった。
「すみませーん。これくださーい」
「はい。いらっしゃいませ」
お客がとぎれないこともあり、しばらく2人は無言で注文をさばいていく。
そして少し客足が途絶えたころ、ぽつっとフェイミィはこぼした。
「オルトリンデ家は……もう、オレだけなんだ。オレはこんなざまだし。ムリなのは、最初から分かってたんだ」
ただ認めたくなかっただけで。目をそらしていれば、口にさえしなければ、それは違うと思ってこれた。けれどカナンがこうなった今、もはや目をつぶってはいられない。そしてあのころのフェイミィと違い、今のフェイミィは、現実を現実と受け止め、受け入れる強さがあった。――昇華しきるには、まだまだかもしれなかったが、それもいずれはできるという確信がある。
「遊撃隊の子たち……ほかの子たちは?」
「解散したよ。帰る所のあるやつは帰った。いくとこないのはここにいるオレらくらいさ」
少し自嘲気味に笑ったあと。おもむろに、フェイミィはリネンを真正面に見た。
「なぁ…。オレ、リネンの傍、いてもいいかな?」
「……わかったわ。でも、逃げ出してくるつもりなら、許さないから」
もとよりリネンはそのつもりだった。フェイミィを受け入れない選択肢など存在しない。どんなに困ったエロ鴉だろうと、彼女は大切なパートナーの1人。手を差し伸べ、受け入れこそすれ、拒絶することはあり得ないのだ。
彼女から向けられた笑顔に痛いほどその思いを感じて、フェイミィは視線をそらした。リネンがまぶしすぎた。
「相変わらず、きっついなぁ。……はは。わーったよ。覚えとく!」
そう、返したときだった。
「あら、リネン、フェイミィ。あなたたちもいたの」
フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)が前を通りがかり、2人に気づいて声をかけてきた。
「フリューネ! あなたこそ、どうしてここに!?」
「視察よ。学生たちがちゃんとしているか、ハメをはずしすぎて東カナンの人に迷惑をかけていないか、ひとっ飛びして見てきてほしいって頼まれたの。今、ここの責任者を探しているところなんだけど」
「いませんよ。まだ到着してないみたいで」
フリューネの登場に、先までよりもずっと、一番輝いているリネンの顔を見て、少しばかり沈む胸でフェイミィは答えた。そしてリネンのエプロンの結び紐を解く。
「フェイミィ?」
「一緒に回ってこいよ。ここはもういいからさ」
「えっ? でも――」
「もともと客だったんだし。手伝い、ありがとな」
「そうよ。ここは私の担当なんだから、気にしないで行ってちょうだい。今までありがとう」
追加分のお弁当が入った保温箱を手に、ローザマリアが立っていた。
「そう? じゃあ…」
エプロンを遊撃隊の少女に返し、机を回ってフリューネの横につく。2人並んで去って行くのを、少し切ない気分で見送った。
彼女の傍らに自分の想いの居場所はない。とうに分かっていたことだ。だから今自分が感じているのは、こだまにすぎない。
(それでもいいさ。そばにいることは許された)
あとはもう、その盾となり、彼女を命かけて守るのも、剣となって、彼女の望みのために戦うのも、自分の自由だ。
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