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東カナンへ行こう! 2

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東カナンへ行こう! 2
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■アナト大荒野〜サンドアート展準備中(1)

 西カナンとアガデの都をつなぐ大道のほぼ中央に位置するザムグの町、そのすぐ先に、アナト大荒野はある。
 ネルガルの反乱により大地から祝福が失われる前、ここはアナト大草原と呼ばれる地だった。膝丈近くまで緑が茂り、地平まで続いているかのような、一面緑の豊かな草原だった。
 しかし現在、その地は大荒野と呼ばれている。女神イナンナの祝福を取り戻したおかげで大地は復活を始めているが、緑はまだ処々に点在するのみだ。

 その地で、シャンバラから訪れていた復興ボランティア有志によるサンドアート展が開催されることが決まった。
 サンドアートとはその名のとおり、砂を使った芸術である。ネルガルの策略により東カナンに降った砂を集めて、芸術作品にしてしまおう! というのがこのイベントの主旨だ。
 そして、このイベントによって荒廃に疲弊したカナンの人たちの心を少しでも癒そう、という呼びかけに賛同し、この地に集まったシャンバラ人、その数なんと115名!

 それぞれ何を作るか申請し、その規模に合わせて大・中・小とロープで区画割りされたブースで、今日も朝から活気あふれる彼らの声がアナト大荒野に満ちていた。



『東カナン共催 シャンバラ・サンドアート展』
 そんな幕が張られた仮設ゲートの両側で、2体の巨大砂像が作られていた。訪れる人々を出迎える未来の領主夫妻、それが製作者たちの意図である。もっとも、今はまだ型枠の中に砂が盛られている状態なのだが。
『アスカ、こんなものでいいか?』
 アナト大荒野の一角に集められている砂山からイコン【ツァラトゥストラ】を用いて運んできた蒼灯 鴉(そうひ・からす)が、訊きながら型枠の中にザーッと特殊溶剤を混ぜた砂を流し込む。トコロテンの押し棒のような物を使って、上からギュッギュッと圧をかけ、さらに固めた。
 その入り具合から高さを見積もった師王 アスカ(しおう・あすか)が、組まれた足場の上で考え込む。
「そうね〜、それくらいでいいと思うわぁ」
『そうか』
 じゃあ、と鴉は反対側の型枠に砂を入れる作業に移る。アスカは型枠をじーっと見つめながら、砂像にどんなポーズをとらせるか、どういう衣装にするか、さらさらとスケッチに描き起こしていた。
 そして、ふうと息をつく。
「想像で作るには限界がありますわぁ。バァルさんの方はともかく、アナトさんは遠くから見ただけなんですもの〜」
 ちらり、下の会場へと視線を流した。
 アナトは現在、ほかのカナン側ボランティアの人たちといろいろなブースを回って、過不足ないか声をかけている。ブースによってはお手伝いしたりもしていて、すごく忙しそうだ。とてもじゃないが、ここでしばらくポーズをとってくれ、とは頼めそうにない。
「そんなときこそベルの出番ねっ。じゃじゃ〜〜んっ」
 同じ足場に立ったオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が、パッと上にはおっていたバスタオルを取り払った。
 その下は西シャンバラ公式水着をまとっただけの露出度満点な姿だ。プールや海辺ならどうってことのない格好だが、ここでは場違いすぎて、下着姿になるよりなぜか恥ずかしく見えてしまう。
 しかしアスカは動じなかった。(女同士だしね!)
 画家の目で、じーーーーーーっと、ポーズを決めたその肢体を見る。
「……身長差は計算でなんとかなるでしょうけど、やっぱり無理ですわぁ。アナトさん、そんなに胸もお尻もありませんもの〜」
「あら?」
 言われてオルベールは自分の胸と尻を見下ろした。豊満なバストを両手で持ち上げ「たしかに」と納得する。
「じゃあアスカがモデルになればいーんじゃない? アスカ、スレンダーだしさっ」
 言うなり、オルベールはアスカに飛びついた。もしかして初めからそのつもりだったのではないかと疑うぐらい、その顔はにやついていて、手際がいい。
「えっ!? ちょっ……なに?」
 いきなり服をひきはがしはじめたオルベールにとまどうアスカ。だがそうやってとまどっている間も、どんどんどんどんオルベールの手は動いて、アスカをあられもない姿へ変えていく。
「ベ、ベルっ! 人目がありますわぁ」
「だーいじょーぶ。こんな高い所にある足場なんか、だれも見上げたりしないってっ」
 大体、見上げたって足場が邪魔をして、仰向けになっているアスカの姿が見える者はいないからっ。
 実際、2人の声を聞きつけて振り仰いでいる者が何人かいたが、太陽のまぶしさや足場のせいで、上で何が起きているか気づけている者はいなかった。
「で、でもっ、私がモデルになって、どうやってスケッチを……やっ……そんな……ああっ、そこに触れちゃ駄目…」
 脇につつーっと触れた指のくすぐったさのあまり、抵抗する手に力が入らない。オルベールはひとまずアスカを下着姿にし、自分と同じ姿にするべく水着を取り出して――……
『何やってんだてめぇ!! この恥知らず悪魔!』
 あっけにとられて硬直していた鴉が、ようやく金縛りから抜け出して叫んだ。
 彼はイコンに乗っていたので、上から見下ろす格好だったのだ。
「あら?」と、オルベールもすっかり忘れていた鴉の存在に気づいて顔を上げる。「バカラスは見ちゃ駄目。目をつぶってなさいっ」
 指をつきつけ命じたあと、おもむろに手がアスカの下着にかかる。パンティを引き下ろしにかかった瞬間、ツァラトゥストラの指が、デコピンッとばかりにオルベールを弾き飛ばした。
「ベルっ!?」
 オルベールはきゅうっと目を回していて、レビテートを使う余裕はないようだ。
『大丈夫だ、タケシの真上に落ちた。やつがクッションになるだろう』
 と、鴉は平然と、とんでもないことを言う。
『それよりアスカ、あんまり身を乗り出すな。下から見える』
「――はっ」
 アスカは自分が下着姿であることを思い出して身を引くと、あわてて足場に散らばった服をかき集めたのだった。


「タケシくん、大丈夫ですか?」
 ひゅるるる〜〜と上から降ってきたオルベールの下敷きになった松原 タケシ(まつばら・たけし)を見て、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は凝固剤の入った灯油缶をあけていた手を止めた。その声は、タケシの心配というよりもオルベールへの呆れを多大に含んでいる。
「ああっ、俺の砂の城がッ!!」
 ガバッと身を起こしたタケシは、自分の下でぐっしゃりつぶれている砂山を見て叫んだ。
「……城だったんですか」
「ほかに何に見えたって言うんだよっ」
「ただの砂山」
 半泣き状態のタケシを見下ろしつつ、遙遠はずばり言う。
「あーんタケシ〜、バカラスったらひどいのよぉ〜?」
 意識を取り戻したオルベールが、背中からタケシに抱きついた。ぎゅむっと胸を押しつけ、赤面させるのが目的だったのだが、タケシは今、それどころじゃなかった。
「俺の砂の城〜〜〜っ」
 オルベールまったく無視。
「――えいっ」
 オルベールの手が、かろうじて無事だった残りの部分を破壊した。うわーーーーん、と泣きながら、タケシは走り去って行く。
「それで、あなたはどうしてそんな格好をしているんです?」
 見下ろしてくる遙遠に、オルベールは上でのアスカとの会話を話した。
「なるほど。アナトさんのサイズですか」
 アナト像担当のアスカは、芸術家としてリアルさを追求したいのだろう。遙遠としては、べつに多少部位を強調したデフォルメでもいいと思うのだが。
(実際、バァル像担当の正悟さんは、何かウケを狙ってるみたいですしね)
 ツァラトゥストラが砂を流し込んでいる型枠の方を見る。正悟の指図でその型枠は横幅がアナト像の約2.5倍だ。一体何を作るつもりなんだろう?
「まぁ、そのへんは正悟さんのがんばりに期待しましょう」
「え? 如月くんいないの?」
 初めてそのことに気づいたと、オルベールがきょろきょろ周りを見回す。
「砂が固まるまで暇だから、自分のブースで何か作ると言ってました。そのついでにアナトさんにも交渉をしてみると」
 なにしろアナトはここで毎日作業にあたるのだ、彼女に製作している物が何かバレないはずがない。申請書にも製作物が何か、書いて提出しているわけだし。
「何を交渉?」
「さあ……モデルになってほしいとかじゃないですか?」
 遙遠は興味を持てないと言わんばかりに素っ気なく肩をすくめた。



『そろそろ型枠はずすぞ。危ないからちょっと離れてろ』
 そんな言葉が上から聞こえてきて、矢野 佑一(やの・ゆういち)はそちらを振り仰いだ。
 アスカを肩に乗せたツァラトゥストラが、門の左側の型枠をべりべりはずしている。中から現れたのは、四角く固められた砂だった。まるでカステラが縦に立てられているみたいだ。これからアスカが大まかなラインを引いて、立体的にアナトの姿を切り出していくのだろう。
 その巨大さからして、なかなか見栄えのする、イベントにふさわしい出迎えの砂像になりそうだった。
「……でも、なんでその製作責任者が僕の名前になっていたんだろう?」
 配付資料の1つ、区画割り表の中にあったグループ名を思い出して首を傾げる。そこにははっきりと「製作責任者 矢野佑一」の文字があったのだ。
「たしかに婚約者2人の像が見たいとは言ったけど…」
 構想・製作には一切かかわってないのに。
「しかもなぜか巨大砂像になってるし」
 なんか、早くも嫌な予感がするのは気のせいかなぁ。
 じーっと、不吉な予感をびんびん伝えてくる右側の巨大型枠に見入っていたら。
「佑一さーん、ちょっと手伝ってー!」
 ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が自分たちのブースから手を振ってきた。
「どうしたの?」
「モデルのむ〜にゃがちっともじっとしてくれないの。だから佑一さんに、押さえててもらおうと思って」
 駆け寄った佑一にミシェルが腕の中のむ〜にゃを渡そうとするが、意に反してむ〜にゃはミシェルから離れようとしなかった。周りの騒音にすっかりおびえてしまってか、爪を出し、ひしっとミシェルの肩にしがみついている。
「い、いたた……っ」
「ああ、爪が引っかかって――」
 ミシェルの髪を掻き分け、その下の小さな肩からむ〜にゃの爪をはずそうとし――佑一はぴたりと手を止めてしまった。前のとき、ミシェルに触れて避けられたことを思い出してしまったのだ。
 あれは、自分でも驚くぐらいショックだった…。
「佑一さん?」
 このまま触れていいものか、また避けられてしまうのではとの佑一の葛藤を全く知らず、ミシェルはきょとんとした顔で見返す。
「――ごめん。ちょっと我慢して」
「うん…?」
 食い込んだ爪のことだろう、ミシェルはそう思って、じっと動かず佑一がむ〜にゃの爪をはずすに任せた。
「もう。おいたしちゃダメだよ」
 めっ、と腕の中のむ〜にゃを叱りつけたとき。
「よし! そのままじゃ、ミシェル」
 そんな言葉が飛んできた。脚立に乗って型枠を組み立てていたファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が、こちらを振り返っている。
「えーーっ、ボク、モデルになるの、いやって言ったでしょ」
「分かっとる。残念じゃがのぅ、かわいいミシェルの嫌がることをするくらいならわしが我慢する方がずっとよい」
 赤くなって恥らっているミシェルを見て、内心にやつきながらファタは言う。
「ただ、佑一よりおぬしが触れておる方が、む〜にゃも落ち着いていい表情になるじゃろう。おぬしはそこでむ〜にゃをあやしておれ」
 というか、単にファタが猫とたわむれるミシェルを見ていたいだけなのでは? とミシェル以外のだれもが思ったが、口には出さなかった。
「でも、ボクもお手伝いしないと…」
「いいよ、ミシェル。まだざっと形をとるだけだし。細かく仕上げる段階に入ったら、む〜にゃについて一番知ってるミシェルに頑張ってもらうからね」
「――はい、佑一さんっ」
 花のように笑って、ミシェルはむ〜にゃを地面に置いて一緒に座ると、なるべく砂像のポーズになるようにさせた。しかしむ〜にゃはやっぱり従ってくれず、ミシェルの手に、なでてなでてと頭をすり寄せてくる。
「いいから、む〜にゃ、ここに座って。……ふふっ。くすぐったいよ?」
 それを見て、さらにファタは頬を緩ませた。
「うむ、眼福、眼福」
 そこに、プップー、とクラクションが鳴り響く。
「アネゴー。これ、どこ置いたらいーっスかネー?」
 【輸送用トラック】に乗ったヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)だった。
「言われたとーり、砂運んできましたよー」
 運転席の窓からだらりと垂らした腕に顎を乗せてタバコを噛み潰し、いかにもかったるそーな、やる気なしの姿である。なにしろまだ午前中だというのに、もう目が死んでいる。
「ヒルダさん、こっちこっち」
 バケツを持ったミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)が、手招きした。
「あー、そっちっスねー」
 ガチャコッとギアを切り替えて、バックでミリィの示す位置に寄せていく。スイッチを入れると、荷台の後部ハッチが開いて中身の砂がザザーッと流れ落ちた。
 セルマ・アリス(せるま・ありす)がさっと荷台の上に上がり、残っている砂を手際よく流し落としていく。その下で、せっせとミリィがシャベルを使って次々とバケツに砂を入れていっていた。
「ルーマ、バケツ全部砂入れ終わったよ」
「じゃあ遙遠さんに凝固剤わけてもらってきて。もう残り少ないから」
「うんっ!」
 シャベルを立て、ぱたぱたぱたっと走っていくミリィ。荷台から降りたセルマは、ミリィが入れ終わったバケツに凝固剤入りの水をたっぷり入れて濡らした。
 本当なら砂像の作成に凝固剤を混ぜる必要はないのだが、この砂は海辺などにある黒砂とは違う、砂漠の赤砂で、濡らしただけでは固まらないのでこういった物を混ぜるしかない。
「水溶性だから、いいよね」
 完全乾燥で一度凝固したあとでも、雨などで大量に濡れれば溶解する。主成分も自然からとれたもので、無害な物だし。
 底に穴のあいたバケツで、ざっと水切りをしたあと脚立の上のファタに渡す。それをファタが型枠の中に放り込むという、流れ作業で砂入れは行われていた。
「ねーアネゴー、もういーっスかー?」
 サイドミラーでその様子を伺っていたヒルデガルドが訊く。彼女は、これが終わったらその足でザムグの町の酒場に向かう予定だった。サンドアートなんてツマンねーことにかかわって昼間っから戸外で汗流すくらいなら、紫煙くゆる薄暗い不健康な盛り場でテキトーな男見つくろって2階で汗かくか、こぶしをぶつけあって汗かいた方がよほどマシというものだ。
(まだどっちも決着ついてねェあのヤローは、まだ町に着いてねェみてーだし。……ちェッ。両方は無理でも片方では勝ってやるつもりだったンだけどなァ)
 見つけたら有無を言わせず引っ立てて行くのに、とか考えている彼女の胸の内を見抜いてか、ファタは「もう1往復してこい」と返した。
「へいへーーい」
 窓から適当に手を振って、ヒルデガルドは再び砂山へと輸送用トラックを走らせる。
「足りませんか?」
「なに、あまったらほかのブースの者たちに分けてやればよいだけのことじゃ」
「そうですね」
 頷く。そのとき、ミリィが水の入ったバケツを両手で下げて重そうに歩いてくるのが見えた。
「ミリィ、2つも一度になんて無茶だよ」
 あわてて駆け寄ったセルマが片方を引き取る。その様子を、なんとはなしに見やりつつ、手元の砂を型枠の中にあけていたら。
 ――ピャッ
 何か、そんな声だか何だか分からない小さな音が聞こえた気がした。
「なんじゃ?」
 型枠の中を覗くと、さっき自分が落としたバケツ型の砂の一部が、なにやらもぞもぞ動いていた。と、ズポッと音がしてティーカップパンダが顔を出す。プフーっと体についた砂をふるって落としたティーカップパンダは、自分が今出てきた辺りの砂に前足を突っ込み、白いティーカップを引っ張り出した。
 そこで、上から覗いていたファタとバッチリ視線を合わせる。
 一瞬の邂逅。
 硬直して互いを見合った次の瞬間、ティーカップを両手で真上に担ぎ上げ、ティーカップパンダはタタタターッと走り出した。
 ――かっ、かわいすぎる!!
「あっ、待つのじゃ!」
「ファタ。あれはトトという」
 引きとめようと思わず手を伸ばしたファタの耳元で、そんなささやきが聞こえた。
 耳にした瞬間、胃がキュッと縮むような、どこか色を含んだ男の声。
「――!」
 ファタは反射的、身を型枠外へ引き戻した。
 あてた手の下で、耳が熱い。
「な、何を…」
「だから、あのティーカップパンダの名前だ。トトという。俺のペットだ」
 ファタが何と言おうとしていたか、承知の上で誤解しておいてやろうと言うように、シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)はトトに向かって手を差し伸べた。逃げて距離をとっていたティーカップパンダがそれを見て、おずおずと戻ってくる。てのひらにティーカップを乗せ、中に入ったトトを、シュヴァルツはファタの前に差し出した。
「こいつがぜひミシェルを手伝いたいというので、連れてきてやった。ファタ、そっと手を出して……そうだ」
 ファタの手にティーカップが移された。今度はトトも逃げずにファタを見上げている。しかしファタはトトというより、それを自分の手に移す際に触れたシュヴァルツのひんやりとした指の感触の方が、やけに気になった。妙にうずくそれをこすり落としたくてたまらないのだが、トトが上に乗っている以上、そうすることもできない。
「かわいいだろう? この子が手伝うのを許してくれるか? ファタ」
「…………っ…」
 両手をふさぎ、突き飛ばしたり動くことができないのを承知の上で、耳元でささやいてくる。タチが悪い。
 それにしても、どうしてこの男はこんなにも完璧な発音で自分の名を呼ぶのだろう。その余裕たっぷりな口調がどこか官能的ですらあると感じるのは、自分だけか?
「ねぇ佑一さん、ファタさんたち何あそこで内緒話してるのかなぁ?」
 なでて! とばかりに寝転がったむ〜にゃのおなかをさすりながらミシェルは型枠の上を見上げる。佑一は、そこで何が起きているか理解しつつ「さあ?」ととぼけた。


「いくよー」
 セルマが氷術で作った氷を溶かして作った水と凝固剤を混ぜて、駄目押しとばかりに型枠いっぱいに詰まった砂の上からそそいだ。そのあと、ふさいだ型枠の上に全員が乗り、ぎゅーっと押し込む。そして、十分固まったと思うところで型枠をはずした。砂は圧のせいか、それとも周囲の熱気のせいか、すでに作業に最適の半乾き状態だった。
(む〜にゃかわいいよ、む〜にゃ)
 何を隠そう、かわいいもの大好きセルマは、ファタが大まかに形を切り出したあと、ミリィやミシェルにかまってもらえて上機嫌のむ〜にゃをちらちら振り返りつつ、しっぽの形や耳の形、傾き具合にむ〜にゃらしさを残しながら、さらにかわいらしさが増すよう目をぱっちりさせたり頬をこころもち丸くさせたりといったデフォルメを加えながら細部を整えていく。
 やがて、巨大な上機嫌む〜にゃの箱座り砂像ができたとき、その出来栄えにみんながわいわい語り合っている影で、ひっそりとセルマは鼻血をたらたら流していた。
 ミリィがかばうように立ち、そっと後ろ手でハンカチを差し出したという…。