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【チュートリアル】モンスターに襲われている村を救え! 後編

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【チュートリアル】モンスターに襲われている村を救え! 後編

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第二章


 遺跡――。


「ようやく、追いついた」

 向日葵やカルダのフォローのおかげで、契約者たちはその体力を温存したまま、黒騎士たちの元へと辿り着くことが出来ていた。

「ふふ、結構可愛い顔をしているのね」
 フレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)は黒騎士たちのリーダー格っぽい人物――ガーランドを見やりながら、色気たっぷりに微笑んだ。
 人質となっていた恭助とパーシバルがガーランドを改めて見やってから、顔を見合わせ、首を傾げた。
 フレイアは構わず続けた。
「村一つ潰した男、なんてもっと怖い顔をしてるのかと思ってたわ」
 ふん、とガーランドが得意そうな様子で鼻を鳴らし。
「村の一つなど。これから、私はこの国を潰すのだ。あのベヒモスを使ってな」
「勇ましいわね。
 でも、どうしてあの村を襲ったのか、教えてくれない?」
「うん?」
「どうしてあの村だったのかしら?
 他にも村なら一杯あったのに」
 フレイアの問いかけに、ガーランドは口端を上げた。
「これは、協力者から得た情報を元に私が考えた作戦だ。
 このシャンバラには幾つか、暗闇のベヒモスを封じる大地の力をコントロールするために“要石”が存在していた。
 本来なら、一つ、二つ、石を破壊したところでベヒモスが解き放たれることは無かっただろうが――
 いや、石の破壊すらできなかっただろう。
 だが、今やパラミタの大地は力を失いつつある。
 だから、その要石を二つ程破壊するだけでベヒモスを蘇らせる事が出来たのだ」
「その二つの石が、村にはあった?
 わざわざ村が巻き込まれる位置にある要石を狙ったのね」
「ベヒモスが完全に力を取り戻すために生贄が必要だった。
 要石の破壊に伴って、ベヒモスをつなぎ止めていた大地の力の噴出と逆流が起こり、『転移』が発生する――ということは聞いていたから、
 どうせなら、村の者たちを生贄として用いるのが賢いやり方というものだろう?」
 ガーランドは興に乗ってきたのか、口数を多くしていった。
「それに、村人は同時に“餌”にもなる、と私は考えた。
 お前たちのような、契約者を集める餌にな。
 契約者の持つ力――イコンの持つ力――それらはベヒモスにとって素晴らしい糧となろう」
「ベヒモスが力を取り戻したら、どうするつもり?
 何かコントロールする術を持っている、とか」
「我らの協力者はベヒモスが力を取り戻した暁に、その術を私に授けると――」
「それを真に受けたんだ?」
 と、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)が何の悪気もなさそうに言って、ガーランドが表情を強めた。
「ふふ、怖い顔」
 フレイアは微笑んだ。
 と――

「この、臆病者!」
 白鳥 麗(しらとり・れい)が罵りながら放った小石がガーランドの顔を狙い――ガーランドの手によって受け止められる。
 麗は構わない様子で言葉を続けた。
「偉そうな事を言ってはいるけれど、結局、私たち訓練生だけが現れるタイミングをずっと待っていたのでしょう?」
 ガーランドが麗を見る目を強める。
「臆病なのではない。思慮深いのだ」
「失礼。正しくは、臆病で貧弱ゆえの卑怯者でしたわね」
「小娘……」
 片目の端を跳ねたガーランドを、びしりと指さし、麗は高らかに言った。
「汚名を返上したくば、わたくしと勝負なさい!」
 そんな、麗の様子をサー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)は、やや苦い心持ちで眺めていた。
(……やはり、倒せるとは思えませんね)
 先ほどの動きから鑑みるに、ガーランドの方が麗より実力は数段も上のようだった。
 ただ、それを正直に伝えたところで、麗が引き下がるとは到底思えはしなかったし――
 なにより、麗の挑発にガーランドが乗りかかっている。
 これは、好機だった。
 アグラヴェインは、共に居る仲間の契約者たちの方へ、ひっそりと視線をやった。
 依紗、ヴィルヘルム・フォーゲルクロウ(う゛ぃるへるむ・ふぉーげるくろう)がアグラヴェインの視線に気づいて、やはり、ひっそりと頷いた。
 アグラヴェインは、ガーランドと麗の方へ視線を戻し。
「僭越ながら、お嬢様――それに、黒騎士殿。
 お二人が本意気で勝負を決するに、この通路は少々手狭なように思います。
 如何でしょうか?
 少し通路を戻り、扉のあった部屋にて、お嬢様の言い分が正しいかを確認するのが良いかと」
 アグラヴェインはガーランドへ視線を向け、続けた。
「そこでなら、貴公が、本当に貧弱が故に卑怯かどうか確かめることが出来ましょう」
 ガーランドを除く黒騎士たちは、怪訝がる様子を見せたが……
「いいだろう」
 ガーランドは鼻で笑って、その申し出を受け入れたのだった。


■□■

 荒野。

 ユルクの弾幕援護を受けながら、契約者たちが村人を追ってきたモンスターと交戦している、その後方で――
「孝虎、だめだよ! さっき大けがしたのに!」
 鍵谷 七海(かぎや・ななみ)は必死で山下 孝虎(やました・たかとら)を抑えようとしていた。
「傷は、治療を受けたから大丈夫だ」
 孝虎が苦々しい表情を浮かべながら、七海の方を見やる。
 七海は、その孝虎の顔を見上げながら、ぐっと眉根を顰めた。
「もう、地球に帰ろうよ……そしたら、こんな傷つくこともないはずだもの。
 契約者になって常人離れしても……命を奪うのは怖いよ」
 ぎゅ、と孝虎の服の端を握りながら、呻くように続ける。
「孝虎が怪我するのを見るのも嫌」
「怖いか……なら戦うな、七海」
「え?」
「姫の分は、俺が戦おう。
 だからこれが終わったら、七海、お前は一人で地球に帰れ。
 だが、“今”逃げたらお前は一生、傷つくことから逃げることになるだろう」
 孝虎の言葉には微かな怒気が含まれているようだった。
 彼は七海が怪我をする時は、七海を怒る。
「お前の両親は優しいから、それでもいいっていうかもな。
 だが、俺はお前を軽蔑す――」
 ごすっ、とそこで孝虎の言葉は途切れた。
 途切れざるを得なかった。
 七海が孝虎の腹に拳を叩き込んだからだ。
「一人で帰れ? ……ふざけないでよバカ虎!!」
 七海は孝虎へ叩き込んだ拳をぐっと引っ込め、
「いいわよ、そこまで言うなら……やってやろうじゃない。
 孝虎が……バカ虎が軽蔑どころか尊敬するくらいにまでなってやる!!」
 自身の銃を引き抜いた。
 強めた視線はモンスターたちの方へ。
「だから――あたしが頑張るの、手伝って!
 いや、手伝えバカ虎!!」
「ったく、誰がバカ虎だ」
 孝虎が腹を摩りながら、隣に立ち、ぽんっと七海の頭に手を置く。彼は一つ息を置いてから。
「言ったな。期待してるぜ?」
 そして、孝虎はグレートソードを抜き放ちながら駆けた。
「まずはここの敵を撃退するぞ! 姫!」
「姫っていうな!!」
 七海は銃を手に孝虎の後を追った。
「……あの小馬鹿にした態度。覆らせるまでは――負けないから」
 後方からは、援護に駆け付けたマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)による光条兵器のスナイパーライフルの狙撃。
 光の弾が土埃の中を突き抜けていく横を、メイスを構えた美園が駆ける。
 やがて、村人たちを襲おうとしていたモンスターは、退けられることとなる。


■□■

 遺跡――。


 扉のある部屋。
 先ほど、「雪の女王」が扉の仕掛けを解除していた部屋だ。
 現在、扉は部屋に対し内開きに開いている。
 麗は手足の筋を軽く伸ばしながら、ずっとガーランドを睨み続けていた。
 屈伸を終え、膝に手を置いて、グッと足の筋を最後に伸ばしてから、麗は、すぅっと体を起こして、改めてガーランドを指さした。
「1ラウンドでKOして差し上げますわ!!」
「一撃で地獄を見せてやろう」
 ガーランドが小馬鹿にしたように笑って、短槍を構える。
 合図は無かった。
 どちらともなく動き出し、麗は壁の位置を気に止めながら体をスライドしていった。
 ガーランドが麗の体が向かう方を先読みしたように、一気に踏み込んでくる。
 黒鎧の軋む音と、鋭く重い踏み込みが床を打って、槍先が空気を摩擦して、弾き出された。
 実は最初から攻めるつもりなど無かった麗は、しかしそれでも寸でのところで槍から逃れるように、後方へ跳んでいた。
 ガーランドが溜めも少なに、麗の体を追って槍を付き出してくる。
 それは、フェイント。
 壁に追い詰めて仕留めるつもりの。
 麗は軽身功による跳躍で、しなやかに後方へと、大きく跳んでいた。
 身体を巡らせて、壁に両足を付く。
 ぐっと膝をバネのように縮こませた後、麗は、一気壁を蹴った。
 コゥ、と耳元を加速した空気が走る。
 そうして、麗は、ちょうど自身を追って更なる踏み込みを行おうとしていたガーランドの顔面に膝を叩き込んだのだった。

 麗の“スワン・ダイブボム”が決まる――と同時に、仲間の契約者たちは一斉に行動を開始していた。
 軽やかに着地した麗を狙ったガーランドの一撃を、横から入り込んだアグラヴェインがナイトシールドで受け、
 ヴィルヘルム・フォーゲルクロウ(う゛ぃるへるむ・ふぉーげるくろう)向日葵と共に、ガーランドの後ろに控えていた黒騎士たちへと魔術を放った。
 氷術とサンダーブラストが黒騎士たちを牽制するように走る。
「ッく、血迷ったか!?
 こちらには人質が居るのだぞ!!」
「一騎打ちを望んだのでは無かったのか!? どっちが卑怯者だ!!」
 虚を突かれた黒騎士たちとガーランドが口々に言う。
 ガーランドにナイトシールドを破壊され、腕まで深く傷を負っていたアグラヴェインは、無事な方の腕で麗の細い腰を抱き、ガーランドより距離を取っていた。
「お嬢様は本気でした。ただ、私が少しばかり過保護なだけ。どうかご容赦を」
 その言葉通り、麗の方は「お離しなさい! アグラヴェイン!!」とジタバタ暴れていた。
 アグラヴェインが直撃を庇ったものの、ガーランドの一撃は麗をも深く傷付けており、麗の服には赤が広がっている。
 その一方で。
 人質を連れた黒騎士たちは、扉の前に立ち、攻撃を行なってきた契約者たちを睨んでいた。
 パーシバルと恭助の喉元にかかる切っ先。
「どうも、貴様らは脳が足りんと思える。仲間がどうなっても良いのか!?」
「どうも分かっていないようですね」
 ヴィルヘルムは割と構わず、氷術を片手に組み上げながら片目を細めた。
「“仲間がどうなっても良くないから”、こうしてるんですよ。ねえ? ユーリ」
「いやー、ここまで作戦通りに行くと、ずっと待機してた“かい”があったってもんだよね!」
 声は、扉の向こうから聞こえた。部屋の内側へと開いていた扉の向こう側。
 扉の表面に光の球が膨らみ、放たれ、それは黒騎士を掠めた。
「ッ――光条兵器か!?」
「大当たり!」
 扉の向こうで待機していたユーリ・ロッソ・ネーモ(ゆーり・ろっそねーも)が朗らかな声で言う。
 彼はずっとそこに待機していた。
 そして、ヴィルヘルムたちが黒騎士をそこに追い込んでくれるのを待っていたのだ。
「……今、か」
「そう、今だね」
 パーシバルと恭助に向けられていた刃が緩んだ隙に、二人は黒騎士の手をすり抜けていた。
「くそっ!! 待て!!」
 パーシバルを掴もうと伸びる黒騎士の腕。
 その黒騎士を、ヒゥッと飛んだリターニングダガーが牽制し、パーシバルを逃がす。
 リターニングダガーが返ったのは恭助の手。
 彼の手には擦り切れた縄が垂れていた。
 先刻、パーシバルが黒騎士たちの気を引く度に縄を岩に擦りつけ、いつでも千切れるようにしていたのだ。
「この一瞬のために殴られてたってもんさ」
 パーシバルがクスっと笑いながら、牽制された黒騎士の呆気に取られた顔を流し見る。
 そして、それとすれ違うようにカルダが、するっと黒騎士の方へと駆けていた。
 思いっきりホーリーメイスを黒騎士の腹へ叩きこんで、後退させ――
「依紗、今だよ」
 彼は、部屋の隅に置かれた石像のそばにいた依紗を見やった。
「うん」
 依紗が頷き、石像のそばの床を思いっきり踏み込み、屈んだ。
 同時に、壁から放たれた無数の矢が依紗の頭上を掠め、黒騎士たちを襲った。
「――っくそ!!」
 これで、黒騎士たちは完全にパーシバルと恭助を取り逃がした形となる。
 更に――そのドサクサに乗じて、ユーリが光条兵器で扉を破壊。
 もうもうと立ち込める瓦解埃に紛れて、黒騎士の一人を至近距離で撃ち抜いた。
 そのまま、倒れた黒騎士をぶにっと踏んで、離脱を図る。
 ウィリーが一瞬、ぱちくりと瞬いてから、
「全く、どんな仕掛けがあるかもわからないのに無茶をやる!」
 と呆れた。
「いや、ほら、だから遠いと当てらんないだってば! だからさ――」
 ユーリは、やたら楽しそうだった。


■□■

 荒野上空――。


 暗闇のベヒモス。
 その名の通り、それはまさに暗闇だった。
 ごうごうとした闇の気配が形を伴って塊、蠢いている。
 その獅子を思わせる頭部が、闇の塵を飛散させながら、重く咆哮を垂れ、荒野に疎らに生える木々や岩壁を震わせた。
 ベヒモスはゆっくりとゆっくりと、生命の気配に誘われるように、村人たちの方へと向かっていた。
 
『足止めするだけ……って言っても、結構厳しそうだね』
 プラウドを駆る遥からの通信。
 ベヒモスの体から延びる無数の触手の間を飛び抜けながら、アサルトライフルで光弾を叩き込んでいくも、どうにも手応えが無い。
「この巨躯が相手とならば、やはり、常道を取るしかあるまい」
 エア・エリドゥ(えあ・えりどぅ)の言葉に、鮮杜 有珠(あざと・うじゅ)は薄く笑った。
「何かしら弱点を見つけ、そこを集中攻撃。蟻が象を倒すには工夫が必要だものね」
 彼女らは、トゥーサを繰ってベヒモスの周囲を飛びながら、情報を集めることに徹していた。
 遥たちのイコンがベヒモスと交戦しているのを観察して分かったことがある。
 ベヒモスは目でこちらを把握しているわけではない。
 機晶エネルギーや生命エネルギーに反応して、触手を伸ばしているようだった。
 だからか。
「目、口、角、外見的な特徴への攻撃も効果は薄いようね」
「かといって脚部や外皮への攻撃も芳しくないな」
 エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)の搭乗するゼファーが、他のイコン部隊と共にバスターライフルを叩き込んでいるも――
『全然効いて無い! エヴァの狙いが悪いから?』
『煩い、小言並べてる間にさっさと解析! 単純に脚ったってデカいんだから、何処が効きどころかわかんねぇだろ!』
『地形を削った方が早いかもね』
『無茶言うなよ。しかし、いよいよマズい事になったら、変形して体当たりするしかないよな』
『分かったわ、私は脱出の準備をしとく』
『おまえ……』
 などという二人のやり取りを乗せ、ゼファーはその機動力で触手の間をスルスルと華麗にすり抜けていた。
 脚部への攻撃は、多少、速度を抑える事にはなっているようだったが、完全な足止めにはなっていない。
 と――
『くっ――』
 遥のプラウドが触手に絡め取られた。
『これ、入ってこようとしてる――!?』
 その言葉の通り、装甲の隙間へと触手の先が入り込もうとしていた。
 パイロットの命と内部の機晶石を求めるように。
 遥はアサルトライフルの先の剣で、プラウドを捕らえる触手を刈ったが、触手は次から次へとプラウドを飲み込もうとするように募ってきている。
 それを、有珠のトゥーサによる銃撃が阻む。
「今の内に逃げなさい」
『ありがとう』
 なんとか触手から逃れたプラウドが、一度後方へと下がる。
 幾つか装甲を持って行かれたようだが、行動に支障は無いようだった。


■□■

 荒野――。

 東から避難して来る村人たちを奇襲しようとしていたゴブリンの集団とライルたちは戦っていた。
「――去れ! 罪深き者たちよ!!」
 上空からロレンツォが雷術を撃ち放つ。
 合わせて、アリアンナのバニッシュによる光がモンスターたちの視界を奪う。
 その光の中を駆けたライルとリリィが同時に踏み込み、音速を超えた切っ先で二体のゴブリンを斬り伏せた。
 その二つの切っ先で円を描くように、二人、背中合わせとなり――再び、二人は呼吸を合わせたように同拍で地を蹴った。
 ロレンツォの魔術による援護の中、アリアンナもまた光条兵器でゴブリンと直接斬り結んだ。
 そうして、彼らはゴブリンの奇襲部隊を退け、無事に村人たちを飛空艇との合流地点へと誘導したのだった。


■□■

 遺跡――。

「ただのうっかりさん達かと思ってましたけど……」
 真成寺 花子(しんじょうじ・はなこ)はエペを閃かせて、パーシバルの縄を切った。
 恭助とパーシバルがそれぞれに武器を構えたのを一瞥し、花子は、黒騎士たちを前に笑んだ。
「そういうわけではなさそうで、安心ですわ。
 せっかくですから、即戦力として戦っていただきます。もちろん、行けますわよね?」
「問題ないよ」
「そのつもりだ」
「結構。さあ、参りますわよ!!」
 恭助とパーシバルと共に、花子は体勢を崩している黒騎士の一人へと駆けた。
 その先で、黒騎士が慌てて巨大な戦斧を振り上げようとする
「勝てると思うてかァ!!」
「遅い、ですわ!」
 花子は既に黒騎士の懐へと潜り込んでいた。
 間を少なにエペの切っ先を閃かせ、封印解凍によって力を開放させながら、彼女は黒騎士へ一撃を放った。
 バランスを失った黒騎士を更に恭助たちが攻める。
 次いで、ようやく振り下ろされた戦斧の放った衝撃波に、花子はその細い身体をふっ飛ばされ、地面を転がった。
 巡る音と景色。
 ゴツゴツとした忙しない痛みを全身に受けながら、花子は何とか身体を起こし、ぐぅっと黒騎士を睨みやった。
「このわたくしに泥をなめさせた罪は重いですわよ?」
 ト、と駆ける。
「しつこい!! 大人しくベヒモスの餌となれば良いものをっっ!!」
「あなたの方が食いでがありそうなのに? ああでも――」
 恭助らと援護を受けながら、黒騎士の戦斧を躱し、その懐へと再度滑りこむ。
 体勢低く、ザァ、と床を擦るように。
「あなたったら、とってもマズそうですものね」
 そして、花子はしなやかに跳躍し、黒騎士へとエペを突き出した。


「頼めますか?」
 を担いだアグラヴェインがすれ違いざまに言う。
「この前とは逆だな」
 鬼丸 旭(おにまる・あさひ)は、パシッと拳を手のひらに打って笑った。
「任せとけ、恩は返す。そして――」
 旭が薮睨みに見やった先、手負いのアグラヴェインを追っていた、見覚えのある黒騎士の姿。
 彼は今も数匹のゴブリンを従えていた。
 旭は、フッと笑い捨て。
「借りもキッチリ返させてもらう」
「貴様、あの時の――」
「ラウ〜ンド、ツー」
 言いながら、構える。
「今度こそ、どっちが上かハッキリさせようぜ!!」
「貴様と遊んでいる暇は無い!」
 黒騎士がゴブリンたちをけしかける。
 旭は構わず、黒騎士へとまっすぐに駆けた。
 後方、ケイ・キガン(けい・きがん)のカーマインによる銃撃が、旭を狙うゴブリンたちを次々に撃ち飛ばしていく。
「アサヒの邪魔はさせないっ!!」
 まるで旭の動きを全て最初から知っているかのように、ケイの射撃はタイミングを心得ていた。
 ゴブリンの血飛沫を掻き切るように、旭は遠当てによる闘気を乗せた拳を黒騎士へと叩き込んでいった。


 激しく打ち鳴らされた音や銃撃が交わされる中、
 カルダ依紗は互いを守り合うように、黒騎士と交戦していた。
「カルダ、大丈夫?」
 黒騎士の一閃が放った衝撃で、カルダと依紗の頬に血の飛沫が散る。
「そっちこそ」
「キツイならボクが前に……」
「大丈夫……今度は、頑張るよ。少しくらいキツくてもね」
 ここで引いたら、どの道、皆やられてしまう。
 そのことはカルダも依紗も分かっていた。
 カルダが、ヒュっとメイスを構えながら駆ける。
「『おねえさん』の依紗はサポート、よろしくね」
「カルダ――絶対にみんなで“無事に”一緒に帰るんだよ」
 この暗い場所から。皆と。もちろん、カルダを含めた、皆と。
「そのっ通り!!」
 メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)がカルスノゥトに爆炎波の炎を走らせながら、カルダと共に黒騎士へと斬り込んで行く。
「ここに居る誰一人として欠けさせなんざしねぇからな!
 なぜなら――俺様が何とかしちゃうからだ!」
 なーっはっはっはっは! という高笑いを響かせ、メルキアデスが剣を走らせる。
 カルダとの連携で、なんとか黒騎士と互角に渡り合っていけるようだった。
「なんか知らんが、馬鹿にはやられんぞ!! 寺院の誇りに賭けてな!!」
「いや、ま、実際――マジで仲間やらせるつもりはねぇから」
 キンッ、と黒騎士の刃と斬り結んだメルキアデスの声が一段低く言って、切り返す刃。
「それに、村一つ潰した奴に、なんの罰もやらねぇ程俺様もお人好しじゃねーんでな!
 これはこれ、それはそれ、きっちりしっかり払ってもらおうじゃねーか!」
 気合一閃、黒騎士に一撃をぶち込む。
「ッ、ひよっこ風情が、成せる事と成せぬ事の判断も付かずに調子に乗るなよォ!!」
「成せる!! なぜなら、俺様は超強いからだ!!」
 と思い込む事がメルキアデスの、本当に強さの秘訣だった。
「俺様強い、超強い。強い強い強い強い強い強いッッ!!」
「な、クッ、この!!」
 ヒロイックアサルトによって強化されたメルキアデスと、依紗とカルダの連携によって、この黒騎士はやがて本当に打ち倒されることになるのだった。


 メルキアデスたちや花子たちが黒騎士を打ち倒していった傍らで、
「さて、そろそろ俺たちも決着を付けようぜ?」
 ケイと、回復した麗とアグラヴェインの援護を受けながら、旭は目の前の黒騎士に言った。
「あの時、殺しておくべきだったか。まさか、これほどの障害となろうとはな」
 黒騎士が、度重なるダメージによって鈍さを見せた動きで迫ってくる。
「今更おせぇよ。
 それに心配すんな、これで、一勝一敗ってとこだから――よッ!!」
 旭は黒騎士の踏み込みに合わせて、思いっきり踏み込み、豪快な右ストレートで彼の頬をぶち抜いたのだった。


 そして、ガーランドは。
「悪いな。俺はこういう時、躊躇しないんだ」
 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)に追い込まれていた。
 煉は左手に光条兵器である長剣【プリベント】、右手に龍神刀という二刀の構えでガーランドを圧倒していた。
「こんな、こんな所でぇえええ!!!」
 ガーランドが慟哭を上げながら放った槍の一撃を危なげなくかわし、煉は、二閃を走らせ、ガーランド鎧を砕いた。
「グッッ!」
「いい加減諦めろ。力の差は分かっただろ?」
「ふ、ざけるなァ、私は……私は、ずっと、この時を夢見てきたのだ!!
 ようやく強大な力を用いて、この、シャンバラに混乱を!!
 私の力だ! ベヒモスを開放したのは私だ! 私がシャンバラを蹂躙する! 人々は私に恐怖する!!」
 狂ったようにガーランドが槍を振り回す。
 煉はその穂先を最小の動きでいなし、静かに言った。
「誰も恐怖しない。ベヒモスは、ここで終わるからだ」
 そして、煉は、すんっと身体をガーランドの方へと傾け、素早く二刀を滑らせた。
 ガーランドが吹っ飛ばされて、その背を壁に打ち付け、床に沈む。
 そのまま、彼は意識を失った。
「さて――急ごう、皆」
 煉は二刀を収め、黒騎士たちを片付けた仲間たちの方へ言った。


■□■

 避難してきた東西の村人を乗せた飛空艇――。

「――遥の機体が戻ってくる! 多分、装甲の再装だけで済むはずだ!」
「悪い癖です。時間は無くても憶測は避け、必要事項の確認を」
 プラウドの帰艦に備え、桂輔アルマを伴って駆けていく。
 飛空艇内イコンドックの天井部では、イコンの装甲を積んだコンテナが巡っていた。
 次々と帰艦しては、応急的に修理され、あるいは補給を済ませ、再び出撃していくイコン達。
 その慌ただしい風景の中で、ベールは、遺跡組と連絡を取り合っていたマルティナと情報を交換していた。
「なるほど、遺跡に行った方々は……」
「黒騎士たちは有用な情報を持っていなかったようですけど、装置の方へは無事たどり着けそうだとのことですわ。
 ですが――」


■□■

「ここか――」
 は、朽ちかけた部屋の中を見ながら呟いた。
 黒騎士たちを片付けた後、契約者たちは装置の置かれているだろう場所を目指して、遺跡の奥へと急いだ。
 当然、黒騎士たちが未踏だった場所はモンスターや仕掛けに溢れていたが、
 ケイカルダ向日葵たちによってモンスターは退けられ、
 「雪の女王」によって仕掛けは次々に解除され、契約者たちは概ね順調に装置のある部屋と辿り着くことが出来たのだった。
 その部屋は通路と同様に、古く、朽ちかけていた。
 地上のベヒモスの動きによってもたらされる低い振動で、バラバラと細かな天井の欠片が降る。
 部屋の中央には、床や壁から生えた幾本ものコードに繋がれた大きな水晶のような球体が置かれていた。
 球体の中には透明な色の炎が揺れている。
「それで……」
 水晶の表面にそっと触れていた花子が皆の方へと振り返る。
「これをどうすれば良いのですの?」
「どうしましょう?」
 向日葵がのほほんっとした調子で微笑みながら、小首を傾げて。
「黒騎士の人たちは、破壊する気だったから使い方は知らないようだったし」
「……参ったな」
 煉が腕を組みながら、その水晶を見上げる。
 水晶には一箇所だけ窪みがあり、おそらく……そこに何かしらを嵌める事で起動なり操作なりするのだろうが――
 その何かを捜す為に、これから遺跡を探索する必要がある。
 煉には、イコンに乗ってベヒモスと戦っているエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)から、外の状況がテレパシーによって逐一送られていた。
 そう悠長にしている時間は無いのは明らかだった。
 と――――
「皆!!」
 声が飛び込んで、そこに居た者たちは部屋の入口の方へと振り返った。
 そこに立っていたのは、ボロボロで泥だらけのディンス瑪瑙だった。

 ディンスが、大きな水晶の窪みに白い炎を浮かべる小さな水晶球をはめ込む。
 その瞬間。
 水晶の中の透明な炎は、スォゥッと白く染まりながら燃え上がり、そして、白い光を爆ぜた。


■□■

 遺跡の位置から延びた一条の白い光が虚空をうねり、幾重にも分裂し、広がった。
 それらは巨大な彼岸花のような形を見せてから、蠢き、その幾つもの先端はベヒモスへ向かって急速に滑り伸びた。
 ベヒモスの体を形成する暗闇に突き刺さって、闇を霧散させながら、その中央にあったらしい『核』を包み込む。
 それが――
 
 鮮杜 有珠(あざと・うじゅ)たちには“見えた”。
「――あれだわ。
 ベールからの報せとタイミングが合う。
 あの光は遺跡の装置によるものと考えて間違いないわ。
 なら、あの光が捕らえたものは……」
「ベヒモスの弱点か。
 ならば、我らも仕掛けるぞ」
 エア・エリドゥ(えあ・えりどぅ)の言葉に合わせ、有珠のトゥーサやのプラウドたちイコン部隊は一斉にベヒモスへの射撃を行った。
『うわっ、と――!』
 ベヒモスから生えた触手が消滅を拒否するように激しく暴れ、イコンを襲っていく。
『そう簡単に何回も捕まらないからねっ!』
 遥のプラウドが旋回し、触手を潜り抜けながら、ビームライフルでベヒモスの核を射撃する。
 その彼方では、イコンの間を抜けて伸びた触手は飛空艇の端を捕らえていた。
 飛空艇内に在る多くの命を求め、更に触手が飛空艇を狙う。
 しかし――
 ベヒモスの闇は、それから間も無く、端から形を保てずに解け、塵となって消滅し始め……
 遺跡からの光とイコンからの集中攻撃を受けていた核も、やがて、一つの欠片を残すことなく、
 消滅したのだった。