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ゆる族はかまってちゃん!?

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ゆる族はかまってちゃん!?

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◆第2遊◆    ほろ苦い想い

「ドンさん、どうかされましたか?私でよろしければ、お力になります!」


 いちると律から役目を引き継ぐように、今度はソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)がドンの隣に座った。
 続いてソアの後ろから、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がのっそりと出てくる。

 ベアもドンと同じゆる族であり、そのベアをパートナーに持つソアは、ドンを他人と思えないのだ。
 


「おう! まずは誰でもいいから、その気持ちをぶつけてみるといいぜ」



 やはり同種族と言うことで通じ合うものがあるのか、ドンはさきほどよりも饒舌に喋りだした。



「パートナーなのにさ、離れたくないって言ったのにさ、門を通してくれなかったんだよぉ……」
「そうだな、せめて事前に知らせてほしかったよな。俺様なら――」
「ご主人も何度も振り返ってた。ずっと僕の名前を呼んでた」
「お、おう。……互いに信じられないって気持ちで別れたのか……以心伝心なんだな、おまえら。もしご主人が――」
「僕とご主人は、同じ色なんだよ。ご主人の髪のピンクと僕の全身のピンク。大好きな色だよ」
「そ、うだな。大好きな人で尊敬する人なんだな、そのご主人様は」
「うん」



 どうしてか、波が押し寄せるように泣き言をやめないドンは、ベアが返答すると即座に新たな心の声を吐きだす。
 頃合いを見て、自分の思っている意見をドンに伝えたいベアだったが、ドンは見たことのない息継ぎで
 言葉をどんどん投げてくるものだから、ソアも見兼ねてドンを落ち着かせる役に回る程だ。

 ドンは、人の話よりも、人に聞いてもらっている自分の話に安心するのだ。
 とにかくつらい気持ちを分かってもらおうと、それだけに必死だ。
 それは、また一人にしてほしくないと言う感情の裏返しでもあった。



「それは、本当に辛かったですね……」
「でもよ。いつまでもしけた面してたら、ご主人さまも悲しむと思うぜ?」



 「こう、ニコッと笑顔で……」と、ベアは自ら満面の笑みをドンに披露する。
 すると、「そうですよ!」と、ベアのつくった話の流れに乗っかってソアが身を乗り出す。
 ドンはまだベアを相手に、言葉のストレートを投げ続けているが、ここは自分の言葉が聞こえていると信じて言う。



「ちょっと場所を変えませんか?学校の中にカフェがありますから、一緒にお茶しましょう!」



 ソアがベアに場所移動を促すと、動き出したベアに続いてドンも共に立ち上がって歩きだした。
 そうして、ソアとベアのふたりにサンドイッチされるような面白い三すくみで、ドンは運ばれる引っ越し荷物のごとく、校内へ運搬されていった。




 *




 イルミンスール魔法学校で、食堂の次に人が頻繁に訪れるカフェ――名前を≪マジ☆カフェ≫というらしい。
 「らしい」というのは、実はそのカフェには決まった名前がなく、時代の流行によってコロコロと変わる浮気なお店だったからだ。
 確か、毎週のように名前を変えていた時は、店の名前を当てた生徒にデザートをおまけするといったイベントも行っていた。


 ソアがドンをカフェ内に誘っている素振りをドア越しに見せていると、すかさずオーナーらしき男性……ではなく、
 花のように涼やかな優しい雰囲気の少年がドアを開いてくれた。
 少年――ネオフィニティア・ファルカタ(ねおふぃにてぃあ・ふぁるかた)は、おいでおいでとドンを手招きしている。

 ソア、ベア、ドンのぴったり揃った3拍子3人組は、招かれるままにテーブルへ着席する。


 ところが。
 なにかおもてなしをする前段階なのかと思いきや、ネオはただただ静かにドンを見つめているだけだ。


 瞬きをひとつ、ふたつ、しまいには視線をあらぬ方へ向け、小さく首を振ってリズムをとる。
 その仕草だけでゆうに10分は過ぎた頃に、調理場から銀髪をオールバックに決めた男が歩いてきた。
 ネオの主、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)だ。
 
 このカフェは、弥十郎が所属するジェイダス料理会が後援して運営されているため、週に何回か、
 趣味を満喫するために弥十郎本人がカフェで店員をしている。
 いまは、移動屋台「料理☆Sasaki」で提供する新作を考えている最中でもあった。

 弥十郎は、遠目でパートナーのネオを見守っていたが、このままでは沈黙だけを提供してお客様にお帰り願いそうだったので、
 慌てて調理を片づけて出てきたのだ。



「先ほど出来たばかりのお菓子がありますが、召しあがりますか?」
「……食べられるの……?」
「も、もちろんですよ」



 解釈のしようによっては、だいぶ失礼なことを言っているが、ドンの顔は真剣そのものだ。
 これがもし男性の口から発せられたのだとしたら、弥十郎は全力でその男性の注文の品に塩を入れているところだ。

 しかしながら、ネオはかたくなに口を開かない。
 この無口なフリをしている少年に、ドンはおっかないイメージを持ったのか、なかなか話しかけられないのだった。

 ドンの様子を見て、めんどくさそうではあったがどうしても言いたいことがあったのか、
 ネオは持っていたメモ帳に走り書きをして、それをドンの目の前に出した。



 『人間の会話はややこしいから、書いて返すほうが早いんだ』



 ドンが、初めてみる筆談に目を白黒させている最中も、ネオはなにやら書いて、続けて見せる。



『ひとりで寂しいって言うのは、きっとみんな同じことだと思うんだよ。
 そう見えない人は、それを隠すのがうまいだけさ』



 つぶらな瞳と瞳が合わさる。
 不安げに揺れるだけのドンの瞳を覗き込んだネオは、ふう、と小さく息をつく。
 筆談の方が物事の進行が滞りないと言っていたが、直に話すほうが今はいいと判断し、仕方なく口を開いた。



「ボクは、ずっと独りだったけど、“歌”があったから毎日が楽しかったんだ。
 せっかくだし、『ゆで卵の歌』とか教えようか?」



 突拍子もないとはこのことだ。
 けれど、『ドレミの歌が』許されて『ゆで卵の歌』が許されないと言う決まりはない。


 ――――ぐつぐつ、ほくほく、トロ〜ン、ボン!!気合があいると弾けるア・イ・ツ―――――。


 へそ曲がりな特撮ヒーローのオープニングのごとき歌が、ネオの口からつむぎだされる。
 きっと、ラップをかけなかった卵が、レンジの中でご臨終してしまったに違いない。
 
 それを、やれやれと言った感じに見ていた弥十郎だったが、ひととおり歌い終わったネオが、
 しっかりと弥十郎にエンディングを要求する。



「ゆで卵が欲しくなったからどうにかしてよ」
「……わかりました。待ってて下さいねぇ」



 あうんの呼吸でやり取りを終えたふたりを、ドンは不思議そうに見つめる。 
 調理場に戻って行く弥十郎を一時つかまえて、珍しく自分から話しかける。



「いろいろ、作れるの……?」
「そうですね。こう見えても、店主ですから。何をつくりましょうか?」
「……プリン……」
「ネオのゆで卵と素材が一緒なので、すぐ作ってしまいますね」



 魔法学校の調理場には、氷術発生装置が内蔵された瞬間冷蔵庫があり、数時間の冷却も数分で終わるのだ。

 弥十郎は調理場へ行ってしまったが、そのあとのドンの表情が曇ったことに、彼は気付かなかった。
 きっと、自分のリクエストしたデザートを、いち早く作ってもらいたかったのだ。


 ネオとドンが会話している間にお菓子を頂いていたソアとベアは、残念なことにこの変化に気付いていた。
 けれど、美味しいお菓子も美味しくなくなってしまうような気がして、ひたすらもくもくとお菓子をほおばっていたのだった。