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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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 そして、その日はやってくる。
 雲の上、太陽の下。青空を周囲に、頭上に臨む中、花火が次々と打ち上げられてそれははじまりを告げる。
   
「陽菜都。どう? 調子は」
   
 天空の博物館、開館の日。快晴の中はじまったセレモニーは多くの人出で賑わっている。
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)のふたりもまた、そうやって博物館のオープンを見に訪れた来場者の一員だった。
 後輩の、陽菜都を見つけてその肩を叩く。警備中の彼女は、変装をしてお忍び状態のふたりに一瞬気付かず、やがてそれが誰であるのかを思い至り──そして、名前を呼ぼうとして。
「ストップ。これ、完全にプライベートだから。バレないようにお願い」
「……はい」
 コスプレアイドルユニット、シフィニアン・メイデンであるとこの大勢の来場者たちに知られたくはない。ゆっくりと、休日を満喫したいのだ。
 だから、ハンドバッグを陽菜都の顔に押しつけて黙らせた。怪訝な顔でちらほら、こちらを見る者たちがいるが、バレるよりはいい。
「せつなさんを待たせてるんです。行きますね、楽しんでってください」
「ええ、ありがとう」
 ふたりに手を振り、陽菜都の姿は人ごみの中に消えていく。
「さ。それじゃ、行きましょうか」
「ええ、ぜひに」
  
 アデリーヌの手を取り、さゆみは歩き出す。
 さあ、うんと楽しもう。だって、ふたりは──パートナーなのだから。
   

   
「あ、これおいしー。うん、イケるわ、これ」
「でしょー。自信作のパウンドケーキですよ」
   
 ネージュから差し出されたトレーからケーキをつまんで、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がもぐもぐやっている。
 ひとつ、またひとつ。これおいしい。あ、これも。これもンまい。ひっきりなしに食べている彼女の肩を、軽くぽんぽんとパートナーの手が叩く。
「あのね。ちょっと、セレン? 食べてばっかりいないで、私たち、博物館を見にきたのよ?」
「んー、わかってるけど、だってこれおいしいんだもん」
「よかったら、こちらもどうぞ」
  
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は呆れ気味にため息を吐く。
 そりゃあ招待客なんだからなにをどう楽しもうと自由なのはたしかなのだけれど。だからといって、食べてばっかりというのも違うだろうに。
 もうすぐ開館セレモニーの目玉、式典もはじまるというのに、だ。
 ネージュに勧められたクッキーをつまみつつ、セレアナは人に溢れた館内を見回す。──不意に、その手を握られて声を上げそうになる。
   
「セレン?」
「別に、食べるためだけに来たわけじゃないんだってば。これでも柄にもなく、乙女心な感じになってるのよ?」
 ありがと。ケーキ、おいしかった。ネージュにお礼を言ってセレアナとその場をあとにするセレンフィリティ。
「ほんと、雲の上にいるなんて思えないわね」
 豪奢な木目造りの床は、この日にあわせてかけられたばかりのワックスでぴかぴかと光っている。
   
「雲の上を今、私たち。歩いてるのね」
   

   
 なんだか、不審な動きのやつがいる。そう認識したから、せつなはその人物の肩を叩いた。
   
「ちょっと。警備担当です。少しお話、いい?」
「えっ」
   
 その少女は、枝々咲 色花(ししざき・しきか)と言った。
 天御柱学園──なんだ、同窓の子じゃないか。
「あ、いえ。けっして怪しい者では」
「……って、呼び止めた本人から言われてはいそうですかってわけにも、いかないんだけど?」
「……ですね」
 求められた説明に、色花は素直に答えていく。
 古龍の骸を見たくて、ここにはやってきたこと。そして、なにかあったら大変だと、守りたいと思ったこと。
 だから、どこにも展示が見当たらない化石を探しながら同時に不審者がいないか、周囲に気を配っていたということを。
「そう。でも、それで自分が不審者に思われちゃしかたないでしょ?」
「……はい」
 やれやれ、そういうことなら。
「行きましょう」
「え?」
 せつなは色花の肩を押す。向かうのは、警備本部だ。別に今の話が信用できなくて、連行するというわけじゃあない。
   
「事情を説明して、警備スタッフに正式登録してくれるよう頼んであげる。だからほら、ついてきて」
 人手、いくらあっても足りないのよ。それと。
「古龍の骸の展示方法はちょっと変更があってね。公開は式典後なの」
 向こうから、盛大な拍手の嵐が聞こえてくる。どうやら、開館式典がはじまったらしい。
   

   
 ジープの上では朦朧としていて、まともに聞くことが出来なかったけれど。こうして聞いていると、彼女の演説はさすがだと思える。
 彩夜よりも小柄なのに。ずっとずっと、大きな存在に見える。
 カメラの、無数のフラッシュと。大勢からの視線の中で、堂々と蒼の月は自身の想いを、古龍のことを語り続けているのだ。
 客席には、フレンディスとベルクが見える。パートナー同士、仲良く。セレンフィリティと、セレアナ。そのほかにも、いっぱい。
      
 ……そう、パートナーとして。皆、やってきているのだ。
   
「答えは、出たのか?」
「あ……」
 某が、加夜やエースとともにいつの間にか同じ舞台袖にやってきていた。
「さすがだな。演説が堂に入っている」
「ええ、見事なものです。『古龍の骸』、間に合ってよかった」
 目を細める、某とエース。ゴルガイスが、カルキノスが。ふたりの竜人も、客席から演説の様子を見守っている。
「自分の気持ちを、信じて」
「……はい」
   
 加夜が、ぎゅっと彩夜を抱きしめる。
 うまくいったら、おめでとうって言ってあげます。ダメだったら、気が済むまでお話、聞きます。だから、がんばって。
 そう言ってくれる先輩の存在が。気遣ってくれる皆がいてくれることが、彩夜には嬉しかった。
   
『さあ。あちらが、『古龍の骸』……見てやってほしい。我が旧き朋の、再び戻りたいと想い願った、空に舞う姿を』
   
 蒼の月の声が、館内に響き渡る。そして窓の外に、それは大きく翼を広げ、広がっていく。
 大いなる、白き雲。その上に、生前そのままのかたちに復元された骨格がある。周囲のフィルターは劣化を防ぎ、雲の上ゆえに雨に晒されることもない。この博物館があるかぎり永久に、龍は空を舞い続ける。博物館の雲に係留され、寄り添うようにして大空を直接、飽きることなく飛んでいくのだ。
   
『古龍がやすらかに眠れるように、ふだん雲への立ち入りは禁止しています。どうしてもという方には、追悼の目的を中心に、博物館側からの専用飛空艇を貸し出します』
   
 蒼の月の言葉を、主任学芸員に任じられた詩穂が引き継ぐ。
 基本的には──皆に見守ってほしい。この博物館から。大空を舞う、龍の姿を。
 それは月の想いと、龍の子たちの意志とをあわせて生まれた結論。
   
『皆。ほんとうに、ありがとう。ここにいるすべての者たちに──感謝する』
 そう言って、蒼の月は自身の言葉を締めくくった。
   

   
「おつかれさまでした」
  
 その、夕刻のことだ。
 もはや時間は閉館を告げ、館内の人影は疎らだった。
「ん……ああ」
 大空に浮かぶここからは、見える夕陽がすごく近い。オレンジと赤を混じりあわせて、天井の遮光フィルターが明るさを調整してくれていなければきっと、眩しくて目を開けてすらいられなかっただろうほどに。
「もうすぐ、月の出る時間ですね」
「……ああ」
 大きな窓の向こうに臨む、『古龍の骸』の雲を、蒼の月はじっと眺めていた。その背後に、彩夜はいる。
「今回は、すまなかった。急に呼びつけて。危険な目にあわせて」
「……いいえ。わたしが、やりたいと思ってやったことですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。きちんと報酬もやらねばのう」
  
 報酬。報酬、か。
   
「あの。……ううん、あのね、蒼の月さん。いや、蒼ちゃん」
「うん──うん?」
   
 そんなもの、いらない。
 今の自分がほしいもの。やりたいことは、もっと違うことだ。
「この博物館の雲の、すぐ隣に、古龍さんの雲があります」
 うまく伝えられるか、わからない。文章は、書くのは好きだけれど、口できちんと言えるかどうかについてはあまり自信がないから。
   
「あの、ね」
 少し、声が震える。振り返った蒼の月が、自身の治める島の、正装である民族衣装の白服に身を包んだ彼女がこちらをまっすぐに見ている。
 きちんと、言わなくちゃ。
   
「わたし。蒼ちゃんのそばにいたいです」
   
 そして、そばにいてほしい。
 単なる知人、友人ではなく。大切な、パートナーとして。
 夜の空に寄り添う、ひかる月のように。
「わたしの、わがままかもしれないけど。わたしは、そうしたいんです」
 言った瞬間に、彩夜は目を伏せた。答えを聞くのが、怖かった。
 聞こえてくるのは、コツコツと響く彼女のヒールの音。その音が、気配がこちらに近付いてくる。
   
「──彩夜」
 蒼の月の手が、頬を撫でる。
「そんなのは、ダメだ」
 聞いた瞬間、脱力と、嫌な汗とが全身を襲った。
 そう、か。ダメ……なんだ。
   
「私のほうから、言うつもりだったのに」
   
 でもそれは、彩夜の早合点だった。
「彩夜には、私のそばにずっといてほしい。今日、そのことを伝えるつもりであったよ」
 ゆっくりと、彩夜は目を開いていく。
 はじめてみる、潤んだ瞳をした蒼の月がすぐそこにいる。
「だから、私から言わせてくれ」
 私と。──契約をしてほしい。
 どちらからともなく、両者は両者から抱き合った。夕陽が眩しく、輝いていた。
 本棚の影から見守っていた加夜が、美羽が、顔を見合わせて微笑んでいた。彼女たちは声なきままに呼吸を合わせ、唇だけでこう呟く。
   
「おめでとう」──と。

                                          (了)

担当マスターより

▼担当マスター

640

▼マスターコメント

 おまたせしました、ゲームマスターの640です。『天空の博物館』を舞台にしたリアクション、いかがだったでしょうか?
 皆さんのおかげで無事博物館は開館にこぎつけ、彩夜と蒼の月は晴れてパートナーとなることができました。今後とも、よろしくお願いいたします。
 それではまた、次回のシナリオガイドでお会いいたしましょう。