|
|
リアクション
第二章
中層・おや、こんなところに罠が
――またか。
川村 玲亜(かわむら・れあ)は洞窟の中で一人思う。
今、彼女は迷子である。正確には、玲亜が憑依しているアリスのほうの川村 玲亜(かわむら・れあ)だが。
本体の玲亜はすぐに迷子になれるという謎のスキル持ちで、パートナーたちが目を離すとこの通り迷子になる。そんな彼女には発信機がついているので、すぐに姉の川村 詩亜(かわむら・しあ)たちが駆け付けてくれると思う。さっき携帯で連絡も取ったし。
「玲亜ちゃん。突然出てきた洞窟に興味あるのは分かるけど、もうちょっと気をつけようね」
と、アリスの玲亜に静かに語り掛けた。
「ご、ごめんなさい……」
アリスの玲亜は、沈んだ声で返した。
「さて、何とかして帰らないと……あれ?」
ふと、彼女の耳に、誰かの高笑いが反響して聞こえてきた。
一瞬、敵か、と身構えるが、すぐにその聞き覚えに気付く。
「あー! 見つけた! ミアちゃん! いたわ!」
反対方向から、聞き慣れた少女の声が聞こえた。
姉の詩亜と、パートナーのミア・マロン(みあ・まろん)だ。
「やれやれ。モンスターの全然いない洞窟で良かったわね。まったく毎回毎回……」
ミアはため息交じりに玲亜に言った。
「まあ、今回はすぐに見つかったからいいわ。ね、詩亜」
「ええ。そのための発信機とHCだからね」
和やかなムードをよそに、洞窟のさらに奥から、また高笑いが聞こえてきた。
「わざわざこんなところまで来なくていいだろう。あの発明が完成すれば、お前たちの服などいくらでも買えるのだぞ」
微かにそんな言葉が聞こえてくる。
「俺を誰だと思っている? 天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)だぞ? ふははは!」
大きな岩の後ろから、詩亜たちは小さな顔をぴょこっと出し、様子を伺う。
「その発明にお金を掛けたせいで私たちの服が買えないんですよ!」
なぜか毛布を纏った少女高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が叫んだ。
「おかげで私たちの服も下着も全部盗まれて、着る物ひとつもないんですから!」
咲耶たちは表で騒ぎになっている女性の衣類盗難事件の被害者だ。ハデス以外のパートナーたちで仲良くお風呂に入っている隙に衣類を全て奪われてしまうという悲劇に遭った。なぜか武器だけは盗まれなかったから探索には出れるが、毛布一枚しか纏っていない彼女の顔は恥ずかしさで真っ赤だ。
「わ、わかった。きちんと探索すればいいのだろう?」
ハデスもそんな妹の気迫に押され、さすがに頷いた。
「ぶ、武器が盗られていないのは幸いです。犯人は私が絶対に成敗しますからね、皆さん!」
頼もしい言葉だが、声が震えているアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)。彼女も毛布一枚、プラス大きな剣だ。
「せ、先生、お姉ちゃんたちも、やっぱり一度戻りましょう。こここ、こんな状態で戦えないですよぉ……」
同じく毛布一枚のペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)は、ふと後ろを振り向いてみた。
「あれ? ここ……どこでしょうか」
ここは洞窟の丁字路。どちらから来ただろうか。ああだこうだ言い合っているうちに、道を見失ってしまった。と、その時だ。
ペルセポネの右足が、何かを踏んだ。
「え? カチって音が……きゃああ!」
瞬間、地面から炎が四方に吹き上がった。近くにいたアルテミスも巻き込まれ、火に包まれる。炎はほんの数秒で消えたが、二人が纏っていた毛布が半分近く消し炭にされた。
直後、二人分の甲高い悲鳴がわんわんと響き渡った。
「大丈夫? 助けに来ましたよ!」
少しして、その悲鳴を聞いて、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)とパートナー達が駆け付けた。同じく別の冒険者たちも続々と集まってくる。
「い、いやあ!」
「見ないでください!」
ほとんど焼け焦げた毛布でアルテミスとペルセポネが身体を隠す。慌てて咲耶が三人まとめて自分の毛布で隠そうとしている。凶司の視界に最初に入ったのはそんな光景。
九割方裸の少女たちと、科学者風の白衣の男。洞窟内。衣類盗難事件。
ぴーん。
凶司の中で何かがつながった。
「ま、ままま待て待て! なぜいきなり鉄拳なんだ!」
ハデスは、凶司に無言で殴られた。
「なぜ? 白々しいですね。そんな分かり切ったことを訊くのですか?」
凶司は中指で眼鏡の位置を直し、怒りに満ちた目で銃をゆっくり取り出した。その隣で、パートナーのエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)が両の拳を合わせて詰め寄る。
「ボクらは蒼空学園生徒会だ! あの子たちの服と盗難品を返せ! どこにある!」
「せ、生徒会? 返す? 一体何の話だ!」
さらに隣で、冷ややかな目でハデスを見下ろすディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)。槍を肩に担ぎ、濃厚な殺気が出ている。
「女の敵ね。生徒会の大事な物どころか、下着まで剥ぎ取るなんて……。地獄に落ちる覚悟はいいかしら?」
「ちょちょちょ、待ってくれ! 彼女らはこの天才科学者ドクターハデスの妹たちだ! 俺たちはだな……」
「へえ……口答えするの。エクス、やっちゃって」
「おーらい!」
どご、とエクスの右ストレートが大砲の如く炸裂。ハデスの顔のすぐ横の壁に直撃。壁が砕け、ちょうどハデスの顔と同じくらいの大きさの穴が空いた。
「次は当てるぞ! ボクは手加減できないぞ! さあ、盗難品を返せ!」
「被害者の家と学園の防犯カメラは調べ尽くしたわ。高確率で盗難事件の犯人は学園からほとんど離れていない。この洞窟内から女性もののアクセサリーもたくさん見つけたわ」
「証拠は出ています。現場も抑えました。今すぐすべて白状すれば悪いようには致しませんよ」
三人に詰め寄られるハデスたちを尻目に、咲耶たちは駆け付けた女性たちに介抱されていた。
各々の上着や道具を貸して慰めている。
「ご、ごめんなさい。お借りした服はきちんと洗ってお返ししますので……」
「うう……人前で裸だなんて……なんでこんな目に……」
「うわぁーーん! もう表を歩けないですー!」
「大丈夫よ。私たちも遭難していたところをこの人たちに助けてもらったの。この人たちは味方よ。ほら、私の上着着て?」
衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が上着を脱いでペルセポネに渡した。
「サイズが合えばいいけど。さて、私たちもあの怪しい男をヤリますか」
玲央那は腕輪、相棒のネルソン・グリドゥン(ねるそん・ぐりどぅん)に向かってそう言う。
すると、ネルソンは魔鎧状態に移行。そして怒りに満ちた声を出す。
「当然だ。男の風上にも置けん奴を放っておくことなどできん」
誤解が加速度的に発展していく。
今にも公開処刑されそうなドクターハデスへの誤解は、様子を観察していた詩亜たち一行も交えてたっぷり一時間かけて、ようやく解くことができた。