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【蒼空学園・2】

「分かり易かった」
 感謝を現す破名に薄く笑って、カガチは美羽や此方へ向かってきた別の仲間へ振り返った。
「まあこっからは実際見て回って考えて。
 そろそろ疲れも取れた頃だろうし」
「ええ、もう大丈夫よ。有り難う」
 ミリツァがシェリーとナオに目配せして、カガチに微笑む。
「じゃ、頼むわ」
 カガチからバトンタッチされたのは椎名 真(しいな・まこと)ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)ラフィエル・アストレア(らふぃえる・あすとれあ)、そしてミリツァとも中の良い友人である高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)、それか少々驚くような人物が一人。
フハハハ! 我が名は秘密結社オリュンポスの大幹部……じゃなかった。
 ……こほん。蒼空学園大学部所属の高天原 御雷だ。
 妹の友人たちだそうだな、俺も学園の紹介に協力しよう」
 眼鏡を外し、白衣を脱いだ『だけ』で本人的には正体を隠しているつもりのドクター・ハデス(どくたー・はです)が、本名――なのだが本人的には『世を欺く為の仮の名』――を名乗り挨拶する。
 横目にアレクの姿が映ったが、今日は世を忍ぶ仮の姿御雷である為、対決をしようとはしなかった。アレクも向こうが何かをしなければ、放っておくらしい。
(何時もそうやっていればいいのに、二人とも何かしないと気が済まないのよね、きっと)
 なんてジゼルは思ってしまう。
「……あ、丁度制服全種類並んでるね!」
「学校案内ならこの格好の方がいいかな、ってね」
 ジゼルが彼等の服装を見ると、真が自分の制服を示して答える。そんな会話の間にヴァイスがラフィエルに耳打ちしていた。
ラフィエルも似合ってる
 何気ない言葉でラフィエルは真っ赤になってしまった。彼女はそれくらい酷く緊張しているのだ。
 ラフィエル・アストレア。七色の光をはじく銀色の髪、スミレの瞳、ミルクのような肌の機晶姫。
 少し前まで彼女は、『アストー12』と呼ばれていた。
 ある事件が元で蒼空学園へ駆け込んだ彼女は、契約者達と交流する内、ヴァイス達と出会い契約を果たす。
 そうしてヴァイスから与えてもらった新たな、否、生まれて初めての名がラフィエルだった。 
「てかラフィエル、ステージで歌った事もあるのに何で案内くらいでガチガチなの?」
私、ちゃんとお話出来るか不安で……、
 でもそんな事を言っていたら駄目ですよね。学校に来てからまだ日が浅い私ですけど頑張ります」
 ヴァイスを見上げて自分自身の言葉に頷くと、ラフィエルは制服がよく見える様に背筋を伸ばしてた。
 さてラフィエルの準備も整って、真らは見学者一行の前に横並びになるようにした。
「他の学校と同じで一回デザインが変わってるから二種類あるの。
 ヴァイスと真とラフィエルが着てるのが、旧制服ね。
 ハデ……御雷と咲耶と私の着てるのが新制服。美羽とコハクのは特注品だっけ」
「俺はこっちの旧制服の方が好きなんだよなぁ……。
 って、久々に袖を通した気がするな」
「確かに真は執事さんの格好のイメージが大きいわね」
 ジゼルが言いながら真の制服姿を覗き込むようにまじまじ見つめた。ミリツァなどは、もう初めて見るくらいかも知れない。
「二種類制服あって着こなしも色々なのがいいとこかな?」
 そう言って真は制服と同系色のブルーのネクタイを拾い見学者へ見せる。それが彼流の『着こなし』なのだ。
「うん、私のニーハイも指定じゃないよ」
 ジゼルは濃い赤色のラインがワンポイントで入った白い靴下を指差した。皆はそこへ視線を下ろしただけだが、アレクは首ごと曲げている。
「ジゼル、見えない。もう少しスカート上げないと」
「見えてるでしょ」
「いや、絶対領域じゃなくてぱんつ」
「そこは見えなくて良いの」
「そうだったな。そこは俺のみに立ち入る事を赦された聖域んぐっ」
「まことー! 先すすんでー!」
 ジゼルに物理的に口を抑えられたアレクが漸く静かになったのに、真は苦笑しながら説明を続ける。
「はい。
 ええっとこのように制服はわりと自由な、というか自由すぎるというか…………」
 もごもごもご。カフェテラスに居る他の生徒を見れば分かるが、本当に自由……を、超えたと形容していい着こなしの生徒がこの学園には多く存在していた。
 破名の視線は今、一点に注がれている。――美羽のミニ過ぎるスカートだ。
「動きやすそうだな」
 と見たままの感想を破名に言われ、美羽は「うんっ」とにっこり笑う。
「これが、みんなが着ている制服だよ」という彼女に、破名は(この学園に入学したら、シェリーもあんな風に着こなす日がくるのか)と、少しだけ複雑な気持ちになっていた。
「あとで購買に行った時に着てみない?」
 提案する美羽に、ミリツァの目が大好きなファッションの事を振られてパッと輝く。が、直後に数日前兄の自宅を訪れたときの事を思い出してしまった。
「え、ミリツァ蒼学くるの? じゃあじゃあ制服着てみる!?」
 と、ジゼルが嬉しそうに出してきて、されるがままに彼女の制服を着せ付けられた。
 5cm違う身長にスカート丈は際どかったが、基本的に女性らしい体形のジゼルよりも、モデル系と姪に揶揄されたミリツァの方がやせ形な為、大きさは問題無かった。
 胸以外は。
「…………いえ、此処の制服はもういいわ」
「そうなの?
 じゃあ早速行こっか?」
 美羽の問いかけに見学者達が頷くと、ヴァイスがぽんっと掌に拳を打ち付け景気よく言った。
「じゃあ波乱万丈世界滅亡レベルの大事件が飛び込んでくるわの蒼空学園案内しますか!」



 と、言う訳で和気藹々と施設案内は始まった。
「普通に説明するだけだったら案内する方もされる方もダレるし」というヴァイスの提案で、彼のアニマルズ山田さん、平さん、超さん、吉宗――何故最後だけ『さん』を辞めたの、というのはミリツァの疑問だ――が愛想を振りまき、五人囃子の演奏とラフィエルの生歌をバックに、更にラフィエルが空中にメモリープロジェクターからエフェクトを投影する中にヴァイスらの解説が入るという無駄な懲りようである。
 ダレないというか正直落ち着かないくらいじゃないかしらと思ったのは、ジゼル他数名の秘密だ。
「――この学園、三回校長が交代してるんだよ」
 先程カガチに説明して貰ったパンフレットを握る破名に、ヴァイスが振り返った。
「最初は創設者の御神楽 環菜って人で、為替とか株で稼ぎまくった天才なんだけど、今はなんだっけ……シャンバラの鉄道王を目指してるとか」
「あとで部活を紹介してくれる子が血縁なの。彼女ならきっと教えてくれるわ」
 と、ジゼルが付け足す。
「その次が、さっきの環菜の幼馴染みの山葉 涼司(やまは・りょうじ)。メガネキャラだったのに光条兵器で視力矯正したり色々ヤンチャな人……かな?」
「でも良い人だわ。山葉先生には沢山お世話になったの。私にこの学園に入学する許可をくれたのも山葉先生よ。
 それから今の校長先生が馬場 正子(ばんば・しょうこ)先生。私がアレクに誘拐されたり、違う人に誘拐されて駅ごとシャンバラを焼こうとした時に、やっぱり沢山お世話になったわ」
 ジゼルがさらっと説明した内容に破名が目を剥くが、すぐにヴァイスが続いてしまう。
「かなり器用な人なんだよね、イコンの操縦とか、プロ野球チームの選手やったりとか――」
 こんな風に校長や教師の紹介が続く一方、シェリーは、ヴァイスのくれた『蒼空学園生徒に聞いた蒼空学園のいい所悪い所ランキング』という、赤裸々過ぎる冊子をぱらぱらめくっては、忙しく顔を上げたり下げたりしている。
「悪いところまで書いてあるのね」
「良いところばかりじゃ面白く無いし、悪いところがあるから良いところもより良いところに見えるかなーって」
 ヴァイスは彼が作った冊子同様正直なのかもしれない。シェリーが感心した様に頷く。
 と、そこでシェリーとの会話の間ごくまともな相槌係として働いていた咲耶が、タイミングを見計らってミリツァの隣へやってきた。
ミリツァさん、ミリツァさん
 小声で合図されて、ミリツァは彼女の方へ姿勢を傾ける。咲耶とミリツァは、ブラコン仲間として馬が合うようでとても仲が良いのだ。よく二人で遊びに出掛けているらしく、今日は運転手としてアレクがかけっぱなしにしている眼鏡も、二人で出掛けた時に咲耶のアドヴァイスを貰いながらミリツァが選んだものだった。
私は兄さんが通っているから、同じ蒼空学園に入学しました。
 ミリツァさんも、アレクさんとの距離を縮めるためには、蒼空学園がお薦めですよ

 くいくいっとミリツァの腕を引いて、咲耶は後ろを振り返らせる。
 アレクは真ん中辺りで真と雑談を交わし、ジゼルは美羽とコハクと一緒に、破名に学園の施設の説明をしているようだ。咲耶の意図を理解したミリツァがハッとする。
「距離が遠いわ!」
 自宅では常に寄り添うようにしている兄とその嫁を知っているミリツァからすれば、余計にそう見える距離だ。
「そうなんです!
 学校内では、ジゼルさんもアレクさんとイチャつけませんから、公然とイチャつける妹としてはチャンスです!」
「そんな考え方があっただなんて……盲点だったわ!
 流石咲耶ね!!」
 自分の欲しているものを真に理解する友人を、ミリツァは褒め称える。
 『学校内でなら兄妹で公然といちゃつける』だなんてものは斜め上な発想力過ぎて、咲耶でなければ出て来なかっただろう。
 こうして教室、図書室と周り、食堂ではコハクとジゼルのお薦めメニューを試食――大体予想通りの甘味だ――、購買で美羽による1日50個限定の『伝説の焼きそばパン』の話など、様々な紹介を経て主立った施設は見学が終了する、彼等の予定していたコースのうち残りはあと一つだ。
「――俺は執事の勉強として家政学を専攻してるけど、どんな分野でも一通りは修得できる施設が整ってると思うよ」
 真は施設案内をそんな言葉で締めくくる。
「蒼空学園の特徴は、一言で言うとシャンバラにある9校のうち、最も普通の学校ってトコかな」
 コハクの言葉に紹介をしていた蒼空学園の生徒が揃って頷いた。と、それを聞いていたシェリーが首を傾げた。
「普通、なの?」
 シェリーは皆の顔をそれぞれゆっくりと眺め、忙しなく目を瞬く。
「この学校もとても素敵なのに、普通だなんてそんな……何か勿体無いわ」
「えと、普通って別に悪い意味では無いの。何て言えばいいのかしら…………どうしようお兄ちゃん
 シェリーの反応にジゼルは口を開き、しかし選ぶべき言葉が見つからないようだ。縋る瞳でアレクを見上げる。
「月並み、有りふれたと言う意味で取るとマイナスのイメージがあるのかもしれないが、普通という言葉は一般という類語で表現出来る。
 コハクが言うのは、シェリーが一般的な常識を身につけた女性になりたいというのなら、普通であるこの学校はベストだって意味だ。
 或は全体的にという意味で取るのであれば、さっき壮太や真が言ったように全体を抑えているからこそ、そこから選択する事も可能って事だろうな。
 ……こんなもんでいいか?」
 同窓である義理は果たしたと言わんばかりの表情に、蒼空学園の生徒達はバッチリとそれぞれの合図でアレクへ返した。
 話の間に一行は最後の教室の前へ辿り着いている。
「うん、それでココが最後の教室だよ」
 美羽が扉に手をかける。
「ってココ何だっけ。誰が行くの決めたんだっけ」
 真が皆を振り返り、生徒達は顔を見合わせたまま「あれ?」という顔をした。
「俺は図書館にしようかって言ったけど……」
「そうそう、真がそう言って、その後美羽が購買行こうって言ったんだよね。私とコハクは食堂。ラフィエルはどこだっけ?」
 とジゼルが言う。
「私が提案したのはここですね」
 ラフィエルがパンフレットの案内図を指差した。ヴァイスもそれに続いて自分が提案した場所を「こことここ」と言っている。
「あれ? ココって咲耶?」
 ジゼルが咲耶に振り返る。が、咲耶の顔はどんよりと曇っていて、何も言おうとはしない。彼女だけはこの部屋に見覚えがあったのだ。
「俺だ!!」
 皆の一番後ろで高らかな声を上げたのは、ハデ……御雷だった。
「では最後に、俺が大学部の機晶工学科で研究している機晶ロボットを紹介しよう」
 そこまで静かにしていた御雷が、つかつかと教室へ入って行く。
 見学者たちが彼へ付いていくと、御雷はハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)改め御雷の発明品をを引っぱり出してきた。
「完全自律行動型全自動洗濯機だ。
 家の中を自動で動きまわり、洗濯物を自動で回収して洗濯して干してくれる」
 名前や内容だけ聞けば『まともっぽい』響きに、皆は発明品との距離を測りかねている。
「超便利! ついでに畳んでくれたらいいのに!」
 と女子高生兼業主婦なジゼルは感動しているようだが、夫の方は首を横に振る。
(電気屋で見た事あるなああいうご夫婦……)
 真がぼんやり思っている間、御雷はマイペースに話し続けていた。
「これは、地球とパラミタの技術のハイブリッドでな――」
 一口にそう言うが、これは機晶技術の基礎と地球の最先端テクノロジーを御雷の優れた頭脳を用いて組み合わせるという、天才でなければ不可能な所業だった。
 こちらは天才のひらめきではなく本人の努力と教師の正しい指導あっての事のようだが、古代魔法と現代魔法の組み合わせをするアレクといい、馬鹿の方が発想力があるのだろうか。
「ここをこうすると――」
 御雷がスタートボタンを押し込むと、何時もの発明品宜しく電子音声が教室に響いた。

[洗濯ヲ開始シマス]