空京

校長室

戦乱の絆 第二部 第三回

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戦乱の絆 第二部 第三回
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要塞内部・3

 突然、要塞内が明るくなった。
 と思えばすぐにまた暗くなり、更にしばらくしてから、再び照明が点いた。
「誰かが、照明設備を制圧できたみたいだねえ」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の言葉に、ジェイダスは肩を竦める。
「明るくなっても美しくない場所だ」

 その頃、1階照明システムが設置された部屋では、機晶姫が撃退された後、情報を取りまとめていたフレデリカ・レヴィによって援護の者達が送られ、あれこれ試行錯誤と問答無用の結果、システムの制御を奪い取ることに成功していたのだった。

 く、く、く、と、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が肩を揺らした。
「選帝神だろうが女神クローンだろうが、美しさはジェイダス校長に遠く及ばないっスよ!」
 カンテミールの討伐を目指し、要塞の3階を歩く彼等は、HCの情報から、いよいよ目指す場所が近いと解っていた。
「マッピングに頼るまでもねえ……ここまで来たら、俺のディエクトエビルにビンビン反応がキてやがるぜぇ」
 人の形を取っている魔鎧、蝕装帯 バイアセート(しょくそうたい・ばいあせーと)がくつくつと笑う。

「……完璧にコントロールされた世界、かあ」
 カンテミールが目指しているものを呟きに乗せながら、弥十郎は、それって、窮屈だよね、と思う。
 人の人生がチェスの駒のようで、酷く、つまらない。
「完璧であろうと努めることは、美しいが」
 ふ、とジェイダスは微笑った。
「完璧は、美ではない」
 ふと、弥十郎は以前耳にしたことのある言葉を思い出す。
 どこかのプログラマーが言っていた、『バグは、まるで意思があるかのようにプログラマの盲点をついて来る』といった言葉だ。
 そうか、バグに意思があるのか、と思った憶えがある。
「それが何だ?」
 パートナーの強化人間、佐々木 八雲(ささき・やくも)が問う。
「だから、カンテミールにとってはもしかして、シャムシエルを使用してること自体がバグになり得ないかなあ、って、ふとね」
 どんな人にも、少なからず自我というものがあるはずだから。
 なるほど、と八雲は頷いて考える。
「……自我を狂わせる為には、恋や愛と言った感情が一番効くかと思うが、どうだろう」
 シャムシエルに、恋をさせることはできるだろうか。
 するとジェイダスが小さく笑った。
「なるほど、彼女の、父親への思慕は、そういったところから来ているのかもしれないな」
 ああ、と弥十郎も気付く。
「ここまで来て、そんな回りくどいやり方はねえだろ」
 はっ、とバイアセートが笑い飛ばした。
「近いぜ!」
「校長が出るまでも無いっスよ。まずは俺様が露払いと行こうじゃない♪」
 光一郎がにんまりと笑った。



 体の半分が機械だったその男は今や、半ば機械の中に埋没していた。
 要塞の巨大な制御中枢システムと融合し、もはや、何処からがシステムでどこからがカンテミールなのか判然としない。
 だが、その異様な光景にも、もう、誰も驚かなかった。
 有り得ないことではない、と、誰もが心の中で思っていたのだろう。

「何だとお!」

 ――いや、一人だけ驚いた。
「てめえ、エリュシオンだか神だか知らないが、薔薇的に攻めてやろうという俺様の思惑の斜め上を行く有様になってくれやがって……!」
 血を吐くような光一郎の叫びにそれでも、パートナーのドラゴニュート、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は、彼ならば奇跡を起こしてくれるのではと期待したが、まあ、期待するだけならタダだ、ということも解っている。
「良く来たね」
 カンテミールは苦笑を伴いながら言った。
「全く君達は、よく邪魔をしてくれる」

「訊ねたいことがある」
 身構える仲間達から一歩踏み出し、そう言った、シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)に、カンテミールは無言で先を促した。
「シャムシエルが、女王になり得る能力を持つという話は本当か?
 貴方が本来のミルザム様から奪ったものを、彼女に与えたってことかい?」
 シャムシエルは十二星華を元にしたのだと思っていた。
 しかし彼女自身、女王となり得る資質を持つのだという。まだ何か、シャムシエルには謎がある。
 カンテミールはふと笑った。

「与えた? それは違う。
 あの子こそが、ミルザムなのだよ」

 シャムシエルは、ミルザム自身なのだと。
 シルヴィオは目を見開いた。
「……何?」
「そう。君達は、あの子にこそ仕えるべきだと思わないかね?」
「……いいや」
 カンテミールを見据えて、しかしシルヴィオはきっぱりと答えた。
 真実がどうであれ、シルヴィオが剣を捧げた相手は今のミルザムなのだと、その思いに揺らぎはない。
「私達は、ずっと、ミルザム様の努力を見守って来ました。
 真実を知り、過去の幻でなく、未来を見出す為に」
 シルヴィオのパートナー、守護天使のアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)が言葉を紡ぐ。
「私達は、私達のミルザム様の道行きを護ります」
「――全く」
 カンテミールは苦笑する。元より、こんな説得が利くとも思っていなかったのだろう。
「厄介なことだよ、君達は」

「ふふふ……貴方が、カンテミール様ですね……」
 まるで今迄のやり取りを聞いていなかったかのように、口を開いたのは、バイアセートのパートナー、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)だった。
 ゆら、と前に進む。
 まるで正気を伴っていないようなその動きに、ジェイダスが密かに眉をひそめた。
「シャンバラ以外が滅ぶって……それはマホロバも滅ぶってことでしょう……?
 させない……。貴方のエゴで、マホロバまで滅ぼさせるわけには行かないんですよ?」
 マホロバの大奥に縁の深いつかさは、今ではシャンバラよりむしろ、かの地の方が大事だ。
「くすくす、ははっ、そうね、私もエゴですけどね……エゴはエゴ同士、殺し合いましょう?」
 カンテミールの返答を必要としていない、一方的な主張を放つとつかさは、魔弾の射手で、攻撃を仕掛ける。

「待ってっ!」
 しかし、前に飛び出してそれを遮り、つかさを止めようとしたのは、共にここまで来た、五月葉 終夏(さつきば・おりが)だった。
 びく、と、つかさの攻撃が外れ、床を弾く。
「てめえ、ここまで来て裏切るのかっ!」
 バイアセートが叫んだ。
「違うよ! でも、殺したら駄目だ!」
 終夏は首を横に振った。
 カンテミールのしたことは、許されることではないと終夏も思う。
 しかし、それを裁くのは『法』であるべきだと思うのだ。そう、十二星華の時と同様に。
「シャンバラは『国』だ。だから、カンテミールは私達じゃなく、国によって裁かれるべきだよ」
 だから、殺すのではなく、捕らえるべきだ、と。
 その主張に、カンテミールすら苦笑した。
「……お前、勘違いをするな……」
 そう言ったのは、グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)だった。
「え?」
「俺達は、奴を裁きにここに来たんじゃない……。
 奴のしようとしていることを、止める為に来た。……奴の、死を以って」

「終夏!」
 次の瞬間、終夏を背後から斬り捨てようとする攻撃があり、その殺気を寸前で看破したパートナーの英霊、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)によって受け止められた。
「ち! いい反応をしておるの」
 ヒラニプラから脱獄し、密かに雇い主であるカンテミールの護衛として戻って来ていた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、忌々しげに笑う。
 敵前で背を向けるなど、愚かだと思ったものだが、と。
「甘く見ないで頂きたい」
 ニコラは苦笑を浮かべてそれに返した。
 振り向いた終夏が、遅れて攻撃に気付き、蒼白とする。
 本当は、終夏は、敵味方の区別なく、ただ誰にも死んで欲しくないのだとニコラは解っている。
 だがこの場では、彼女の思いは四面楚歌だ。
 理解は、きっとされているだろう。弥十郎達も、ジェイダスも、口は出さないでいる。――けれど受け入れられてはいない。悲しいことだ。
 全く、どちらも護らなくてはならないとは、骨が折れる。
 ニコラは苦笑しながら溜め息を吐いた。彼女の思いを、護る為に。

 「……そうですね、一理は、ありますね」
 志方 綾乃(しかた・あやの)が溜め息を吐く。
「カンテミール、私も訊きたいです。あなたは一体、何を護りたいのです?」
 解り切ったことを、と、カンテミールは目を細める。
「シャンバラを」
 綾乃は、ぐっ、と表情を歪める。
 彼が、救いようのない悪人だとは、綾乃は思っていなかった。
 彼なりに苦しんで、悩んで、罪を背負うことを覚悟して、今この場にいるのだろう。
 けれど終夏の言う通り、彼は、間違っている。
 自国の民すら犠牲にしないと存在できない国など、あっていいはずがなかった。
「……おぬし、間違っておるぞ」
 パートナーの英霊、袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)が、溜め息を伴いながら、言う。無駄だと解っていても。
「遠くの大局ばかりを見、肝心の足元を見ておらぬ。
 苦しむ民が見えずして、国の何が護れるというか」
「……志方、ありません」
 そう、説得は無理だと解っていた。終夏の気持ちを、理解することはできても。
「……邪魔だ、どけ」
 グレンが終夏を押し退ける。よろめく終夏を、ニコラが支えた。


 阻む刹那の足元を蹴り、頭上からその後頭部へ、グレンが銃のグリップを叩き付ける。
「ぐっ……!」
 膝を付く刹那を、グレンは
「寝ていろ……」
と壁際に突き飛ばした。
「せっちゃん! せっちゃんっ!」
 ハーフフェアリーのアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が、泣きながら刹那に取り縋る。
 死んではいないが、意識を失っている。
 安堵と悲痛がない交ぜになって、アルミナは刹那にしがみついた。

 一方で、つかさと綾乃は、同時にカンテミールに仕掛けた。
「母親の力、思い知りなさいっ!」
 つかさは巻き添えも気にしない、全ての魔力を一撃に込めたパラダイス・ロストで、綾乃はバーストダッシュによる、疾風突きの一撃で。
「――やれやれ。女性を傷つける趣味は、ないのだが」
 仕方ない、と、状況的に避けることもできないカンテミールはしかし、動揺もせずに言う。

 ドッ、とどこか遠いところで音がして、つかさと綾乃は目を見開いた。
 つかさはともかく、龍鱗化で強化していた綾乃の体すら、いつの間にか触手のように延びていた太いワイヤーが、貫いている。
「つかさ!」
「綾乃!」
 倒れる二人を、それぞれのパートナーが抱き起こした。
「カンテミールッ!!」
 光一郎が怒号を上げる。その剣を、カンテミールの触手がぺいっと払った。
「下がれ……! ソニア、あの触手に近付くな……!」
 グレンがパートナーの機晶姫、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)に叫ぶ。
 ソニアは、うねるワイヤーの動きに注意しながら後退した。

「いいのかね。生徒達が傷ついているよ」
 カンテミールは、エメ・シェンノートらを護衛に、部屋の隅で動かないジェイダスに視線をやった。
 ジェイダスは軽く肩を竦める。
「私は何も心配などしていないし、手を出すつもりもない」
 いっそ悠然と、彼は笑った。
「私はただここへ、おまえの最期を見届けに来ただけだ」