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魔法スライム駆除作戦

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魔法スライム駆除作戦

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「それにしても、裏口はどこにあるのかしら」
 てくてくと世界樹の幹の周りを歩きながら、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)は、豪奢な縦ロールの金髪をかき上げて、うなじに風を入れた。
「やはり、もう一度魔法学校の正門に戻った方がよろしいのではないのでしょうか」
 ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)が、ちょっと疲れたように義理の姉に言った。どうにも、先ほどから少し脇腹のあたりがちくちくする。もともと、姉のせいで胃が痛いことはしょっちゅうなのだが、今回はちょっと違う気がした。これは、女神の加護による報せなのだろうか。
 だいたい、ビュリを便利アイテムとして持ち物一覧に入れ……もとい、お友達になって親交を深めようということで、突然、イルミンスールに行くと言いだしたときから嫌な予感はしていたのだった。何かしでかさないようにといつも通りついてきたわけだが、何事も起きませんようにと祈るだけである。
 そもそも、学校のエントランスでは、当然のように文字通り門前払いを食らってしまった。他校の生徒が勝手に他の学校の中に入れないというのはセキュリティの面から当然であるが、イルミンスール魔法学校には、さらに別の理由もあるらしい。
 世界樹自体の大きさは、一〇〇階を遙かに超える巨大なビルにもたとえられる。幹だけでそうなのであるから、無数にある枝や地下部分を考えたら、これはもう建物ではなく一つの都市だと考えた方が正しいだろう。さらに、生き物である世界樹の内部は、不定期に変化するという噂もある。まさに、魔法学校らしいでたらめさだが、こういうことに慣れていない他校生は、内部で遭難する恐れがあるというのだ。どこのダンジョンだと思うが、実際に大差ないという噂だ。
「学校の正門からは、今は学生寮以外の居住区には、直接行くことができないというお話ですけれど、まったくもっておかしな学校ですことね。だったら、戻っても意味はありませんわ。こうやって、裏口を探した方が不意打ち……いいえ、サプライズがあるというものなのです。さあ、お饅頭を持って、さっさとついていらっしゃい」
 ジュリエットに言われて、ジュスティーヌはかかえている銘菓百合園饅頭の箱の山をかかえなおした。
「何も、こんなにたくさん持ってくることはありませんでしたのに……」
「何をおっしゃるの。袖の下はいくつあっても多すぎるということはございませんのよ。さあ、さっさと進みますわよ」
 レースのついた日傘を優雅にさしながら、ジュリエットが歩き出す。百合園女学院の制服は、こういったアンティークな小物ともよく似合う。
 少し進むと、円筒形のタンクのような物が集まった小規模な施設が見えてきた。どうやら、世界樹の中へ水を引き込む施設らしい。いくつものパイプが、世界樹の中に引き込まれている。
 世界樹内部施設の水供給は、大部分が根から吸い上げられた水が道管を通って吸い上げられる物を利用しているが、一部は補助水源として外部から水を供給している。これは、そんな施設の一つなのであろう。
「意外と太いパイプですわね」
 両腕でかかえるほどの太さのパイプたちを間近で見つめて、ジュリエットは言った。世界樹にはちょっとそぐわない物のような気もするが、これが今のパラミタの姿の本質でもあるのだろう。だが、さっきから感じている違和感は、そういったものなのであろうか……。
「お義姉様、危ないですわ!」
 突然、ジュスティーヌが叫んだ。大切なお土産である百合園饅頭を放り投げると、スカートの中に隠し持っていた携帯用メイスを素早くガーターベルトから取り外し、あろうことかジュリエットに対して振り下ろしてきた。
「何をなさいますの!」
 間一髪、ジュリエットがそれを躱(かわ)す。
 ジュスティーヌのメイスの一撃は、ジュリエットの代わりに水道のパイプを強打し、罅の入った水道管から水が噴き出した。
「モンスターが……」
 肩で息を切らせながら、ジュスティーヌが答えた。雨のように降り注ぐ水に、綺麗な金髪がしとどに濡れて額にはりついている。
「どこにそんな物が……」
 言いかけたジュリエットの日傘から、青いジェル状の物体が滴り落ちた。あわてて、ジュリエットは日傘を投げ捨てた。今や噴水と化した水飛沫が、ジュリエットの身体も濡らし始める。
「助けてくれたのは、ありがとうと言いたいところですが、今、あなた本気でわたくしを狙いませんでしたこと?」
 無意識の殺意を感じて、ジュリエットはジュスティーヌに聞き返した。だが、すぐには返事がない。
「お義姉様……」
 絞り出すように声を発したジュスティーヌの額を、赤い血がスーッと一筋流れた。あっという間にそれがあふれていく。よろよろと、ジュスティーヌはジュリエットにむかって歩み寄ろうとした。
「どうしましたの、いつ襲われました!?」
 さすがにジュリエットは驚いて叫んだ。だが、よく見てみると、それは血ではなかった。赤いスライムだ。
 スライムが身体を流れるようにして伝っていくにつれて、百合園女学院の制服の縫製が弾けるようにしてほつれて、服自体が分解していく。
「私……もう……ダメ……」
 ジュリエットの眼前で、ジュスティーヌがべちゃりとうつぶせに倒れた。
「気持ち悪い! 何ですのこれ」
 ランドリーのスキルを駆使して、ジュリエットは義妹の身体からスライムを剥ぎ取って倒した。
「一応、仇(かたき)はとりましたわよ。それにしても……」
 下着姿というあられもないジュスティーヌの姿を一瞥すると、ジュリエットは足先で彼女の身体をわざわざひっくり返した。水道から噴き出した水とスライムの水分によって、ジュスティーヌの下着はすけすけだ。
「迂闊にモンスターにやられてしまったあなたには、いいお仕置き……あっ!」
 勝ち誇ったジュリエットの身体が、一瞬で凍りついた。
 倒したはずのスライムが、彼女の足を這い上がってくる。見れば、周囲は無数のスライムに覆い尽くされていた。
「このまま、無様にすっぽんぽんを晒すわけには……」
 あっという間に胸元までスライムに這い上がられて、ジュリエットが身悶えた。なんとか、邪念、もとい、気力を振り絞って水道管の方へと歩く。だが、それも限界だった。一歩ごとに、制服がバラバラになって脱げていく。ついに、ジュリエットはばったりと倒れた。ただ、なんとか水道管の上に横たわるというか、水道管をだきかかえるようにして、義妹のような醜態だけは防いだ。
「せめて、お饅頭……」
 そう言って、ジュリエットは意識を失った。
 スライムたちは、その大半がジュリエットの身体の上を通って、水の噴出がほとんど止まった水道管の亀裂の中へと姿を消していった。スライムに這いずり回られたジュリエットは、ブラのホックが外れ、ショーツも半脱ぎにズリ下げられるという結構悲惨なことになっている。まだうつぶせの分ジュスティーヌよりはましだったのかは、本人たちが考えることであった。
 水道管に入らなかったごく一部のスライムたちは、地面に落ちていた饅頭の箱をずりずりと運びながらさらに進んでいった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「さて、作戦を開始しましょう」
 虫取り網の柄でコンと地面を突いて、銀枝 深雪(ぎんえだ・みゆき)は気合いを入れた。
 この時期、イルミンスール魔法学校には魔法スライムというモンスターが出るらしいという噂を聞いて、わざわざ蒼空学園からやってきたのだ。
 文献によると、魔法スライムは、地味に敵対しているイルミンスール魔法学校の魔法使いたちの弱点となりうるモンスターかもしれなかった。詳しい情報は、魔法使いたちの手によって周到に消されていたが、何かあるには間違いない。
 そう言うわけでの捕獲大作戦なのだが、深雪の出で立ちはどう見ても夏休みの昆虫採集といった感じだった。麦藁帽子からは美しい黒髪が背中にこぼれ、長袖の白いワイシャツからも豊かな胸がこぼれそうになっている。動きやすいスラックスは、ワイシャツと同じく虫対策なのか夏としては長い物になっている。もっとも、スライムは虫とはまるで異なる物なのだが。
 世界樹の幹沿いを、一般人の昆虫採集少女を装って進んでいく。ある意味勘違いのたまものであるこの格好も、一種の変装となっていると言っていいのかもしれない。さすがに、蒼空学園の制服を着てうろうろしていたら、きっと誰かに呼び止められていただろう。
「それにしても、木の幹というよりは、ほとんど平らな木の壁みたいですね」
 曲面を感じさせない世界樹の幹の巨大さに、深雪はちょっと溜め息をついた。これでは、もしずっと上の方にスライムを見つけたとしても、絶対に網が届きそうにない。なんだか、子供のころのセミとりを思い出して、深雪は小さく溜め息をついた。
「いました、いました!」
 しばらくして、目的のモンスターらしき群れを見つけて、深雪は歓声をあげた。
 幹の一部に、びっしりと赤と青のスライムがはりついていた。ちょうど、地面から深雪の背の高さぐらいまでの所に密集している。この高さなら充分に網が届く。
「さあ、捕獲しちゃいますよ」
 力瘤をささやかに作って気合いを入れなおすと、深雪はえいやっと捕虫網をスライムに被せた。ストンと、幹から剥がれたスライムが、目の細かい網の中に落ちる。
「やりました。捕獲第一号です」
 小躍りする深雪であったが、そんな彼女にそっと背後から忍びよる小さな人影があった。
「わっ!!」
 いきなり、深雪は後ろから突き飛ばされた。
「ははは、驚いたかのう。おぬし、ここで何をしているのじゃ?」
 突然人を驚かせたビュリが、面白そうに笑いながら訊ねた。それ自体は無邪気な悪戯だったのだが、あまりにも場所とタイミングが悪すぎた。深雪は、悲鳴をあげるまもなく、スライムの群れに顔から突っ込んでしまったのである。
「きゅうぅぅぅ……」
 あおむけに倒れて目を回して気絶した深雪の身体から、スライムたちが世界樹の方へと戻っていく。魔法防御力を持たない私服だったせいで、すっぽんぽんはまぬがれたが、倒れた拍子にワイシャツの胸がはだけてしまった上に、白い色が濡れて透けてしまい、結構艶めかしいことになってしまっていた。
 一方、お色気とは一切無関係な体形のビュリの方は、蠢くスライムにブルンと身体を震わせていた。
「なんじゃ、こいつらは。気持ち悪いのじゃ。ええい、アイスブリザード一〇〇分の一」
 世界樹を傷つけないように極力セーブした攻撃魔法をビュリが放った。吹きつける冷気の嵐に、ひ弱なスライムたちはあっけなく凍りついてしまった。倒れていた深雪も半分凍ってしまったような気もするが、命に別状はないだろう。
「大丈夫か、おぬし。しっかりせい。んっ? なんじゃこれは……」
 深雪の安否を確かめようとしたビュリではあったが、ふと足許に転がっていた箱に気がついてそちらに注意をむけた。拾いあげてみると、銘菓百合園饅頭と包装紙に書いてある。
「おお、お饅頭なのじゃ。これはいい物を拾ったぞ。さっそく家に帰って食べるのじゃあ」
 そのまま箒にまたがると、ビュリは深雪のことなどすっかり忘れて上へと飛び去っていった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
 そして時間は半日ほど過ぎ、世界樹の内部で事件が始まった。