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第五章 エサたちの欲望
 蜂の巣というのは、大きなボールのような球体になっており、中は小さな部屋がたくさんある。それは、体長20メートルを超えるパラミタのスズメバチとはいえ同じつくりだ。ただし、その体の大きさにふさわしく、まるで大きな岩山を切り出した城のようだった。
「君、人間だったんですの!?」
 ですの、すの、の……巣の奥に叫び声がこだまする。声の主は荒巻 さけ(あらまき・さけ)。その手には、およそ人間と同じサイズくらいのカブトムシの角が握られている。
「いやあ、ははは……」
 カブトムシが笑った。よく見ると、カブトムシではなく、カブトムシの着ぐるみだ。暗闇のため目立たないが、実はそれほど出来はよくない。着ぐるみを着ている青空 幸兔(あおぞら・ゆきと)がよっこらしょと立ち上がった。
「ま、ま。オラのおかげで巣まで来れたんやから、ええんちゃいますの?」
「で、君お名前は?」
「オラはパラミタカブトムシ次郎や。よろしゅうたのんます」
「もういいから……」
「まあ、確かに巣に侵入できたのは、このニセ次郎さんのおかげですから」
 ビデオカメラを回しながらランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)が言った。喋りながらも周辺の撮影を続けている。
「せっかく来れたんじゃけん、探検じゃ!」
 棚畑 亞狗理(たなはた・あぐり)は、探検する気満々のようだ。
 ここにいるのは全員、様々な目的をもって最初から蜂の巣を狙っていた者たちだった。どのように侵入するか模索していた時、ほどよい大きさのカブトムシを捕まえて巣に持ち帰ろうとしているスズメバチを発見。後を追って巣にたどり着いたというわけだった。
「そうですわね。みなそれぞれに目的があることですし……」
 さけは、背中にしょっているドラム缶を確かめた。
「わたくしは自然の恵みをいただきに行きますわ」
「俺様も、この種の蜂の生態研究に行くのじゃ」
「オラもお宝を探すんや!」
 それぞれ、目的を果たすために動き出そうとしていた。
「ここはどうやら外から持ち帰ったものをためておく倉庫のような部屋のようですね」
 周辺の様子を注意深く撮影していたランツェレットは、この部屋が倉庫であることに気がついた。
「スズメバチは幼虫に餌ぁやるために、昆虫を持ち帰るんじゃ。普通は肉団子にしてから持ち帰るんじゃけど、この種の習性が少し違うんかいな」
「に、肉団子……」
 まだ次郎の着ぐるみを着たままの幸兔は、亞狗理の言葉で身をぶるりと震わせた。
「何にせよ、団子にされんくてよかったじゃろ。ふむ……こんな種もおるんじゃな。研究しがいがある!」
 ぶうううううん……。羽音が近付いてくる。
「まさか、また新しい餌を運んできたのかしら? みんな、隠れなくちゃ!」
 さけは全員を誘導し、部屋の隅に身を潜めた。見守っていると、やはり働き蜂が収穫物を持ち帰ってきたところだった。
 その収穫物とは……。
「ひゃっはー。巣だぜー!」
「ったく何なんだよこりゃ!」
「くぅ……」
 甘い匂いを漂わせた武尊と鮪、そしてエリザベートの3人だ!
「エリザベート校長!」
 ランツェレットが駆け寄って抱き起こすと、エリザベートはようやく目を開けた。少しは酔いがさめたようだ。
「おさけくさいですわぁ……」
 頭を振りながら身を起こし、ここが校長室ではないことに気がついた。
「ここはぁ、どこなんですかぁ?」
「スズメバチの巣ですよ」
「スズメバチ……」
 エリザベートは、アルコールでもうろうとしている頭をなんとか働かせようとした。さっきまで校長室で何故か説教を受けていた……全ての元凶は集まりすぎた害虫やスズメバチ……責任をとれと言われた……。
「わかりましたわ」
 エリザベートは立ち上がった。
「わたしに責任をとらせるためにぃ、ここに連れてきたのでしょう?」
 エリザベートが前にかまえた手に、熱が集まっていく。
「だったら責任をとりますわぁ」
 ぼぼぼぼ。エリザベートの前に巨大な炎が発生した。これは絶対に危険だ!
「ちょっとまって校長!」
「これはやばいってぇ!」
 もはや誰もエリザベートを止めることは出来ない。
「燃えてしまってくださあぁぁい!」
 ぼーーーーーーーーーーん!
 エリザベートから放たれた巨大な火の玉は、巣の壁に当たって燃え上がった。
「あかん! これ絶対にあかん! 黒こげや!」
 幸兔は着ぐるみを脱ぎ捨てて叫んだ。
「逃げるで! 連れてこられた時に道を覚えとったから、出口はわかるさかいに!」
 みるみるうちに炎に包まれていく蜂の巣。全員、巣の出口に向かって全速力で走った! まだ暴れ足りない様子のエリザベートは、さけが蜂蜜採取用に背負っていたドラム缶に入れ、運ばれている。
「出口よ!」
 どうにか全員が出口から滑り出す! そして……。
 ずどどどどどどど……。
 スズメバチの巣は、焼け落ちた……。
「ああ、蜂蜜が……」
 がっくりとうなだれるさけ。
「なんてことじゃ! 貴重な研究材料が……」
 膝をつく亞狗理。
「お宝……」
 幸兔はどかっと倒れ込んだ。
「いい映像が撮影できたけど、どうせ特殊効果だろうと言われてしまいそうね」
 ランツェレットは、カメラのテープを確認しながらつぶやいた。研究映像を撮影したつもりだったのに、撮れた映像はスズメバチの巣が幼女の手で墜ちる様。後日、彼女が撮影した映像は「燃える蜂の巣〜考えるな、燃やせ」というタイトルの映画として劇場公開されることになる。


 自分の欲望が打ち砕かれたことに落ち込んでいた彼らは、気がつかなかった。巣を燃やされてしまったスズメバチたちが、怒り狂って学校の方向に飛んでいったことに。