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ダイエットも命懸け!?

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ダイエットも命懸け!?

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第二章

「ラルフ、これ持って」
 村に着いてすぐ、羽入 勇(はにゅう・いさみ)は所持していた殺虫剤をラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)に渡した。ラルフは頷いて受け取り、大きな鞄の中に詰める。鞄の中には、同じく殺虫剤が大量に入っている。他には殺虫剤で作った爆弾やロープ、灯りなども入っていて、虫対策はばっちりである。
 その大量の荷物を持たされているラルフは嫌な顔一つせず、村の様子をカメラに収めている勇を見守っている。勇が撮った写真は、これと言って依頼の役には立ちそうもないごく普通の風景だが、あとから記事を作る時には使えそうなものである。今から記事のことを考え、勇は少し笑った。
「ま、『移動する巨大蟻地獄の謎を解け!』なんて、凄くB級なタイトルだけど。でもそんなのもいいよねっ」
「勇は蟻地獄について聞きにに行かないのか?」
 ふんふーん、と鼻歌交じりに写真を撮っていると、声をかけられた。村雨 焔(むらさめ・ほむら)がこっちを見ている。
「もう少し撮ったら行くつもり。村雨クンは?」
「俺は今から向うところだ。たまには調査に回ってみようかと思ってな」
「じゃあ戦ったりはしないんだね。ボクと同じだ」
「同じ? 動き回りには行かないんだな」
 ダイエット、を動き回る、と言い変えたのは焔なりの女性に対する気遣いだろう。気付いた勇は明るく笑った。
「うん。だってほら、ボクダイエットの必要ないし」
「そーだよねっ、胸とかちっちゃいもんねっ」
「んなぁっ!?」
 突然のアリシア・ノース(ありしあ・のーす)の発言に、勇は目を見開く。「な、な」と何か言おうとして、けれど言葉にならなくて、を繰り返しているうちに、
「焔に近づきすぎちゃダメなんだからね!」
 ビシィッ、と人差し指を勇に向け、すぐに走って行ってしまった。
「なっ、えっ、なんだよ、自分だって同じくらいじゃないかっ!」
「……すまない。アリシアは俺が女子と接していると、何故か怒るんだ」
「……あー。そういうこと」
 理解した勇は小さくため息を吐く。気にしている部分を指摘された恥ずかしさや怒りはあったが、ああいう気持ちから吐き出された言葉なんて対して重くはない。
 ちょっとショックだけど。
「別にいいよ、うん。気にしてないから」
 だからそうやって笑いかけてみたのだけれど、焔はぎょっとしたような顔をする。よく見ると、視線が勇にではなく、勇の後ろに向かっていた。振り返るとラルフがにっこりと微笑んでいる。
「どうしたの? ラルフ」
「いえ、口は災いの元、と言うことわざを教える時は今かな、と思っていただけですよ」
「ふうん? よくわかんないけど、ボク怒ってないよ」
「そうですか?」
「うん」
「ならいいです」
 終始にこにこと微笑んでいるラルフに向けて、焔は少し頭を下げた。連れが非礼をしてすまない、という意味を込めて。ラルフは変わらず微笑んだ。
 直後、焔の腰のあたりに、どんっと衝撃。首を回して衝撃の原因を確認すると、赤色のポニーテールが揺れていた。
「……アリシア」
「勇! ……ちょっと、ちょーっとだけ悪いこと言っちゃったかもだから、私調べ物手伝ってあげる!」
 焔の腰に抱きついたままの体勢でアリシアが言う。勇は目を丸くし、
「へ? 悪いことって、…………胸……のこと?」
 胸、という箇所だけ小さな声で言うと、アリシアは頷いた。
「言われたら嫌なことは言っちゃいけないって、焔が言ってたもん。……ごめんね?」
「……あはは。いいよ、気にしてないから」
「ほんと?」
「本当」
「そっか! 勇、胸はちっちゃいけど器は大きいね!」
「……ねえ、ボク泣いていいかな?」
「重ね重ねすまない」
「いいですか、アリシア殿。胸の大きさで悩んでいる女性は多いのです。不用意にそのことを言うのは得策とは思えません」
「そうなの? んー、そうだね。勇、ごめんなさい。胸が小さくても大丈夫だよね!」
「だからぁっ!?」
「アリシア、少し黙っていようか。な?」


 そのようなやり取りがある一方で。
「ふむ。前回はここに現れ、前々回はここ」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が地図を見ながら首をかしげていた。
 先ほど捕まえた村人に、いつどこに蟻地獄が出現し、被害はどのようなものかを訊いて地図にしるしをつけたのだが。
「別に法則性みたいなものはなさそうですね」
「ない……と、思う」
 パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)も地図を覗き込んで言った。 
「気になりますね」
「ん……」
 あまりにも法則性がなさすぎるから、逆に気になるのだ。
 何が目的で移動しているのか。
 見つからない落し物、消えたままの人々。
 移動先に法則性はなく、次どこに現れるのかはまったくもって予測不可能である。
「そもそもこれ、本当に蟻地獄なんでしょうか。そこまで怪しくなってきました」
「わからない、そればかりは」
「そうですね、見てみないと……ああもう」
 刀真が困ったように頭を掻いた時だった。
「あ、それ、ちょっと見せてもらっていいですか?」
 考え込んでいると、声がかけられた。振り向いた先に居たのは大草 義純(おおくさ・よしずみ)だ。地図を渡すと「どうも」と人の良さそうな笑顔を向けてくる。
 しばし真剣に地図を見た義純は、
「なんっにもわかんないですねぇ」
 と、言って笑った。
「あ、地図のしるし写させてもらってもいいですか?」
「どうぞ。……法則性とか何もないですしね、おかしいですよね」
「そうですね。これ、お二人はどうお考えで?」
「巨大蟻地獄以外の何かが居るんじゃないかな、と。月夜は何かわかりました?」
 刀真が月夜に訊くと、彼女は荷物から分厚い本を取り出してパラパラとめくりだした。しばらく本をめくり、中ごろのページを開いて止まる。
「ここ。蟻地獄の生態。砂地に潜んで獲物を待ち伏せるものも居るんだって」
「? つまり、どういうことですか、月夜さん?」
「……! 上空から見ても、見つからないということですね?」
 刀真の言葉に月夜は頷く。
 蟻地獄の巣に突然落ちて不意打ちでもされたら。ぞっとする。
 そもそも、そんなところに普通の娘が落ちたら。
「(……生存は、絶望的ですか?)」
 不規則に移動はする、砂地に潜んで待ち伏せているかもしれない。
「殺意しか感じられませんよ、巨大蟻地獄」
「女の子……助からない、かも」
 ぽそりと呟いた一言に義純が拳を強く握った。
「義純くん? どうかしましたか?」
「……僕、じっとしてられないんで。探してきます! 刀真さん、地図、ありがとうございました!」
 言うが早いか駆け出して行く義純の背を、刀真と月夜はただ見守る。
「ところで私、思うのです」
 そんな二人の横に突然現れたのは、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)だった。
「うわ、ハーレックさん。びっくりした……」
「驚かせましたか、すみません」
「いえいえ。で、どうしたんですか?」
「あのですね。この蟻地獄は謎な部分が多すぎます。じっちゃんの名にかけて真実はいつも一つだと公言する名探偵に推理してもらわないと」
「それ、何か混ざってません?」
 そうですか? とハーレックは首をかしげ、横に居るシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)に訊く。
「先生の言っていた名探偵は混ぜこぜですか?」
「そがいなことはありゃーせん。ええとこどりしただけじゃぁ」
 ウィッカーはけらけらと笑ってそう言った。
「ふん、でも確かにはっきりせにゃぁね。人為的なんか、そんとも天然のありんこの仕業なのかぁね」
「はい先生。言われたとおり村の人にご協力願いました」
「教えた頼み方忘れとらんね?」
「はい。ちゃんと至近距離から睨(ね)めつけて、『一緒に来てください』とお願いしたら一緒に来てくれました。こちらの方です」
 すすす、と連れてこられた村人が女性陣に囲まれ、戸惑っている。
「親分さすがじゃ」
 ぱちぱちとウィッカーが拍手すると、つられて月夜も拍手した。
「じゃあ、訊きましょう」
「はい。訊きます。おじさん、蟻地獄は人が動かしているのですか?」
 ハーレックの問いに、村人は考えるように視線を宙に泳がせる。あっちを見てこっちを見て、空を見て地面を見て……「そういえば」と言った。
「なんじゃ? なんかしら知っちょうか?」
「あの……波羅蜜多実業の生徒らしき人を荒野で見かけましたね」
「「「「え?」」」」
 その場に居た全員の声が重なる。
「波羅蜜多実業の生徒?」
 刀真がハーレックを見た。今はスーツ姿だが、ハーレックは波羅蜜多実業の生徒である。パートナーのウィッカーも同じくであり、もしも同じ学校の生徒なら何か知っているのでは、と言いたそうである。
「期待されているところ申し訳ないのですが、私たちに……というか、波羅蜜多実業には関係はないと思います」
 ハーレックが言い、隣のウィッカーも頷いている。
「パラ実に関係ない?」
「はい。この辺りで波羅蜜多実業の生徒を名乗っているとしたら、波羅蜜多実業の名を騙る蛮族くらいです」
「十分ですよ、ハーレックさん」
「そうですか?」
「そうですよ。前進です。一歩前進」
 蛮族が蟻地獄に関わっているのかもしれない、ということがわかった。それがわかったのなら警戒して進むこともできるし、何より人が関わっているのなら、被害者は生きているかもしれない。
 前進した一歩は、かなり大きな一歩だったようだ。


「俺の推理……もしかして、当たってるかもしれない」
 影野 陽太(かげの・ようた)エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)にそう言った。
「仰ってみてくださいですわ、その推理」
「笑わないでね? 俺、巨大蟻地獄を操る術を手に入れた野盗のような存在が居るのかも、って思ったんだ」
「あら、それはまた突拍子もない考えですわね。どうしてそんな考えが浮かんだのか気になりますけど、いいですわ。続けなさい」
「あの、エリシア。何でそんなに偉そうなの?」
「不満ですの? せっかくわたくしが貴様の話を聞いてあげていると言うのに」
「いいえ、恐悦至極でございます。……はあ」
 エリシアに気付かれないように、と器用にため息を吐き、陽太は推理を続けることにする。
「野盗の目的は、人身売買とかでさ。身ぐるみ剥がしたりされてるんじゃないかなって。だから、荷物とかが一切見つかってない」
「……ふむ。突拍子もない割には、筋が通っていますわね」
「まあ、『被害者は蟻地獄に捕まって何も残らないほどしっかりと食べられてしまいました』っていう結末が嫌で考えた妄想だけどね」
「そうですわね。筋の通った推理ですけど……所詮妄想ですわ」
「そう、妄想なんだよね。……生きててほしいなあ」
 祈るように両手を合わせ、陽太は言うのだった。