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彼氏彼女の作り方 1日目

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彼氏彼女の作り方 1日目

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会話の実践講座/前編

「……それでは、落ち着いた所で会話の実践講座に移りたいと思う」
 試食大会で大惨事をもたらしたものの、なんとか平穏を取り戻すことが出来た。さすがに毒物などを持ち込んだ参加者がいないので、症状が軽く済んだのだと思いたいが、料理の出来ない人たちの発想力は凄まじい物だ。料理をする者ならば決して考えつかない組み合わせに驚くも、それを個性として受け止めつつ他人の趣向も尊重するべきだとして纏め終わったお持て成し講座。続く会話の実践講座では、質問に回答してもらった上で、様々な考え方と模範的な回答をしていこうという講座の予定だ。
「では、日常でよくあるかもしれないことだ。自分が一生懸命に作った物が、美味しく無いと言われたときに何と答えるか。作る機会の少ない者は、作ってくれた物が美味しくなかったときでも構わない」
 誰か答える者はいないか、と全体を眺めていたところテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が勢いよく手を挙げた。
「超まずいぞッ!! ……よし、僕も料理出来ないから、どっちがマシな料理を作れるか今度僕と勝負しろ!」
 喧嘩腰にも聞こえるその言葉とは裏腹に、テディは満面の笑顔。その屈託のない笑顔を見れば一瞬料理を否定されていることも忘れてしまいそうだ。
 その意見を聞いてジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)も手を挙げる。どうやらテディと同じくまずい物はまずいと伝えるべきだという意見で一致したようだ。
「あーんして食べさせてやれば良いだろう。当たり障りなく不味いと言える画期的な方法だと思うのだが」
「なるほどね……真実を告げる以外に、他の意見は?」
 おずおずと手を挙げる笹島 ササジ(ささじま・ささじ)は何かを思い出しているのだろうか、明後日の方向を見ながら涙を流している。
「まずいすら言えなかった僕は、どうすれば良かったんでしょう……」
 深刻な実話があったような彼の話はあとでゆっくり聞いてあげることにして、ひとまず宥めて次の人はと見回し皆川 陽(みなかわ・よう)と目が合った。びくりと肩を振わせたものの、しどろもどろになりながら一生懸命考えていたのだろ答えを口にする。
「えっと、嘘をつくのは苦手だから……作ってくれたことに感謝して、他の話題にもっていくと思います」
 そうだと大きく頷きながら、一色 仁(いっしき・じん)は立ち上がる。見た目だけならばそこそこに良い彼がモテたことがなくて参加すると言うのだから、周りはその回答にある種興味を抱いていた。
「相手が女の子なら文句など言わないとも! 致死量の毒が入っていてもそれが真心なら喜んで死んで見せるぜ!」
「いやいやいや、死んだら終わりだろ!?」
 先ほどからウズウズとしていた鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)は我慢の限界とでも言うかのように、誰よりも素早くツッコミを入れた。元々ボケ属性をスルー出来ない程のツッコミ派な彼にとって、講座を大人しく聴いているのは耐え難いことだったらしく、その瞳はなぜか使命感に燃えているようにも見えた。
 それを鼻で笑うかのように仁は近くに座っていたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)と向き合うように座り、自分の答えがいかに素晴らしいか実践し始めた。
「例えば、失礼な話だが彼女の料理が致死に近い味だったと仮定しよう」
 例え話でもそんな代表に選ばれたくはないものだが、そういう題材の話をしているのでミルディアも文句を言わず、仕方ないと話を合わせてみることにした。振る舞われる料理と、期待に満ちあふれた目……ここからが本番だ。
「ううっ! ……おい、しいっ」
 熱演する仁は椅子に座るミルディアの前に膝をついて転がり込み、苦しみながらも爽やかな表情を浮かべている。これほどの勇気が本当に必要なのかとざわめきが起きる中、ミルディアも少し動揺しながらその芝居に付き合う。
「ほ、本当に美味しい? 良かった、一生懸命頑張ったんだ」
 にこり、と引きつった笑顔。こういう態度をされたら、さすがに気がついてあげられる人が多数だとは思うが、中にはもの凄く鈍感な相手もいるかもしれない。
「そうだ……キミが作ってくれたものなら、何でもうまっ……うまいとも」
 額に汗まで浮かび息も絶え絶えな演技は実に生々しい。今までの経験から培われた物だろうかと見守る中、がっくりと手をつきつつも何かを堪えて彼女に微笑みかけようと見上げる――までは良かった。
「……なんなのよ、その顔」
「え?」
 ミルディアがじと目になるのも無理はない。彼が見上げていたのはミルディアの顔ではなくスカートの中。屈んだ姿勢からは太ももが覗くことが出来、彼のニヤつく目に危機感を覚えてミルディアは後ずさるように深く座り直した。
「――以上だ」
「覗いただけかよ!」
 またも虚雲の華麗なるツッコミが入るが、仁は気にする素振りもなく格好付けて席に座る。心意気はともかくとして、彼の行動が評価されたものではないことは明白であり、その見た目に反する行動から「勿体ない」と声が上がることもあった。
 けれども、被害を被ったミルディアは仁の意見に近いようで溜め息をつきながら賛同の意志を見せる。
「あたしとしては、もったいない病があるから全部美味しく食べようとはするけど……」
 ちらりと大惨事があった調理場を振り返る。何人かは美味しいお菓子で口直しをしているが、一部の生徒は壮絶な味から立ち直れないのか未だに横になっている人も多い。世の中にはそんな料理を作ってしまう人もいることを知ったミルディアは、難しい様ならどうしようかと思案顔だ。
「なんだ、俺と一緒だなんて嬉しいぜ」
「あんなのと一緒にしないでよね!」
 ミルディアを勝手に恥ずかしがり屋な子だとでも解釈したのか仁はまた調子に乗り始めるが、ミルディアは大きく否定する。口げんかはするものの、なんとなく見守れる程度の緊迫感のないそれに、直は苦笑しながらも一通り意見は聞き終わったかと意見を纏めに入る。
「大きくわけると、真実を伝えるか否かに分かれるわけだけれど……それについて意見はあるかな?」
 その問いに大きく手を挙げたミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)は、その風貌から大人な意見が聞けるのではないかと参加者は期待を寄せて答えを待った。
「唐突に明日のお天気の話題あたりを振りますな」
「うん、伝えないということだね? さっきもいたけれど、そういう人はしつこく聞かれたらどう答えるんだろう」
「その都度別の話題を振ります。いずれ『答えたくないんだ』ということがわかってもらえるでしょう」
 微妙な沈黙。生暖かい視線が場内を包む中、アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)は彼の真剣な様子を横目で見つつも非モテ朴念仁ヘタレ回答っぷりには頭を抱えていた。ウケを狙いに行くわけでもなく、それが本当に正しいと思っているのだろう。相手任せのその回答では先が思いやられると溜め息を吐き、その場の空気を元に戻すべく自らが手を挙げる。
「貴方とはまだ味の趣味が合わないようですけれど……これからお互いに理解を深めて行きましょう、と応じます」
「なるほど、趣味とすることで相手を否定しないというわけだね」
 ストレート過ぎる回答にミヒャエルがハラハラとアマーリエを見守っているが、会場の空気はそこまで悪くはない。むしろ、自分が回答したときよりも周りの反応が良い気がするのは何故だろうか。
「これで全員かな? 他にこの質問に答えてみたい人は――」
 ずっと迷っていたのか、ポポガ・バビ(ぽぽが・ばび)が小さく手を挙げリア・ヴェリー(りあ・べりー)はまるで参観日に訪れた親のような視線で応援していた。
「ポポガ、謝る。また、作る。好き、聞く、作る。ポポガ、頑張る」
「えぇと……作った物が気に入られなかったことに対して謝って、相手の好みを聞いた上で頑張って作り直す、でいいのかな?」
「そう」
 なんとか伝わったことに、ポポガよりもリアが安堵の息を吐くと、ポポガは言い切ったことに満足そうな笑みを浮かべている。
「では、話を纏めていこう。作ってもらった物が美味しくなかったとき……これは、もちろん好みの味じゃなかった場合や料理があまりにも下手だった場合とあるはずだ。これについて、1番困るのは誰だと思う?」
「自分以上に作った相手だろうな。だからこそ自分が作ってあげるから良いといってお株を奪わずに、伝えてやる事が大事だと思う」
 わかりきったことを聞くなと言わんばかりにジゼルが意見を言う様子に真実を伝えようとしない派の人たちは驚くばかりだ。なぜ美味しくない物を食べさせられている自分以上に相手が困るのかがわからないのだろう。
「1度褒められれば自信を持ってしまい、他の人にも作ろうとするだろう。そのとき、自分の腕前や特殊な味覚に気付かされれば、二重に恥をかくこととなる。1度目の相手に気を遣わせたということと、2度目の相手に自信満々に出してしまったというね」
「でも、本当のことを言ったら相手を傷つけてしまうんじゃ……」
 ポツリと独り言のように呟いたつもりだった陽は、思いの外それが大きな声で出てしまっていたと言うのを直の視線で気付く。まさか、自分のような庶民がイエニチェリに選ばれるような人に意見をしただなんて、どう取り繕ったらいいのかもわからない。
「す、すみません! あの、ボクが悪かったですごめんなさい許してくださいひー!」
「オマエ! 僕のヨメをイジメるならウルトラスーパーやっつけるぞ!!」
「やめてー! テディ、それだけは絶対にやめてぇええええ!! 退学どころじゃすまなくなるよぉ……」
「つーか誰もつっこむ前に自分たちで話を進めるな! 俺ですらツッコミが入れられんだろ!」
 ギャーギャーと騒ぎが大きくなる一方で虚雲はツッコむタイミングを失ったことを嘆いており、収拾がつく気配はない。ヴィスタは溜め息をついて、ことを大きくした原因であるテディの首もとを左手でひょいと持ち上げた。
「な、何をする! いくらエライ奴でも陽を泣かす奴はな――」
「その陽が困ってるから、大人しくしろ」
 ちらりと下を向けば、不安そうな陽の顔。てっきりイジメられているものかと思ったが、どうやらそうではないらしい。フンッと鼻をならして黙り込んでしまったテディに溜め息を吐きつつ、何とか静まった参加者へ向けて直は咳払いをする。
「彼が言う通り、もちろん本当のことを告げるにしても言い方がある。傷つけないことを最善に考えては本質が伝わらないこともあるし、伝えることだけを考えれば傷つけてしまう。そのバランスは重要だ。その点、テディ君とアマーリエ君、そしてポポガ君の回答は良かったんじゃないかな」
 3人の回答はと言えば、料理の勝負を挑むか好みに歩みよるという物だが、好みに歩み寄るのはともかく勝負をするのが良いというのはどういう考えなのだろう。皆が考え込んでいる中、一人得意げに笑うナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は妖艶な笑みを浮かべて自信満々に答える。
「クックック……つまりだ、相手に不味いと言っておきながら好みを聞き出し、自分が相手好みの料理を作り上げてヘコませるんだよ、どうだ完璧だろう?」
「いや……ヘコませては恋愛に発展するどころか人付き合いとして問題があると思うんだけど」
「どこが間違ってるんだァ? 素敵ね〜ってメロメロになること間違いなしだろ」
 未だにふんぞり返って自信満々な様子にどうした物かと頭を抱える直と違い、ことなくその回答に衝撃を受けている。
「なるほど、そういう手段もあったのか……!」
 かなり特殊な部類だとは思うが、その手段が成功しないとも言い切れない。けれども、今回の指導は恋愛講座と聞いている以上は訂正をしなければならないだろう。
「頼りになる人が好みだと、そう思う人もいるかもしれないね。けれど、劣等感を抱いてしまったら付き合いにくくはないかな?」
 悪人を貫きたいナガンにとって、それは良い子ちゃん過ぎる回答でつまらなかったのだろう。不満げな顔をしたまま足を組み替えて視線を逸らされてしまった。
「これは、僕の主観による物だから最善の答えではないが、真実を伝えた上で一緒に作るというのは良い案だと思うんだ。作ることが大変だということを自分も知るためにも、改善点だけ言うのではなく一緒に作ろうとする心は大事じゃないかな」
「そうだね〜、味に文句つけた上にダメだしまでされたらヘコむの通り越して怒りそうだよね」
「……うっ」
 ミルディアが何気なく呟いた一言に反応するのは如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)。今日は一緒にいないパートナーへ、作ったことに感謝しながらも美味しいと褒め「こうすればもっと美味しい」と改善策を促したら酷く怒られてしまったことを思い出したのだろう。
(ダメだし……そうか、だからあのとき失敗したんだ……)
「中には答える間もなかったくらいにショックを受ける料理が出てきた人もいたみたいだけど、そういうときこそ相手に味見をさせてはどうだろう」
 ササジの方を向くと、今までの回答を忘れないようにメモをとっているらしく、その表情は真剣だった。
「あのときの料理、いや……あの物体は、見るものに威圧感を与える程ドス黒く、臭気は周辺に居る者全ての魂を凍りつかせてました」
 聞くも涙、語るも涙の光景。仁ならば先ほど熱演してくれたように、どんな状況もプラスに変えていくのかもしれないが、普通はそうはいかない。というよりも、きっとその方が嫌われてしまう気もする。
「それを食べたのか? 命がけで食べたのかっ!? 普通食わないだろ!」
「好きな子の初めての手料理ですよ!? 食べないわけにはいかないでしょう!」
 背筋は凍りそうになるメニューの様子に虚雲はツッコむが、ササジは泣きながらもツッコミ返しをする。どんなに酷い料理を食べさせられても再び彼女の手料理が食べられることを願っている様子は、何も答えることの出来なかった自分を悔いているだけで彼女を大切に思っている気持ちはひしひしと伝わってくる。しかし、1口食べて現実世界に戻ってこれたのが30分後という結果では、次のチャンスにこぎ着けることも難しいことだろう。
「じゃあ……次のチャンスは一緒に作ろうと誘ってみてはどうだろう。苦労も知らずに酷い態度をしてしまったと謝ってみるとか」
 なんとか苦肉の策を絞り出した直はササジにアドバイスを行うと脱線しかけていた話を元に戻す。
「出された物に対して感謝は忘れない。だからこそ、こうしたら良いと上から言うのではなく一緒に頑張る気持ちを伝える。それが1番トラブルを回避出来る方法だと思うよ。作ったものに対する言葉も、言われたことに対して怒るんじゃなく相手の言葉を素直に受け止めたいよね」
 そうしてまとめられた「作った物が美味しく無いと言われたとき」の回答方法。そのほとんどが「作ってもらった物が美味しく無かったとき」にまとまってしまったため、直は企画書に走り書きを加える。
(うん、そういうスタイルがあっても面白そうだな)
 今回の件を蒼学生から聞いたときにはどうなることかと思ったが、こうして色んな人の考えを聞くのは面白いし、最終日の企画を考えると楽しみになる。