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引き裂かれる絆

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引き裂かれる絆

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 ハイムの町から人が消えて数日。
 町では、数を増やしたハチたちが我が物顔で跋扈していた。
 不気味な静寂が町を支配している。
 だが、一匹のハチが異変に気付いたことで、その静寂は破られる。
 縄張りへの侵入者を撃退するため、ハチたちは一斉に動き出す。
 戦いが始まろうとしていた。 

第1章 壮絶! ハチ退治!

 石畳を踏みしめ、荒々しく走る音が響いていた。
「っとと、今のは危なかったですね。引きつけすぎましたか」
 ハチの針が腕のすぐ脇を掠め、御凪 真人(みなぎ・まこと)が走る速度を上げる。
 人の頭ほどもある凶悪なハチの群れが、まるで群体のようにひと固まりとなって彼を追う。
 それは真人の狙い通りでもあった。
「本当は室内などに誘い込んだ方が効率が良いのでしょうけど、町を壊すわけにはいきませんからね」
 視界を流れていく建物を横目に、彼は呟く。目に見える範囲に町の人がいないことが、不幸中の幸いではあった。
 ハチの大きさからか、町の建物そのものへの被害は少ない。
 ハチを追い払いさえすれば、すぐに人が住めるようになると思われた。
「無事に終われば、の話ですが」
 コートをひるがえし、町の目抜き通りを駆け抜けて、真人は広場に出る。
 するとすぐに、同じようにハチに追われながら走っている女の子を見つけた。
「真人――!」
 元気な声。真人のパートナー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)である。
「セルファ――」
「さっさと来なさい! ほんっとにトロいんだから!」
 いきなりの言葉に真人が思わずつんのめりそうになる。
 それでも、不思議と足の疲れが消えたように真人は感じた。
 真人とセルファが合流し、ハチもまた大群と化した。
 そこで打ち合わせ通り、セルファが足を止めて真人の前に立つ。
「ハチを抑えるわ。ちゃんとやりなさいよ」
「お願いします。気を付けてくださいね」
「わかってるわ。まったく、私が居なきゃ何もできないのよね。真人は」
 早口で呟くセルファを見て、真人は笑顔で口を開く。
「ええ、ですから勝手に俺の前からいなくなったりしないで下さいね」
「あ、当たり前じゃないッ!」
 セルファが赤くなって言い返す。
 冗談めかしてはいるが、自分を心配しての言葉だと、彼女も十分にわかっていた。
 セルファがハチの群れに立ち向かう。
 羽根の付け根や胴体の隙間をバスタードソードで狙って、セルファはハチを一匹一匹を少ない手数で倒していく。
 しかし、さすがに多勢に無勢。すぐに劣勢に追い込まれてしまう。
 だが、そのわずかな時間が稼げれば十分だった。
「セルファ、下がって――!」
 叫びと同時に放たれた真人のサンダーブラストが、ハチの大群を薙ぎ払う。


「このチャンス……、外さん!」
 空に撃ち込まれた一発の弾丸が、上空のハチの頭を吹き飛ばした。
 久沙凪 ゆう(くさなぎ・ゆう)のシャープシューターによる正確な射撃が、次々とハチを撃ち落としていく。
 しかし、町の空を覆い尽くさんばかりのハチの群れは、仲間が倒されても怯むことはない。
「ゆう、後ろです!」
 彼の背後から回り込んできたハチを、パートナであるカティア・グレイス(かてぃあ・ぐれいす)が迎え撃った。
 勢い良く放たれた爆炎がハチを巻き込み、燃やしていく。
「悪い、カティア」
 短い呟きの間にも、ゆうは冷静な射撃を続けている。
 至近距離まで近付いた敵には、体を入れ替え、彼と背中を合わせたカティアが立ちはだかった。
 息の合ったコンビネーション。縦横無尽に飛び回るハチの群れに対して、ゆうとカティアは出来る限り死角を減らして渡り合っていく。
 やがて、ふたりの周囲には大量のハチの死骸が転がっていた。
 だが、一息つく間もなくこちらに向かってくる多数の黒い影を見つけ、ゆうは軽く顔をしかめる。
「数が多いな。きりがない」
 一匹一匹は弱いとはいえ、働きバチの数の多さは厄介だった。一瞬たりとも気は抜けない。一手間違えただけで命に関わる。
 ゆうが無言でカティアを見つめた。めったに表に出さないのでわかりづらいが、心配している表情。
「大丈夫です。ゆうは、私が守ります」
 そんな彼に対して、カティアは笑顔で言い切ってみせる。ゆうはそっぽを向き、
「……無理はするなよ」
 それだけを口にし、ゆうは迫るハチに向けて引き金を引いた。


 空飛ぶ箒にまたがって、七尾 蒼也(ななお・そうや)はずっと訊きたかった質問をついにペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)にぶつけた。
「ペルディータ……なんだその格好?」
「なにって、ハチよハチ。見ればわかるでしょう」
 ペルディータが言った通り、彼女は羽と触覚をつけ、タイツに縞々ショートパンツという格好だった。
 たしかにハチに見えなくもない。
 おそらく、というかまず間違いなく、ベルディータはハチの仲間になりすまそうとしているのだろう。
 狙いはわかる。わかるのだが、やはりコスプレ。
 全体のサイズやらなにやらが、本物とは違いすぎた。
 そのこと蒼也の表情に出てしまったのか、ペルディータが軽く頬を膨らませる。
「なによその顔。もしかして失敗すると思っている?」
「いや、さすがに無理があるだろ……」
「でもこの羽と触覚、可愛いでしょう?」
「そうかあ?」
「蒼也も着ればいいのに」
「はあ? 誰が着るか!」
「あ、もしかして蒼也、照れてるの?」
 コスプレだけあって普段と違った雰囲気だったり、所々露出が激しかったりするのは、事実である。
「い、いいからさっさと準備するぞ!」
 強引に会話を終わらせ、蒼也は接着剤つきのシートをばさりと広げる。
 上空の蒼也たちの真下、巣にやや近い広場の中央には、大量のジャムを塗った巨大なビニールシートが置いてあった。
「本当にこれで上手くいくの?」
「昔、妹に読んでやった絵本にあったんだ。巨大なジャムサンドで400万匹のハチを一網打尽に――」
「待って。来たわ」
 解説の途中で、ペルディータは空にいくつもの黒い影を発見する。
 蒼也たちに迫ったハチの群れは、一直線にジャムへと向かうものと思われたが、
「……なんか、こっちにも来てるわよ?」
 最終的にジャムに向かったのは少数。
 攻撃性の高いハチの大部分は、動く標的である蒼也たちに襲いかかってきた。
 慌ててシートを投げ捨て、囲まれる前に空飛ぶ箒でハチたちから距離を取る。
「失敗してるじゃない!」
「おっかしいなー」
 ハチに追いかけられながら、首を捻る蒼也。
 当てが外れたが、逃げてばかりもいられない。
 手段はどうあれ、目的はハチを倒すことなのだ。
 蒼也とペルディータが、後ろから来るハチたちに向き直ろうとしたその時、
「はっはあ、ハチの相手は俺にすべて任せろ!」
 通りの中央にジョヴァンニイ・ロード(じょばんにい・ろーど)が仁王立ちしていた。
 ジョヴァンニイの使った火術によって、一匹のハチが燃え尽きる。
「ふははは! この程度かぎええっ!」
 仕留めたのは一匹だけで、ジョヴァンニイは後続のハチに問答無用で刺されてしまう。
 それを的確な火術で追い払ったのは、パートナーのリリィ・マグダレン(りりぃ・まぐだれん)だった。
「あんたは、ホント役立たずね。ほらほら、悔しかったら立ってみなさいよ」
 倒れたジョヴァンニイを、リリィは冷ややかに見下ろし、足でぐりぐり。
「う、うぐ……」
 言い返せないジョヴァンニイを尻目に、リリィがエンシャントワンドを構える。再びハチが襲ってきたのだ。
 だが、襲ってきたハチの群れは、突如出現した酸の霧に突っ込み、その体を溶かしていく。
「手伝うぜ!」
 アシッドミストを放ち終ったのは蒼也だった。その後をペルディータが追って来る。
「あら、あんたカワイイ格好してるわね」
「ふぇ!」
 ハチのコスプレをしているペルディータに目を留め、リリィは自然な手つきでスキンシップを求めた。
 絡み合うふたりが、なんとなく見てはいけない光景に思えて、蒼也が思わず目を逸らす。
 そうこうしているうちに、一行はまたもハチに取り囲まれようとしていた。
 と、それまでずっとリリィに足蹴にされ続けていたジョヴァンニイが立ち上がる。
「まだだ! オレの力はまだこんなもんじゃねえ!」
 言いつつ、またもジョヴァンニイが火術を使う。
 だが、頭に血が上っているせいか、上手く当たらない。
 そして再び滅多刺しにされ、倒れてしまう。
「放っといていいのか?」
「ったく、しょうがないわね」
 蒼也に言われ、渋々、といった感じでリリィがジョヴァンニィの援護を始める。
「俺たちも!」
「ええ!」
 蒼也とペルディータもそれに加わる。
 所属する学校こそ違うが、皆それなりに経験を積んだ者たちだ。
 即席とは思えないほどの勢いで、彼らは取り囲むハチたちを倒していった。
「リリィ……漢前だ……」
 倒れたままの状態で、ジョヴァンニイが呟く。
 彼が意識を保っていられたのはそこまでだった。
 この後、大量の毒針に刺されたジョヴァンニイは、事件が終わるまで生死の境を彷徨うはめになる。


 ルゥ・ヴェルニア(るぅ・う゛ぇるにあ)は襲ってきたハチを一刀の元に斬り伏せ、
「ユウ、ルゥはハチがこわいです」
 ユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)の腕にしがみついた。そんな彼女の手を、ユウが握り返す。
「わかりました。それでは私が前に出ましょう」
「ユウ……」
「心配は要りません。ルゥたちに怪我はさせませんよ」
 安心させるように微笑むユウに、ルゥが目を合わせる。そしてふたりは見詰め合う。
 そんな彼らの雰囲気をぶち壊すかのごとく、焦げ臭い匂いと共に黒い煙が漂ってきた。
「ごっめ〜ん。火の勢いが強かったね」
「すまない」
 町の広場で、集めてきた枯れ草や木の枝を燃やしているのは柳生 三厳(やぎゅう・みつよし)ルミナ・ヴァルキリー(るみな・う゛ぁるきりー)だ。
 三厳の発案で、ハチを弱らせるために煙を炊いている。
 ユウのパートナー3人は、お互いを牽制するように目を合わせる。が、決してハチへの警戒は緩めない。
 煙に包まれたハチはわずかに動きが鈍り、混乱したような動きを見せた。
 退治とまでは行かずとも、効果はそこそこといったところだろう。
「三厳、ルゥを頼みます!」
「任せるんだよ!」
「ふふ、やっぱり三厳は頼りになりますね」
 真面目な顔で言われ、三厳が赤くなる。
 ごまかすように振り切った木刀がハチを叩き落し、背中合わせに立ったルウの仕込み竹箒が銀光を描いた。
「我が剣はどのような過酷な試練をも切り裂いてみせよう」
 ハチたちの混乱を突き、ルミナがバーストダッシュによって宙を駆ける。
 彼女の持つカルスノウトが次々とハチを両断していく。
 しかし、いくらハチの動きが鈍っているからといって、さすがに強引過ぎた。
 前後左右からの毒針が、ルミナを襲う。
 何本かは回避しきれず、刺された箇所からルミナの体に痺れが走った。
 膝を突きかけ、ルミナが追い込まれるが、そこからハチの追撃はなかった。
「ルミナ、後ろは任せてください」
 いつの間にか、彼女のすぐそばにはランスを構えたユウがいる。
 ルミナの強引な突撃にも、彼は離れずについてきていたのだ。
 それは、彼らの戦いにおいてはいつものこと。
 だからこそ、そのことがルミナを安心させると共に、立ち上がる力をくれる。
 誰にもわからないくらいに薄く微笑み、ルミナは剣を構え直して、走り出した。
 もちろんユウもそれに続く。


「ブンブン煩い!」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が、光条兵器の黒い刀身の片刃剣で手当たり次第に近付くハチを斬っていく。
「……」
 そのすぐ隣では、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が無言で撃ったアーミーショットガンによって、ハチの体を粉砕していた。
 それで彼らの周囲にいるハチは全滅するが、すぐに次のハチたちがやってくることは容易に予測できた。
 先ほどから何度も、同じことをを繰り返しているだからだ。
「まったく、斬っても斬ってもきりがありません」
「刀真、火が消えそう」
「え?」
 刀真と月夜もまた、煙によってハチを弱体化させる作戦を取っていた。
 彼らの周囲にはいくつもの焚き火の跡。だが、長時間戦いを繰り返していたせいで、その火かもう消えかけている。
 最初に集めた薪の類は、もう手元にはなかった。
「参りましたね……こんなことなら月夜の買った本を持ってくるべきでした」
「と、刀真?」
 刀真の言葉に、月夜が焦った声を出す。
「冗談です。さすがに本を燃やすのは忍びない」
「そ、そうだよね」
「古本屋に売った方が、いくらか食費の足しになります」
「ひ、ひどい!」
 裏切られたショックで、呆然とする月夜。
 そんな彼女に構わず、刀真は周囲を警戒する。
 聞こえてくるのは、もう聞き飽きた耳障りな羽音だ。
「まあ、その話は後です。帰ったらじっくりとしましょう」
「……しないとダメ?」
「ダメです。いいかげん食費を使い込んで本を買う癖をなんとかしてください」
「……いじわる」
 しゅんとなる月夜に、刀真はため息をついて、
「とりあえず、今は目の前のことを片付けましょう。一旦退きます。無理をしては元も子もありませんからね」
「わかった」
 ハチに完全に取り囲まれる前に、ふたりは踵を返して走り出す。
「邪魔」
 前方のハチを月夜がスプレーショットで一掃し、刀真が後方に向けて爆炎波を放つ。
 その隙にふたりは路地裏へと入り込んだ。入り組んだ路地を駆け、先に目星をつけていた休憩所を目指す。
 体勢を立て直す程度の時間は必要だろう。
「さて、誰かが女王バチを倒すまで、上手く引き付けられるといいのですが」
 走りながら呟き、刀真は空を見上げる。
 路地裏から見えるのは、建物に挟まれた狭い空。
 その狭い空を、不吉さを感じさせるい黒い影が、いくつも横切って行った。