イルミンスール魔法学校

リアクション

chapter.10　対決と解決　


　激しい戦いを繰り広げるメニエスとナガンを、光学迷彩で姿を消しながら見ていた生徒がいた。シヴァ船突入グループのひとり、玲奈だ。
　きっとこの先にあの校長がいると思うんだけど……すんなり通れそうにはないなぁ。上手く部屋に入れたとして、たぶんいっぱい敵もいそう……。
　声を出せないので、心の中で玲奈は語った。
　そろそろだと思うんだけど……。
　玲奈の思いに答えるかのように、飛空艇の中に爆発音が鳴り響いた。
「！？　メニエス様、これは……」
「あたし今それどこじゃないの。ちょっと確かめてきて」
　交戦中のメニエスに指示され、音のする方へ確認に出向くミストラルとロザリアス。その隙を突いて、玲奈は通路を抜けようとする。が、姿を消していて見えないはずの玲奈に、メニエスがアシッドミストを放つ。
「わあっ！」
　玲奈は慌てて飛び退き、ギリギリで回避する。
「光学迷彩は気配までは消せないのよ。あたしがディテクトエビルを使えたのが運の尽きね」
「うー、これでも喰らえっ！」
　雷術を放つ玲奈だったが、メニエスはそれを容易くかわす。
「あら、同じイルミンスール生じゃない。なんでうちの生徒がアレを助けようなんて……」
「学校は違くても、校長先生がさらわれたって知って黙って見過ごせないよっ！」
「ふうん、立派ね。じゃあ死んで」
　再びアシッドミストを使おうとするメニエス。しかしそれを横からナガンが止める。
「俺の相手もしろよぉ？」
「……ああっ、もう、全員鬱陶しいっ！」
　メニエスは魔力を集中させ、ファイアストームを唱えた。
「おおー、危ないな、こっちも負けてらんないぞー」
　梓が負けじとサンダーブラストで対抗する。いくつもの魔法が折り重なり、それはやがて歪な音を生んだ。
　ピキ、と。通路の壁にひびが入る。次の瞬間壁が砕け、強烈な突風が全員を襲った。
「わあっ！！？」
　次の瞬間メニエスとナガン、梓、玲奈の4人は風に吸い込まれ、空へと放り出された。

　先ほど聞こえた爆発音の正体を確かめるため、ミストラルとロザリアスは通路を走っていた。発信源に辿り着いたふたりが出会ったのは、玲奈のパートナーであるジャックだった。彼はあらかじめ玲奈と連絡を取り、タイミングを計って少し離れた地点で破壊工作を行い、こちらに注意をひきつける役目を負っていたのだった。
「狼風情が……やってくれますね」
　戦闘態勢に入るミストラルたちを見て、ジャックもアサルトカービンを構える。
「狼と吸血鬼……どっちが強いか、試してみるか？」
威勢良く戦いに臨んだものの、2対1ではやはり不利になってしまう。次第に傷が増えていくジャック。
　そこに、一機のコンバインが現れた。
「……！？」
　突然コンバインが現れ、驚きを隠せないミストラルとロザリアス。コンバインはやがて変形を解き、老人へと姿を変えた。そう、ヨサークのパートナー、アグリである。そしてその後ろから颯爽と登場したのは、ヨサークだった。
「最近の女は、動物もいじめんのか。とことん腐った生き物だな、あぁ！？」
　ヨサークが鉈を振るうと、受けきれず衝撃で倒れこむふたり。
「大丈夫か？」
「ああ……助かった。相方からの連絡によると、司令室はあっちらしい。オレはちょっと疲れちまったから、休ませてもらうぜ」
　心臓部の場所だけ伝え、その場に座り込むジャック。
「へっ、船が沈まねえうちに脱出しろよ？」
　ヨサークは教えられた方向に向かい、走り出した。

◇

　風穴が開いた通路を抜け、司令室へと入るヨサーク。少し遅れて、陽太も追ってきた。
　船員のほとんどは落とされたか倒されたかで、船のあちこちには破損が見られる。シヴァ空賊団は最早、壊滅寸前であった。
「くっ……間に合いませんでしたか……」
　扉を開きヨサークが入ってきたのを確認し、シヴァが悔しそうに言葉を漏らす。そんなシヴァに、ヨサークが話しかける。
「よぉ、久しぶりだなあ、シヴァ」
「……まさかこのような状況で会うとは思いませんでしたよ、ヨサークさん。いえ……」
　シヴァは昔を思い出すかのように、間を置いて呼び方を変えた。
「ヨサーク頭領」
　陽太はシヴァのその言葉で、ふたりが旧知の間柄だったと知る。蜜楽酒家でヨサークが言っていた、「俺以外にシヴァの行動圏を知ってるやつはいねえ」という言葉の根拠は、そこにあったようだ。
「おめえが俺の船を降りてからもう長いこと経ったなあ。しばらく見ねえうちに随分でっけえ船持ったじゃねえか」
「それも、あなた方に壊されましたがね」
　ふたりが会話をしている中、あちこちから警告音が鳴り渡る。
「なんで、あの時降りたんだ？　そして、どこでおめえはそんな風に変わった？」
「変わってませんよ、私は。あなたの下にいた時からこうでした」
「いや、あの頃のおめえは……！」
「ヨサーク頭領、昔話はもういいでしょう。ほら、後ろで生徒さんが待ってますよ？」
　もちろんシヴァのそれは嫌味でしかなかった。ヨサークは少しの間目を閉じると、かっと目を見開き、鉈を構えた。
「シヴァ、伸びた草は刈り取らなきゃいけねえ」
「……あの用心棒さえいえば、違う結末になったものを……」
　そのシヴァの呟きは誰に届くこともなく、ヨサークの鉈が発した鈍い音が室内に響いた。

　シヴァが倒れ、司令室に立っているのはヨサークとアグリ、そして陽太だけとなった。陽太が隣室へ続く扉を見つける。
「きっとあそこに会長が……！」
　一目散に走り出そうとする陽太。それを、後ろからヨサークが止めた。
「動くな」
「……えっ？」
　顔の近くに鉈を向けられたことで、陽太の動きは止まった。
「悪いな、計画を潰されるわけにはいかねえんだ」
　ヨサークの計画、それは言うまでもなく、人質の横取りだった。
「聞けば、いい金づるみたいじゃねえか」
　隣室の扉へ向かおうとするヨサーク。そこに、数人の生徒が駆け寄り、彼を立ち止まらせた。菅野　葉月（すがの・はづき）と橘　恭司（たちばな・きょうじ）、シルバ・フォード（しるば・ふぉーど）らだ。
「こんなことだろうと思ってましたよ」
　葉月の言葉に、恭司が続く。
「蒼空の生徒として、その計画を黙って見ているわけにはいきません」
「ここまでは味方だったけど、こっからは敵だな！」
　シルバが大声で口にすると、3人はそれぞれヨサークに対し戦う姿勢を取る。
「予想してねえわけじゃなかったが、やっぱすんなり進ませてはくれねえか」
　鉈を構え直すヨサークの後ろからこの緊張感に不釣り合いな声が響く。
「あーっ、葉月に手出そうとしてる！！　そんなの許さないから！！」
　ミーナ・コーミア（みーな・こーみあ）が今にも飛びかかろうとするのを、隣で雨宮　夏希（あまみや・なつき）がなだめる。
「ま、まあまあ……出来るだけ、話し合いで解決しましょう？」
　ヨサークは5人をざっと見渡すと、隣室への扉の前に立ち塞がっている3人の男の方へ歩み寄る。
「おめえら運が良いな。もしおめえらが女だったら、とっくに耕されてるところだぞ」
　おそらく、彼なりの最後の配慮なのだろう。死にたくなかったらそこをどけ、といったところだろうか。
「そう簡単には、やられませんよ」
　恭司がライトブレードで攻撃したのをきっかけに、葉月、シルバらも一斉にヨサークへと仕掛けた。それに圧倒されるほど彼は弱くはなかったが、一蹴して突っ切れるほど彼らもまた弱くはなかった。
　鉈とそれぞれの武器を数度切り結んでいるうちに、次第に司令室に他の生徒たちも集まってきた。
「……ちっ」
「なんとか、間に合ったようですね」
　恭司が生徒たちを見て、自分たちの役目は果たしたと安堵する。
「時間稼ぎが出来れば、それで充分でしたからね」
　葉月も大きく息を吐き、戦いの終わりを悟る。シルバは、パートナーの夏希に「どうだ！」という様子で腕をグッと上げていた。
　計画の中止を余儀なくされたヨサークの脇を生徒たちが走り抜け、隣室へと押し寄せる。そこには、捕らわれていた環菜が縄で縛られたまま軟禁されていた。それを見て興奮する者、一刻も早く縄を解こうとする者様々だったが、そんな生徒たちを掻き分けて環菜の前に現れたのは、路々奈だった。
「校長！　まだこの場所は安全が確保されてないから危険よ！　あたし、安全な場所を知ってる！」
　そう言うと路々奈は部屋から半ば強引に環菜を連れ出し、司令室を足早に抜け、司令室前通路へと出た。そこは、メニエスやナガンらが壊して吹き抜け状態になった場所だった。
「え、ちょっと、何してるの、離しなさい」
「大丈夫よ校長！　落下したものを回収する方たちとかが下にいるのよね？　ここよりは太平洋の方が安全なはずよ！　さっき積み荷もこの要領でやったから、きっと大丈夫！」
　無茶苦茶な理論で環菜を落とそうとする路々奈。当然環菜は必死で抵抗した。
「ちょっと、ふざけないで、安全なわけないでしょ、どれだけ地上から離れてると思ってるのよ」
　落とそうとする路々奈と踏ん張る環菜は次第に揉みくちゃになった。運悪く立ち位置が変わってしまったこともあり、路々奈は押し合いへし合いのはずみで自分が空から落ちてしまった。
「あっ、そんなっ！　落ちるっ！　落ちるっっ！！」
　路々奈の声はやがて聞こえなくなった。
　生徒たちが騒いでいるのを見て、「この喧騒の中なら再度計画を実行出来るかもしれない」と思ったヨサークは、再び校長を連れ出そうとこっそり生徒たちの輪に混ざった。と、そんな彼のところに生徒たちの会話が聞こえた。
「環菜校長！　無事で良かったです！」
「カンナ様、ひどい目に遭っていませんでしたか？」
「環菜さん、心配しました！」
　ヨサークは方々から聞こえてくる声に、首を傾げた。
「かん……な？」
　多くの声が向けられている方に視線を投げる。そこにいたのは、どこからどう見ても、女性だった。
「蒼空の金持ち校長って……女かよ！？」
　それは生徒たちにとってはごく当たり前の情報だったが、ヨサークにとっては天地を揺るがすような新事実であった。何せ彼は、今の今まで「環菜」というワードを耳にしていなかったのだ。もっと早い段階でそれを聞いていれば、それが女性の名前であることは容易に想像出来ただろう。この時点で、彼の横取り計画は完全に失敗していた。
「金持ち校長ってのと仲良くなって空賊団に引き込めたら、俺らの懐も温まると思ったのによぉ」
　あまりのショックに、ヨサークは持っていた鉈を振り回した。
「女なんて味方に引き入れられるかこの野郎！　死ね！　女で金持ちって何だこらぁ！　二度死ね！！」
　急に暴れだしたヨサークに、生徒たちは慌てて環菜を連れて避難を始めた。そこに、司令室から陽太が出てくる。
「あのー、破壊工作で爆弾を設置しちゃいました。もうすぐ爆発すると思います」
「えーっ！！？」
　陽太のそんな言葉で、より全力で逃げ出す生徒たち。一生徒の破壊工作程度で大型飛空艇を爆破させることは本来なら不可能なはずだが、おそらくそれ以前にも船内のあちこちで爆発が起きたり、壁が破壊されたりしていたためだろう。船内は既に傾きかけていた。

　生徒がたち脱出を終えた頃、ヨサークはまだシヴァの飛空艇に残っていた。崩れていく司令室に、小型飛空艇を一機置くヨサーク。
「こんなのでも、一度一緒に畑を耕したヤツだ。おい、これここに置いてくぞ。後は好きにしろ」
　それだけを言い残し、ヨサークは自分の船へと戻っていった。
「う……」
　虚ろな目で腹部を押さえているシヴァは、ずずず、と体を引きずらせながら小型飛空艇に手をかける。
　やがて、シヴァの空賊船は雲海へと沈んでいった。