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第三回ジェイダス杯

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第三回ジェイダス杯

リアクション

「教導団ってのは無駄に体力だけはあるからな。一番遠くの果物は私が行くよ」
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は、今大会随一の体育値79を活かした俊足で絡み合う枝の上を激走していた。
 くじ引きの結果、葡萄と栗を採ってくることになったイリーナは、同じく葡萄と栗が当たったイルミンスールの緋桜 ケイ(ひおう・けい)に協力を持ちかけられたのだ。
 イリーナとそのパートナーであるトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)は葡萄を、ケイとそのパートナーである悠久ノ カナタ(とわの・かなた)シス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)鬼一 法眼(きいち・ほうげん)が栗を。それぞれ2つずつ採ってきてゴール直前で交換しようという作戦だ。これならば全員一緒に一カ所ずつ回っていくよりもずっと効率が良い。
 ただひとつ心配があるとすれば。
 イリーナが体育値79であるのに対して、パートナーのトゥルペは26、エレーナは24と、平均値をやや下回る。
 とりあえず「急ぐことより確実にな」とは言い聞かせてあるが。
 いち早く目的地に到着したイリーナは、チラリと仲間がいる方に視線を向けた。すると木々の隙間から、晴れ渡ったイルミンスールの秋空に赤い花びらが飛び散っているのが見えた。
「トゥルペ?!」
 トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)は赤いチューリップのゆる族である。
 嫌な予感がしたイリーナは、急いで葡萄を回収してトゥルペの元へ向かおうと、枝に手を伸ばす。
 すると、ベタリ…と掌に何かが張り付く感じがした。それでも気にせず強引に引きはがそうとするが、手が枝から離れない。
「…何?!」
 イリーナは佐野 亮司(さの・りょうじ)が仕掛けたトリモチトラップに引っかかったのだ。



 イリーナの注意力を落ちる原因ともなったトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)が吹っ飛ばされたのは、実行委員が仕掛けた罠ではなかった。
「おい、今。なんかがオレにぶつかってきたぞ」
 何もないはずの空間が突然歪み、姿を現したのは、右目に眼帯を付けた黒猫のゆる族独眼猫 マサムネ(どくがんねこ・まさむね)だった。
 キョロキョロと辺りを見渡すマサムネに、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が問いかける。こちらは光学迷彩を使用したままで姿は見えない。
「それってマサムネさんが跳ね飛ばしちゃったってことですよね?」
「…たぶんな。まぁ、オレの毛皮はフカフカだし、ケガはしてねぇと思うが」
「マサムネさんの毛皮、気持ち良いですものね」
 ナナはマサムネのやわらかくて艶やかな黒い毛皮に顔を埋めるのが好きだった。ムギュッと抱きつくと、それだけで幸せな気分になれる。
 マサムネにぶつかった相手も気持ち「良かったかしら?」と、故意にではないにしろ、事実上ひき逃げ犯の片割れであるナナは些か…否、激しくずれたことを考えていた。



 その頃、ジェイダス杯初参加であるポポガ・バビ(ぽぽが・ばび)は一生懸命に自転車を漕いでいるところだった。
 栗のイガから手を守るためだろう。プリンのアップリケが施された軍手を付けたポポガは、大きな体に不似合いの補助輪付きのママチャリにまたがっての参戦だった。
 自転車の側面には明智 珠輝(あけち・たまき)が描いたゾウやキリン、ウサギなどといったイラストが踊っており、ママチャリというよりも巨大な子供用自転車である。通常の大人ならば乗るのも恥ずかしい代物だが、身体は大人でも、心は純粋な子供であるポポガにとっては、可愛らしい自転車が嬉しくてたまらない。
 その上、レース終了後は、きっと珠輝達がたくさんの栗料理やお菓子を作ってくれることだろう。栗きんとんに栗ご飯、モンブラン…それからそれから。
 胸を躍らせながら、目的地に到着したポポガは、一見、少女に見える少年緋桜 ケイ(ひおう・けい)が栗の枝を見上げていることに気がついた。
 きっと栗に手が届かなくて困っているのだろう。
 ベルの代わりに付けてもらった赤いラッパを鳴らし、ポポガは巨体からは想像もつかないような軽やかな身のこなしで自転車から降りた。
 それからケイの前にしゃがみ込み目線を合わせる。
「お前、小さい。ポポガ、手伝う」
「…大丈夫だ」
 このときケイの返事がぶっきらぼうになってしまったのも、しょうがないだろう。
 ポポガに悪気がないのは分かっていたが、ケイは自分が小さな女の子のように扱われた気分である。
 片手をあげてポポガを制すると、ケイはすかさず懐から「小人の小鞄」を取り出した。鞄の中にいた小人に、これまた小さなミニチュアサイズの箒を渡す。
「これに乗って、あそこにある栗を採ってきてくれ」
 小人に渡した箒は、ケイが所有する空飛ぶ箒の毛先を短く切って作ったものだ。魔法使いのケイならではの作戦である。
 小人は箒にまたがるとすぐさま指定された栗の所まで飛んでいく。
「小人…可愛い。ポポガも一緒」
 ポポガは目を輝かせると、小人を追いかけて走っていく。 
 御凪 真人(みなぎ・まこと)の仕掛けた罠が発動したのは、小人がその小さな手を伸ばして栗のイガをつかんだそのとき、だった。
 栗の木に括り付けられたピアノ線が引っ張られ、上につるしてあったバケツから大量の油がこぼれ落ちて来たのだ。
「うわッ、危なかった…」
 少し離れている場所から、小人が栗を採るのを見ていたケイは、ホッと胸を撫で下ろす。もしも自分で採りに行っていたら、間違いなく頭から油を被っていたことだろう。
「…べとべと…気持ち悪い…」
 しかし、小人のすぐ近くにいたポポガが全身油まみれになっていた。テカテカと光る油で発達した筋肉がさらに強調されたポポガはさながら、行き過ぎたボディビルダーのようでもある。
 同情の念は隠せないが、今はレースの真っ直中。共に戦っている仲間のためにも、今は急いで合流地点に戻らなくてはならない。
「悪い、自分で何とかしてくれ!」
 ケイはそう言い捨てると、踵を返した。
 ちなみにケイが手にした栗はハズレだった。