蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

黒羊郷探訪(第3回/全3回)

リアクション公開中!

黒羊郷探訪(第3回/全3回)

リアクション


第3章 黒羊郷

「到着するまでの間、暇だから川の上での戦い方ってのを教えてくれよ。コツあんの?」
 すっかり湖賊の身なりの、橘 カオル(たちばな・かおる)。でも、木刀はきちんと差してある。
「川の上での戦いねぇ」
 湖賊頭、シェルダメルダ
「たとえば、あそこに見える砦と船団に囲まれたらどうすんの?」
 まだ幾分先だが、黒羊郷に至るまでに立ちふさがる、巨大な水上砦、それに幾艘もの軍船の姿が、見えてきている。
「なす術なしだろうね」
「……」
 近くでは、月夜が鯉オットーをぺたぺた触っている。「……可愛い?」「お、おう?」オットーはほの赤くなった。
 水上砦。川上の方から、緩やかにしかし冷えた風が吹きつけてくる。
「まぁ、少なくとも今はね……。まあこの先々、もしことになれば、水の上での戦い方ってものを見せてやるよ。ただ、どう考えても設備ではあちらが上だね。あれは、金をかけているだろうねぇ。だけど、こちらも伊達に何百年と湖賊やってきたわけじゃない。湖賊の戦い方ってものを……それまでは手の内は見せないさ」
「頭は、何百年も生きてんのか? もしかして魔女、いてっ」
「あたいは人間だよ。湖賊の歴史のことを言ってんだ。それより……」
「おーいカオル!」
 湖賊の戦闘員がばたばたと動き出した。
 船に、三メートルはあろうか巨大なモクズ蟹の群れがよじ登ってきた。
「げっ」
「船員は船員らしく、あの手の水棲モンスターを倒してりゃいいよ。とりあえず今はね」
「川の上での戦い……まぁ、そうだよな」
 橘は木刀を抜いて、湖賊の男らに加勢に向かった。



3-01 水軍のために

 時は遡る。
「私はシャンバラ教導団のローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)。建国後の初代シャンバラ王国海軍作戦部長を目指すただの水兵崩れよ」
「ほう。教導団の……それで、いかなる用件で、水兵の可愛きお嬢さん」
 執事服、長身の壮年男が出迎えた。
「あんたたちのお頭に会わせて頂けない?」
「残念だな……シェルダメルダ様なら、つい先ほど出立なされた。黒羊郷へ向かう船が出たところだ」
「えっ。そんな」
 ローザマリアは思わず走った。
「あっ、こらどこへ行く」
 砦の窓から見ると、船が、川の上流の方へと遠ざかっていくところだった。
「水兵のお嬢さん。よほど会いたかったようだな?」
「そうよ、だって……」これが私の夢の第一歩となるかも知れないのだから。
 肩を落とすローザマリア。
「片道で三日、四日かかるであろうし、重要な会に出席する。向こうに滞在するなら当分、帰ってこぬかも知れぬな」
 尚、がっくり肩を落とすローザマリア。
「ふはは。だがまあそう肩を落としっぱなしでいる必要もない。
 このわたくし、テバルク弟。この湖賊砦の副官だ。お前の話を聞いておいてやることはできるぞ」
 ローザマリアは顔を上げた。
「そうなのね」
「うむ。ここでは何だ。あちらに客間がある、そこへ場所を移そう」
 川辺を見渡せる回廊を歩いて、砦の奥へ進んでいく。
 屈強な湖賊の男たちが、ローザマリアをじろじろと見てくる。
「(何よ。こいつら……)」
「まあ、気にするでない。無理もないかも知れん」
 軍服からのぞけている、おっぱいのあたりをちらちらと見てくる。
「……」
 もし何かちょっかいでもかけてくるようだったら……川面の岩陰に隠れているのは、シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)。水兵ローザマリアのパートナーに相応しい鯱の獣人だ。万一危険がおよぶようなら、飛び出し、いつでも脱出を図れるように待機している。
「ああ、そうだ。忘れていたわ」歩きながら、前を行くテバルク弟に、「南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)という者が保護されてはいない? もしここにいるなら、私が光一郎の保護者として接見させて貰いたいのだけど」
「南臣? 光一郎? ……はて。お頭が連れていったのは、教導団の遠征に付いてきたとかいう傭兵の者がいたが。そういう名は聞いておらぬな。
 保護者? 光一郎くんはお前の子どもか何かか?」
「はっ? ち、違う……っ」そうか。同僚の光一郎が先に湖賊とコンタクトを取っている筈なのだが、もしかしたらまだ着いていないのか? と彼女は思ったが、光一郎が今頃湖賊の船に特攻仕掛けているとは思いも寄らぬことであった。
「さて」
 奥の一室は水面に突き出した離れで、下の方に泳ぐ魚の黒い影が行き来しているのが見える。なかなかの風流だ。水棲モンスターもうようよしているが。
「水兵お嬢さんのお悩みをお聞きするとしようか」
「教導団に入ったはいいけれど、原隊(地上にいた頃)は海軍だったから、陸軍系の教導団には、なかなか居場所を見出せなくてね」
「ふむ、ふむ」
「って悩み相談じゃないっ」
 ローザマリアは、副官テバルク弟に、教導団員としての、今後湖賊と協力していくことの利を真面目に説き始めた。
 同僚・光一郎が語っていた「教導団につくことで水運仕切れる、手始めに再開発の利権でウハウハ」(前回参照)という提案を、彼から、彼女も聞いていた。光一郎のウハウハ案に毒されている?部分もあるのか、南部勢力の連中等から法外な船賃を取るという意見もあったが、しかし湖賊としてそうもできんだろうというテバルク弟との話し合いの中、高額な徴収が続けば、却って投資を呼び込めず、開発に支障を来す可能性も考えられる、とローザマリアは考え、最終的に、徴収料はバンダロハム一帯の安定と共に引き下げ、インフレ整備に伴い、水運や観光といった他事業参加等の収入による比率を相対的に増していく……というふうに至った。これが今のところのローザマリア案である。
 そのためには、義勇兵として自らが湖賊に協力できることは惜しまないとも彼女は言った。
 無論そこには先ほどの言のように彼女自身の居場所を探したい……という思いも含まれていたが、その切実さがあってこそ、誰よりも真摯にことに取り組めたと言える。



3-02 黒羊郷(1)

「さて、間もなく水上砦に着くか。着がえておこうかね」
 シェルダメルダが私室へ戻ると、そこには、
「俺様たちは考えた」
 こたつにみかんでくつろぐ、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)の姿が。
「……何してる。いつ、牢屋を抜け出した」
「船? 砦? 商売敵なんだろ、」南臣は、みかんを手に立ち上がった。「全部焼いちまえ。都合よく一箇所に集結してるし、今なら全部教導団のせいにできる。この情勢に乗れよ!」
 オットーの方は依然、こたつに入ってみかんを剥いている。
「ええい、いいからあんたらはどきな!」
「永遠の美貌を得た代わりに腐る呪いにかかりましたか?」ずいっと、こたつから出てくるオットー。「進行を防ぐには定期的に黒羊郷で面倒を見ませんと。その代わりたっぷり上納な」
「あのねぇ。……あたいの腕が動かないのは、ただ昔受けた傷のせいだと言っておくよ。
 それを勢いも気概も衰えた今の湖賊にたとえただけさ。まぁ、あたいら湖賊にふりかかっているものを呪いとたとえるなら、それは何だと思う?」
 オットーはシュン、と小さくなり、しかしまたすぐにでかくなった。目を見開き、
「我が夫となるものはさらにおぞましいものを見るだろう」
「な……今度はなんだね……」
「前回リアクションから吾輩(それがし)たちの登場シーン以外はノイズとして除去。漢字を開き、適当な文字を拾いアナグラムするとこの一文がっ」
「出てきたっていうのかい。あんたら今度は、船底じゃなくて、船の下に沈みたいようだね」
「呪い恐るべし。
 しかしおっぱいは無事か。ならば子を産み育てることができる。悲観するでない」
 オットーは湖賊頭のおっぱいを揉んだ。
 オットーは、川底に沈められた。
「なんべんでも這い上がってくるぞ!」
 南臣も、オットーと一緒にぐるぐる巻きにされ沈められた。
「はぁ……えらいのを拾ったね……」
 シェルダメルダが私室に戻ると、南臣とオットーがこたつでみかんを。「……」
「シェルダメルダのねーちゃん」
「……なんだい」
「俺様をそこの砦で下ろしてくれないか」
「望むところだね。……ほう? もうあきらめたのか。なわけないね」
「あんたらが逃げてくるときのため、手を打っといてやんよ」
「ふふ。面白い子だね。いいだろう」



 船は、黒羊郷に到着した。
 黒羊郷はその南側一帯を、巨大な湖で囲まれており、それは黒羊郷を城とたとえれば外敵を防ぐ外堀の役割を果たすものでもあった。陸からでは、(山から裏手に回らなければ、)黒羊郷に攻め込むことは容易にできないだろう。狭まった陸路には、幾つもの関所が控えている。黒羊郷に至るまでには、ドストーワ、ブトレバ、ハヴジァ、グレタナシァといった列強国が立ちふさがる。
 船を下りると、情報収集や状況把握のため、橘 カオル(たちばな・かおる)マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)、それに漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)玉藻 前(たまもの・まえ)は街を見て歩くことにした。
 ただ、何かあったときのため、あまり離れないよう、湖の港(と呼ばれる)の付近を中心に見て回る。

 橘と、少し離れて歩くマリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)
 カオル的に教導団のあたしといたら迷惑っぽいし、ということでこれも作戦のうちってこと、だったのだけど。ただ、皆には内緒で、カオルとはメールで定期的に連絡を取り合い状況確認をし合う。が、
「それにしてもあの子……」
 離れて歩くマリーアの前方で、橘と腕を組んで歩く、玉藻。
 それにちょっと汗った様子で、きょろきょろと辺りを見回すようなふりをしながら、カオル。
「どうした橘カオル? 我とこのように歩きたいという男はごまんといるのだがな、パートナーの方がよかったか?」
「い、いや、そうじゃなくて、えっと……」む、胸が。右腕にしっかりとぴったりと玉藻の胸の感触が。「えっと、……えへへ。あ(マリーアからメールが来た。何かあったのか? ん、……なに、そんなにその子のことがいいなら、……)……………………」
 玉藻は少し拗ねた様子で、「刀真は右腕を月夜にしか預けないからな……ふん」
 月夜はそんな玉藻を見て「玉ちゃんヤキモチ?」「月夜うるさい」「あうっ」ぺしっと叩かれてしまった。

 一方その樹月 刀真(きづき・とうま)はというと、黒羊郷でもシェルダメルダの護衛として付き従うことを申し出た。
 湖賊の船員などほとんどは、船や港に滞在するが、会議に出席する者など主要な者は、この先の黒羊の要塞に案内される。そこに、刀真も行くことになる。
 刀真は……黒羊郷による各勢力代表者への脅迫まがいの招集理由。これは、南部勢力に、自分たちの軍門に降れというようなことを言うためでないか? と読んでいる。シェルダメルダにしても、「だろうね。だが、こちらも弱気な態度を見せるわけにはいかない」
 こちらの態度は決然と示しておかなければ、というふうに頭は言った。
 しかし、このシェルダメルダの読みは、甘かった。