蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-1/3

リアクション公開中!

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-1/3

リアクション


chapter.7 6日目・新生ヨサーク空賊団と元ヨサーク空賊団 


 襲撃を前日に控え、着々と空賊たちのボルテージが上がっていく中、ヨサークはまだ10人にも満たない団員に焦りを感じていた。
「くそっ、やっぱあいつらを連れ戻すしかねえのか……! 酒場でちらほら見た気がすんだよな、あいつら……」
 酒場に行こうか行くまいかためらい、船着き場をうろうろしているヨサークに緋山 政敏(ひやま・まさとし)が声をかける。
「すまん! 家を引き払っていて遅れた! まだ入団って可能か?」
 小走りで、勢い良く政敏が入団を願い出る。このタイミングで、男の入団希望者だ。ヨサークが断るはずがなかった。
「おお、おめえでちょうど10人目だ! 良かったな、間に合って!」
 それはあたかも、自分に言い聞かせているかのようなセリフだった。
「ん? 家を引き払ったって……何かあったのか?」
 先ほどの発言に引っかかりを覚えたヨサークは、政敏に尋ねる。
「力になるって決めたからな。近くにいる方がいいだろう」
 若干言いよどみつつも、政敏は頭を掻きながら答える。その言葉に感動を覚え、「おめえは立派なヤツだ」と肩を叩くヨサーク。政敏はそんなヨサークに、僅かな罪悪感を感じていた。なぜなら、彼のその一連の言動はいわば一種のフェイクだったからだ。
 彼、政敏がここに遅れてきたのは、家を引き払ったからという理由ではない。十二星華のセイニィと会っていたからだった。会うどころではない。彼女のサポートとも言える行動をしていたのだ。傷ついていた彼女の治療をパートナーとしただけでなく、連絡手段の確保まで行っていた。そして政敏は、ヨサークと接触することでさらなる補助をしようとしていた。隠れ家にいたセイニィに、一時的だとしても、きちんとした住居を用意してあげたい。そう思った政敏は、ある程度顔も広く、力もあるであろうヨサークに目をつけた。
「だから、出来れば良い所を紹介してくれれば助かる」
 そう、彼の狙いは、ヨサークからの住居の斡旋である。空賊からの紹介なら、「隠れ家」として最適な場所を紹介してもらえるのではないかという見込みがあったのだ。
 悪い、気持ちが弱っているなら、今はそれも利用させてもらう。
 心でそっと謝る政敏だったが、直後、彼は逆にヨサークから謝られることとなる。
「わりい、俺らは基本この船で寝泊りしてんだ。そんな不動産みてえな仕事はしてねえし、家の紹介も出来ねえ。まあ、どうせ今日から俺の団員だ、遠慮なくこの船使ってくれ。な?」
「……なに」
 取らぬ狸の何とやらとはよく言ったものである。政敏はすっかり斡旋してもらうことを前提で考え動いていたため、パートナーたちを別の場所へ置いてきてしまったのだ。慌てて電話をかけると、パートナーのリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が電話に出た。
「悪い、計画は中止だ」
「ええっ!? 近所の人に言う挨拶の言葉考えてたのに!」
 密楽酒家にいるらしいリーンは、電話越しに愚痴を漏らした。政敏は端的に説明した後、もうひとりのパートナーにも電話をかける。電話に出たカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は、なぜか現在タシガン近くのホテルにいたようだった。そして、カチェアは本当ならばセイニィをそばに置いて一緒に待機したかったらしいが、さすがにホテルまで同行は出来なかったらしい。
「悪い、計画は中止だ」
「……分かりました、こちらもここに連れてこれず、最後まで護衛は出来ませんでしたから仕方ないですね」
 短いやり取りを終え、電話を切る政敏。この後彼は、その無茶苦茶なプランをパートナーたちに注意されたという。



 お昼を過ぎた頃、蜜楽酒家では2日前に静麻のパートナーたちが流した噂が、少しではあるが流れていた。その噂とは、次のふたつだった。
「ロスヴァイセ家は、六首長家のような力のある名家と内密に連絡を取り合っている」
「フリューネは、ユーフォリアの体調が整ったらどこかにこっそり向かうらしい」

 はたして彼がなぜこのような根も葉もない噂を流したか、その意図は不明だが、その噂は何も生まないわけではなかった。襲撃に向かう予定の空賊のうち何人かはそれを耳にしていた。
「やっぱりあの女義賊、何か企んでやがったのか」
 こうして空賊の何人かは怒りのボルテージをさらに上げるのだった。そしてそこに追い打ちをかけるように、ずかずかと酒場に入ってきたヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は、きょろきょろと辺りを見回すと、目的の人物がいないことを確認した後、周りの空賊たちに向かって大声を上げた。
「聞いたよ! ロスヴァイセ家を襲撃するんだって!?」
 『シャーウッドの森空賊団』の団長として活動しているらしい彼女は、空賊たちの妙な動きを察し、襲撃計画が立てられているという事実を把握していた。本来なら同じ……否、第三勢力の空賊としてヨサークと接してみたかったが、この場にいないようだと見てもうひとつの行動に移った。それは、空賊たちを挑発し、内紛を煽ることだった。
「あんたたちごときが、女王器を手に入れれるはずがないじゃない! 女王器を手に入れて最強になりたいなら、まずこの中で最強になってからおいで!」
 威勢良く言い放つヘイリーを、契約者のリネン・エルフト(りねん・えるふと)は背後で警戒しつつ見ていた。ヘイリーが襲撃計画を把握出来たのは、彼女の情報収集のお陰であった。リネンは主にそうして情報集めなど、サポートを中心とした動きを見せていた。そしてそれは、今まさにこの時も同じである。
「ヘイリー、退路が塞がる前に……」
 いつでもこの場から離脱出来るよう、ヘイリーの背後でリネンはしっかりと退路を確保していた。そんなリネンに促され、ヘイリーは言いたいことだけを言って素早く消えていった。後に残された空賊たちは、追うタイミングを失い、怒りだけが残された。
「この怒り、ロスヴァイセ家襲撃で発散させてやるぜ!」
「どのみちここは非戦闘区域で争えねえしな……俺もカシウナに行ってから溜まった怒りをぶつけてやる!」
 静麻やヘイリーがどうなることを望んでその行動に出たのかは本人のみぞ知る、といったところだが、今ここで起こった事実は、空賊たちのテンションを上げてしまったというものであった。
「さて、そろそろ有力な空賊団も集まってきましたし……予定通り、今日の夜にでもここを発ち、カシウナへと向かいますか」
 静かな、しかし冷たい声で周りの怒気を落ち着かせたのは、『青龍刀』のチーホウだった。 
「おいおい、何勝手に仕切ってんだぁ? このスピネッロ様を差し置いてよぉ!」
 そこに、『血まみれ』のスピネッロが突っかかる。それを止めたのは、『黒猫』のミッシェルだった。
「およし! 発情期かいあんたら? まったくとんだオス猫たちだよ!」
 ミッシェルは膝上の黒猫を撫でながら、チーホウとスピネッロを見上げて言う。
「ミッシェルさん、アナタは少し礼儀を覚えた方が良い。人が立っていたら、アナタも立って話すんですよ」
 チーホウが青龍刀に手をかけると、今度は『火踊り』のププペが止めた。
「ココ、タタカウ、ダメ。ソレデモヤル、ソノトキ、ププペ、オマエ、モヤス」
 マサイ族のような衣装を着たププペは、その体に大小さまざまな木々を括りつけていた。
「……そうでしたね。ワタシとしたことが、取り乱しました」
「歯痛ぇ」
 青龍刀を納めたチーホウの前に頬を押さえて現れたのは、『歯肉炎』のデンタルだった。彼は、その口内に8つの病気を宿しているという。
「ともかく、夜までは各々自由に過ごし、0時に集まるというのはどうでごわすか?」
バラバラな空賊たちを、『横綱』のモンドがまとめようとする。
「遅い遅い遅いよ! だめだめだめそんなんじゃ! もっとやる気出せよ!」
 やたら暑苦しいオーラを放っている『食いしん坊』のシューゾに、『伏撃』のソルトが静かに呟く。
「0時で俺は問題ない。他のヤツらもそうだろう。それが嫌なら国へ帰るんだな。お前にも家族がいるだろう」
「……決まりですね」
「歯痛ぇ」
 こうして、空賊たちによる襲撃は、今夜0時出発に決定したようである。



 ここ蜜楽酒家からカシウナまでは、半日あれば行くことが出来る。
 先ほどヨサークたちが耳にした話だと、襲撃の空賊たちは今夜ここを発つらしい。つまり、明日の午後には襲撃が行われると見て間違いないだろう。一応新生ヨサーク空賊団も10人までは膨らんだが、多くの空賊団を相手にするのにも、本格的に船を機能させるにもこれでは人数不足な感は否めない。そうこうしてる間にも時間は過ぎ、もう空には夕日が浮かんでいた。
「これで行くしかねえのか……」
 船に乗り込もうとするヨサークだったが、そこに、ある生徒の団員がギリギリで駆けつけた。
「ちょっと待った頭領ォ!」
 ヨサークが声のするほうを見ると、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)がパートナーたちを引き連れてこちらに向かってくるのが見えた。
「こいつら連れてこようとしたら、こんな時間になっちまったぜェ! 遅れちまったけど、ナガンは頭領についていくぜェ!」
「こいつら……?」
 ヨサークがナガンの後ろをひょいと覗き見る。そこにはなんと3人ものパートナー、クラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)サイコロ ヘッド(さいころ・へっど)ビスク ドール(びすく・どーる)がいた。
「頭領、今船員は何人だァ?」
「さっきまでは、10人だったな」
「ひゃはァ! じゃあナガンズを入れたら一気に14人になるぜ!」
 団員なのはナガンだけであったが、そのナガンが言うには3人のパートナーも全員団員としてカウントさせてほしい、とのことらしかった。そしてさらに、元団員の捜索に当たっていた生徒団員、駿真とヌウもギリギリになってヨサークの元へと馳せ参じた。そこにはセイニーや呼雪の姿もあったが、彼らはあくまで付き添いとして来ただけであり、数に含めてはいけないということのようだ。
「15、16……おおっ、これで15人超えたぞ! 最初に言ってた目標達成だ!」
 ヨサークが人数を確認し、無事新生ヨサーク空賊団が出来たことにさらなる戦意を高めていた。そのまま船に乗り込んだヨサークは、いつの間にかちゃっかり船に乗っていたセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)、そしてそれぞれのパートナー、ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)を発見した。
「うおっ、お、おめえら何だ、いつここに……」
「高級アルバイトの噂を聞きつけて、船医として働かせてもらいに来たわ」
 勝手に船に乗っておいて、何ひとつ悪びれることなく月実が答える。いつもならこんな態度をする女性は罵詈雑言を浴びせられているはずだったが、新生空賊団の結成、そしてすぐさまその人数が増えたことに機嫌を良くしたヨサークは、今回限り彼女らの入団を許可したのだった。なんとこれにより、新生ヨサーク空賊団は20人にまで達した。さらに喜ぶべきことに、入団はしないが乗船し、ヨサークを手伝いたいという学生が数人名乗りを上げてきた。彼らも団員と共に船に乗り込むと、その数は30人近くにまで膨れ上がった。
「いける、これならいけるぞこらあ!」
 すっかり上機嫌で喜びの声を上げるヨサーク。しかしそんな彼を、この数日間元団員と接してきた駿真やヌウはやや複雑な気持ちで見ていた。
 このまま、元団員と打ち解けなおすことのないまま船は動いてしまうのだろうか。
 もしかしたら、元団員が来なかった淋しさを、明るく振る舞うことで紛らわせているのかもしれない。
 幾つかの憶測を孕ませながら、船は離陸に向け準備を始めていた。

 ――その時、ヨサークの船に近付く女性がひとり。
 蜜楽酒家を出てきたザクロが、三味線と扇を持ってその着物を風になびかせていた。ザクロは着物の衿を軽く手で押さえながら、最終点検を行っていたヨサークに話しかけた。
「やっぱり、あたしも女王器の行方が気になって仕方ないよ。戦うのは任せることになっちまうだろうけど、あんたみたいな強い男がアレを手に入れて権力者になるんだとしたら、それを見届けてみたいのさ。だから、その船に乗せてってもらえないかねえ」
 権力者。その言葉にヨサークは反応を示した。素直に従う……とまではいかなかったようだが、ヨサークは別段構わない、という素振りを見せた。
「大勢の空賊が狙ってるお宝を俺が手に入れて、しかもその場のヤツらを一喝出来りゃあ、この空の権力者ってか……やってやろうじゃねえか、あぁ?」
 腕を回し、もうすぐ飛び立つであろう船にヨサークが乗り込むと、ザクロもたおやかな歩き方でその後に続いた。



 前日、元団員たちの説得に赴いたことが逆効果になってしまったさけは葛の葉からも離れ、ひとりで酒場の窓から外を見ていた。
「だって……ヨサークさんの役に立てないと、あのおねーさんにそのままついていっちゃう気がしたんですもの」
 ヨサークさんを手伝いたい。そしたらきっとヨサークさんは、またちょっと機嫌の悪そうな目をして「余計なことすんなクソボブ」なんてことを言って。わたくしがその呼ばれ方を否定して。
 さけは、起こらなかった未来をぼんやりと頭で再生しては消していた。遠くに映る景色の中には、彼の飛空艇。既に暗くなり始めている空と距離のせいであまりはっきりとは見えない。もう、あの船に乗ったりすることもないのかもしれない。さけは、自分の行いをそれほどまでに悔いていた。確かに、他の女生徒よりヨサークと絡んでいたのは事実だった。それを自覚していたなら、うかつに元団員にアプローチすべきではなかったのかもしれない。しかし今となっては、何が正解だったのかも分からない。
 さけは、数日前、最後にヨサークと会った時のことを思い出した。つい喧嘩腰になって、言おうとしていたこととは違う言葉を口にし、聞きたかったことはろくに聞けなかった、あの船着き場でのことだ。あの時ヨサークに言われた言葉を、声を彼女は思い出す。
 ――おい待てクソボブ、何が言いてえんだおめえは。
「……そうでしたわ」
 ヨサークさんに言いたいことを、まだ言っていなかった。
 さけはすっと立ち上がり、葛の葉を急いで呼びつけた。そして、飛空艇の貸し出しスペースへと大きな歩幅で向かったのだった。

 一方で、再びヨサークについていくことの是非を迷い始めた元団員たちのところには、梓が昨日同様やってきてお願いをしていた。
「そんなに、そんなに頭領が女の人と喋ってたのが嫌だったのかー? 頼むよー、一緒に頭領のとこ行こう?」
 ひとりひとりの前で丁寧に説得を続ける梓だったが、元団員たちは難色を示している。と、そこにそんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、能天気な声が響く。
「よさーくちゃんのくーぞくさんたちって、もてないからひがんでるのー? もてないからあのふねのってたんだー。かっこわるーい」
 それは、円のパートナーのミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)だった。円がザクロと話していた時、何かあったらと護衛をさせていたが、結局何も起きなかったために暇になってしまい、食べ物を物色しながら酒場をうろついていたのだ。するとたまたま元団員が集まっているテーブルを見つけ、食べ物を頬張りながら話を聞いていたらつい口を挟んでしまったのである。が、この一切遠慮のない言葉は、予想外に彼らの心境に変化を与えた。
「確かに俺らはモテねえけど、だからってそれだけでくっついてたわけじゃねえ」
「かっこ悪いのは認めるよ。けど、認めてるからこそ、何がかっこ悪いかくらいは分かってるつもりだよ」
 口々にそんなことを言い始めた彼らは、好き勝手言い放ちどこかへ消えていったミネルバの行方を追うこともせず、目の前の梓へとしっかり話しかけた。
「坊や……梓くんって言ったっけかな。頭領の船は、もう出ちゃったのかい?」
 梓は急ぎ身を翻し、目を凝らして窓から船を見る。するとちょうど、船は空へ浮かびだしたところだった。
「……あ、今ちょうど出ちゃったみたいだ。でも、追いかけるのは今からでも出来るから、行こー!」
 梓と元団員たちもまた、それぞれの体を小型飛空艇へと乗せ始めた。

 ロスヴァイセ家襲撃まであと1日。
 新生ヨサーク空賊団、現在20人。