蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

曲水とひいなの宴

リアクション公開中!

曲水とひいなの宴
曲水とひいなの宴 曲水とひいなの宴

リアクション

 
 
 第2章 流れる水に乗せて
 
 
 遣り水に沿って敷かれた毛氈の上に、十二単や小袿、衣冠束帯を身に纏った詠み手が座す。
「一觴一詠と申します。最初の盃は見送って、次の盃が来るまでの間に句をしたためて下さい。口に出すのも出さぬのも好きにして構いませんが、後ほど回収致しますので短冊に書くのをお忘れなく」
 神和 瀬織(かんなぎ・せお)は曲水の宴に参加する皆に手順の説明を行った。
「盃は羽觴に載せられて流れてきますから、棒で引き寄せて下さいね。盃が途中で止まったり、詠んだはずなのに取れなかったりした場合は、童子役が盃を扱ってくれますから、焦ってうっかり水に落ちたりしないようにお気をつけください」
「……手伝うとは言ったけど」
 何故童子役? と衣装を着せられて引き出された珂慧は怪訝顔。
「ごめんなさいね、童子役が足りないと衣装部屋で言われて、誰かと思って見回したら……」
 ちょうどいたものだから、と琴子は手を合わせ。
「よろしくお願いしますわね」
 また忙しそうに別の場所へと去っていった。
「飲み干した盃には、この花を入れてまた遣り水に流します。そしたら完了ですから、次の人の為に席を譲ってくださいね」
 瀬織は説明を終えると、一礼して下がった。
 
 
「そういえば、俳句を詠むのは久しぶりだな」
 昔は親族が集まるとよく句会をしていた、と文官の束帯を着た涼介が懐かしそうに短冊を取り上げる。
「私は俳句を詠むのは初めてだよ。こんな本格的な衣装を着るのも」
 とクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は衣装に触れた。十二単の唐衣と裳の代わりに一番上に小袿を羽織るのが小袿姿。裳を引かない分十二単よりも動きやすい。
 エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)は和服を着ること自体が初めてだ。衣装の動きにくさに驚きつつも、姿勢を正して毛氈に座っている。
「俳句、ですか……」
 どう詠めばいいのか思案顔のエイボンの書に、涼介が言う。
「最初からうまく詠むのは難しいから、自分の気持ちに素直にやって詠んでみるといいんじゃないかな」
 うまく詠もうとすれば、決まり事を守り技巧を凝らさねばならないけれど、今日のような催しものならば、固く考えずに思いを言葉に載せればいい。
「お題は『春』、あるいは『大切な人に伝えたい言葉』だよね。どっちが詠みやすいのかな」
 と悩むクレアにも涼介は助言する。
「春の風景もいいけれど、大切な人へ伝えたい言葉を自然に形にした方が詠みやすいんじゃないかな」
 その助言を受けてクレアが句を考えようとした時、盃が流れてきた。
「えっ、どうしよう。まだ何も考えてない」
 慌てるクレアに笑いかけ、涼介は会場の風景に視線を巡らせる。
 そして、詠み上げたのは春の句。
  『 大輪の 花霞むほど 咲き誇り 』
 今日の風景は満開の花もその美しさが貸すんでしまうほどである、という意だ。
 詠み終えると涼介は盃を取り上げ、甘酒を飲み干した。それを見てクレアも深呼吸し、気持ちを落ち着ける。
 次の盃が流れてくると、クレアは自分の心の内にある一番大切な人……涼介への思いを詠んだ。
  『 あらためて 君に伝える ありがとう 』
 なかなか改まって伝えられない『ありがとう』の気持ち。こんな機会だからこそ、伝えられる。
 エイボンの書も、自分の思いを句に託した。
  『 いつの日か 秘めたる思い 背の君に 』
 無事に詠み終えると、クレアもエイボンの書もほっとしながら甘酒を口にした。
 とても緊張するし悩みもするけれど、こんな体験もたまにはいいなと思いつつ。
 
 詠み手への参加が多く集まった為、詠み終えた者とこれから詠む者が入れ替わり立ち替わり、その移動もまた絢爛に目を楽しませる。
 指定された位置に向かう途中写真をと請われ、神代 明日香(かみしろ・あすか)は十二単の裳裾をさばいた。
「この衣装、動きにくいです〜」
 普段着ている服とはまったく違う感覚にぼやいたけれど、明日香の動きは重くはない。
 子供用サイズの十二単を着たノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)と2人並ぶと、その動きに気づいたミルディアがさっとやってきて、衣装の形を整えた。
「はい、これで綺麗になりましたよ〜。どうぞ」
 見学者に促すと、ミルディアはまた別の仕事を見つけてそちらへと向かった。裏方の細かい仕事はいくらでもある。
 何枚か写真に応じた後、明日香と運命の書は毛氈に座り、短冊を手に取った。
「これに句を書くのですか?」
「そうらしいですね〜。短冊は回収して宴の最後に披露するんだって言ってましたよぉ」
 のんびりと自分たちの番を待っている明日香と運命の書の隣の毛氈では、ゲー・オルコット(げー・おるこっと)が真剣な面持ちで短冊を睨み付けている。
「ここは派手に決めるか……いや、勝負をかけるならやはり技巧でいくべきか」
 参加するからにはとゲーは衣冠を身につけてはいたが……何が原因なのか、妙に似合っていない。似合っていないというよりは、別物……日本ではないどこか別の未知なる王国の民族衣装でも着ているように見える。
 これも個性ある着こなしといえるのかどうか。
 ゲーと共に参加しているドロシー・レッドフード(どろしー・れっどふーど)は金髪を西洋のお姫様風に結いあげた上に十二単を着ている。西洋人形が十二単を着たようなその姿は……先入観のある人の目には不思議に映り、先入観の無い人の目にはよく似合っていると映るだろう。
「十二単という装束は想像以上にカラフルで綺麗ですが……せっかくの色合いなのに、重ねてしまっては端が少し見えるだけ。もったいない様な気がします」
「もったいないことをするのが、贅沢っていうもんじゃないか」
「そうなのかも知れませんが……」
 そういう感覚は解らないと首を傾げるドロシーに、ゲーは今は衣装よりも句が先だと流れ出した盃に目をやり。
「よし、決めた。見事この句で勝負を勝ち抜いて賞金をゲットだぜ」
 曲水の宴はゲーの脳内で、何故かそんな大会に変化してしまっている。ゲーは勝負とばかりに大きく息を吸い込むと、詠み上げた。
  『 桜の季 春迫の音 悲喜な未来(さくらのき はるはくのおと ひきなみき) 』
 この句は逆から読むと、『きみなきひ とおのくはるは きのらくさ(君無き日 遠のく春は 気の落差)』となるという凝ったものだ。
 ドロシーは、日本語発音でこう詠みあげる。
  『 サムシング ゴウイングナウ スプリング 』
「この句は訳す人によって、何通りも解釈出来るのが特徴です」
 ゲーにそう説明すると、ドロシーは盃を取り上げて飲み干した。
 隣の毛氈にいる明日香の元にも、盃が流れてくる。さあ、何を詠もうかと考えた明日香の脳裏に浮かぶのは、無邪気な子供の愛らしい様。自然とにこにこ笑顔になって、明日香は句を口にした。
  『 幼子の ほおばる姿も いとおしい 』
 そんな明日香に目をやりつつ、運命の書も詠み上げる。
  『 片割れの 落ち着くことは あるのかな 』
 最近落ち着きのない明日香を心配しての句だ。
 詠み終わって遣り水から拾い上げた盃を飲み干そうと……した明日香の手を運命の書が止めた。
「それは私用の盃です。明日香さんのはこちらですよ』
 明日香が手にしたのは白酒の盃。取り替えようと運命の書が差し出しているのは甘酒の盃。
「こっちを飲んでみたいんですけどぉ」
「まだ明日香さんには早いですよ」
 はい、と運命の書に促されて明日香はしぶしぶ盃を取り替えた。
 15歳の明日香は甘酒を。そして見た目は5歳だけれど、遙かに長い時間を生きてきた運命の書は白酒をおいしそうにゆっくりと。
「美味しいですね。おかわりが欲しいくらいです」
 まったく酔う様子も見せず、運命の書はにっこりと笑った。
 
 日本庭園を流れる遣り水。
 周囲の緑はまだ萌え出でたばかりの淡さだけれど、広げられた毛氈の緋色も、その上に広がる衣装も華やかに美しい。
「こういう風流なイベント、いいよね。嫌いじゃないよ」
 十二単を着る時には、やや躊躇った火御谷 暁人(ひみや・あきと)だったけれど、いざ着てみれば、これはこれで良い気分だ。重いのは難点だが、春を表す色を重ねた衣は見事だし、遣り水を前に毛氈に座っていると和の気分に浸れる。
「これを着てるとお姫様みたいアルね!」
 自分の纏った十二単を眺めてうきうきとしているアシエト・リービングスター(あしえと・りーびんぐすたー)に、
「実際、お姫様が着ていたような衣装だからねぇ」
 と答えているうちにも、盃が流される。
「俳句かぁ、そうだなぁ……」
 暁人は、『パートナー 花より団子 桜みろ』と呟いてみて首を振る。アシエトにはあっているかも知れないし、花や桜という言葉も入ってはいるけれど、どうもしっくり来ない。
「早くしないと盃が行っちゃうアルよ」
 アシエトに急かされて、暁人はまた考え、そして詠んだ。
  『 桜舞う 花より野望 手下欲しい 』
 こちらの方が自分らしい句だと満足しつつ、通り過ぎていきそうだった盃を取り上げて飲めば、ほんのりとした風味の甘酒が喉を通ってゆく。甘い物はあまり好きじゃない暁人だけれど、この甘酒はおいしく感じられた。
 アシエトの盃は取り上げられることなく、遣り水を流れてゆく。
「あれ、アシエトは詠まないのか?」
 暁人に聞かれ、アシエトは当然のように答える。
「あたしは句じゃなくて願い事書きにきたアル」
「流し雛? だったら十二単を着る必要はなかったのに」
「着なくて良かったアルか? でもいいアル。暁人とお揃いアル」
 天真爛漫ににこにこしているアシエトに、しょうがないなぁと暁人は立ち上がった。
「だったらもう行こうか。流し雛にはもう少し時間があるしね」
「そうするアル。願い事には、暁人の野望が叶うように書くアル」
「だったらボクの句ともお揃いになるねぇ」
「がんばってお揃いを願うアル!」
 暁人は野望を胸に、アシエトは野望を抱いた暁人のことを胸に。十二単の重みに負けず、2人は歩いて行くのだった。
 それと入れ替わりに毛氈に座ったのは、浩人とフィサリア。立って歩くのは重労働な十二単姿のフィサリアは、座れてほっとした顔になる。
 さらさら流れる遣り水の畔で、他の人の詠みあげる句を聞いているのも面白い。
「あ、私の番だ」
 盃が流れ来る間に、フィサリアは大切な人へのメッセージを句に詠みこんだ。
  『 大好きよ だからお願い 片づけて 』
「わぁ、びったり収まった!」
 喜ぶフィサリアに、浩人はそう来たかと苦笑する。浩人は悪戯をするたび部屋を散らかすものだから、毎回フィサリアに怒られているのだ。
 さて自分は何を詠もうかと、浩人は考える。『うちの子は むしろ花より 団子かな』そんな句も考えたけれど、これでは伝えたい言葉ではなく感想になってしまう。
 ゆらゆらと盃は揺れながら浩人の前を通り過ぎてゆく。
「そうだ!」
 やっと思いついて浩人は詠んだ。
  『 三人は 僕にとっての 宝物 』
 今日は残りの2人は留守番だけれど、大切にしている気持ちは変わらない。身を乗り出してギリギリで盃をさらうと、浩人はぐいっとそれを飲み干した。
 
 
 3月3日、桃の節句。
 日本では女の子の健やかな成長を祈り祝う雛祭りの行事が行われる。雛人形を飾り、祝いの食事を取り、いつもよりお洒落した女の子たちがはしゃいで笑う。
 女の子の成長を祝う行事だから、と早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に言われて同行したユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は十二単を纏いはしたものの、まだ不思議そうにしていた。
 不思議なのは衣装の重さや動きにくさではない。重装備ならば重さもあるし、動きが制限されたりもする。けれど何故、自分が祝ってもらえるかが不思議だ。
「このボディが成長する事はないのですが……」
「成長は身体の大きさの変化だけを言うんじゃないだろう」
 呼雪はそう言いながらユニコルノの十二単姿を眺めた。普段はなかなかこんな色鮮やかな恰好をすることはないが……紅を一番下に、紫を淡いものから濃紫まで順に重ねた十二単。一番上の濃紫の上にかかる、ユニコルノの長い銀の髪色が際立って見える。
「その衣装、似合っている」
「ありがとうございます」
 呼雪が褒めると、ユニコルノは淡々と礼を言った。表情は変わらないが、手にした檜扇がわずかに引き寄せられる。
 そんな様子を微笑ましく思いながら、目立たない色目の着物と羽織を着た呼雪はユニコルノの座る毛氈から下がった。呼雪自身は曲水の宴には参加しないが、少し下がった位置でユニコルノを見守る。
 十二単は花嫁衣装ともされる衣装。いつかは彼女も大切な相手を見つけるのだろうか……。そんなことを考えつつ、呼雪はユニコルノの句を詠む背を嬉しいような寂しいような、そんな気分で眺めた。
 ユニコルノは呼雪に聞いていた通り、盃が目の前を通る前にさらさらと短冊に句をしたためる。
  『 花宴 晴れ着のせなに 君を知る 』
 戦いの際も、そして今も背後からいつも見守ってくれている呼雪への感謝を込めて。
 
「へ〜、日本の昔のドレスってこんなのなんだ」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は物珍しそうに十二単を眺め回した。何枚も重ねられた衣装の色を見ようと袖を持ち上げ、後ろがどうなっているのか見ようと身を捩りながらぐるっと回り。
「確かにドレスのようなものですが……ああ、危ないですよ」
 セルファの足に絡んだ裾や裳を、御凪 真人(みなぎ・まこと)が解いた。十二単はずるずると引きずる布が多く、身体の動きについてきてはくれない。
「ありがと……」
 動きが制限される十二単は不便極まりないけれど、それもちょっといいかも知れない、と思ったのだけれど。
「あまりぐるぐる回っていると、蓑虫みたいになってしまいますよ」
「……もう少し言い方ってものがあると思うんだけど」
「蓑虫以外の喩えですか……ふむ……」
 顎に指を当てて考え始めた真人を、セルファはもういい、と止めた。
「何だか、もっとヤな喩えとか出て来そうな気がする」
「そうですか? ああ、盃が流されますよ」
 真人に示され、セルファは慌てて句を考える。春? それとも大切な人に伝えたい言葉にしようか。大切な人……。
 ふと頭に浮かんだ句を、セルファは短冊に書き付けてみた。
  『 たまに見る 彼の笑顔に 胸躍る 』
「…………!?」
 自分で書いた文字にセルファの顔か朱に染まる。思わず折り潰した短冊を手の下に敷いて、セルファはその場に項垂れた。
  『 春風に 踊る粉雪 さくら色 』
 真人は春の句を詠んで、盃の甘酒を飲み干した後、セルファの様子に気づいた。
「気分でも悪いんですか?」
「ち、違う、何でもないわよ」
 放っておいてオーラを発しつつ、セルファは強く首を振った。
 
 詠み終えて場を退出してゆく詠み手を待ちかまえ、羽入 勇(はにゅう・いさみ)が呼び止める。
「写真撮らせてもらってもいいかな」
 離れた位置からも曲水の宴をカメラに収めていた勇だったが、せっかくの機会だから近くからも撮りたい。
「ユノ、撮ってもらったらどうだ」
 一応着物は着ているけれど平安装束ではないからと、呼雪はユニコルノを前に出したが。
「折角だから一緒に撮ろうよ。はい、並んで並んで〜」
 ぱぱっと衣装を整えると、有無を言わさずパシャリと記念撮影する。
「日本のキモノって美しいわねー。素敵だわ」
 勇の写真の師匠でもあるニセフォール・ニエプス(にせふぉーる・にえぷす)は、日本の伝統色の彩りに感心しきり。
「えっと……この十二単は紫の匂、かな」
 ユニコルノの衣装を改めて見やって、勇はニセフォールに説明する。
「十二単は色合わせや柄にもきちんと意味があって、主に季節によって違うんです。この襲色目は春のもので、紫の匂。匂っていうのは同系色のグラデーションが重なってるんですよ」
「あらぁ、勇ちゃん、詳しいのね」
「意外ですか? えへへっ」
 笑いながら勇は本を取り出した。題名は『よくわかる平安時代の装束』。
「実家から送ってもらっちゃいました。師匠にも貸してあげますね」
「勉強するのは良いことだわ。知識の裏付けがあるだけで、写真の持つ説得力が変わってくるものよ」
「はい。頑張りますっ」
 勇は大張り切りで次の被写体を探し、束帯姿の真人へと駆け寄った。
「写真、ですか……。男の写真撮るより綺麗どころの写真の方がいいと思いますよ」
 目立たないようにしていたのに、と真人は苦笑する。
「雛祭りなんだもん。お内裏様とお雛様と両方並んだ方が気分でるから、ね」
 これも行事参加の条件だと、真人はセルファと並び笏を構えた。セルファの方は檜扇を広げ持ち、笑顔で撮影に応じる。
「この十二単は同じ紫のグラデーションですけれど、どんどん薄くなって一番上の衣が白になっているでしょう? だからこの襲の色目は、紫の薄様って言うんです」
 撮影しながら説明する勇に、ニセフォールはふふっと笑う。
「衣装はやっぱり女の人の方が綺麗なのね。勇も着たらよかったのに。ちゃんとワタシが写真に撮ってあげるわよ」
「師匠に撮ってもらえるなら着たいですけど、十二単を着たら写真は撮れないですからねぇ」
 今はまだ撮る方が面白い、と勇はシャッターを切るのだった。
 
 
「さて、っと。あたしもそろそろ行かないとね。みんな、いい子にしてるのよ」
 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)に言われ、行事についてきていた孤児院の12人の子供たちは、はーいと声を揃えた。子供たちがゆっくりと食事できるようにと、他の客とは別の場所にテーブルが設けられ、料理よりも菓子が多めのセッティングがされている。
「お姫様みたい……」
 十二単を着たヴェルチェとクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)、小袿姿のクリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)。絢爛豪華な衣を纏った3人の姿に、鈴子がうっとりと呟けば、レッテはちょっと心配そうに、
「それ、重くない?」
 と聞いてくる。
「重いなどという生易しいものではないのじゃ。日本ではこんなものを年中着ておったのか。振り向くだけでもギギギと音がしそうじゃ」
 エジプトの衣装とは大違いだとクレオパトラはぼやく。
「露出度が違うものねぇ。でもギギギだなんて、まるでホラーだわ」
 メイクも平安朝にしすっかり平安の姫らしくなっているヴェルチェは、ふふっと笑って鈴子の頭に軽く触れた。
「褒めてくれてありがと。終わったら羽織ってみる?」
 うんと肯く鈴子に手を振ると、ヴェルチェたちは指定されていた毛氈へと向かった。
「古来日本では正座という座り方をしていたと聞いておりますが、それは足が痺れてしまうものだとも聞きましたの」
 なのでこれを、とクリスティは小さな台のような椅子を袖に隠して2人に勧める。これがあれば重い十二単を着て正座してもダイジョウブ、の楽々正座椅子だ。それを衣の下に押し込んで、3人は盃が流されるのを待った。
 テーブルから持ってきたのか、ヴェルチェはぽりぽりとひなあられを噛み、金平糖を舌で転がしていたが、ふと気配を感じて素早くそちらに視線を送り。
 パシャリ。見事なカメラ目線で写真に収まる。
 見物人にはしどけないエロちっく視線を送り、と忙しい。
「む、盃が流されたのじゃ」
「ええと、俳句を詠むのでしたわね。確か、五七五の言葉で季語を折り込んで……」
「今回は俳句の形になっていなくとも構わぬそうじゃから、季語までは気にしなくともよかろう。そうじゃな……『ひなあられ なかなかうまい ひなあられ』……いかん、これではヴェルチェレベルではないか」
 句を考えているクリスティとクレオパトラをよそに、ヴェルチェは静かに句を口にする。
  『 雛壇に 写し身笑顔の 我が子等よ 』
 本当の子供ではないけれど、我が子のような孤児院の子供たち。成長して雛壇みたいに並んでくれたらと思う。
「あ、でも左大臣のおじいちゃんはイキすぎよね」
 そんなことを呟きながら、ヴェルチェは想像の中で雛壇を組み立てる。お雛様は自分。では隣のお内裏様には誰を座らせようかと考えている間に、クレオパトラも句を詠む。
  『 愛し人 末を迎えて なお飽かず 』
 老いてもなお飽きずに眺めていられるような人と結ばれたい。愛すべき殿がいれば、いつまでも側にいて欲しいと伝えたい。そんな意味合いをこめた歌だ。かつてクレオパトラを愛した者たちは、今は遠い歴史の彼方……。新しきこの世界でも、そんな出逢いがあるだろうか。
 それぞれ白酒と甘酒を飲み干すヴェルチェとクレオパトラをよそ目に、クリスティはまだ必死に句を考えていた。けれど。
「あ、あぁ……通り過ぎてしまいましたわ……皆様の幸せを祈念する、素晴らしい句をと思いましたのに……」
 悩みすぎて間に合わず、盃は無情にも手の届かぬ下流へと流れていってしまった。
 誰かの未来を願う句も、共に生きる者を求める句も、そして詠み切れなかった幸せを祈る句も、いつか叶う日が来ますように――。