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第2章 陰陽科・教科科目


 公式の制服が存在しない、陰陽科。
 いわゆる陰陽師や巫女、白拍子などの衣装をまとう男女が、今日も呪術の学習と研究に取り組んでいる。

(ここが葦原明倫館か、雰囲気は江戸時代の藩校に似ているな)

 校庭の中心に立ち、葦原明倫館の概観を見渡す本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)
 建物の外見や色合いから、歴史の教科書やテレビドラマでしか見たことのないような古めかしさを感じた。

(今日は陰陽科の授業を体験させてもらって、東洋魔術の基礎を学んでみよう。
 私自身魔法をあつかうし、イルミンスールでは錬金術やルーンといった西洋魔術をどの学校より高い水準で学ぶことができる。
 だが、こと東洋魔術に関しては蒼空学園に後れをとっているのだ。
 もともとイルミンスールはヨーロッパ系の学校で、陰陽道を含んだ東洋魔術は研究対象になっていない。
 しかし、これからの時代は時の古今、洋の東西にとらわれずに魔術というすべてのくくりでの研究が必要になるだろうな」

 涼介は、所属しているイルミンスール魔法学校の研究と他校との関係について回想する。
 決して完璧だとは思っておらず、他校にも学ぶことの必要性をひしひしと感じていた。

(他校の生徒はわざわざ遠い所から明倫館を見学するためにやって来るんだ。
 休日なのに面倒……そんなこと言わずにしっかり案内しないとね。
 ボク自身明倫館に入学して日が浅いけど、ちゃんと役目は果たすよ)
「葦原明倫館陰陽科所属のジョシュアです。
 つたないところも多々あるとは思いますが、本日はどうぞよろしくお願いします」

 集まった陰陽科見学希望者へ、丁寧に頭を下げるジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)
 入学してまだ間もないのだが、自ら案内役を買って出た陰陽科の1年生だ。

(他校からの生徒か……きっと可愛い子や美人な姉ちゃんもいるに違いねぇ、こいつは楽しみだぜ!)
「同じく……俺は神尾惣介だ、よろしくな!」

 ジョシュアのパートナー、神尾 惣介(かみお・そうすけ)も見学者達の前に立つ。
 だがしかし……隠したはずの下心が、サングラスの下から見え隠れ。

(シャンバラ王国の復興に備える、その言葉のためにも他校の人と協力できるよう仲良くならないと)
(……しかしこの見学会には他校の生徒に城を見せる、という以外にも意味があるはずだ。
 俺は頭悪いからよく分かんねえが、この出逢いを大切にしないとな)

 そんな惣介に気付くこともなく……葦原藩に伝わる言葉を思い、ジョシュアはぐっと拳を握る。
 今回の役割に、強い使命感を感じていた。
 惣介も、ジョシュアのようにすべてを知ったうえではないにしても、企画の重要性は理解しているつもり。
 とにかく失敗しないようにがんばろうと決意し、教室へと見学者達を誘導するジョシュアと惣介の2人。

(九頭切丸がなんだかお侍さんみたいな外見だし、もしかしてマホロバ産かな?
『からくり』とかあるかも……うーん、でも巫女のことも気になるし……どうしよう……)

 周りの生徒達が移動を開始するなかで、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は行き先に迷っていた。
 パートナーの出自が気になったり、でも自身の前職であった巫女についても調べてみたかったり。

(言葉は話せないけど睡蓮やタワーとは電波的な何かで意思が伝わる……はず。
 睡蓮……自分のしたいことをするといい)
「……ん〜お兄さん、ママにすきなことやってもらいたいんだって♪」
「え、うん……じゃあ陰陽科に、行こうかな」

 おろおろする睡蓮に、喋ることのできない鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が想いを念じた。
 反応したのはザ・ タワー(ざ・たわー)で、無邪気に笑いつつ伝言。
 信頼できるパートナー達の言葉にしばし悩んだあと、睡蓮は見学場所を決めたのであった。


 陰陽科棟の1階、大教室へと案内された一行。
 前半分には、陰陽科の生徒達がすでに着席している。

「あ、セツカちゃん、あれはなんだと思うですか?」
「ん〜紙人形、でしょうか?」

 黒板に貼られている白い人型の紙を指して、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は首をかしげた。
 セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)も、何か判らずハテナを浮かべる。
 そのとき。

「うわわっ、何ですか!?」
「おぬし、それはどうなっているのですか!?」
(陰陽科というのは本当にあての知らない魔法を使うのですね。
 できるだけどんなものか知る手がかりが得られるとよいのですけれど)

 1番近くに座っていた陰陽科の生徒が、黒板のものと同じ形の紙を手のひらに載せて何かを唱えた。
 すると紙の消滅と同時に召喚される、線の細い男性。
 謎と驚きでいっぱいの陰陽道に、ヴァーナーもセツカも興味津々だ。

「椅子を……どうぞ、座って聞いてください」
(ジョシュアはひ弱だからこういう力仕事は俺ががんばんねえとなぁ)
「よう嬢ちゃん、明倫館は気に入ったか?
 なんだったら俺がつきっきりで案内してやろうか!」

 立たせたままでの見学を申し訳なく思い、ジョシュアは椅子を並べ始める。
 惣介も率先して、ジョシュアを手伝うのだが……気に入った女性へ声をかける始末。

「もう、ソースケのバカ!!」
「アッハッハ、嫉妬か!?
 ジョシュアは今日も可愛らしいなぁ!」

 とがめたはずのジョシュアだが、惣介の言葉に面食らう。
 残りの椅子を惣介に押し付けると、ジョシュアは教壇へと歩いていってしまった。

(ボクもまだ習い始めだから上手く説明できるか自信ないな……でも、やるんだ)
「それでは始めに授業内容の説明をします」

 ジョシュアは可能な限り簡単に、陰陽科の授業について紹介する。
 教科と実技があり、前者では陰陽道の理論を、後者では実際に呪術の演習をするのだと。

「他には……今、陰陽科の年少の生徒達の間では『式神キング』というのが流行ってるんだ。
 1枚100Gで買えるカードから式神を呼び出して戦わせるゲームだよ!
 ……実はハイナ総奉行がこのゲームのチャンピオンという噂があったりなかったり」

 袂から実物を取り出し、にっこにこ笑顔で語り始めるジョシュア。
 8歳の心をつかんで学習意欲を引き出すとは、なかなかあなどれない遊戯だ。


 ジョシュアによる説明のあとは、陰陽科の教科の授業を見学。
 陰陽道の基礎の1つである陰陽五行説についての簡単な講義と、先程の紙人形『式札』についての説明がなされた。

「あの……自分も地球では巫女をやっていたのですよ〜。
 ここではどんな神社に勤めてて、どんな神様を信奉してるのでしょうか」

 自由行動時間、睡蓮は巫女の格好をした女性へと話しかけてみる。
 快く応じてくれた少女の返答は、日本にあるのと同じような神社で、シャンバラ女王を崇めているとのこと。

「魔法の影響が強いこともあって、祭祀や御祓いも重要で多くなりそうだけど……大変じゃありませんか?」

 大変だけど、それはどの学校でも変わらないと、少女は微笑んだ。
 すっかり意気投合した2人は、膝を突き合わせて談笑を始める。

「みことかさむらいとかのことはわかんないけど、ママが楽しそうだからそれでいいのです!」
(特に問題らしい問題はなさそうだけど、何があってもいいように警戒はしておくかな)

 睡蓮の様子に嬉しくなるが、難しくて話には着いていけないタワー。
【殺気看破】で周囲へ意識を払っていた九頭切丸の膝の上で、眠ってしまうのであった。

「へぇ、そうですか……そんな違いがあるとは」

 廊下では涼介が、陰陽科の生徒と意見交換をしている。
 テーマは、『自分のやっている西洋魔術と陰陽道の東洋魔術との違い』である。
 西洋魔術について【博識】も用いながら紹介して、それについて陰陽道ではどうなのかを応えてもらう。
 双方メモを取りながらの、充実した議論が展開された。

「どうしたら陰陽のまほう使いさんになれるんですか?」

 式神召喚の術を紹介してくれた生徒へ、ヴァーナーは思い切って訊ねてみる。
 陰陽科で勉強すれば誰だってなれますよと、嬉しいことを言ってくれて。

「どこから来たんですか?
 陰陽科っておもしろいですか?
 その服可愛いですよね〜もうボクとお友達になってください!」
「そろそろお昼ですわ、わてらとご一緒しませんか?」

 勢いに任せてどんどんと、気になることを訊いていくヴァーナー。
 セツカも生徒のことが気に入り、しかと握手をしてから一緒に食堂へと歩いていくのだった。