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リアクション
第九章 血塗られた祭壇
「まぁ、大変」
悪友同士のじゃれ合いにしては、激しく出血しながら藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は戦いの手を止めた。同じくボロボロになったメニエス・レイン(めにえす・れいん)がつられて窓のそとを見る。せっかくの貴族服がだいなしだ。
神殿内の中庭を突っ切って、生贄たちが逃げていく姿が見える。
それから、雪だるま王国民が神殿の壁面を破壊する様子。
森での戦いはまだ地味に続いているようだが、それでもほとんどがやられるか、降伏してしまったらしい。
「なんだよ、せっかくこっちは楽しくやってたのに。もう勝負、ついちゃったんだね」
そう言う桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)も、すっかり焦げてしまった切り口をパタパタと払う。優梨子は肩をすくめた。
「……ごめんなさい、本当ならもう少し戦っていたいのですけど」
「いいわよぉ〜、何だか冷めちゃったしぃ。何か用があるのでしょぉ?」
「ええ。どうしても、見届けなきゃいけないので」
傷をものともせず、小走りに去る優梨子にメニエスが続く。
「あたしも一緒に行くわ。ここに来た用は、まだ果たせてないしねぇ」
「ボクたちも、今日はもうこんな格好だし、女神さんを見たら適当に切り上げるよ」
円が呑気にそれを見送る。ここまで血みどろになるほど戦ったあととは思えなかった。
「楽しかったわぁ〜、また遊びましょぉね〜」
オリヴィアの声を背後に、走りながらメニエスは優梨子に聞いてみる。
「見届けるって、あの女神さまのことぉ〜?」
「ええ」
「……入れ込んでるじゃない。そんなに仲良しだったのかしら」
「サラさんのことは好きですよ。だってあの方……」
優梨子はにっこりと微笑んだ。
「どうしてこんなことをしたんですか?」
これから殺す相手にそう質問されたのは、これで何度目のことだろう。サラは、ぼんやりと目の前の女性を見つめていた。
「血が、たくさんいるからだよ」
それを聞いて、何人もの人が泣いた。申し訳なく思った。でも、その人はもっと聞いてくれる。
「どうして血がたくさんいるんですか」
サラは、嬉しくなって微笑んだ。相手に睨まれていることも、呪われているだろうことも、わかっている。それでも。
「だって、たくさん血を浴びて闇に染まればダークヴァルキリーのように美しくなれるでしょう?」
サラの脳裏には、今でも空京でみた彼女の姿が焼きついて離れなかった。
美しく、圧倒的に強く。どうしたら彼女みたいになれるのかしら。どうしてあんなに美しいのかしら。――答えは簡単。
魔、だ。
「たくさんの血を浴びたら、ヴァルキリーはダークヴァルキリーになってしまうということですか?
それとも、……儀式のために人さらいを行っていたんですか?」
ミリアはサラの前に立たされても毅然とした姿勢を崩さなかった。キィちゃんや仲間が、どうして傷つけられなければならなかったのか知りたかった。
そして、答えは返って来た。
「いいえ?」
そういう前例を聞いたわけではない。血を浴びることで、何かが達成されるという事実など知らない。
目的があって、人の血を浴びてるわけじゃない。
言うなれば、人の血を浴びるのが、目的なのだ。
優梨子が笑った。
「だってあの方、本当に自分のためだけに動いているんですもの」
答えを聞いて、生贄としてミリアと共に連れて来られた神代 明日香(かみしろ・あすか)は怒りのためにふるふると震えた。
「そんな……っ、意味のないことのためにっ」
「わかってもらおうなんて思ってないよ。皆がどう思うかも知ってるし、申し訳ないとも思う」
サラは言う。血にまみれた彼女の姿は、一種の神聖さすら浮かばせていた。
「けど、自分がなりたいものになるためだったら、可能性があるならなんでもやる。それだけ」
それは、極端に歪んではいたけれど、少しも揺らぎがない……まるで一つの信念のように湯島 茜(ゆしま・あかね)は感じた。
「ごめんね。時間ないから、お喋りもこれでおしまい」
申し訳なく、ミリアに槍が振り上げられた。
「ミリアさん!」
ヘタに抵抗すれば他の人が危害を加えられるかもしれない。光条兵器を呼び出しても明日香ひとりで戦えるかどうかは定かじゃない。時間をかせげれば仲間が駆けつけてくれるだろうが、それまで全員を守ることができるのか。
そんな優しさが、明日香の判断を遅らせた。
ミリアは、避けようとすらせずにサラを睨み続けていた。見ようによれば、まるで全て受け入れたかのようにすら思える、崩れない姿勢。それが、力を持たない彼女なりの戦いだった。明日香は叫んだ。
「だめ――!!」
ガゥン!!
その時、一発の銃声が鳴り響いた。カランカラン、と何か硬いものが転がり落ちる音。
おそるおそる目を向けた明日香の目に、槍を弾かれて手を押さえているサラの姿が映る。
入り口側には、おそらく今の発砲を行ったのだろう閃崎 静麻(せんざき・しずま)が肩で息をしながら佇んでいた。
「っあ〜〜〜、キッツー……。でも、ま。間に合ってよかったぜ」
静麻は、にっと笑って見せた。
レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)と服部 保長(はっとり・やすなが)が駆け寄り、サラの前に立ちふさがる。
「もう大丈夫です」
レイナのその言葉が、どれだけ心強かったことだろう。
「ミリアさん、こっちへ!」
本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)たちに促されて、ミリアをはじめとする生贄たちが外へと向かう。入れ替わるようにして、武装したアルコリアやメイベルたちが祭壇へと飛び込んでいく。すれ違いざまにミリアと目が合うと、アルコリアはばっちりウィンクしてみせた。
「あとは私たちに任せてください!」
言いながら、抜きはなった刃がきらりと光る。
神殿の外に、グランたちを筆頭とする先頭集団が蛮賊を蹴散らして道が出来ていた。
七尾 蒼也(ななお・そうや)や沢渡 真言(さわたり・まこと)、神代 明日香(かみしろ・あすか)が身体を張って一般人や怪我人が逃げるのをサポートする。
そうして作られた道を抜ければ、やっと日常に帰れる。
「……大丈夫?」
涼介が伺うと、ミリアは今更ながら湧いてきた恐怖で震えていた。もし、もう少し遅かったら。もしかしたらこうして会話することもままならなかったかもしれない。
「……実は、ずっと怖かったです」
こそっと、困ったような笑顔で打ち明けてくれるミリアに顔をほころばせ……
涼介は、赤い玉がこちらに向かってくるのを感じた。考えるよりも先に身体が動いた。
「危ない!」
突き飛ばすようにしてミリアをかばった涼介の身を、ファイアストームが焼いた。ミリアが悲鳴をあげる。
「涼介さん!」
「おにいちゃん!」
駆けつけてきたクレアがすぐさまヒールをかけたおかげで大事には至らなかったものの、肩口から背中にかけて負ったやけどは決して軽いものではなかった。
「涼介さん、涼介さんごめんなさい。私……」
「大丈夫だ。……それより、あなたが無事でよかった」
冷静さを失うなんてらしくないなと思いつつ、涼介はそう言って微笑んで見せた。
「涼介さん……」
その光景を見下す人がひとり。
「あーらぁ、邪魔されちゃった。ヒロイン欠番にしてやろうと思ったのに、残念」
ミリアめがけてファイアストームをぶちかまし、ついにSPが尽きたメニエスは肩をすくめると箒で空高く飛び去っていった。
優梨子が祭壇の間に飛び込むのと、ほとんど同じタイミングで、アルコリアのソニックブレードがサラの身体を貫いていた。
利き手を静麻の放った銃弾で負傷し、武装したつわものたちに取り囲まれてからは、何ともあっけなくその結末を迎えたのだった。一度崩れたものは、こうまでに脆く、女神信仰は完全に崩れ去った。
これまでやってこれたのは、協力者と信者たちが手足となっていたから。一人になった女神は、ただの一人の戦乙女に還った。
「可愛い娘は好きですけど、迷惑な娘は嫌いです」
剣を引き抜くと、アルコリアはサラリと髪をかき上げる。それは、見とれるほど洗練された仕草だった。ナコトの賞賛が降りしきる中、サラの口から、コフッと血が滴った。ぼんやりと、優梨子はそれを遠くから見つめる。
「サラさん……」
「ああ、血が……もったいない、な」
それが、凶悪な人さらい事件を巻き起こした血塗られた女神の最後の言葉だった。
サラが倒れると、それまで戦っていたものも次々と降参していく。やがて、戦う相手を失った人々は、一人、また一人とその場をあとにした。湯島 茜(ゆしま・あかね)だけが去る前に一瞬立ち止まり、もう何も見ないサラの目を閉じ、手を合わせてくれた。
「終わりって、いつもこう、あっけないものですわね」
いつの間にか戻ってきた宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)に気づきながら、しかし話しかけるわけでもなく優梨子はつぶやいた。
「……残念」
「血塗られた女神、敗れたり!!」
神殿を制圧した雪だるま王国は、ここを王国の所領と化すことを宣言した。
マナが神殿のてっぺんに雪だるまの旗印を掲げる。いつの間にか勝手に脱出してきたスノーマンと並んで、女王美央から賞賛の言葉が述べられる。王国民による蛮賊勧誘も忘れない。
「みなさん、よく戦ってくれました。王子の奪還とともに、雪だるま王国の礎を広げることが出来ました。これもみなさんのおかげです。今日は帰ってよく休むように。……なお、我が雪だるま王国は万民に開かれています。力を求めるもの、帰るべき場所を求めるもの、みな我が国においでください。繰り返し……」
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