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リアクション
5.小ババ様たちの回廊
「うーんと、このへんでいいかしら。エルシア、ちょっとこっち来て、早く早く」
廊下を歩いていた高務 野々(たかつかさ・のの)が、エルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)を手招きした。
「はい、なんでしょう?」
「それじゃ、いきますよー。ということで、まず羽根を出して♪」(V)
「こうでしょうか」
エルシア・リュシュベルが、言われるままに守護天使の光の翼を展開する。
虹色のフィルム状の光を放つ薄い翼が、くるくると巻紙を解くようにして広がっていった。
「で、そのまま待機っと」
「いったい、何をするのですか。こんな狭い廊下では、飛ぶのは不適切ですし……」
思いっきり不審そうにエルシア・リュシュベルが訊ねた。
「うーんと、釣り……かなあ」
「釣り?」
「ほら、守護天使の羽根って光ってるじゃない。小ババ様をおびきだすには最高の餌かなあって……」
ちょっと言いにくそうに、高務野々が答えた。
「餌!」
その言葉を聞いたとたん、エルシア・リュシュベルがあわてて光の翼を引っ込める。
「キミは、あたしの羽根が囓られてなくなってもいいと言うのか!」
「大丈夫、囓られても、また生えてくるから」
「生えません!」
「でも、試してみたことあるの? ないなら、生えてくるかもしれないじゃない」
「試したくもありません! あれっ、あれ?」
大声で言い返したエルシア・リュシュベルだったが、うまく光の翼が収納できなくて首をかしげた。
「こば、こばっ」
「やったわ、かかったわよ!」
引っ込もうとしている光の翼に噛みついて引っかかっている小ババ様を見て、高務野々が嬉しそうに叫んだ。
「やーん、取ってください!」
エルシア・リュシュベルが、背中に手を回して悶えた。
「任せなさい! 光になれぇ!」
スリッパを持って徘徊していたエヴァルト・マルトリッツが、怒濤の勢いで駆けよってきた。そのまま、スリッパの一撃でスパコーンと小ババ様をはたき落とす。
しゅわわーん。
「では失礼する」
目的を達したエヴァルト・マルトリッツが、次の獲物を求めて去っていった。
「ああ、せっかく釣れたのに……」
高務野々が、小ババ様が叩き落とされたまだ微かに光っている床に顔を近づけて嘆いた。そのまま、チラリとエルシア・リュシュベルを見あげる。
「やっぱりだめですか?」(V)
「もう、しませんからね!」
★ ★ ★
「さあ、いらっしゃいませー。カラー小ババ様だよー、安いよー」
購買近くにむしろを敷いて店を出した蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)が、通りがかる人たちにむかって叫んだ。鞄の小人さんたちがリボンで手を縛って逃げだせないようにしている小ババ様たちは、ヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)の用意したドール服を上から被せられ、髪の毛を絵の具でぞんざいに青や赤に塗られている。
怪しさでは、ヒラニプラで開かれているという闇市にも匹敵する感じだ。
「わあー、かわいいー。クライス、買って買ってー」
通りかかったサフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)が、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)の袖を引っぱって騒いだ。
「うーん、専門家に任せて、今回は傍観してようと思ったんだけど。まあ、一匹ぐらいならいいかなあ。で、いったい、小ババ様をどうするつもりなんだ?」
どうしようかとちょっと悩みながら、クライス・クリンプトが言った。
「もちろん、着せ替え遊びするんだもん」
屈託のない邪気を込めて、サフィ・ゼラズニイが答えた。
「わあ、趣味が合いますねー」
ヒメナ・コルネットが、嬉しそうにうなずいた。
「もう、着せたい服とか作ってきてあるんだよー」
ドール用の薔薇の学舎の制服や、教導団制服などをごそごそと取り出して、サフィ・ゼラズニイが言った。
「次は、これ。蒼空学園のブレザーや百合園女学院のドレスもあるんですよ。オプションで、販売してまーす」(V)
波羅蜜多セーラー服姿の小ババ様をさして、ヒメナ・コルネットが売り込んだ。
「ほう、カラー小ババ様か。珍しいな」
樹月 刀真(きづき・とうま)が、話の間に割って入ってきた。そのまま、品定めでもするかのように、小ババ様をつかみあげる。
「こば? つぶすの?」
ぎゅっとつかまれた小ババ様が、ちょっと顔を顰めて鳴いた。
「はい。潰します」
そのまま、樹月刀真は小ババ様を握り潰した。
「こばー!!」
樹月刀真の手の中で、小ババ様がしゅわわーんと光になって消える。
「あー!!」
あまりの出来事に、一同が悲鳴をあげる。
「うちの商品を……!」
「密売はいけないぞ」
怒る蒼空寺路々奈を、樹月刀真がきっちりと押さえた。
「刀真、酷い!」
遅れて駆けつけた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、状況を察して樹月刀真を睨みつけた。
「遅いぞ、月夜。黒の剣だ」
動じることなく、樹月刀真が光条兵器を要求して漆髪月夜の方に手をのばした。
「嫌」
思わず、漆髪月夜が身をかがませて退いた。狙いを謝った樹月刀真の手が、漆髪月夜の胸をむんずとつかむ。
「あっ」
「セクハラ……」
「あら、セクハラだわ」
「うん、セクハラだな」
「セクハラです」
「セクハラだねー」
「セクハラこば」
一同の冷たい視線が、樹月刀真に容赦なく突き刺さった。
「ちょ、ちょっと待って……。ええい、お前まで言うな!」
激情に駆られた樹月刀真は、残っていたもう一人の小ババ様を容赦なく踏みつぶした。
しゅわわーん。
「ああっ!! うちの子にするつもりだったのに!!」
叫ぶなり、漆髪月夜がゴム弾を装填した鎮圧用の銃を構えた。
「ちょっと、月夜、勘違いするな。見た目で判断しちゃだめだぞ、こいつらはネズミなみの害虫で……」
「ハムスターさんだって、ネズミさんだってかわいいもん!」
問答無用で、漆髪月夜がゴム弾を発射した。
「いてっ! 落ち着け!」
「狙い撃つ!」
たまらず逃げだす樹月刀真を追って、漆髪月夜はゴム弾を乱射しながら走りだした。
★ ★ ★
「キラッ☆ いや、俺に何をさせたいんだ?」
全身をキラキラしたルミナス装備一式(女性用ドレス)でかためたカノン・コート(かのん・こーと)が、思わずポーズをとってしまってから水神 樹(みなかみ・いつき)に突っ込んだ。
「餌ですよー」
臆面もなく水神樹が答える。
「囓られるためにこんな格好をさせられたのか」
「まあまあ」
溜め息をつくカノン・コートを、水神樹がなだめた。
「とりあえず、人気の少ない所へ行こう」
「なぜ? 人の多い所の方がいいんじゃないの?」
すたすたと歩きだすカノン・コートを、水神樹が呼び止めた。
「いや、隠れている小ババ様をおびきだすんなら、人目につかない隠れやすい場所の方がいいかなと……」
まさか、恥ずかしいから人目を避けたいとも言えず、カノン・コートが適当に誤魔化した。
「あら、地味な格好ですわね。そんなことでは、小ババ様は寄ってきませんわよ」
全身に復興記念コインを貼りつけたノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が、勝ち誇るようにカノン・コートに言った。服の代わりに記念コインを繋げて作ったドレスを着ているわけだが、さすがにノート・シュヴェルトライテの体形にコインの服がついていけず、ちょっと色っぽい。ところで、もしも記念コインを食べ尽くされてしまったらどうするつもりなのだろう。
「恥ずかしさではどっこいどっこいだな」
カノン・コートは、小さくつぶやいた。
「素敵な餌ですね」
「ええ、ありがとう。たくさん捕まえて、小ババ様牧場を作る予定なんですよ」
「まあ、それは素敵!」
水神樹に言われて、鞄の小人さんを従えた風森 望(かぜもり・のぞみ)がニッコリと答えた。それを聞いて、すばらしいと水神樹が褒め称える。
「とりあえず、俺は俺の行きたい所に行くぞ」
これ以上目立ってたまるかと、カノン・コートが歩きだそうとした。
「うおっ!?」
突然つるりとすべって、カノン・コートがスカートをぶわっとめくれあげさせて倒れた。
「ほほほ、何をして……はらっ!?」
笑ったノート・シュヴェルトライテも、つるんとすべって騒々しい音を響かせる。
「ああ、すみません。寄せ餌がそちらまでいってしまいましたか」
床中に転がっているビー玉をさして、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)がカノン・コートたちに謝った。
光り物ということで、飴玉によく似たビー玉をばらまいて小ババ様への寄せ餌にしていたのだ。
「ぱらぱらぱら〜。ぱらぱらぱら〜」
虫取り網を担いだリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、鳩の餌のようにビー玉を廊下にばらまいていた。
「撒きすぎです」
「え〜、たくさんの方がいいと思いますのに」
戦部小次郎に叱られて、リース・バーロットが不満そうに言い返した。
「これじゃ歩けないだろうが、うわっ」
立ちあがろうとしたカノン・コートが、再び転ぶ。
「これじゃ、身動きがとれないですね」
風森望が困っていると、何やら大勢がやってくる物音が聞こえてきた。
「こばー!」
「こばー!!」
地下から現れた小ババ様たちの群れを、繭住 真由歌(まゆずみ・まゆか)を肩に乗せたノートリアス ノウマン(のーとりあす・のうまん)がカルスノウトで薙ぎ払いながら追いかけてくる。
「蹴散らせ、ノウマン」
しゅわわーん。しゅわわーん。
繭住真由歌の命令に忠実に、ノートリアス・ノウマンが小ババ様を光に変えていく。だが、なにせ数が多い。
「これは、確実に小ババ様牧場が作れます!」
風森望が喜んだ。
「捕まえますよ、リース」
「お任せくださいですわ」
戦部小次郎に言われて、リース・バーロットが網を持って身構える。
「きゃあ、コインが……」
「服が!」
押し寄せる小ババ様たちの波に呑み込まれたノート・シュヴェルトライテとカノン・コートが悲鳴をあげた。
かじかじかじ……。
「こばあ!」
あっと言う間に、光り物を囓られてすっぽんぽんにされる。
「潰されてしまう前に、保護を……」
水神樹が叫ぶが、状況的には保護する必要があるのは彼女たちの方であった。
「小ババ様を潰す人は、めっです。ブリザード!」
混乱の中、潰されていく小ババ様たちを助けるために現れたノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が、弱めのブリザードでノートリアス・ノウマンたちの動きを封じた。
「さ、寒いですわ」
すっぽんぽんにされたノート・シュヴェルトライテが、寒さにぶるぶるとふるえる。
「この程度……。まだ動けるな、ノイマン」
繭住真由歌に言われて、ノートリアス・ノウマンが身体から垂れ下がったつららを打ち砕いて、床で凍りついている小ババ様を踏み砕いた。
「あらまあ〜。ノルンちゃん、小ババ様まで凍りつかせちゃだめじゃないですかぁ〜」(V)
逆効果だと、神代 明日香(かみしろ・あすか)が叫んだ。
「困ったですぅ〜。今、溶かしてあげますぅ〜」(V)
光条兵器の投げ槍を取り出すと、神代明日香は手近かな小ババ様に押しあてた。
ジュッ。
しゅわわーん。
「わーん、明日香さん、小ババ様まで溶けてます!」
ノルニル『運命の書』が悲鳴をあげた。
「こばー、こばー」
凍りついた小ババ様たちがどうしようもできずに光になっていく中、難を逃れた多数の小ババ様たちはそのまま学校内へ散っていった。
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