蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

五機精の目覚め ――紅榴――

リアクション公開中!

五機精の目覚め ――紅榴――

リアクション


第一章

・違和感

 PASDの本隊に先行し、遺跡の地下二階に到達しているもの達がいた。
「ずいぶんと血なまぐせェな。一コ上の階とは大違いだぜ」
 鼻から口元を掌で押さえ、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が呟いた。
「先の方は見えないけど、ここから先は明らかに『違う』わね」
 ナガンの言葉を受け、メニエス・レイン(めにえす・れいん)が静かに声を発する。彼女達は地下一階までとの空気の違いを感じ取っていた。
「先遣隊の連中、こりゃ全滅だな。おとなしくヤベェと感じた瞬間に逃げときゃいいものを」
 顔をしかめつつ、ナガンは早足で先へ先へと進んでいく。
「どっちにしたって、ヤバイと思った時にはもう手遅れだよ。そうじゃなかったら一人や二人くらい戻ってきてるだろうさ」
 桐生 円(きりゅう・まどか)もまた、先遣隊の生存は絶望的だとみている。
「ワーズワースとやらの造った兵器は、話によればとんでもなく強いらしいね」
「強いなんてものじゃないですよっ。中には十人がかりでも倒せないのだっているんですから」
 と、桐生 ひな(きりゅう・ひな)が言う。
「機甲化兵でさえ、弱い部類でも三人がかりじゃなきゃ倒せないくらいですからね。あの『灰色の花嫁』ほどだったら……」
 御堂 緋音(みどう・あかね)はひなと同じく、圧倒的な強さを目の当たりにしている。だからこそ単に情報として知っているメニエスや円達よりも、この遺跡に潜む危険に対して警戒していた。それはナガンも同様であろう。むしろ、全身の骨を粉々に砕かれたのだから、誰よりもワーズワースの造りし存在の危険性を熟知しているはずである。
「おねーちゃーん、これ見て、早く早くー」
 先頭を行くメニエスのパートナー、ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)が何かを発見したようで、彼女を呼んでいる。
 それでも、ペースを崩さずにその場へと進んでいく。
「これが例の『機甲化兵』?」
 そこにあったのは、一体の人型だった。パワードスーツのような、と言えばしっくりくる外見である。それが壁の窪みに収まっていた。
「壊れているみたいだねぇ」
 円のパートナー、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が光術で照らしながら調べる。
「動いた様子はないね……おや?」
 円が何かに気付いたようだ。
「これって壊れているんじゃなくて、ここに『保管』されてるだけじゃないかな? オリヴィア、もう少し通路や周囲を照らしてくれないかい?」
 オリヴィアが光源をシフトさせる。すると、通路の両端の壁に、等間隔で機甲化兵が並んでいる事が分かった。
「こんなに……一体ここは?」
 緋音が確かめるように辺りを見渡している。ヒントになりそうなものを探しているのだろう。
「上で拝借した資料によれば、このフロアの一角が『第一次計画保管室』になっているとある。ここがそうだろうな」
 一階の資料を読み進めていた緋音のパートナー、真理の秘録書 『アヴァロンノヴァ』(しんりのひろくしょ・あう゛ぁろんのう゛ぁ)が説明する。
「二百体あるうちの大半はここではない場所にあるらしいがな。ここには十八体、とある。なぜ分けたのかまでは書いてはいない」
「『研究所』ではあの場所を守るために投入されていたようですが、これらは違うようですね。あれ、壁の上部に何か書いてあります」
そこには、『改良済・騎士型』と古代シャンバラ語で書かれていた。壁に埋まっているのは甲冑の騎士を思わせる佇まいである。緋音の身の丈ほどもある大剣を地面に突き、直立している。
「まあ、動き出さないとも限らないから今のうちに行った方がよさそうだね」
 あくまでも彼女達は何かが起こったとされる最奥へ向かう琴である。あまり気を取られている場合ではなかった。
 それに、
「おい、こりゃあ……」
 とナガンが保管室を抜け、その光景に目を見開く。
 おびただしいほどの赤黒――壁、床に転がる「人であった」肉片。通路にはそれらが散らばっている。常人ならば、見た瞬間に恐慌状態に陥っても不思議はないほどだ。
「ふぅん、思っていたよりも面白いことになっているじゃない」
 メニエスはただ静かに、それらを眺めていた。
 もはや何人死んでいるかも分からない有様だ。人の形を保っている死体は数えるほどだった。
「よくもまあ、こんなに殺し尽くせるものね」
「メニエス様、もしかしたら先程の機械がまだいるのかもしれません。徹底的に殲滅するとプログラムされているのなら、納得がいきます」
 メニエスのパートナー、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が警戒しつつ、推察する。
「心を持たぬが故の所業、ね」
 ただ兵器として造られたものに、慈悲の念など存在はしない。それが妥当な判断だろう。だが、『研究所』で機甲化兵と対峙した者達は言い知れぬ違和感を感じていた。
「なあ、『研究所』じゃ地下にもさっきみたいなのいたんだろ? 連中、ここまでするような感じだったか?」
 ナガンがひな達に尋ねる。
「地下は容赦なく、って感じでしたっ。あれは封印されてたものを守るためだからかもしれませんが」
「上の方は、ある程度離れちまえば追ってはこなかったぜ。わざわざ違うプログラムなんて組むとは思えねェんだよな」
 かつての状況からすれば、逃げようと思えば逃げれる相手である。先遣隊も、機甲化兵が電撃に弱い事くらいは知っていたはずだ。
「これは、ワイヤーでしょうか?」
 緋音が見つけたのは、金属製の糸のようなものだった。だが、なぜそんなものが落ちているのかは分からない。
 死体の大半は、銃弾を無数に浴びたかのように肉が引き千切れていた。ところが、なぜか壁には鋭利な刃物で切り込みを入れた跡が残っている。
「ち、嫌な予感しかしねェな」
 鮮血に塗れた通路をナガンは歩いていく。突き当たりには下層への階段があり、急ぐように降りていった。
 その途中で、
「この先は用心した方がよいぞ」
 アヴァロンノヴァが口を開いた。
「先程の機甲化兵、資料に書いてある数より六体足りなかったからな」
 最初の一体を発見したところから先は、この場の全員が確認している。問題はその手前に本来はあったはずの数体がいなかったことだ。
 彼女達より先に訪れた何者かが持ち去ったのか、それとも――
            
            ***

「静かだな」
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、光精の指輪で明かりを確保しつつ地下二階を進んでいた。途中の分岐を左折していれば『機甲化兵保管室』に行き着いていたが、彼は直進のルートを通っている。
「この辺りには人の気配がないぞ……が、なんだかコゲ臭いな」
 彼のパートナー、蘭堂 一媛(らんどう・いちひめ)が警戒しつつ口を開いた。コゲ臭い、という事は何かが燃えた事にほかならない。
 その原因はすぐに明らかになった。
「うわ、なんだこれ!?」
 トライブが見渡した通路は、火事にでもあったかのように、黒くくすんでいた。それだけでなく、
「飼い主殿!」
 一媛が見つけたのは、真っ黒になり煙を上げている機甲化兵の姿だった。
「さっきまで動いてたみたいだぜ、これ。なんでこんな事になってんのかは知んねーけどな。先遣隊がやったのか?」
 念のため、二人はその機甲化兵を調べてみる。すると、装甲の表面より内側が焼け爛れていた事から、内部から強力な電流によって焼かれたものだと分かった。
(高圧電流……いや、そんなレベルじゃないな)
 もう一度通路の奥のほうまで光を照らし、確かめる。もう一体、機甲化兵の姿がある。周囲には、先遣隊のものと思しき遺体が点在していた。不思議なことに、それらは一切焼けた様子はなかった。
「とにかく、先に進めば何かありそうだ……ん?」」
 その時、二人は何者かの気配を感じた。周囲に人影はない。
「誰かに見られている? いや、こいつは壊れてるし、殺気はない。ただ様子を窺ってるという感じだろうが……」
 獣人である一媛でも、その気配の正体までは掴めない。
 不穏なものを感じつつも、二人は奥へ奥へと進んでいった。

            ***

(気付かれるところだったぜ)
 トライブ達の少し後方、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は光学迷彩で姿を消しながら進んでいた。その途中で、二人の姿を見つけたのだ。
 だが、
(この状況で出て姿を見せるのもな。変に警戒されても厄介だし)
 と、ここでは接触を避けた。
(それに、前の時は調べられなかったからな。一応、コイツを見ておくとするか)
 彼女は黒コゲになった機甲化兵を調べてみた。もしかしたら、使われている部品や武器で無事なものがあるかもしれない。
(さすがにこの有様じゃダメか……)
 動力部の機晶石らしき物体まで、完全に破壊されていた。それほどの電撃が流し込まれたということだろう。それこそ落雷に直接当てられたかのような……
 調べ終え、彼女もまた奥のほうへ進んでいく。その時、
(なんだ、これ?)
 ミューレリアが見つけたのは、焼け焦げた金属性の糸のようなものと、壁に走る傷だった。それは別の通路で発見されたものと同種であるのだが、それを知る由はなかった。