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温室の一日

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温室の一日

リアクション

 急に画面が明るくなった。
 害虫と戦っている姿が映し出される。
 皆は慌てて身を乗り出し、食い入るようにスクリーンを見つめた。
 巨大ムカデのようなものが、地中から顔を出し、餌を求めて皆に襲い掛かっている。
 現実世界に残っているメンバーは、どうやらあまりにも状況が切迫していて、不幸なことにタネ子の悲鳴は耳に届かなかったらしい。
「きゃっ……! 危ないっ! あ、あぁ…に、逃げて!!」
 秋日子は画面を見ながら悲鳴をあげた。
 知らず涙が流れていた。
 この場所から動けないことがもどかしい。だが、助けに行けたとしても守れる自信は無い。
 歯がゆい、苛立つ、悔しい──
「大丈夫、皆はきっと大丈夫ですから! 逃げ延びてくれます!」
 キルティスも、そしてそこにいる皆も、同じ気持ちだった。
 手を固く握り合って、無事を祈った。

「早く! 早く上がらなきゃ!!」
 歩は手を伸ばした。
「巡ちゃん、つかまって!」
「歩ねーちゃん、怖いよー!!」
「後ろ見ないで走って!」
 ゆるい砂地に足を取られながらも、必死で駆け上がる。
「やっと……あっ、アルコリアさん!?」
 ようやく上に辿りついた歩は振り返った。
 アルコリアの所までは、まだ少し距離がある。
「急いで! アルコリアさん!」
 歩と巡は、近くにあったつる草を引っ張り出し、ロープ代わりに差し出した。
「これに捕まって!」
「──来ます、害虫が襲って来ますっ! みんな早く! 歩さん達のつる草を使って登るんです!」
 アルコリアが叫ぶと、ナコトとシーマと眞綾もそれに飛びついて駆け上がる。
「助けてくださいですわー!!!!」
「あんなのに食べられたくないのだー!」
「ひゃーたーすけてー!」

……みんな恐怖のあまり、画面から目を逸らさずにはいられなかった。 

「コンビニで買ってきた殺虫剤なんて役に立たないよ!」
 葵が叫んだ。
「こっちに来ないでー!!!」
 今にも葵に遅いかからんとする巨大ムカデ。
 そう。奈落の底に落ちていたのだ。
 エレンディラは夢中で【雷術】を放ち、【氷術】を使って害虫の周囲の温度を下げた。だが効いている気配は微塵も感じられない。
「イングリットちゃんっ、葵ちゃんを連れて逃げてください!」
「OK〜。撤退、退却、ごきげんようにゃ〜」
 固まっている葵をひょいと担ぐと、エレンディラを置いて一目散に逃げようとするイングリット。
 葵は慌てて。
「ちょちょちょっと、グリちゃん! 待って待って!」
「うぇ〜? なんでー」
「エレンを置いて先に逃げるなんて出来ないよ!」
「めんどくさいにゃ〜」
 その時。
「うっし、危険事はおっさんの担当だな! まかせろ!!」
 ラルクが飛び出してきた。
「どんなもんでも来てみやがれ! 強ければ強いほどおっさんは燃えるしな。的確に急所を抉ってやるぜ! ……え?」
 間近で見ると、かなりでかかった。
 これはちょっとヤバイ。拳主体での近接戦闘は見送った方が良さそうだ……悪い足場、接近戦は避けるべきだ!
 日頃の戦闘能力が的確な方法をはじき出した。
「そこです!」
 翡翠が銃で援護を開始した。
「倒すのは、無理だと思うので、そこそこダメ−ジ当てて……この場を離れましょう!」
 翡翠の提案に、ラルクは大きく頷いた。
 動きを止めるのがやっとだ。傷一つつかない。
「おい、早くしろ! こいつは、相手するだけ無駄だ!」
 レイスが叫んだ。
「分かってます!」
「翡翠ちゃん、レイスちゃん! う〜もう、限界。虫なんか、嫌い〜!」
 迷子になって穴に転がり落ちていた花梨は、助けに来てくれた二人に涙ながら訴える。
 何もかも虫のせいだぁ!
「了解! 逃げるぞ!」
 レイスが花梨を担ぎ上げて走り出した。

「管理人さんの言う通り、友達にはなれそうにないですね。けど焼き払うのは当然無理ですし、アシッドミストも当然無理。「氷術」で凍死も効かないとなると……」
 下にいる敵が、あまりにも巨大すぎる。
 満夜は舌打ちした。
 ムカデのようなたくさんの足、鋭い牙、固い胴体──
「なんだってこう温室には化け物が集まるんですかっ!!」
 タネ子の悲鳴を聞かせて石化させれば楽に倒せる……なんてことは考えていなかったのだが、仲間にとっては正解だったかもしれない。
 害虫には効かなかったが、逃げ遅れた数人が石化してあちこちに転がっている。
 そしてその石像には、見向きもしない。
「良かったです、悲鳴で石化してくれて。ただ……黄金水の犠牲にだけはなってほしくないですね。黄金す……嫌ぁぁぁぁぁ!!」
 想像して、満夜は発狂した。
「おぉ!? どうかしたんですか?」
 永太が驚いて満夜を見た。
「害虫にやられましたか!?」
「あ、いえ……」
「まだ下に落ちている人がいますね。誰かがやらなければいけないのなら、私がやりましょう」
「害虫など、発見次第火術で焼いてしまえばいいのです」
 ザイエンデに、永太は首を振った。
「あの表皮は炎や氷が効かないようです。タネ子さんと通じるものがあります」
「……じゃあ行くだけ無駄じゃないですか!」
「【スライム】のハイデッガーは、背後でヌルヌルさせておいてます。【狼】のマルクスと【巨大甲虫】の姫子は、周囲の警戒を頼んでいます。害虫に襲われ、ピンチの者がいたら、救出に向かうつもりでここに来ました」
 永太のまっすぐな目に、ザイエンデはため息をついた。
「勝手にしてください」
「はい!」
 永太はにっこりと笑った。

「こんがり美味しく害虫調理するかねー…って無理だぜ、これは!」
 侘助は思わず叫んだ。
 害虫が群がるくらいだから、美味しい物が山のようにあるに違いねぇとは思っていたが。
 この害虫は群がってるとかって話じゃねえ、単に巣作りしてだだけだ。
 温室を自分の家に……
 侘助は背筋に悪寒が走った。
「こいつをどうにかしねえと、温室は死ぬ!」
「皆さん、食べることばかり考えて、気を散らさないように」
 突然、火藍があさっての意見を述べた。
 女王の加護で危険を察知しているため、皆をディフェンスシフトで、安全に保護している。
「久途先輩! こんなやつ早くぶっ倒してやりましょうよ!」
 子幸は、タネ子以上に美味いものがあるのではないかと害虫駆除を名目に立ち上がった。
 きっとそれがここで一番美味いものなのだろうと思っていたからだ。
 だが状況は変わった。
 まったく! それだけを楽しみにやって来たというのに……!
「へっ出やがったな!!残らず片付けてやるぜ!!」
 莫邪が今にも飛び掛らんばかりに叫んだ。
 無鉄砲にも程がある。
「そのまま行ったら必ずやられるぞ…じゃけぇ、タネ子さんにしとけぇゆぅたんじゃ!」
 朱曉が顔をくしゃくしゃにして怒った。
「わしゃぁ逃げる!」
「そうでありますな、ここは逃げた方が……」
 子幸は大きく頷いた。
「情けないけど……本当に強すぎるよ、どうすればいいんだろう…!?」

 想の切迫した空気が、画面を通して届く。

「──大丈夫ですか!? 早く上へ向かって下さい!」
 永太が叫んだ。
「はのんちゃんとの連携で、火術と光術を使って虫さん達を超〜誘います。プレナは光術が使えないので、火術担当ですねぇ〜。魔法初心者ですので、はのんちゃんからアドバイス受けながらがんばります!」
「あれには魔法が効かないんですよ! 逃げなきゃ駄目です、早く!」
「うぇえええぇ〜そうなんですかぁ?」
 プレナは驚いた顔をして波音を見た。
「そうなの!? 魔法で倒せると思ってたのにぃ。じゃあ逃げなきゃ! 魔法が使えないのなら意味ないよー!」
 波音は慌てふためいた。
「捕まえた虫さんは虫カゴに入れて、アンナおねぇちゃんに渡せばいいって聞いたけど……大きい時のためにびっくな虫取り網も用意したんだけど……でも全然足りないや…」
「ララちゃんが捕まえた害虫を凍らせて動けなくするつもりでしたが、全然無理ですね、入りませんよ!」
「虫かごなんて、今はどうでもいいよ! 魔法が効かないなんて聞いてないー!」
 波音は叫び続ける。
「皆、逃げましょう!」
 永太の掛け声にしたがって、一目散に害虫の傍から離れ始めた。

 どがん!

 いきなり世界が揺れた。
 害虫が餌を求めて激しく動き始めたのだ。
 このままではみんなが捕まってしまう!
 助けて!
 誰もが救いを求めたその時──

 スコールが発生した。

 正確に言えば、水量調節が出来てないスプリンクラーの発動だが。
 途端に、奴の動きがにぶくなった。
 それどころか固まったまま、微動だにしない。こいつは……水に弱いんだ!
「みんな! 今のうちだよ!」
 歩の言葉を皮切りに必死に這い上がり、これ以上害虫が来れない場所まで来ると、ほっと安堵の息をついた。
「こ、怖かった……」 
 巡の声が、僅かだが震えている。
「だから近づくなって、管理人さんは言ったんですね……」
 アルコリアの呟きに、ナコトとシーマは暗い表情で頷く。
「魔法も銃も効かないなんて」
「どれだけ危険な虫なのだよ……」
 スコールが止み、再び動き出した巨大ムカデは、土の中へと潜っていった。
「もう、どうすることも出来ないよ」
 歩が小さく呟いた。
 これはもう、管理人さんに任せるしかない。
「囮になるどころの騒ぎじゃなかったですね。逃げることに必死で」
 満夜がため息をついた。
「疲れましたね。……屍累々と言う所ですねえ……皆さん大丈夫でしょうか?」
 翡翠が苦笑しながら言った。
「ものすげ〜疲れたぜ。なんなんだよ。一体……」
「疲れたよ……虫、当分見たく無いかも」
 レイスの脱力した声に被せるように、花梨も呟いた。
「──可愛い後輩を怖がらせる虫さんは氷術で凍らせてゴミ袋行きにするつもりだったのに…」
 プレナは呆然と立ち尽くしていた。
「ありがとう、プレナ先輩……守ってくれて。…とても暖かい気持ちになります…」
「幻ちゃん?」
「プレナ先輩といると…少し、虫が平気になったみたいです…」
 顔を赤くしながら、想が小さく囁いた。
「……虫さん、カゴの中に入れようと思ってたんだけどぉー…」
「しょうがないですよ。あんなに大きくて強いんじゃ」
 アンナが、しょんぼりしているララに微笑みかける。
「どうやって退治すればいいんだろうねぇ、あれ」
 波音がぼんやりとした声を出した。
「これからこの温室は、どうなっていくんだろうな……?」
 ラルクは渋い顔で呟いた。

 みんな深いため息をついて、しばらくその場から動けなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あ、またお水あげなきゃですね。たっくさん飲んでくださいね」
「湿気はあっても、喉は渇くからねぇ〜」
 悠希とネージュは、桜井 静香(さくらい・しずか)校長に渡す花を選別していた。
「ボタン〜ボタン〜、えいっ……!」
 しばらくすると。滝のような水が天から降ってくる。
「わーん! またスコールになっちゃったよー!」
 ネージュは慌ててカフを下げた。
 またしてもびしゃびしゃになりながら、悠希は可笑しそうに言った。
「……温室、本当ジャングルみたいですね。突然の大雨といい、この気候といい」
 辺りを見回し、ふいに止まる。
「動物…の、鳴き声?」
「人間の叫び声、じゃないかなぁ? 奥から結構聞こえるけど……まぁ、いっか。気にしない、気にしない!」
 ネージュは笑った。
「お花、た〜くさん摘んで、校長先生に渡そうね」
「どんな風に喜んでくれるか、楽しみですね!」
 二人は微笑みあった。