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リアクション
1863年10月某日。
日中から降り続く雨は夜になっても止むことなく、京の町を濡らし続けていた。
夜中、壬生浪士の一人、芹沢鴨が眠りこけているはずの八木家を目指す複数の人影。
彼らは命を受け、厄介な存在とならんとしていた芹沢鴨を暗殺する心積もりであった――。
八木家に乗り込んだ者たちは、迷わず芹沢鴨と平山五郎が眠る部屋に押し入り、入り口傍にいた平山五郎を切り捨てる。血に濡れた刀もそのままに、奥に張られた屏風を切り裂こうとすると、刀が何かに当たり男は大きくのけぞる。事前の様子と異なることに一行に動揺が生まれるが、構わず別の男が刀を振り上げたところで、伸びてきた糸のように細い線が男の首に絡みつき、いとも簡単に切断する。鮮血が屏風を濡らし、部屋には平山五郎と名もなき男、二つの死体が転がる。
「……何奴!」
男の一人が小さく尋ねると、返事代わりに再び糸が空間を舞う。三人までは剣さばきと身のこなしで避けるが、もう一人は右腕を切断され、刀を取り落としてしまう。苦悶の表情を浮かべながら屏風を剥がしたところで、首に巻きついた糸が三つめの死体を作り上げた。
「鴨さんは私が生き残らせます」
湯文字一枚姿の藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)=お梅が、手にした糸を引き戻す。付着した血液が彼女の裸体を紅く彩っていく。
「売女風情に何が出来る!」
「待て、既にこちらは二人殺られている。ただの売女とは思えぬ」
一人が意気勇んで斬りかかろうとしたところを、もう一人が制する。落ち着きを取り戻した男がゆっくりと構えを取り、もう一人と三人とでお梅と相対する。
(……流石は名の知れた剣豪、一つの隙もありませんね)
足元の鴨は未だ泥酔しており、起きたところでまともには戦えないだろう。加えてお梅の武器では、剣を捌くことは不可能に近い。三人のうち一人は殺れるかもしれないが、その時には自分と鴨も殺られている。
騒ぎを聞きつけた家の者が入り込んでくれば付け入る隙はあるかもしれないが、それは目の前の三人も心得ている。そうなる前にカタをつけに来るだろう。
(……やはり、歴史は変えられないのでしょうか)
ならばいっそ自らの手で、そんなことを思ったお梅の耳に、先程まで耳元で響いていた声が届く。
「そろそろ俺の出番、ってか」
眠りこけていたはずの鴨がむくりと起き上がり、常に身につけていた鉄扇を手に立ち上がる。
「お梅……じゃねぇな。女、逃げな。こっからは俺たちの戦いだ」
「鴨さん、ですが――」
そこでお梅の言葉は途切れる。振るった鉄扇でお梅=優梨子を吹き飛ばした鴨が、剣を構える三人の男に不敵な笑みを向けた。
「俺に意味のある最期の場を用意してくれたことは、感謝してるぜ。どうせいつかはこうなるんだ。……にしても、俺一人殺すのに三人も凄腕の剣士を寄越しやがって、近藤め、粋なことをしてくれるぜ」
鴨の言葉に応える声はない。ここで何かを答えれば、鴨の言う通りだと言っているようなものだから。
「ここで俺を殺れなきゃ、新選組は俺がいただく。さしずめ俺は超えなきゃなんねぇ壁だ、なあ近藤!!」
男の一人が振り下ろした剣を、鴨の鉄扇が受け止める。弾いたところで背後から別の男が鴨の背中を斬りつけるが、構わず振るった鉄扇が男の額を掠め、男の顔が血に染まる。
「おめぇも最期は血ぃ噴いて死ぬ運命なんだよ!」
鴨が吠えたところで、男に脇腹を切られ、大量の血液を噴き出しながら倒れる。さらに一撃、二撃と剣が振るわれ、鴨の身体が血の海に沈んだ――。
芹沢鴨ら水戸派を屠ったことで、新選組は近藤勇ら試衛館派が中核を占めるようになった。
時は過ぎ、1864年7月。
新選組は尊皇攘夷派と繋がりがある者の自白から、近日中に京都御所を放火、幕府に連なる要人を暗殺し天皇を長州へ連れ去る計画を知る。
計画を未然に防ぎ、尊皇攘夷派を根絶するため、近藤勇率いる新選組は京の町を虱潰しに捜索にかかった――。
亥の刻に差しかかろうとしている頃、京の町を歩く風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)と沖田 総司(おきた・そうじ)の姿があった。現代で22時は、ごく普通の都心部はまだまだ人の姿が絶えないだろうが、今二人の前にはほとんど人の姿はない。
「静かですね……この中で時代が移り変わろうとしているなんて、まるで思えないです」
新選組といった治安維持組織が跋扈する中、わざわざ夜に出歩こうとする物好きはいないだろう。この時代の大多数の一般市民にとっては、得られる情報も限られているとあって、まだまだ時代の変革というものは意識していないはずである。
「優斗さん、こちらです。当時の私はこちらに向かったはずです」
総司が路地の一つを指し、優斗を導く。実際に池田屋事件を経験しているであろう総司には、これから起こる出来事が手に取るように分かる……そのはずだった。
だが、そこは豊美ちゃんが作った世界。この場に豊美ちゃんがいないことも、これからの出来事の理由に挙げられようか。
「……ゴホッ、ゴホッ!」
二人の視界の先で、一人の剣士が突如咳き込み、人目のつかない路地まで駆け込んだところで喀血し、そのまま倒れ込んでしまう。
「ねえ沖田さん、あれって……」
「まさか、倒れるにはまだ早いはず……ここが豊美さんの作られた世界だから?」
当時新選組が着ていたとされる衣装、それに目の前にいる総司と雰囲気が似ていることから、倒れたのが当時の沖田総司であると二人は見当をつける。
「どうします、助けますか? 簡単な治療くらいなら行えると思いますが……」
優斗の問いに、総司はすぐには答えず考える。
思想の違いとはいえ、一度は道を同じくした芹沢鴨暗殺に関わり、近藤勇率いる新選組の掲げる理想のために剣を振るうことを誓いながら、半ばにして病に倒れた沖田総司。彼が死ぬ間際何を思っていたのかは、もはや本人以外知る由もない――英霊とて完全に本人ではない――のだが、今自分の胸に僅かに残る無念は、おそらく当時の自分が思っていたものではないかと総司は思い至る。
(ならば、病に倒れることなく戦い抜くことができたら、どうなるだろうか……)
そうすれば、この無念を晴らすことが出来るだろうか。決意を固めた総司は、優斗に向き直る。
「優斗さん、私が代わりを務めます。出来る限り問題が起こらないようにしますので、優斗さん、もし豊美さんが来た時には……」
「……分かりました。僕からも豊美さんに掛け合って、許してもらえるように尽力します」
「……ありがとうございます」
一礼して、総司が京の町に飛び出していく。その後姿を見送りながら、優斗はこれから起こる出来事をしっかりと見ていこうと誓うのであった。
視界に映った人物が誰であるかに気付いて、原田 左之助(はらだ・さのすけ)は咄嗟に椎名 真(しいな・まこと)を路地に隠れさせる。
「うわっ!? 兄さん、一体何が――」
「シッ、黙ってろ」
真が頷き、気配を潜めた左之助が通り過ぎた人影――沖田総司の代わりを務めている総司――の背中を見つめる。
(沖田、何故ここに……確か今の時間は近藤さんと一緒にいたはず……既に歴史が変わっている?)
総司の姿が闇に消えていくのを見遣って、左之助が隠れていた路地から出て来る。
「兄さん、険しい顔してどうしたの?」
「ああ……真、俺が池田屋の件に関わってねぇって話はしたよな?」
「えっ、あ、うん、そう聞いたけど」
「その時沖田……沖田総司は近藤さん……近藤勇と一緒にいたはずなんだ。だけど今通り過ぎてったヤツ、あれは確かに沖田だった。史実と食い違ってやがる」
「そうなんだ……でもほら、ここって豊美さんの作った世界だし。兄さんの他にも参加してる英霊かもしれないし」
「……そっか、そうだよな。沖田の英霊だったら、混ざりたくなっちまうよな。俺も混ざりてぇ……いやいや」
思わず出た本音を、首を振って打ち消す左之助。そこに真が口を挟む。
「でも兄さん、解釈の一つには兄さん、土方隊の一員として池田屋事件に関わっていたってなってるよ? だからここで兄さんが行ったとしても、そう歴史に影響与えないんじゃないかな?」
「そ、そうなのか? ……ああいや、そういえばそうだったかもしれねぇな。……よっしゃ、俺も一つドンパチかましてくっか」
意気込む左之助から視線を逸らして、真がほっ、と息をつく。
(よかった、事前にネットで調べておいて……これで兄さんに歴史が得意じゃないこと気付かれなくて済む――)
「真」
突然名を呼ばれて、真が慌てて左之助に振り返る。
「おまえ、歴史について勉強不足だろ。態度でバレバレなんだよ。帰ったらみっちり教えてやるから覚悟しろ」
そう言い残して、左之助が池田屋へ向けて駆け出す。
「そ、そんなぁ〜」
うな垂れる真だが、左之助をこのまま行かせるのも不安なので、とにかく後を追い始める。
そして、亥の刻過ぎ。
捜索の末、池田屋で尊攘過激派志士を発見した新選組はそのまま切り込み、真夜中の戦闘が開始される。
「さぁ、皆さんいきますよ!」
新選組一行を率いる水橋 エリス(みずばし・えりす)=近藤勇が池田屋正面から踏み入り、勇を追い抜くようにしてリッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)=島田魁、魁の後を追うように夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)=斎藤一が続く。
「一番槍は俺だ! 過激派はまとめて切り捨て御免だぜ!」
「あの馬鹿は……! 申し訳ありません、私が後を追います」
一が勇に詫びを入れ、魁の後を追いかける。その魁はいの一番に階段を駆け上がり、何事かと飛び出してきた尊攘過激派志士の一人に斬りかかる。騒ぎを聞きつけ続々と現れる志士と新選組との激しいつばぜり合いがそこかしこで交わされる。
「あぁ〜ん、皆待ってよ〜!」
一と魁に遅れて、ニーナ・フェアリーテイルズ(にーな・ふぇありーているず)=山崎烝が刀……ではなくバドミントンのラケットを振り回しながら、勇と共に階下に降りてきた志士たちと一戦交える。細身ながらもどういうわけかちょっと魔球が打ててしまうほどの仕組みを備えたラケットは、志士の振り下ろした太刀をなんなく受け止める。
「手向かい致すと容赦なく斬り捨てる! わ〜い、今のかっこいいでしょ?」
続いて池田屋に踏み込んだ芦原 郁乃(あはら・いくの)=藤堂平助が啖呵を切ると、階段の上から志士の一人が剣を構えてやって来る。すかさず平助は階段を踏み上がり、階段を前にして一瞬動きの止まった志士へ一太刀浴びせる。よろめいた志士はそのまま階段を転げ落ち、床に落ちたところでさらに追撃を浴びせられ、物言わぬ骸となる。
「いぇ〜い、うまくいったぞ〜!」
そのまま意気勇んで一歩を踏み出したところで、既に行われた殺陣によって出来た血溜まりに足を滑らせ、平助も階段を転げ落ち先程斬り捨てられた志士が握っていた刀に額をぶつけてしまう。
「いった〜い! あぅ、私まで階段落ちの目に遭っちゃったよ〜」
ちょうど兜がずれたところの一撃だったため、額には傷が出来、そこから流れる血が平助の視界を奪う。
(このままじゃやられちゃう……かっこ悪い、なんて言ってられないよね!)
紐が切れてしまった兜を脱ぎ捨て、超感覚の証であるネコ耳を飛び出させながら、平助が今度こそ階段を上がり志士と相対する。
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