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来たる日の英雄

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終章 英雄


「――ま、てことでだ。この怪我は間一髪! ってところで味方を庇ってできたものなんだな。いやー、それにしてもすごい攻撃だったぜ。受けたのが俺じゃなけりゃ、まず間違いなくナラカ行きだっただろうね。そして、リーズは英雄ゼノの剣を手に入れてガオルヴの闇の気を払ったってわけだ。あとはもちろん、俺の大反撃の始まりよ。闇の気を失ったんだったら、恐れることはなかった。リーズと俺、そしてゼノの消えない想いで、ガオルヴを倒すことが出来たんだな……」
 瘴気を払って早々、呆気なくガオルヴにやられた塚原 忍(つかはら・しの)は、大げさに巻いた包帯姿で集落の子供に『ガオルヴ退治英雄譚』の話を聞かせていた。
「それでそれで? どうやってガオルヴにとどめをさしたの?」
「お兄ちゃん、その眼帯ってガオルヴにやられたの?」
 純粋な集落の子供たちは、盛り上げ上手な忍の話に夢中で聞き入っており、次々と質問を繰り返していた。
「また、えらく話が誇張されてるな」
「……名誉の負傷、というのは事実に少しだけかすっているのかもしれんがな」
 忍を遠目から見ていた紫月 唯斗は、エクス・シュペルティアと呆れたように話していた。名誉、ではなくただの負傷。ほんの少しくっつくだけでも、えらい違いである。
「ところで、リーズのほうはどうだったのだ?」
「……いや、やっぱり集落に残るらしい。彼女は、ここでは英雄。やっぱり、離れるわけにはいかないよな」
 リーズに一緒に旅に出ることを持ちかけていた唯斗は、それを断られたことに少しだけ寂しい顔をしていた。
「そう暗い顔をするな。わらわがいるではないか。それとも、わらわでは不満か?」
「まさか、そんなことないって。これからもよろしく頼むよ」
 口を尖らせるエクスに、唯斗は微笑んだ。その裏表のない顔に、エクスは思わず赤面して呻く。
「ん……むぅう」
「どうした?」
「……その顔は卑怯だろう」
 最後に彼女が呟いた言葉は、唯斗にさえ聞こえないほどの囁きだった。
 
 
「さて帰るか、依頼を受けている訳じゃないから報酬もないし……英雄譚より今日の飯ってね」
 樹月 刀真はのんびりと呟いて、二人のパートナー、漆髪 月夜と百花とともに帰路に着いていた。
 元々、若長の依頼で来たわけでもない彼らにとって、戦いが終われば残る理由もない。夕闇の中、三人の影が地に落ちる。
「帰って夕食の準備もしないといけないな……」
「はい、じゃあ、私、ご飯作るのお手伝いしますね」
「じゃあ、私もお皿とか用意する」
「おいおい、皿だけか?」
 百花に比べてなんと楽な仕事を選ぶものか。呆れた顔をする刀真に対して、月夜は口を尖らせる。
「皿だって立派な仕事」
「まったく、少しは百花を見習ってくれ」
「なにか?」
「銃を向けるなって、銃をっ!?」
「つ、月夜さんっ……!?」
 月夜のわがままっぷりに百花が慌てて止めに入り、刀真はそんな彼女たちを見てすこしだけ頬を緩めて微笑む。
 英雄もいいが、こういう日常もまた悪くない。二人とこんな幸せな日々を守れるなら、いつだって戦ってもいい。そんなことをふと思いながら、刀真たちはツァンダの森を後にした。
 
 
「おっしゃ、食え食え! 今日は俺のおごりだぁっ」
「……元は若長のお金なんだけどなぁ」
 豪勢な食事を目の前にして叫ぶ国頭 武尊に対して、リーン・リリィーシアは呆れたように呟いた。
 時は夜。処は集落の中心広場である。
 月に照らされた中で歌えや踊れと騒ぐ村人たちは、喜びにうち震えて楽しんでいる。
 集落に帰ってきたリーズたち一行を待っていたのは、森から消えた瘴気によって勝利を知っていた村人たちによる、賞賛と喝采であった。
 特にリーズは、ゼノの再来とばかりに英雄と称えられ、いまは若長の隣で多くの仲間たちと勝利の喜びを分かち合っている。
「いや、よくやったぞ、リーズ! さすがはゼノの孫なだけはあるな!」
 未来の帝王を自負するヴァル・ゴライオンは、リーズの頭をわしゃわしゃと撫でて愉快そうに笑った。
「ううん、みんなのおかげよ。わたし一人じゃあ、あれだけ戦うことなんて、出来なかったもの。剣のことだって知らなかったし……本当に、みんながいてくれたから」
「それに気づいたのであれば、お前は確実に成長している。一人で何でもやろうとするのではなく、お前の家族、仲間を信じてやるんだ。そうすれば、百年先も、この美しい自然は守れるだろう。これからは、ゼノが守ったように、お前が守るんだ」
 ヴァルの言葉を聞き込んで、リーズは力強く頷いた。仲間を、そして家族を信じる。彼女は、隣にいた父親を見やった。
「父さん……」
 若長に何かを伝えようとしたリーズは、うしろめたさがあるのか、一度言葉を詰まらせた。だが再び顔を上げた彼女は、今度ははっきりと伝える。
「……ごめんなさい。そして……ありがとう」
「礼には及ばん。私は長であり、お前の父だ。お前が危険な目にあうことがあるのであれば、私は必ず助けてみせる。そして、村の民もな」
 若長とリーズは微笑み合い、信頼、より深い絆を確かめ合った。
 その様子を見ていたリーンやアリア・セレスティ、緋山 政敏たちは、彼女が家族と絆を取り戻したことに自分達も嬉しく思った。
 楽しくも素晴らしい仲間たちとの時間を過ごし、リーズは酔いを醒ますように月を眺めにその場を離れた。
 空に浮かぶ月は、夜闇と溶け込んで美しく栄える。そういえば、とリーズは思った。
 あの時、剣を振りかぶったその瞬間に見えたガオルヴの目は、この月のように黄金の輝きを持っていた。暗く、沈んだ血の底の赤い色ではない、優美に大地を見下ろす月の色。
 気づけば、目頭に涙が浮かんでいた。
 まったく、泣き虫だ。自分で自分のことを笑いながら、リーズはガオルヴのことを思った。忘れない。わたしは、忘れない。そうすることが、いま、自分に出来る精一杯の道。その道を守って、わたしは、誰かの幸せのために戦う。
 リーズは月に背を向けて、仲間たちのもとに戻っていった。
 
 
 平和の訪れにどんちゃん騒ぎで祝杯をあげるリーズたちを、遠くから見つめている者がいた。
 彼は、ただぼんやりとリーズたちを見やって、そこから立ち去ろうとする。そこに、茂みを越えて現れた男が声をかけた。
「どこにいくつもりだ?」
 男――レン・オズワルドは目の前の影を見据える。傍らのアリス・ハーディングは、そんな二人を見守っていた。
「さて……。どこに行こうか。いまはまだ分からぬ」
 背中越しに、影は答えた。言葉とは裏腹に迷いなき声色が、彼の心情を語っているのかもしれない。
「リーズに、会うつもりはないのか?」
「それも考えたが……野暮なことだろう。私は死んだ。その方がきっと、集落にとっても良い」
「しかし……」
「もちろん、命を無下にするつもりは毛頭ない。私はどこかで生きていくだろう。それが、親友の残してくれた最後の抵抗なのだからな。……まったく、本当に英雄だよ、あいつは。死んでからもう十年以上経つというのに、未だに根に持ってたとはな」
 影はそう言って、笑いを洩らした。話はこれで終わった。そう言わんばかりに、影は歩き出そうとした。
「俺と、一緒に来る気はないか?」
 レンの言葉に、影は歩みを止めてついと振り返った。夜闇に浮かぶ月のように朧な金色の瞳が、レンに対して訝しさを持つ。
「ここに、獣人の血判状がある。もし、お前が俺と来る気があるなら……」
「そこまでする人間は、恐らくお前ぐらいのものだろう。あの時も、無謀に立ちはだかったな。お前は不思議な奴だ。どこか、若いときのあいつに似てる。きっと、一緒にいる奴は幸せだろう。しかし……」
 影はレンに近づき、彼の肩を叩いた。
「私には重い荷物だ。今はまだ、一人でいるほうが気楽だ」
 影は自嘲気味に微笑を浮かべた。レンは、それ以上何も言うことができない。目の前の男にとっての答えは、誰かが口を挟むことができるほどのものではなかった。
「ああ、だが――」
 レンが呆然と見つめている中で、影は彼の持っている銃人の血判状を指差した。
「これは取っておくといい。いつか気まぐれでも起きたら、そのときは、な」
 そう言い残して、影は森の奥へと去っていった。
「ガオルヴ……」
 レンの口から漏れたその名前に答える者はすでにおらず、彼は、アリスとともにガオルヴの去っていった後を見つめて、立ち尽くすしかなかった。


 

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
『英雄』――をテーマに執筆した今作、いかがでしたでしょうか?

ガオルヴの結末や中間での瘴気現象など、数多くの話が皆さまのアクションによって生まれたものです。
特にガオルヴに関しては、まさかここまで深く考えてくださる方がいるのかと、感服さえした次第……。
これも皆さまの奇抜なアクションのおかげです。
本当にありがとうございました。

結局のところ、英雄が何であるのか、そのはっきりとした答えは人それぞれなのでしょう。
また、その人それぞれにもまた変化があるわけで、これが正解! という答えはないのではないか、と自分自身は思っております。
あら、なにやら重い話になってしまいましたね。
では、また機会がありましたらお会いしましょう。
ご参加ありがとうございました。