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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


第四章


・フィーア


 百合園女学院。
「う、うう……」
「クリスタルちゃん!?」
 傀儡師が現れた事が影響してか、クリスタルが苦しみだした。
「大丈夫、です。このくらい……」
 だが、やはり辛そうだ。
 サファイアの時と異なり、最初から相手を弱らせようとしているのは、手荒な真似をしてでも連れて来い、と命じられているからだろう。
 表では、傀儡師との戦闘が繰り広げられていた。

「その程度で、僕を止められるとでも?」
 学校の敷地内に入った傀儡師は、校内の遮蔽物を利用し、夢幻糸を操る。それでも、屋外のために、遺跡で戦った時ほどの攻撃を仕掛けてはこない。
 だが、それでも手強い相手である。
「ここは通さないですぅ!」
 メイベルセシリアフィリッパの三人が傀儡師を囲い込む。
「生憎、遊ぶのが目的じゃないんだよ」
 すぐに夢幻糸を繰り出そうする。
 そこへ、フィリッパがアルティマ・トゥーレを繰り出す。夢幻糸は、凍結に弱いのは先の正悟との戦いで分かった事だった。
 だが、基本は敵を倒すのではなく、クリスタルを守る事である。敵は、身体を酷使すると自壊する。それを待つのも一つの方法だ。
 メイベルが女王の楯で夢幻糸を防ぐ。そこに、セシリアが即天去私による一撃を与える。
 それを傀儡師は「束糸」で対応する。しかし、夢幻糸が束ねられた瞬間に、アルティマ・トゥーレの冷気が束糸を凍らせる。
「仕方ないね」
 傀儡師が跳躍し、糸を校舎に引っ掛ける。そのまま、屋根の上へと降り立った。
「急いでるんだ、それじゃ」
 窓を割り、中へと入っていく傀儡師。あとは、クリスタルのいる病室まで進むだけだ。
「さーて、どこかな?」
 廊下に出た傀儡師は、機晶石のエネルギーの位置を特定した。そこへ向かおうとする中、目の前から勢いよく迫る者がいた。
 ミューレリアがバーストダッシュで壁や天井を蹴りながら傀儡師へと向かっている。
「僕のところに飛び込んでくるとは、愚かだね」
 傀儡師が夢幻糸を張り巡らせる。壁、天井際限なく。
 狭い廊下の通路は、あっという間に傀儡師のテリトリーとなった。だが、ミューレリアもそれを避け、ついに傀儡師に接近する。
「もらったぜ!」
 攻撃を繰り出す。
「いや、君の負けだよ」
 くい、と傀儡師が手首を返した。ミューレリアに向けて、夢幻糸が収束していく。到底、避けられるものではない。
「へえ……」
 だが、糸が彼女を細切れにする事はなかった。空蝉の術で、かわしたからだ。切られたのは、廊下に飾られていた壺である。
「さて、どこにいるのかな?」
 周囲を見渡しながら、一歩ずつ進んでいく。もちろん、糸の結界を張ったままで。
(その糸でも、こいつは防げないだろ)
 狂血の黒影爪の効果で、ミューレリアは敵の影の中に入り込んでいた。チャンスは自分の姿を見失っている今しかない。
 傀儡師の背後から、ブラインドナイブスを繰り出す。
「――!」
 傀儡師が振り返った時には、もう遅かった――ミューレリアが。
「な、空蝉!?」
 彼女の攻撃が当たったのは、糸の塊だった。傀儡師の技の一つ、「写糸」である。そしてその糸は、すぐさま彼女の身体に絡みついた。
「惜しかったね。空蝉、とはちょっと違うんだけどさ。まあ、そう簡単に僕は倒せないよ」
 傀儡師が糸を引き、ミューレリアを締め上げようとした。
 その時、スナイプによる攻撃が、傀儡師に迫る。
「おっと」
 それを咄嗟に束糸で受けた。実際は、単なる威嚇だ。だが、それによって糸が緩み、ミューレリアが解放された。
「あの子は連れていかせないよ!」
 病室から距離を取ったレキが、星輝銃を構えて傀儡師を狙っている。
「へえ、やっぱりここにいるんだね」
 傀儡師は銃口を向けられているにも関わらず、微動だにしない。
「出ていかないんなら、撃つよ」
「撃てばいいよ」
 レキがスプレーショットを行使する。狭い通路での掃射は、到底かわせるものではない。だが、相手の武器は不可視の糸である。
『夢幻灯篭』
 夢幻糸がその姿を現す。それは、ちょうど傀儡師を取り囲んでいた。
『――風ノ瞬』
 レキの攻撃が来るという瞬間、傀儡師を囲う糸が回転する。ちょうど、敵の身体を軸にして。
 その勢いで、星輝銃の攻撃が全て弾かれた。
 そして、回転が終わった時、中の安全圏にいたはずの傀儡師の姿はなかった。
「……いない?」
 レキが廊下を見渡しても、傀儡師の姿は発見出来ない。今の攻撃の間に逃げたのだろうか?
 彼女が一歩踏み込んだ時、
「え――?」
 ピッと、足に一本の線が走った。そこから血が流れてくる。何が起こったのか、分からなかった。
 どこからともなく、風が吹き抜ける。
 それはさながらかまいたちのように、彼女の身体を切り裂こうとした。その風を、通路の壁沿いの柱の影に移動し、何とか避ける。

「さて、この先で合ってるのかな?」

 どこからともなく声が聞こえてくる。傀儡師は、いつの間にかレキのいる場所を通り過ぎていた。
 後ろを振り返ると、百合園の制服姿の、傀儡師がいる。
「いつの間に?」
「風ノ瞬を繰り出した直後だよ。君は、僕の幻に囚われていただけさ」
 糸に囲まれていたのは、夢幻糸が写した幻、そして本人は技の発動と同時に夢幻糸の力を使って、レキの横を通り過ぎていたのである。
 糸は、使い方次第では隠れ身や光学迷彩並に姿を隠す事が出来る。ヒラニプラで誰にも発見されずに最奥まで行けた理由の一つが、それだ。
 風は、その場所から糸を勢いよく巻き取ったためにそう錯覚しただけである。糸が彼女の身体を掠めていったのだ。
「あ、そこ動くと――死ぬよ」
 しかも、レキが身を隠した瞬間、糸で彼女を閉じ込めていた。
 傀儡師は振り返る事なく、病室へと足を踏み入れた。
「傀儡師、か」
 クレアがその姿を睨むなり、煙幕ファンデーションを投げる。
「今のうちだ!」
 病室にいるクリスタルを連れ、目晦ましが効いている間に彼女を別の場所に移そうとしたのだ。
 だが、
「残念、もうこっちの準備は済んでるよ」
 廊下は夢幻糸によって埋め尽くされている。この建物は既に、傀儡師の手に落ちていたのである。
「それを渡してもらおうか」
 クレアが抱きかかえたクリスタルに視線を送る、傀儡師。
「つれてなんて、いかせないです!」
 ヴァーナーが傀儡師の前に飛び出る。
「君はまた僕の邪魔をするのかい? 今度は――死ぬよ?」
 傀儡師が糸を繰り出した。
 クリスタルを手に入れるため、目の前にいる二人をここで始末するつもりだ。
『夢幻灯篭』
 糸が、彼女達を包み込んでいく。その様子を見ながら、苦悶の表情を浮かべていたクリスタルがふっと笑った。
「わたくしに見られた時点で……お前の負け……です」
 クリスタルが、傀儡師を凝視する。
『――籠ノ鳥!』
 傀儡師が使える、最強の技が繰り出された。この狭い室内で、この攻撃を防ぎ続けるのは不可能に近い。
 しかし、傀儡師の声が響いた直後には――全てが終わっていた。
「なにがおこったです?」
「クリスタル、いつの間に?」
 ヴァーナーにもクレアにも、何が起こったのか理解出来なかった。
 目の前には、水晶で出来た四枚の翼を広げたクリスタルがいる。だが、傀儡師の姿はそこにはなかった。
 あるのは、細切れになった人形の残骸だ。
「終わったのです。この野郎、よくもやってくれたです」
 クリスタルが目の前の残骸を睨みつけた。やはり苦しめられたのが相当頭にきたのだろう。
「二人とも、大丈夫です?」
 すぐに振り返って、クレアとヴァーナーの様子を確かめる。そこには戸惑いの表情が浮かんでいた。
「大丈夫だが、何をしたんだ?」
 クリスタルが、他の五機精と同じように力を行使したのだろう事は分かる。だが、その力が何か、一切分からない。一番近くにいたはずなのに、である。
 しかし、その一部始終を目撃したものは、確かにいた。

(一体、どうしたアルか?)
 傀儡師が入ってきた時、病室の隅で光学迷彩で姿を消し、射撃体勢をとっていたチムチム・リー(ちむちむ・りー)である。
(何で、あの子以外動かなくなったアル?)
 彼女の視点では、傀儡師、ヴァーナー、クレアが動きを止めて無防備になった中で、クリスタルだけが動いていた。
 そのまま傀儡師の夢幻糸を翼で切り裂き、そのまま傀儡師の人形をもバラバラにしてしまった。
 時間を止めたわけではない、もしそうなら彼女も他の者同様、この出来事を理解出来ていないはずだ。
 ならば、幻覚でも見せられていたのだろうか。
 その答えは、クリスタル自身の口から語られた。

「わたくしに『視られた』ものの認識を、わたくしが改めただけです」
「どういうことだ?」
「相手の五感を完全に支配する、それがわたくしの能力です」
 クリスタル・フィーアの能力特性は、『支配』だ。
 相手がその五感で捉える『世界』に介入し、意のままに捻じ曲げる。認識の完全なる支配であり、幻覚のような生やさしいものではない。
 そこにいる者をいないと感じたり、いないものをいると感じさせたり、それこそ一分という時間の感覚さえも狂わせる。
 傀儡師を倒すまでに、クリスタルは十秒とかからなかった。その間、三人にとっての一秒は、永遠ともいえるほど長かった。
 時を止めているわけではない。だが、ある特定の人間にとっての時は、完全に停止していたのである。
「だけど、いろいろと制約があるのです。わたくしの体感時間にして一分が支配能力の限界です。今は力を抑えられているので、二十秒です」
 その二十秒の間は誰も彼女に抗えない。しかも、連続で二十秒経っていなければ、例えば五秒で一度支配を解くといった感じで断続的にすれば、その限界時間の影響もさほど受けない。
 しかも発動条件は、彼女がその目で『視る』だけだ。視界に入ったが最後、である。
「あと、支配出来るのはあくまでも人や生物の認識だけです。高度な人工知能もなのです。機械や銃弾のような、意思を持たないものには効果がないのです」
 彼女の弱点は、遠距離からの攻撃という事だった。彼女の目が捉えていなければ、スナイパーは彼女の姿を誤る事はない。
「だから、わたくしはこの翼を与えられたのです」
 そう言って彼女は自分の翼を指差す。
 五機精五人の中で、彼女だけが「完成体」と呼ばれている。その理由が、そこにあった。
 彼女は相手の認識を支配し、自在に改変する事が出来るものの、戦闘能力自体は他の四人よりも低い。
 彼女の翼はそれを補うために、ワーズワースが組み込んだものだ。それ自体が鋭利な刃物であり、同時に光条砲すらも防ぐ楯でもある。
 それだけではなく、翼に機晶エネルギーを蓄え放出すれば、自らを中心に町一つを消滅させる事だって出来る。それは、三割しか使えない今の状態での話だ。完全な状態なら、一人で島一つ塵も残さずに消し去る事だって可能だろう。
 それが、クリスタル・フィーアに秘められた力なのだ。
「それにしても、やっぱり疲れたです。甘い物が足りてなければ、倒れているところです」
 がくん、とクリスタルが揺れ、そのままベッドに戻ってゆっくりと腰かけた。
 どうやら能力が能力なだけに、一回の消耗が激しいようだった。五機精の中でずば抜けた強さを誇りながらも、彼女ですら「完成体」であっても「完全体」ではないようだ。
 
 しばらく休んだ後、クリスタルは百合園のPASDメンバーと共に、空京大学へと向かった。